第1223話 大山頂の小さな小屋
いざ夢の世界の攻略へ。そう勢い勇んで乗り出したハルたちは、山頂から逆に下るようにして冒険をスタートする。
目的はまずこの山を下りきること、ではない。周囲を調査し、アイテムを<採取>することだ。
まずルナが採取ポイントを<探索>し、ハルが<地魔法>で目標地点までの障害物を排除する。そしてアイリが対象を<鑑定>し<採取>すると、ユキへと手渡して<鍛冶>や<調合>の材料にするのだ。
時おり襲い掛かって来る敵は、カナリーの華麗な<剣術>によって撃破された。
「うーん。護衛はいいのですが、私ばっかり育っちゃってますねー。やっぱりモンスター狩りが一番効率いいみたいですー」
「上げられる時に上げとけば、カナりん? そのうち、拠点が整ったら戦闘なくなったりするかも知んないし」
「ですかねー?」
「それにわたくしたちも、ちゃんと経験値は得られているのです!」
レベル上げに使う経験値は、戦闘行為以外でもきちんと入手が出来た。効率では劣るが、内政専門でも問題なくレベル上げは可能なようだ。
「ところでもう一人の護衛はどこ行った?」
「ああ。『世界を見に行く!』って山を駆け下りて行ったよ。今ごろ新たな敵を求めてさまよっていることだろうさ」
「あいつはもー」
まあ、そこまでモンスターの出現率が高くないゲームだ。セレステまで護衛についたら、カナリーと敵の取り合いが発生してしまいそうなので、これでいいのだろう。
「ほれ、アイリちゃん。『つるはし』じゃ」
「おお! これで鉱石<採取>が、パワーアップですね!」
「どんどん採ってくれたまえー。私製造ラインは、常時稼働中で原料が枯渇中なのだから」
「はい! ラインにどんどん、原料を流します!」
「工場ゲームのようなことを言っているけれど、これぜんぶ手作業なのよね……」
まあ、ユキの処理速度は、機械のように高速で正確である、ということで。
そんなユキの手をなるべく止めぬように、アイリは頑張って周囲の草を抜き、石を拾って張り切っている。
ゲームだからいいものの、体力の概念があればアイリだけが既に疲労困憊していそうだ。
「……なんだか見ているだけというのもね。私も、<採取>でも覚えようかしら?」
「ちょいまち。待つんだルナちー。私たちの中では、なるべくスキルに被りが出ないようにしてやっていこう。少なくとも今は」
「はい! わたくしは、全く大丈夫ですよ! この体はたくさん動けるので、びゅんびゅん採っちゃいます!」
「スキル浸食率の問題もあるから、ってことですかー?」
「そうそう。メインとなるスキルへの経験値効率は、一人に集めて加速してこう。手分けして同じことやったら、中途半端になっちゃう」
「そうね? 確かにね? なら、何か関係のありそうな物を取りましょうか。<遠見>なんていいかも知れないわね」
まあ、いずれルナは斥候として単独行動することもあるかも知れないので、<採取>はあって損がないかも知れない。
しかし、とりあえず今はそれぞれの得意を鍛えていくことを優先し、無駄なく伸ばして行くのが良さそうだ。
「……特に僕は、基本となる属性魔法が十二種あるからね。寄り道している暇がない」
「だねー。ハル君は、とくにきっちりツリー計画立てなきゃ。って、言っておきながら何だけど、一気に属性コンプして無駄にはならんの?」
「確かにそうですね! 『死にスキル』が出てしまうかも知れません! MPの関係もありますし……」
「まあ、ここ山岳地帯での<地魔法>ほど引っ張りだこの用途にはならないだろうけど、少なくとも死にスキルは出ないと思うよ?」
「ああ、じゃあやっぱMPは?」
「うん。今のところ使っていない」
「やっぱし。私の生産スキルも、素材以外のコスト一切使わないんだよね。おかげで大忙しだ」
「なんと! ユキさんが担当で、正解でしたね!」
ユキが生産職に回る、と聞くと『もったいない』と思うかも知れないが、実際はユキこそ適任だったりする。
以前ハルがそうしていたように、終わることのない常時生産の連打に耐えうる作業適性を持っているのは、ハル以外でもユキをおいて他にない。
まあ、カナリーも、スペックの上では問題なく可能ではあるとは思うのだが。
「しかし、そうなるとMPとは……、って思ってしまうわね……?」
「確かにね。マジックポイントではないのかも知れない。ただ、攻撃魔法にはさすがに消費するみたいだよ」
「あくまで戦闘リソースですかー」
「ずいぶんと、優しい設計のゲームなのですね?」
「多分だけど、睡眠時間という明確な制限があるからこそ、他の縛りはゆるくしてあるんだろうと思う」
設計上、『廃人プレイヤー』が出にくい作り。それ故にその時間制限の中においては出来る限り自由に行動できるように設計してあるのだろう。
オンラインゲームにありがちな、病的なリソース制限。その理由の多くに、プレイできる時間による格差をなるべく少なくするという設計思想がある。この世界にそれは不要だ。
「つまりは! 時間内にどんだけスキルを実行可能かのタイムアタックなのだ! さあアイリちゃん! 我にもっとリソースをー!」
「はい! この山を、すぐにはげ山にしてやるのです!」
「環境破壊ねぇ……」
ハルの魔法はともかく、ユキが生産を行うにはまずは材料が必要。それも大量に。
そんなユキの超高速スキル実行に追いつくべく、アイリも必死に<採取>で周囲のアイテムをかき集めるのであった。
*
「はぁ、はぁ! 夢なのに、なんだか疲れた気がするのです!」
「お疲れアイリちゃんー。こんだけあれば、しばらく持つべ。ちょっとの間休憩していてー」
「なんの! わたくしも<採取>世界ランキング一位になるためには、休んでなどいられないのです!」
「あまり根を詰めてはダメよ?」
「一人で遠くへ行ってはいけませんよー。一緒にいきましょー」
「はい!」
そうして再び素材集めの旅へと出かけて行く彼女らを見送り、ハルはひとまずユキと頂上の広場へ残る。
どうやらユキは集めた素材を使用して、この場に何か建物を作りたいようだ。
「せっかくおあつらえ向きの立地だからね。ここに拠点を作ってみよう!」
「大丈夫かい? 初期スポーンに拠点を作って、後々後悔する現象にみまわれない?」
「あるある。何度もあった! まあその場合、ここは放棄して良い立地に建て直せばいいでしょ。ハル君整地お願い」
「はいよ」
ユキが指定した範囲を、ハルが<地魔法>を使い均していく。
その上にユキがまず平らな石のプレートを何枚も配置し基礎を作り、その上に鉄の柱を立てて骨組みを作っていった。
「それもスキル?」
「おうさ。<建築>も取ったよ。まあ無しでも不可能じゃないとは思うんだけどねー。私は専門家ではないゆえに」
「僕もそこはね」
まあ、やって出来ないことはないとは思うが、そのためには素材の時点から専用にしっかり設計して作らねばならない。
スキルの<鍛冶>などはアイテムとして整った物は作れるが、残念ながらミリ以下の単位での精密なデザインまではさせてくれなかった。
ネジやクギなども生み出せないとなると、正直手作りでの建築作業は少々厳しい。
「ただでさえ現代は、こうした工法はほとんどとってないからね」
「ぜんぶエーテル技術で生成しちゃうんだよね」
「うんそう。だから僕もそこまで自信はないし、それに……」
「それに?」
「そういうのは、前回アルベルトがやりつくしたから……」
「なはは。確かに」
正直もうお腹いっぱいだ。ゲーム内スキルがあるのなら、今回はそれに頼って楽をさせてもらうとしよう。
そうして話しているうちに、見た目石造り中身鉄筋の、小さな山頂の一軒家が完成した。
ここが、当面のハルたちの拠点ということになるのだろう。
「……家作っておいてなんだけど、作ってどーすんだろね?」
「ここで我に返るな……、拠点を作ろうって言いだしたのユキだろ……」
「まあ、そうなんだけどね? でも拠点が、ゲーム的に意味あるのかなって」
「それは確かに」
そもそも、このゲームの目的が分からない。結局、何のためにレベルを上げてスキルを鍛えているのだろうか?
今は目新しさによってそれだけで楽しい段階だが、いずれプレイヤーはその理由を求め始める。ハルやユキは、慣れにより最初からそれを考えてしまうのだ。
「ハル君はどう思う? 今後この運営は、どんなイベント展開してくると思う?」
「そうだねえ。サービス開始直後のイベントとして何をやるかって聞かれると、正直見当もつかないけど、長期的な目線でいえば一つ思いつく物がある」
「ほうほう。それは?」
「スキルのワールドレベルだね。あれが基準値に達したら、そこで何かが起こるんじゃないかと予想している」
「文明が一つ進むんか」
「そんな感じだね」
プレイヤーがスキルを鍛え、それがある一定の閾値へと達したならば、そこで何かが起こるのではないか?
その起こる何かによって、その後のプレイヤーの動向も運営はある程度操ることが出来る。
例えば<採取>イベントが発生したならば、プレイヤーはこぞって<採取>を取得し使い倒すだろうし、<剣術>大会の開催でも同じこと。
そうして発生するイベントの方向性によって、この運営、すなわち裏に居る神様の目的もまた見えてくる。そのはずだ。
「思えば、モンスターが弱すぎるのもそのせいかもね? いや、もっと足を延ばせば強敵がひしめくエリアがあるのかも知れないけど」
「プレイヤーがスキルを鍛えるにつれて、モンスターも強くなって数が増える?」
「そうそう。<剣術>ばかり皆が使ってると、剣を装備したモンスターが増えたりしてね」
「あはは。鍛え損じゃん。荒れそー。『お前らが剣ばっか使ってるからだろ責任取れ!』とか、内乱もありそ」
「まあそんな、『何もしないのが正解』なんてバランスにはしないとは思うけど。何かしらの影響はあるんじゃないかなあ」
「いわゆるスタンピードが起こったりね。迫りくるモンスターから、拠点を守りましょう」
「拠点って?」
「そら、“ここ”よ」
「作らなければ破壊されないのに」
そうして話は拠点に戻ってくるのであった。今のところ、この拠点が攻められたとして感傷以外では特に防衛する理由が見いだせない。
家が出来たはいいが、何か守りたくなるような特殊な能力は特に見当たらなかった。
「……一応、アイリが戻ってきたら<鑑定>してもらうとするか」
「そだねー。何か、隠された能力があるのかも!」
「んなもん隠すなって感じだけどね……」
「まあ、手探りで見つけていくのも楽しいもんさ」
「せめてチュートリアルくらいは用意をだね?」
昨今、ここまで不親切なゲームもなかなか無いだろう。ハルがそうだったように、出会った人と情報交換をして数の力で解き明かして行けというメッセージだろうか?
「それまでは、スキル鍛えて待つとしますか。ハル君もやってるー?」
「当然。全属性魔法を操る、チート器用貧乏を目指すよ」
「チートなのに雑魚なんかーいっ。まあ、どう考えても一属性特化の方が強いもんねぇ」
「だね。まあ、僕は並列稼働で鍛えられるんだけどね?」
「うわ! これだから本物のチートは。運営はこいつにMPコスト課しておけぃ!」
「その時はその時で、またユキにMP回復薬を無限生成してもらうだけだね」
「ローズ様の再来なだけだった。一般人との差が開くだけだった」
そうやって雑談しているユキもまた、裏では複数の生産スキルを同時実行していることだろう。
喋っているだけだというのに、モンスターも居ないというのに、徐々にレベルが上昇している二人。
さて、こうして数字が増えていっているだけでも楽しいといえば楽しいだが、確かにゲームとしての大きな目的も気になるハルだ。
こうして山の頂上から見下ろしてみると良く分かるのだが、このゲーム、何処にも『街』が見当たらない。
つまりは多くのゲームにおいてイベントの集中する施設が存在せず、何かが起こるときはすなわち世界全体が影響下となる。
そんな大規模な騒動が起こった時、強制的に巻き込まれたプレイヤーたちは果たしてどういった反応を見せ、どのような行動を取るのか。どのような、混乱が起きるのか。
皆が楽しんでくれるならばいいのだが、そこも、少し不安に思うハルなのだった。
※誤字修正を行いました。「自身」→「自信」。忘れたころにやってきます。誤字報告、ありがとうございました。
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2024/8/24)




