第1227話 交代勤務制の神様たち
「といった感じでね。今のところ、大きな動きはないみたいだよ」
「なるほど、よく分かったっすハル様!」
初回のプレイを終えて、言うなれば依り代となったユキの目覚めに合わせてログアウトしてきたハルたち。
セレステがギリギリまで戻って来なくて少々焦ったが、神様らしく時間ギリギリにはきっちり帰還したので、皆で再ログイン地点を設定してこの日は終了だ。
内部の情報をせがむエメたちに、ハルはプレイ中の様子を詳細に語って聞かせてやった。
「しかし、だいぶ面倒っすね今回は。いつもならリアルタイムでナビゲート出来るのに、今回はまったく通信が届かないんすから。待ってるだけの女はつらいっす。やきもきしちゃうっすよ! にししし!」
「変な言い方をするなエメ。しかし確かにね。僕の方も、プレイ中はこっちの状況が見えなくて少々不安があったよ」
「これはあれっすかねえ。オンラインに慣れすぎた現代人の弊害! ちょーっとオフラインになっただけで、なにも出来なくなってしまうんす! なるほど、だからこそ、ハル様の行っていた学園があるんすねー」
「まあ、表向きはそうなんだけど……」
あの学園はあの学園で、その一見立派な基本理念に手放しで賛同できないところが困るのだが。
「しかしハル様。他の皆さまはともかく、ハル様が通信不能になるというのは、いかなる理由からなのでしょう?」
ここで話に入って来るのは、爽やかな緑の長髪をなびかせる男神、ジェードだ。
理知的な大人の先生といった見た目で、こちらの世界では経済を担当している。経済の授業、ではない。資金や、資金に見立てた魔力の運用や管理全般だ。
「なんなんだろうね? まあ、セフィの所に初めて行った時も、分身が停止したりと似たようなことはあったけど」
「しかしそれでも、肉体の意識までもが遮断されることはなかったはずです。セフィ様の場合は、条件も既にはっきりしておりますし……」
「そうだね」
「これは明らかな異常事態です。改善の目途が付くまでは、ハル様はログインを控えられては?」
「心配は嬉しいけどね。僕だけ安全な場所に居る訳にはいかないよ」
「いえ、ハル様のお力を借りられない時間が続くと、少々こちら側の効率が」
「おい……」
まあ、独特な心配の仕方だが、ジェードもハルの身を気遣ってくれているのだろう。たぶん。きっと。
「まあまあ、安心したまえよジェード。なにせ私が、ついているのだからね!」
「いえ、正直、それが一番困るのですが。貴女が居ないと、それだけこちらの職務が滞ります」
「はは。まあ、そこは皆で穴を埋めてくれたまえ。なにも突然<降臨>を行うプレイヤーが居る訳でなし。私でなければ出来ない仕事など無いだろう」
「……<神託>の対応を代わりにさせられる身にもなっていただきたいのですがね」
「はっはっは! それは、想像すると実に愉快じゃあないかっ!」
「ジェード先生、そんなことしてたんだ。なんというか、大変だったね」
「ハル様まで、からかうのはおやめください……」
セレステを指定したユーザーの呼び出しがあった場合、夢の中の彼女が応答できないという問題がある。
そこで、他の神が彼女の代わりに、彼女のフリをして対応にあたる訳だ。
ジェードもそのうちの一人だったようで、女性のフリを強要されセレステの物まねをさせられる彼を想像すると、少々同情を禁じ得ない。
もちろんそこは神なので、フリや物まねではなく看破不能の再現が出来るはずだが、恥ずかしいものは恥ずかしいようだ。
「……そうでなくとも、周年期間のこの忙しい時期に」
「別に、今さら問題ないだろうに。既に何人か抜けた程度でオーバーハングする体制でもなし」
「ずいぶんと軌道に乗ったんだね君たちも」
「そうとも!」
「これも、ハル様やルナ様のご支援のおかげですよ」
「うむっ。エメも居るしね。だからだね? 私に文句があるというならば、いっそジェードたちも、参加してしまえばいいじゃあないかっ!」
「それは名案ですね。是非そうしましょうか」
「おい先生……」
なんだろうか。『その提案を待ってました』とでもいうような神速の手のひら返しは。
もしや、セレステに文句を言っているように見せかけて、この言葉を引き出す為の小芝居だったのではなかろうか?
……いや、神は嘘をつかない。セレステに対する小言は、ジェードの本心だったはずだ。そう、信じたいハルである。
「いや、まあ別にいいんだけどね? ジェード先生が参加すること自体は」
「それはありがたい!」
「でもさ、それこそこっちはどうするんだい? セレステ一人ならともかく、ジェード先生まで参加するとなると、さすがに穴が大きすぎるのでは?」
「そっすよ! その分わたしの仕事が増えるんすよ!? というかわたしだって参加したいっす! 遠隔でナビできないなら、現地でお役に立つんすよ!」
「ふむ? では、セレステと交代でということで」
「え? 嫌だが? ログインが隔日になったら、私が槍スキルで天下を取ることが出来なくなってしまうじゃあないか。効率半分は私でもきつい」
「遊んでるだけじゃないっすかー!」
ならば、シフト制のように交代でログインすれば良いかと言えば、それも難しい。ハルと神様たちは、単体での自力ログインが不可能なためだ。
夢を見ないハルたちは、誰かの夢に寄生しないとログイン出来ず、かといってログインの為に仲間たちが眠りっぱなしというのもまた別の問題がある。
では女の子たちが時間をずらしてバラバラに眠ればいいかというと、そうもいかない。
ハルたちのスキル構成は、全員で一緒にプレイすることで真価を発揮する。彼女らが順番に眠り、同時プレイが出来ないのであれば前提から崩壊してしまう。
当然、ハルたちのプレイに合わせ、全神々が一斉にログインなど論外だ。
夜間はサポート完全休業の状況など、少なくともここのゲームでは作ってはならない。
「参りましたね。ではやはり、ここはセレステに遠慮してもらうしかありませんね」
「待ちたまえ! 本当に遊びならそれもいいが、週一参加のスポット戦力が七人居たとて、ハルの力には成れはしない。遊んでいても意味はないのだよ!」
「なーに急にマトモなこと言ってんすかー。まー、そのとーりではあるっすね」
実際は腐っても神様なので、完璧な効率で育成しそこそこの戦力にはなってくれるだろうが、やはり時間の壁は如何ともしがたい。
しかも七色の神々だけならまだしも、参加を表明しそうな神様はまだまだ存在した。七分の一では済まない。
「まあ、仕方がない。その辺に関しては、僕の方でなんとかしよう」
「なんと。当てがあるのですか、ハル様?」
「まあ、なんとなくだけど。とりあえず今日はユキに頑張ってもらって、希望者のセーブだけ済ませちゃおうかね」
*
そうして、再びの夢世界。今回はハルとユキのみで、ジェードたちを連れて山頂の家にログインしていた。
セーブ機能、ログイン地点の更新はしっかりと機能しているようで、ハルたちは大きなベッドのある部屋へと降り立っている。
このベッドがセーブポイント、ログイン位置の起点となるのだが、冷静に考えると、夢の中で眠るとはこれ如何にといった感じがする。まあ気にしたら負けである。お約束なのである。
「悪いねユキ。何度も寝たり起きたりさせることになるけど」
「ぜんぜんへーきへーき。よゆーよゆー。前も言ったけど、寝ようと思えばいつだって寝られるように鍛えてるからね!」
「それもまた変な話なんだけどね……」
……何を鍛えるというのだろうか? そもそも眠ることの出来ないハルには、まるで分からない。
「なるほど。ここが。確かに、一切の力の行使が封じられています。セレステの言うように、これは少々、新鮮な気分ですね……」
「おー。ホントに外と繋がらねーのな? これが『寝る』って感覚かぁ。寝てる間に暴落があったら、って思うと、めっちゃスリルあんな! これは、クセになりそうだじぇ……」
「何言ってんだよアイリス……」
「そうですよアイリス。我々なら、いつ市場に値動きがあっても対応できるよう、自動売買プログラムくらい組んでおくべきです」
「いや、私の場合な? 売買差益そのもんは問題じゃなくて、大きな値動きそのものが魔力になるっつーか」
「君らゲームの話しなさい」
そしてログインした神がもう一人。ふらりとまたタイミングよく天空城を訪れたアイリスだった。
ジェード同様に経済担当、お金の話が大好きな彼女も、この話を聞きつけて当然のように参加をせがんで来たのである。
「私はそっちの担当じゃねーしな! いつだって参加し放題のウェルカムだぜぃ」
「そうはいきませんアイリス。この計画に参加するのであれば、我々の世界運営にも手を貸してもらいますよ」
「え~~。ま、いっか。そんでそんで、何して遊ぶんさお兄ちゃん!」
「今日は遊びません。はいはいさっさとこのベッドに触れて、ログイン位置を確定しなさい」
「せっかく来たのにひどくね!? なー、ちょっとくらいいいじゃないかよぅお兄ちゃん先生よ~」
「そうです先生。あんまりではないでしょうか」
「やかましい。教官の言うことは絶対だ」
「あはは。軍隊かと。しかし実際、セーブだけしてどーすんのハル君?」
首をかしげるユキも、状況をよく分かっていないようだ。それなのに二つ返事で協力してくれたことには、頭が下がりっぱなしのハルである。
セーブはもちろん必要だが、したところでどうなるのか? 急いで今する必要などあったのか。そんな疑問が、皆の視線から感じられるようだった。
「実験は必要だけど、君たちには僕ら以外の人の夢に相乗りして、時間をずらしてログインしてもらおうと思ってるんだ」
「……ふむ? それはつまり、ハル様の日本での協力者様の睡眠と同期して、ということでしょうか」
「正解。ジェード君に十点」
「恐れ入ります」
「でもよぉお兄ちゃん先生? そんな都合よく、時間ずらせんのか? お兄ちゃんの知り合いだって、基本夜に眠るだろ?」
「んー、そうとも限らんよアイリスちゃん。私らの友人、廃人多し」
「昼寝て夜起きる人たちかぁー」
そう。そうした都合の良い人物に、ハルは心当たりがある。
今はある意味ハルの貸しによって、生活の方にも余裕があることだ。ここは少し、力と時間を貸してもらうことにしよう。




