第1225話 流浪の情報屋
投稿遅れて申し訳ありません!
「イイヤッホォォオオオオォウッ!!」
「……なんだなんだ?」
マップの光点と共に迫りくる奇声に、ハルたちは集まって身構える。
奇人か狂人か変質者か。ともかく、普通の人ではなさそうだ。
「レベルは21。最初に出会った姉御肌先輩よりは低いけど」
「でもルナさんの<危険感知>に反応しているということは、敵なのでしょうか?」
「それは分からないわ? どうやら仲間ではなくて、一定以上のスピードを出しているプレイヤーはそれだけで『危険』と判定されるらしいのよ」
「危険運転ですねー。前方注意ですねー」
「最近は、車の数が減ったからそういう風に言っても通じないらしいよカナリーちゃん」
「交通事故は、わたくしの国の方が多そうでお恥ずかしいのです……」
アイリの国、というよりも異世界では馬車が現役だ。当然といえば当然だが、馬車でも交通事故は発生する。
それに最近はハルたち『使徒』が開発した魔道具の乗り物も少しずつ普及し、よけいに危険度は増している。ハルも、安全装置の組み込みは忘れないように気を配っていた。
「それにしても速いね。飛んでる訳ではなさそうだけど」
「感知した中では、一番速いわ?」
奇声と共にレーダーの光点はぐんぐんと接近し、それに合わせてまた声も近くなる。声自体が大きいようで、実にうるさい。
そんな、なんとも一癖ありそうなプレイヤー。その者がついに、ハルたちの元に到達してしまったのであった。
「ッッッホオォウッ!」
「……息疲れない?」
「ホッ、ホッ、ホォウ! ……ゲホッ! ゴホ! ははは、大丈夫大丈夫。これが俺の、アイデンティティだから!」
「それは早急な見直しを提案するわ?」
ハルたちから少し距離をとり、緑髪の派手な男は停止する。どうやら彼もこちらの存在を認識していたようで、無人だと思ってはしゃいでた恥ずかしい奴、という展開ではなさそうだった。
しかし、認識されていたということは明確な意思の下にここに来たということ。ハルたちは、警戒の色をいっそう濃くする。
「そう警戒しないでくれよ! 俺の魂の叫びは、こちらの存在を先に知らせることで敵意が無い事を示す意味もあるんだからな。ほら、戦る気ならさ、静かに近付くだろ?」
「いや気合の雄叫びかと思ったけど」
「ですね! 鬨の声、なのです!」
「そんなぁ……」
まあ、とりあえず敵意はないようだ。暴走を止めてルナの<危険感知>からも注意が消え、アイリの<鑑定>でも戦闘系のスキル構成ではないことが分かった。
どうやら彼は、移動系スキルに徹底的に振り切っているようだ。
「納得してくれたかい? そう、俺は俊足の観光者!」
「俊足の観光者……」
「この雄大な世界を、可能な限りこの足で見て回ることを目的としたプレイスタイルだね! その副産物で、色々と役に立てることもあると思う! ぜひ何でも聞いてくれ!」
「ふむ? まあ確かに、情報収集には最適かもね」
世界を駆け巡り、それだけ様々なプレイヤーとも出会ってきただろう。まだまだ初心者のハルたちでは、知りえぬ情報も所持していそうだ。
「おっ、情報の方かい? アイテムなんかも、けっこう取り揃えてるんだぜ?」
「ふーん。まあ、そのアイテムを活用するにも、まずは情報が無いと始まらないし。見ての通り、初心者なんだ」
「ふーん。君ら知り合い?」
「そうだけど」
「そりゃ珍しい! ああ、知らないかもしれないけどね? このゲーム、知り合いだからって近場に配置されるとは限らないんだよ。もしかして君のハーレム!? 一緒に寝たからとか!?」
「……勘ぐるなって。男の仲間だって居るよ。まだ出会えてないだけで」
「そりゃ災難。男一人は同情するね」
大嘘である。ハーレムで大正解である。
しかし、同じ場所で一緒に寝れば、近い位置でログイン出来るとか、そういったことはあるのだろうか? そこは少々、興味深い。
まあそんな確かめようのないことよりも、今は彼から情報を聞き出すことが優先だ。
「しかし、僕らは見ての通り初心者でね。交換材料になる情報は持ってないと思うけど」
「ああ。そりゃ問題ない。君らの存在そのものが情報になるからね」
何でもないことのように、緑髪の男は言う。そう宣言してしまえるのは、少々挑発的ですらあった。
「それって、ウチらの情報も他にばら撒くってこと? ここに拠点張ってるとか」
「そうだよ姉さん。それより重要っぽいのは、君たち知り合いが集まってるらしい事実かな。レアケースだ!」
「……なーんか気に入らないなぁ。私たち、ナメられてる? カナちゃん、やっちまうか」
「初心者ですが、百戦錬磨のプレイヤーですよー」
「おー、こわ! いや、別にナメてる訳じゃないんだ! でもな? 俺が情報撒くのは、悪いが止めらんないよ?」
「……だろうね。口止めするスキルなんかもないし」
「やだなぁそんなスキルあったら。ちなみに、噂ですら聞いたことがない」
まあ、元々の魔法的なスキルシステムと照らし合わせても、<誓約>なんて一般プレイヤーとは無縁のスキルだ。このゲームでも、望み薄ではあるだろう。
「つまりはこの方は、ここで殺されてしまっても問題ないという訳ですね……!」
「プレイヤーの強みだね。『死人に口なし』が通用しない」
「やめてくれよ物騒だな! 別に、絶対喋らないと約束はしないけど、むやみやたらと吹聴して回ったりもしないから。俺はあくまで観光客!」
「兼、情報屋で行商人だね」
「そゆことぉ」
なかなか面白いプレイスタイルだ。そして、案外効率的でもある。情報の使い方によっては、通常のプレイでは決して生み出せぬ利益を生み出す事だって可能だろう。
そして分かってはいた事だが、このゲームでは見られた情報を隠蔽する手段がない。そして他人の視野もかなり広い。厄介なことだ。
起きればここでも記憶は消えるのだが、再びログインすれば問題なくプレイ記憶は引き継がれる。それを封じる手段は、今のところない。
「……じゃあまずは、君みたいなプレイヤーから情報を隠す手段を教えてもらおうかな」
「いきなり俺の商売否定しようとすんのやめてぇ~~」
そんな愉快な情報屋であり行商人。逆に付き合い方を間違えなければ、ハルたちの力となってくれるかも知れなかった。
*
「とりあえず、立ち話もなんだし家の中に入ってよ。出来立てだけどさ」
「狭くて悪いねー。客間とかまだ無いんよ」
「いやいやいや、気にしない気にしなーい! それより、不用心じゃない兄さん姉さん? 『招かれてない家には入れない』、って制限があるかも知れないよ?」
「悪魔かい……」
そんな制限はない、はずだ。念のため彼の表情や態度を読んでハルが確認するが、これはどうやらからかっているだけだろう。
実際は<建築>を進めれば、そうした機能も実装可能なのかも知れないが、少なくとも彼もまだ知らない事である。
「んじゃ、おじゃましまーっす。おお! 初心者らしからぬ、立派な家! ……え、君ら本当に初心者?」
「慣れてるからねー。<建築>なんか、朝飯前よ」
「いやいやそうだけど、そうじゃなくて、資材とかさー」
「百戦錬磨って言いましたよー?」
「“はいじん”、なのです……!」
「誇ることじゃないわアイリちゃん?」
どうやら、普通は最初からこんなに立派な家は建てられないようだ。立派といっても、飾り気のない普通の一軒家なのだが、完全な初心者にはそれすらきつい。
しかもこの家は鉄筋造り。<建築>以外にも、<鍛冶>スキルによる鉄加工が必要になってくる。
「いや参った。おたくらプロチーム? 仲間が全員集まったら、どーなっちまうんだろうね」
「あまり空想で、ベラベラと情報をばら撒かないで欲しいところね?」
「そこは安心。こう見えて、不確定情報はばら撒かない」
「情報屋は信用が命、ですね!」
「そゆことっ」
「……その信用できる情報屋さんに聞きたいんだけど。集まった仲間は、次のログイン時にもまた集合できるの?」
「ああ、そこねー」
当然、気になってくる。このゲームの事情に詳しい彼が知っているなら、ぜひ聞いておきたいところだ。
もちろん、ハルたちは次回も再び集合はできる。全員でまた、同時ログインすればいいだけだ。
しかし、その際にログイン地点はどうなるのだろうか? ハルが最初にログインした位置と、この山頂の拠点はまるで別の位置だ。
もし次のログインもまったく別の場所となるならば、ここで拠点を作る価値がほぼなくなってしまうことになるのであった。
「結論から言うと、“君らは”次も集まれる可能性はあるよ。でも、他に居るっていう仲間については保証できない。お兄さんはしばらく、肩身の狭い男一人生活になるんじゃないかなー」
「まあ、それはいいさ。その方法って?」
「いいんかいっ! それなんだけど、多分、たぶんね? 特に何もしなくても次も近場に出ると思う。ログアウト位置は、そこそこ記録される」
「そこそこ……」
「そう。ソコソコ。完全に同じ場所に出たことは、まあないかな? 記憶が曖昧だけど」
これは恐らく、『詰み防止』のような機能が働いているのだと思われる。もし死亡によりログアウトし完全に同じ位置で再ログインしてしまうと、次も同条件で即死する恐れがあるのだ。
しかし、そうなると今度は、望まぬプレイヤーにもずっと付近に居座られてしまうことになるのではないか?
そのハルの疑問にも、男はニヤリと笑って回答を返してくれた。
「そこで、あるんだなぁ。望まぬ相手のリスポーンを阻害するアイテムが!」
「ほう」
「なんてーのかな? 自分の陣地を指定するみたいな感じでさ。その範囲では他人のリスポーンを阻害できるんだよ」
「なるほど。そういう情報を君が持ってるってことは、もう実際に使っている人が居るんだね」
「いるいるぅー。ギルドとか連合とか呼び方は様々だけど、気の合う奴ら同士で集まって『集落』を結成している人は増えてきてるよー」
「ふーん。そういえば、最初に会った人にも勧誘されたっけ」
姉御肌のウェンディも、山向こうに仲間が集まっていると言っていた。
「でもさでもさ、情報屋さん? それだと仲間のリスポーンも禁止しちゃうんじゃないの?」
「おっ、良いところに目を付けたね建築家の姉さん。そう、そうなんだよ。何もしなければ、そうなる!」
「ふむふむ。つまりは、なにかその虫よけに引っかからない方法があるってことだ」
「……虫よけって。いや、そういうこと! 何をかくそう姉さんの作るこの家こそが、虫よけの効果を無効にする効果を持つんだ」
「<建築>が? そんな効果、なさそだけど?」
「今はね。鍛えたら、出てくるよ。だから当面の目標は、その『宿屋』機能の開放を目指すと良いんじゃないかなぁ」
「なるほど!」
これは、なかなか良い情報である。流石は情報屋だ。既にそうして、集まった仲間を散らないように維持している勢力があるのだろう。
これは確かに、ハルたちも、まずはその機能を目指して進んで行くのがいいのかも知れない。出会いは奇怪ではあったが、彼には感謝しなければならないだろう。
「……ところで、兄さん?」
「なんだい?」
「この家の照明、なんかチカチカしすぎじゃない? どーなってるの?」
「ああ、すまない。つい癖で」
「ああー……、私らはもう、完全に慣れちゃってるからねー……」
話している裏でも、<光魔法>のスキル上げにと、無意識に照明を出したり消したりしてしまっていたハルなのだった。
情報屋さんは<鑑定>持ちなので、ハルたちのスキルのアンバランスさから知り合いだと推測しました。




