第1222話 新たな世界の新たな役割
結局、悩んだ末、ハルたちはそれぞれ好きなスキルを取ることでまとまった。当たり前といえば、当たり前の結論。悩んだ甲斐がないとも言える。
まあ仕方ない。連携部分などというものは、結局足りない物が見えてからでなければ補いようがないし、なによりまだまだ仕様不明のこのゲームだ。
まずはどんな物か知るために、とりあえず使ってみなくては。
「わたくしは、<鑑定>と<採取>です! 鑑定は基本ですね!」
「そうなのね?」
「はい! これで良品を冒険者ギルドに持ち込んで、序盤の生計を立てるのです!」
「アイリちゃん? この大自然の溢れる世界に、冒険者ギルドはなさそうだけれど……?」
「しまった! まあ、なんにせよ有用なのです!」
「あはは。ハル君の妙な楽観視がうつってるねぇ」
アイリが選んだのは探検家セットのような構成。
この世界ではまた『素材アイテム』と『生産スキル』が存在し、前回のような科学技術によるリアルアイテム生成のお世話になる事はないようだ。
アルベルトは残念ながら今回は無双ならず。いや、対策されたのか。
「私はとりあえず<気配感知>ね。今回は斥候役なんかをやってみたいわ?」
「忍者だニンジャ。えっちなスケスケの服着るんだねルナちー」
「着ないわよ……」
「スキルは一個だけですかー?」
「まだ迷っているのよね。敵と遭遇した時用に、近接攻撃のスキルは持っておいた方がいいのかしら?」
「必要そうですね! 見つかっても、逃げ切れるように!」
「いーや。ここは、とにかく徹底的に戦闘を避ける方向がいいよ。隠密性の向上じゃルナちー」
「まあ、実際にやってみてから選んでも遅くないさ」
「そうするわ?」
レーダー役はまた自分がやろうかと思っていたハルだが、先に取られてしまったようだ。
もしかしたら、毎回ハルに探知を押し付けないようにと、ルナが気を利かせてくれたのかも知れない。
「んじゃ次は私だね。<調合>と<鍛冶>」
「生産職のユキさんです! これは、なんとも意外!」
「あなたもたまには後方支援がやってみたい時もあるわよね」
「いんや? バリバリに前衛張る気でいるよ? こりはだね……、大いなる理由があるのだ……」
「どうせしょーもないこと考えてるね?」
「しょーもない言うな! ハル君だってきっとそうする! なんてーかさ? 今んとこ戦闘スキルが頼りないっぽいじゃん?」
「そうだね。君たちほど動けると、逆に足を引っ張りかねないね!」
「そう言いながらセレステは使うんですねー?」
「もちろん! その方が楽しいからね!」
むしろセレステは、弱い状態で遊べることが嬉しいようだ。気持ちは分かる。
だがユキはそうではない。縛りプレイがしたいというならば他の適当なゲームで心ゆくままにすればいい。
なんだかんだ真面目で仲間想いの彼女なので、こうした時に目に見えて効率の下がる真似はしない。よって、この選択も実に効率的な論理によって導き出されているのである。
「バトルは自前の技能で対処して、スキルの方はそれ無しでは出来なさそうな物を取る!」
「確かに、効率的ですねー?」
「でしょ! 私は、戦う錬金術師になるのだカナちゃん!」
「戦う錬金術師ってー、別に戦いながら生産する変人じゃないと思いますよー?」
「僕もそう思うよ……」
たぶん戦闘用の薬品や爆弾などを、事前に作っておく生産職なのではなかろうか?
決して、派手なアクションを繰り広げながら片手間に生産スキルを実行する者の事ではない。
「まあ、ただ、僕もユキの選択は理に叶っていると思う」
「だよねだよねー。ハル君は分かってるー」
「この変人構成が、このゲームの攻略に繋がると?」
「大変なのです! ゆくゆくは、戦いながら合成する人だらけの世界に……!」
「ならんならん。そうじゃなくてさ、まだ戦闘の機会がそんなに無い訳じゃん?」
「うん。つまりは、序盤は生産職の方が効率よく経験値を稼げる可能性がある訳だ」
「そゆこと」
あまりに広大すぎるフィールドゆえか、会敵確率はそこそこに抑えられている。
その状況で戦闘スキルを揃えても、宝の持ち腐れ。あまり効率よく経験値は稼げないかも知れない。
ユキらしい、実に合理的な判断であると言えるだろう。
「……今、『序盤は』と言ったけれど、後々には戦闘が中心となる可能性もあるのかしら?」
「当然、ある! そーじゃなきゃこれだけある戦闘スキルが全部罠になっちゃう。まあ、戦闘スキルが必要になったら、そん時に取ればいいっしょ」
「ふむ? 道理ではあるが、システム上そこまで柔軟な乗り換えは出来ないと思っておいた方が良さそうだよユキ?」
「わーってるわーってる。皆まで言うなセレちん」
スキルレベルと浸食率、二つの育成要素が存在する以上、必要になったから取ってすぐに一線級、とはいかないだろう。
要求されるスキルは、あらかじめ育てておく事が求められた。
ユキもこうは言っているが、恐らくはその段階になっても戦闘スキルを取る気はないと見える。この特殊すぎる構成をとことん楽しむ気だ。
それに、なんだかんだ言ってユキならば、ぶっつけ本番でスキルを追加しても難なくものにしてしまいそうだ。
さて、ここまで斥候、採取、生産と役割が揃ってきた。見事にサポート向きのラインナップ。
彼女らの構成を活かすためには、ハルはどうスキルを覚えればいいのだろうか?
◇
「ハルさん決まりましたかー?」
「まあ、なんとなく。カナリーちゃんは?」
「私はー、じゃあ<剣術>を取って前衛でもやりましょうかねー」
「君は運動音痴だからね。持っておいた方が良いかも」
「音痴じゃありませんー。ちょっと慣れてないだけですー」
神であるというのに体術が微妙だというのは、それはもう運動音痴と断言して差し支えないのではなかろうか?
ハルは美しい所作で槍を構えた、逆側のセレステと見比べる。ハルの視線に不思議そうに首をかしげる動作すら、様になっているようだ。
彼女とカナリーの戦いを思い出すが、あれはまさしく『範囲攻撃ぶっぱ』のゴリ押しだった。
技術もなにもない、威力に任せた力押し。まあ、裏で行われていた浸食合戦においては、別人かというほどの繊細さを見せていたのだが。
「これでモンスターから皆さんを守りますよー。セレステなんかに負けませんよー」
「なるほど。どちらが優れた前衛として仕上がるか、勝負という訳だね! 負けないよ、カナリー!」
「んで、残ったハル君はどーすん?」
そう、カナリーまで順当に役割が決まり、あとはハルを残すのみ。皆の視線が、ハルの方へと集中した。
「そうだね。やっぱりここは、魔法を取ろうかと思う。まずは<地魔法>と、<風魔法>」
「うわ地味!」
「地味言うなユキ! ユキも言ってたろ? 派手な攻撃魔法には、しばらく出番はなさそうだし」
「ということは、追って全ての属性の習得を目指すのかしら?」
「大変そうなのです! 十二属性もあるのです!」
「なに考えてんでしょうねー? ユーザーが混乱するだけですのにねー」
「カナリー? 忘れているのかも知れないが、私たちのゲームも属性相性は十二で構成されているんだがね?」
「そうでしたっけー。もう引退したのでー」
「まあ、どう考えても、そこを基準にされたのだろうさ。まったく、困ったものだよ。また我々のゲームだと思われてしまう」
「フラワリングの方もそうしたしね」
「うむっ」
妙に複雑な属性相性は、ただでさえ混乱しているであろうプレイヤーを更なる混乱に叩き込む。もはや楽しんでいる節すらあった。
人気不人気が相当に偏った属性の中から、ハルがまず選んだのは中間程度の人気の二つ。
これは別に、ワールドレベルで選んだわけではない。現状即効性がありそうなのが、この二種であったのだ。
「高所で、山だからね。風と、地面かなと」
「なんか面白そうなこと出来そうですかー?」
「んー。多少の整地が出来そうだね。ここを拠点化する為の平坦化でもしようか?」
「それよりも今は、みんなで冒険に出ましょう!」
「そうね? アイリちゃんやユキは、まずは素材が無いと何も出来ないわ?」
「私も敵が居ないと役立たずですー」
彼女の神器、『神剣カナリア』を取り出してぶんぶん振り回している物騒なカナリーだった。
これもセレステ同様、形を再現しただけのハリボテ、良く言えばレプリカのようだ。
鍛冶に頼らずともとりあえず誰もが武器を装備できる世界。さて、そんな世界でハルたちは、生産スキルを稼働させるべく冒険の第一歩へと踏み出すのだった。
*
「あっ! 見つけました! これは鉄鉱石なのです! ゲットします!」
「ふーむ。ただ拾ってもアイテム化しないとか、不便な世界じゃ」
「そのくらいでいいのではなくって? 便利になりすぎると、その、前回のようになるわ?」
「あはは。直接鉄を生成して、好き放題に加工してだね……」
「……後半は悪夢のようだったわね? そして、そうね? アイリちゃんがアイテムを見つけやすいように、私は<探索>を取ろうかしら?」
「いいですねー。それは斥候のためにも、使えそうですしねー」
「よーし。どんどん取って、どんどんアイテムちょーだい」
「はい! 草だって、むしっちゃいます!」
薬の原料となる薬草を<鑑定>し、生産職であるユキへと渡すアイリ。ユキは受け取るやいなやその場で、すぐさまアイテム調合し始める。
「ひとまずの目標は、私が処理しきれない量の素材収集だね」
「これは私たちも<採取>は覚えた方がいいのかしらねぇ?」
「大丈夫です! ガンガン採りますから! あっ、ハルさん、そこの岩をどかせますか?」
「はいよ」
ハルが<地魔法>で、採取アイテムの障害となっている大きな岩をどかしていく。
今の主役となっているのはアイリであり、彼女の為にパーティは一丸となって稼働していた。これを一人でこなそうとすればかなりの非効率だ。
モンスターが現れた時は、危なっかしい手つきでカナリーが撃破する。
そうして、役割分担を終えたハルたちの冒険がついにスタートしたのであった。
※誤字修正を行いました。「中リー」→「カナリー」。新しいアダ名、ですかね……? 誤字報告、ありがとうございました。名前間違えすみません。




