第1224話 秘密の地下室へようこそ!
「わたくしの<鑑定>の結果によれば、このおうちは中に入ると『体力回復ボーナス1%』が得られるようですね」
「へえ、良かったじゃない?」
「げ。特殊効果あんの……?」
「??」
「あー……」
アイリの<鑑定>結果を聞いて、真逆の反応を示したルナとユキ。両者とも気持ちは分かる。
ただの飾りではなく、少しでも追加効果があると嬉しい、そう感じるのがルナ。
逆に追加効果があることで、<建築>物の作成に『必須感』が出てしまうことを何となく嫌がっているのがユキという訳だ。ハルはそれを説明する。
「ついでに、良い効果があればあるほど、それを他者から防衛する必要性も出てくるからね」
「なるほど……、作って終わり、という訳にはいかないのね……?」
壊される、奪われる。そうした敵対行為に対して今のところ家は無防備だ。
この家それ自体には、自身を守る防衛能力は付与されていない。今のところ。
「幸い、守るには適した土地ですねー。そこまで人は頻繁に来なさそうですしー」
「まあね。ただ、目立つは目立つ」
「頂上にどーん! ですからねー?」
「どーする? もっと隠れた位置に建て直す?」
「いや。別にいいだろう。ここは拡張もしやすそうだし」
「だね。ボーナス一パーってことは、建物の規模に応じて能力は追加されそうな予感もする」
そしてきっとその予感は当たりだ。特にこの『1%』という数字が、なんとも言えない今後の予感を漂わせている。ゲーマーとしての勘がそう告げるのだ。
「ひとまず、当面の目標はこの家を大きくすることかしら?」
「いぎなーし」
「では! わたくしはまた資材回収に走るのです! 今度は、建築資材中心ですね!」
「ちょっと待ってアイリ」
再び山道へと駆けこもうとしたアイリを、ハルが慌てぬよう制止する。アイリは両手足をダッシュのポーズで固定して、器用に片足立ちにて静止した。
その状態で首だけをこちらに向ける姿は、何とも言えぬ愛らしさを感じる。感じるが、今は眺めていないで考えをさっさと伝えてやらねば。
「表出した資材を<採取>するだけは効率が悪い。近場のはすぐに枯れてしまいそうだ」
「確かに! もう既に、ひょいっと<採取>出来る物は少なくなってきています! ですが、このツルハシのおかげで、『たあっ!』って地面を叩けば出てくるのです!」
「出てきやすいポイントは、私が<探索>できるわ?」
「うん。それでもいいんだけど。せっかくのツルハシだ。もっとそれっぽい使い方をしてみよう」
「おお!」
ハルが足元を指さすと、アイリもすぐに意図に気が付いたようだ。
そう、表面を撫でるだけに留まらず、この山そのものを資源の塊と見て、直接足元を掘り進んでいくのである。
ハルは足元を<地魔法>で隆起させると、そこを『坑道』の入り口にすべく掘削をスタートした。
「わたくしも、お手伝いします!」
「私も、そうね、<探索>で見ているだけは非効率だし、なにか調査に使えそうで掘削向きのスキルは……」
「私は剣で地面を破壊しましょうかねー」
「どんなゲーム思考だ……」
ただ、実際に出来てしまうので困ったものだ。まあ、ゲームなので仕方ない。
「カナリー。ルナとアイリの言うことを聞き逃さないようにね」
「はーい。回収する資材があったら、ぶっ壊さないようにしますよー」
「気を抜かず<鑑定>するのです!」
「……しかし、こんな拠点のすぐ傍に鉱山の入り口があって大丈夫なの? ユキも、それでいいのかしら?」
「なんでさ? アクセス良い方が使いやすいに決まってない?」
「……いいならいいの」
申し訳ない。ゲーマーとはこういうものだ。拠点と作業エリアは、近ければ近い程いい。むしろ拠点内にあった方が良い。むしろ採取エリアを基準に拠点の位置を決める。
そんなゲーマー的思考によって、拠点直結の大坑道を作るべく、ハルたちは穴掘りをスタートしたのであった。
*
「えいやー。たあー」
「たあ! たあ!」
「無意味に楽しそうね……」
「ルナはスキル決まった?」
「そうね。斥候として使えそうで、掘削もできるようなスキルは今のところ見当たらないわ?」
「まあ、壁抜けとかは上位スキルっぽいもんねえ」
「だから、今は<収納>を取ろうと思うの。いいかしら?」
「いいと思うよ。アイリかな、とも思ったけど、アイリはひたすら<採取>し続けるだけに集中して、荷物持ちはルナが担当でも」
その性質上、基本的にアイリとセットになって動くことが多くなりそうなルナだ。ルナが<収納>役でも、問題はないだろう。
このゲームのアイテム欄、所持数は無限ではない。初期状態でもそこそこ多くのアイテムを持てるようにはなっているが、<採取>したアイテムを全て持ち帰ろうとすると限界が来る。
それを取捨選択させることでゲーム性を出しているのか、何らかのリソース制限があるのか。現時点では分からない。
その所持数制限を緩和するスキルが、ルナの取った<収納>。所持数の上限値を増すという単純な効果の他に、周囲の仲間からまとめてアイテムを受け取るという機能もおまけで付いていた。
「おお! これは、楽ちんですね!」
「これで私がユキに受け渡すとして、でも結局、ユキの収納数がボトルネックになるわよね?」
「そこは、ユキの処理能力を甘く見てもらっちゃ困るってことで」
「ユキさんはすごいですから! なんだってガンガン、加工しちゃいます!」
「それに、受け渡しの射程も問題ね? 掘り進めるうちに、すぐユキが範囲外に離れてしまいそうよ?」
「そこは、僕が<風魔法>で素材アイテムを地上に吹き飛ばすとか」
「……もうそれは<収納>自体の存在意義が問われるわねぇ」
「私がこっちくればいいんちゃう?」
その噂のユキが、薄暗い坑道内へと降りてきた。
まだ地上からの光が通る位置とはいえ、腐っても地下。急激に減衰する光量に、ハルも新たに<光魔法>を取得した。
地上で建築に勤しんでいた彼女がここに来たのは、自らルナの持つ素材を受け取るため、だけではない。
「ハル君、魔法で坑道整えてよ。いい感じに」
「いい感じってどのくらい?」
「こんなもん」
ユキは、一番広くなっているスペースにアイテムを取り出すと、どさりと地面に横たえる。
それは正方形のタイルのような石材で、今の家の基礎に使ったのと同じような作りであった。
「ぶっちゃけ、石がたぶん使いきれない。掘った量ぜんぶ使うとなると、軌道エレベーターでも作るのかって感じになるし」
「まあ、そうなるね。山の上に、そのまま山を乗せるようなものだから」
「だからこうやって、一部は埋め戻すことにした! これなら、地盤の強度も維持できるしさ」
「確かに。良い考えだねユキ。判定がどうなるか分からないけど、やりようによっては地下も拠点扱いにして水増しできるか」
「だしょ?」
そうしてユキの指示通りにハルの魔法とカナリーの攻撃で坑道を広げ、そこにユキが石造りの坑道を<建築>していく。
つるりと整った石材の通路が続く姿は短いながらも立派な物で、自分たちの手作りと思うと余計に壮観だ。
これで天井にランプでもあれば更にそれらしいのだが、今はユキは装飾よりも建材の生成に集中したいようだ。そこはハルの<光魔法>でカバーする。
「……問題があるとすれば、これは坑道というよりも『ダンジョン』に見えるってところかな」
「あはは。確かにー。侵入者対策のモンスターでも配置してみる?」
「いや、入り口の前に僕らの家があるのに、この中で対策しても意味ないだろ……」
「あはは。それも確かにー」
そうして作った地下ダンジョンは、入り口を地上の家と接続し地下室扱いとしているようだ。無事に、目論み通りにここも<建築>ボーナスの範囲となる。
「ふむ? これで、僕らは回復しつつ採掘作業が出来るわけだけど……」
「肝心の体力が減らないんよねー。なんか強引にでもHPMP減るようなスキルでも取るハル君?」
「僕は攻撃魔法を無駄使いすれば、なんとかなるか……?」
「……馬鹿な事を言うのはお止めなさいな。せっかくの坑道が崩れるわ?」
「ハルさんたちの、貧乏性が始まったのです!」
「だって、せっかく回復するってのに満タンのままじゃ、そのぶん『無駄』じゃん?」
「うん。溢れていると思うと、気持ちが悪い」
「この人たちは……」
現在、家の回復ボーナスは3%まで増えていた。このまま順調に増え続けるとなれば、本気で体力の消費手段が欲しくなる。
本来は、戦闘で傷ついた仲間が安全地帯へと帰りつき、そこでゆっくり傷を癒す為の空間なのだろうが、ゲーマーからすればリソースの無料補充手段。
せっかく行動リソースがタダで手に入るというのに、満タンのままでは機会損失しているような強迫観念を感じてしまうのだった。実に悪い癖なのである。
「はぁ……、そんなことよりも、この『家』を守る手段について、意識を回してちょうだいな……?」
「確かに、それも大事だ!」
「しかしー、世界は広いようですしー、まだそう頻繁には来客はないんじゃないでしょうかー?」
「それが、そうでもなさそうなのよね? このゲーム、身体能力も最初から高いじゃない?」
「ですね! わたくしも、ばびゅーっと素材までひとっ飛びです!」
「そうよ? どうもその速度を使って、周囲を『ばびゅー』っと飛び回っている人がちらほら居るみたいなのよね。私の<危険感知>に引っかかっているの」
「ほう」
ルナの報告にユキが目を細める。とはいえ、こちらを目標にしている訳ではないので、彼女の戦闘の予感は杞憂に終わりそうだが。
とはいえ、そんな探索者たちがこの山頂の拠点を見つける可能性はそこそこ高いだろう。観光にせよ資源採取にせよ、曰くありげなロケーションだ。
「こういう場合、見つかったらどうなるのでしょう!」
「別に、どうにもならん場合は多いぞアイリちゃん。旨味が無ければ、拠点と見るやぶっ壊すバーサーカーはそんなにおらぬ。大抵は見物して終わり」
「そうなのですね!」
「ただ、近くに『縄張り』なんかあったら面倒ね? 私も、<俊足>でも取って周囲の警戒をしてくるべきかしら?」
「なんだかサポートのはずのルナさんが、いちばんスキル取得が加速してますねー」
そうして、その後しばらくして、そんなルナの警戒網についに一人のプレイヤーが引っかかる。
その者はどうやら、脇目も振らずに一直線に、ハルたちの家のあるこの山頂を目指しているようなのだった。




