第1226話 ご近所の問題解決します?
それからハルたちは、情報屋である緑髪の男から様々な情報を教わった。
とはいっても、まだそこまで開始から時間の経ったゲームではない。そこまで驚くような情報はない。先ほどの、『セーブポイント』の話が最重要か。
それに、もしなにか重大な秘密などあったとしても、出会ったばかりのハルたちに教えるような事はしないだろう。
ちなみに、<光魔法>の点滅による照明はきちんと普通のつきっぱなしの物に変更しておいた。
「まあこんなところかな。何か気になったことはあるかい兄さん?」
「いや。今のとこ無いね。というより、何が気になるのかすら分からない段階さ」
「だろうねぇー」
それに、変にこちらから尋ねて『情報量』などと言い出されても面倒だ。そう思いハルは、自分からの要求は避けることにした。
それを察したのか、情報屋もハルを安心させるかのように、情報量は不要であることを告げてくる。
「おおっと。代金の心配をしてるなら、今回は心配ご無用。初回サービスってことで、特別になんでもタダで教えちゃいましょう!」
「……白々しいわね? もう既に、あなたは『私たちの情報』を先払いで得ているでしょうに」
「そうですよー? むしろその分の情報を吐き出すまでは、生かして帰しませんよー?」
「観念するのです! 洗いざらい吐いてもらいます!」
「ええぇ……、こわ……」
「余計な恩着せようとした君が悪い。フォローはしないよ」
まあ、初回サービスなどどの業界でも常套手段だ。特に責めるようなことでもないだろう。
しかし、『初回』ということは、彼は再びこの地を訪れるつもりでいるのだろうか?
「そもそも、『二回目』以降があるのかい? 君は流浪の観光客なんだろ?」
「いやー、そーなんだけどね。どーせなら? お得意様が欲しいのも本音でして。世界がどこまで続いているかも分からんしねぇ。ここらで活動地域を絞るのもありかと!」
「どうせなら世界の果てでも見て来てよ」
「冷たぁっ!?」
いや、突き放しているようで割と本音である。このゲーム、どこまでエリアが拡大しているのかはかなり気になるハルだ。まさか、無限ということもあるまいが。
ただまあ、世界の果てに送り出した場合、ハルがその情報を受け取ることが二度とない可能性があるのが困ったところだが。
「まあそうね? 情報屋なんて、信用が命ですもの?」
「そうですね。一見の方ばかり相手にされていては、大した取引も出来ないでしょう」
「えっ、なに君ら子供なのにしっかりしてるなぁ……」
「茶化してないで。そこのところ、現実問題そうなんじゃない?」
「実際、そう。付け加えると、さっきの領土主張の問題あったろ? あれが今後拡大していくとさぁ、情報売りたくても門前払い、の無限コンボに嵌っちゃう危険が予見されてましてねぇ……」
「なるほど。一見さんお断りって訳だ」
「招かれてない扉は潜れないの。とほほ……」
「やっぱり悪魔じゃないか」
どうやら、<建築>のレベルが上れば鍵もかけられるようになるようだ。そうなれば、招いていない者、つまり家主が許可していない者は入れない。
世界中がそうなる前に、ある程度有力そうな勢力に、顔を繋いでおこう。それが、彼が今あちこちを駆けまわっている理由であるようだった。
「俺の勘が言っている。兄さん姉さんは、お得意様になっておいた方が良いタイプの相手だ。そのための先行投資ってやつさ!」
「そりゃどうも。光栄だね」
「いやいや嘘じゃあないぜ? これでもサンプル数めっちゃ多いんだから! 大抵の人は、初めてすぐこんなに進められないよ」
「そりゃまー、ウチら慣れてるからねー」
それは、実際その通りだろう。特にこのゲーム、無差別の強制参加だ。普段ゲームしている者からしていない者まで、スタートが同じでも初速はまるで違うだろう。
「いい機会だし、このあたりで落ち着いちゃおっかなぁ~~?」
「いや? そう言わずにもっとこの世界を楽しめば? 観光が趣味なんでしょ?」
「冷たいっ!」
「どっか贔屓にしてくれるお抱えの勢力とかなかったん?」
「んー。なくもないけど、どなたさまも俺を自勢力の一員にしようとしつこくてさー。それはちょっとね? それじゃ、情報屋じゃなくて『スパイ』じゃん、ってねぇ?」
「ねぇ? とか聞かれましてもねー。なんか拘りがあんのは分かった」
そこで、無理に仲間に勧誘せず、将来有望で、かつ情報の価値を分かっていそうなハルたちに気に入って欲しいという訳だ。
確かに、そんな条件を満たす者は多くないだろう。彼の主観で見れば、この広い世界でようやく『レア物』を引き当てたといった気分だろう。多少サービスしても、逃す訳にはいかない。
「……そうだね。じゃあ、ひとつ教えてよ」
「いやっほう! なんなりと!」
「雄叫びはいい。やかましい奴だな……」
「元気だよねぇー」
「……で、質問内容なんだけどね。君が見てきた中で、その制定された領土間での戦争とかはあった?」
「あー、そこそこあったかなぁー。言ってもしょーじき、『ご近所トラブル』程度の小競り合いが主だけど」
「ふむ? どんな感じ?」
「ほらやっぱさ、あるじゃん。拠点向きの土地がさ。ここみたいな絶景スポットは特に」
どうやら、そうした『一等地』には、時おり拠点を構えるユーザーが複数かぶる事があるようだ。
仲良くできればそれでいいのだが、そこで自分こそ拠点を構える権利があると主張し出すと、少々残念な結果となる。
「リアルなら、裁判所さんのお世話になるんだろうけどね。あいにくここにはそれがない」
「……むしろ法律が、ゲームルールが争いを推奨しているか」
「嫌な法律だねぇ。でも、まだそうした家庭裁判所案件くらいだよ。なんだかんだで、『ご近所さん』同士で仲良くなるケースの方が多い」
「なるほどね? そうして拠点を近くに建てた者同士で、『ギルド』なりなんなりが形成されると」
「お嬢さん正解~」
そうして村が出来、街になり、いずれは国へと発展していく。の、だろうか?
「今はそんなだけど、ある程度成熟したらいずれは、ギルドバトルが主流のコンテンツになっていくんじゃないかねー?」
「考えられなくはないね」
それが、大した目的が指定されないこのゲームの目的なのだろうか?
まあ、ありえない話ではない。前回、アメジストの誘導したシステムがまさにそれだ。今回も領土戦を行わせ、戦闘によるスキルの進化を促す。
しかし、ハルにはなんとなく今回は違う、そんな予感がしていた。
上手く言語化はできない。だが確実な違和感がある。その理由のうち大きなものが、この世界が広すぎるという部分だろう。
それに、前回を踏襲するならば、ログイン前の個人の夢をベースにしてまた同じことをすれば良かったのだ。
……案外、最初はそう思っていたのではないか? そんな妄想までわいてくるハルだった。
なんにせよ、今のところは静観、イベント待ちもしくは発展待ちである。
そうした推測を重ねながら、ハルはこの賑やかな情報屋の言葉を適度に聞き流すのだった。
*
「んじゃっ、どうぞ今後ともごひいきに!」
「その『今後』だけど、連絡手段とかないのー? 情報屋さんー?」
「残念ながらね姉さん。いまのとこ、<拡声>で大声で呼んでもらうくらいしか!」
「なーにそれ。情報つつぬけじゃん!」
「とりあえず今度はあっちに行くんで、あっちに向けて叫んでもらえば!」
「叫ぶわけないでしょうに……」
まあ、何らかの遠隔通信手段が見つかったら、その時は情報を買ってやるとしよう。
いや、この情報屋とまた、この広い世界で再び相まみえる機会があるかはまさに神のみぞ知るといった所だが。
「それじゃあ、俺はこれにて。兄さん、男一人でもめげんなよ! …………いやっほうぅううううっ!!」
「やかましい……」
「風のように去っていきましたねー」
「あれが、きっと<拡声>を使っているのですね!」
「……なんちゅー無駄なスキル構成」
「街が発展したら近所迷惑で討伐されるんじゃないかしら……」
そうして彼は来た時と同様に、移動力特化のスキルと、何故か<拡声>を使っているらしい奇声を振りまきながら去って行った。なんとも嵐のような男である。
「ハルさん、どうなのでしょうか、あの方のお話は!」
「とりあえず、嘘は言っていないね。でも、推測についてはひとまず保留にしておいた方が良い」
「そだねー。単なる領土ゲーだと、合わない人いっぱい出てくるし。単純にそれってことはないんじゃない?」
「ですねー。前回のように、自分の世界を作れるっていう強みもありませんしねー?」
「確かに! すごい世界ですが、ここは『自分の世界』ではありませんものね!」
前回は、『自分の世界』だからこそ戦いを好まぬ者でも引き付ける物があったし、その世界を守る為に戦えた。
だがここでは、別に領土を守る積極的な理由がない。それも違和感の一つだ。
「まあとにかく、今はアイツの言ってたこと目指してみない? セーブポイントと、土地の線引き」
「どっちもユキ頼りになるから、片方だねさすがに」
「ならまずは、やはりセーブポイントでしょうか!」
「ですねー。ついでに、それを守る為に、家の鍵もつけられるようにしないといけませんねー」
「次来てみたら、家の中に知らないユーザーが入り込んでいた、なんて笑えないものね……」
誰彼構わず仲間にする趣味はハルにもない。もっとも、勝手に入り込んだ者がハルたちのペースに付いてこられるかという所は疑問だが。
とにかく、情報屋のおかげで本日の区切りとするいい目標が見つかったのは確かだ。
ハルたちはそれを目指して拠点の拡張に邁進し、なんとか時間内にセーブ機能までを拠点に搭載できたのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




