第1220話 夢のなかの神のおつげ
そうして再び夜が訪れ、ハルたちは満を持して夢世界へと乗り込もうと準備を整えた。
皆、全員揃ってアイリの大きなベッドに集まり、気合を入れて眠りにつこうとしている。冷静に見れば、なんとも妙な状況だ。
「うーん、やっぱり、ポッドがよかったんじゃないかなぁ……」
「ユキはまだ言ってるよ。まあ、君の場合わざわざポッドから出てもらうことになったのは二度手間だとは思うけどね」
「おふとんだとちゃんと寝れるかなぁ……」
「そんな心配する人はユキくらいだろうね……」
「駄目ですよユキさん! みんなで一緒に寝ないと、一緒の場所に着かないかもしれないのです!」
「ふええ」
といったアイリによる懸念もあり、結局ポッドではなく、集まってベッドで、ということに決まった。
実際、ログインの際にどのような判定がなされるのか分からない。ハルが相乗りするようにして入った『宇宙船の男』も、ログイン時は別の場所に出ていたのだから。
「準備はいいすか皆様? これより、ユキ様の夢を基準として、全員を同時にその中へとぶち込んで行くっす! どうですかユキ様? 枕は変わりましたが、きちんと眠れそうですかね?」
「うん。まあ、休める時に休むのはゲーマーの基本だから。そこは、ポッドが来る前から訓練してたしね」
「……相変わらず遊びとはかけ離れた言葉っすね」
いかなる状況でも眠りに落ちることの出来るユキをベースに、ハルたちは意識を夢世界へと相乗りさせてゆく。
そのメンバーの中には、かわいらしい青色のパジャマに身を包んだセレステの姿もあった。
「お前、パジャマって……、昼間の発言はどうした……」
「ん? どうかしたかなハル? ああ、ハルは私が、全裸で寝るタイプだと思っていたのかい? 確かに堂々としていて私らしいと言えるかも知れないが、さすがに私も恥じらいがあってね……」
「いや、武装の持ち込みを試すんじゃなかったのかよ」
「もう少し冗談に付き合いたまえよ」
てっきり鎧を完備で挑むものだと思っていたのだが、そんなハルの読みは女心の前に脆くも敗れ去ってしまったようだ。
まあ今は、セレステを連れ込んでログインできるかを確かめられればそれで十分だ。
もしそれが可能であるならば、戦略の幅は大幅に向上する。
「まあいいさ。という訳だエメ。上手く事が運んだならば、私の本体のことは君に任せたよ?」
「わ、わたしでいいんすか……!?」
「もちろんだとも。共に、ハルに仕える者同士、信頼しているとも」
「はい! 任されたっす! 一緒にハル様の為に働くっすよ!」
「騙されてるぞーエメー。そいつ働いてないからなー」
「何を言う。毎日自宅の警備をしているじゃあないか」
そんな神級自宅警備員の仕事ぶりはさておき、ハルもまた意識が飛んだ後の対応を自身のAIである黒曜に任せる。
その設定をしていると、居残り組となるヨイヤミが唇を尖らせながら、参加できない不満を訴えかけてくるのであった。
「《ぶー、私も行きたーい。行きたかったなぁ》」
「もう少し、安全確認が済むまで待ってねヨイヤミちゃん。それに、今から眠れるのかな?」
「《眠れなそう! とっても元気!》」
「夜更かしするから……」
「《ふーんだ。ハルお兄さんが居ない間にハメ外しちゃうもんねー》」
「ほどほどにね……」
たまには、自由にさせてやるのも良いかも知れない。そのくらいの信頼は得ている。
それよりも、ハルたちが揃って傍を離れてしまう寂しさの方が不安要素か。
まあそこは、エメをはじめとしたこの地の神様たちが、遊び相手になってくれることで解消できるだろう。その為の天空城だ。
「んじゃ、そろそろいくっすよー。皆様目を閉じて、まずは電脳スペースに集まるっす!」
さて、それではいよいよ突入の時だ。吉と出るか凶と出るか。いや、エメが一日かけて組んだシステムだ、きっと成功するに違いない。
ハルたちは同じ電脳空間に集まると、まずはユキの夢へと入り込もうと試みるのであった。
◇
「ふむ? あれが話に聞く扉かな?」
「《あっ、まだ触っちゃダメっすよセレステ! 今からその扉にハッキングを仕掛けるっすから!》」
「ほう」
「《その扉と、中の世界まではトレースが出来てるっすからね。毎回律儀にミニゲームに付き合ってやる必要はないっすよ!》」
「《遊園地のやつだね!》」
「《そっすねー、ヨイヤミちゃんだと遊園地だったやつっすよー》」
その個々の夢の内部にて、更に奥へと続く扉を見つける事で、問題のゲームへとたどり着ける。そういう手順だ。
アメジストの仕掛けた儀式と手順が似通っているのは偶然か。それとも彼女がまた何か関わっているのか。それは分からない。
「《よーし、ハック完了。いつでもいいっすよー!》」
「よっしゃー。のりこめー!」
「……ユキ、あなた眠りかけなのよね? 元気いっぱいだけど、そっちは大丈夫なの?」
「ん? へーきへーき。まー私の場合はさ、体が起きてる時の方が寝てるよーなモンだし」
「分かったような分からない理屈ねぇ……」
そんな普段とほぼテンションの変わらないユキによって、夢への扉は開かれる。
その内部は既に、固有の景色を通り過ぎ、宇宙船の最後の扉を開いた後のように光に包まれた通路にまでショートカットがされていた。
「いい仕事だエメ」
「《いぇいっ! 褒められたっす!》」
「私も、問題なく入れるようだね? とはいえ、ここまでは想定通りか」
「《っす! その先、どうなるかは正直分かりません。セレステだけはじき出されるかも!》」
「まあ、ハルが行けたんだから、原理上私も大丈夫なはずだけれど……」
そういうことになるだろう。逆にセレステが無理だというならば、同じく人間扱いされていないハルもまた、あの世界にはたどり着けていないことになるのだから。
とはいえ、神であるセレステにはまた大きな隔たりがあるのも事実。ハルは良くても、彼女は行けないということも十分に考えられた。
「何にせよ、試してみれば分かること。エメ、やってくれ」
「《らじゃっす! むしろ、ハル様側でその扉を閉じれば、いつでも実行されるようになってますよ!》」
「分かった」
全員が中に入ったことを確認しハルが頷くと、夢の主であるユキがまた頷き扉を閉める。
そうして、光に包まれたハルたちは、改めて夢世界へのログインを実行したのであった。
*
光が晴れ、転移し行き着いたのは見知らぬ地。平坦な大地の先に霧がかった、いや、雲のかかったあれは大地の切れ目。
ここは平地ではなく高地の高台。というよりも、山の頂上に広がる空間のようだった。
「わお! いきなり天上スタートか! ずいぶん斬新なゲームじゃん。ここに拠点を建てよう」
「そういうゲームなの? いえ、そういうゲームだったとして、他の参加者の迷惑になるわよ?」
「気にすんなルナちー。先に権利を主張したモン勝ちじゃ。遠慮してたら、好立地はどんどん取られちゃうぞー?」
「しかし、注意しないといけません。ここが共通のログインポイントだとすれば、無条件で拠点に侵入できることにもなるのですから!」
思いがけぬ好立地スタートに、三人娘が湧いている。ハルはそれを微笑ましく見つつも、残るメンバーが視界に居るか、素早く見まわし確認していった。
「ここだよハル。どうやら、作戦は成功したようだ」
「セレステ。良かった、来れたんだね」
「私も居ますよー。まあ私は、ハルさんと同条件なので九割がた成功は見えていたんですがー」
「カナリーちゃんも」
セレステとカナリー、通常の人間と異なる二人組も、特に問題が出ることなくログイン出来たようだ。
ちなみに服装は普段着であり、つまりセレステはジャージ姿であった。
「うむっ。パジャマの持ち込みは出来なかったようだね!」
「普段のイメージが反映されているとしたらー、あなたそれでいいんですかーセレステー」
「問題ないとも。さて、しかしだね。現世との通信は、私の方も途切れてしまっているようだ。もしかすると、私なら維持したまま行けるのではないかと思ったのだが……」
「それはー、けっこう重症な世界のようですねー」
「本当にね」
神であるセレステにすら、肉体と意識の遮断を強要する。これは、かなりの異常事態と言わざるを得ない。
百年以上に及ぶ彼女らの歴史においても、このようなトラップを完成させた者は存在しない。このゲームそのものよりも、こちらの方が異常事態であると言えた。
「これでログアウトを封じられたならば、その者は実質的に“神を倒せる”。これは、なかなか厄介だよハル?」
「まあー、現状は『入った方が悪い』としか言えないですがー」
「はっはっは。それを言われてしまってはね!」
「笑い事じゃないんだけれどねえ……」
「ともかくだ、これで分かったことはもう一つ。この空間は、神が干渉できる世界だと確定した。ミントか誰か知らないが、この世界を作り運営している神が中に居るとみて間違いないだろう」
「ですねー。セレステが来れたんですからー」
「……そうだね。『神の干渉できない空間』という、僕の仮説は外れだったか」
まあ、仮説というよりも願望に近かったとも言える。論理立てて考えてみれば、こんなにしっかりとゲームとして確立されているというのに、それを運営する神が干渉できていないという仮定には無理があるだろう。
ともあれ、セレステのその身を張った実験により、多くのことが明らかとなった。
そして今後は中から神の力で解析することによって、いっそうの究明が進んで行くことだろう。問題があるとすれば、外部への通信方法がないことか。
「君の身体、大丈夫そう?」
「うむ。多少不安はあるが、まあ平気だろう。エメも居るしね。ついでに仕事が出来なくなってしまったが、それは不可抗力ということでね!」
「いよいよ名実ともにサボり魔が板についてきましたねーセレステー」
「ははっ。引退した君に言われたくはないねカナリー」
「……後でマゼンタかシャルトあたりに文句言われるんだろうなあ。僕が」
本来なら、意識の一部が遊んでいようとも問題なく仕事ができるハルやセレステ。そんなハルたちにすら並列処理を停止させるとは、恐るべき空間だ。
この夢から通じた世界について、探ることが急務であることは確実。しかし、だからといって現実の方もおろそかには出来ない。
どうやらハルたちは今まで以上に、時間の使い方についてシビアに計画を練っていかねばならないらしかった。
「おーいっ! ハル君ー! カナりんもセレちんもー! なーにやってんのー! さっそく攻略していくぞー!」
「……まあ、今は、考えてもどうしようもないことか」
「うむっ! そうとも! どうせ外部との連絡手段は存在しないのだからね! この地に居るうちは、純粋にゲームを楽しもうじゃあないかハル!」
「セレステはこの空間の解析も進めるんですよー? 遊びに連れて来たんじゃないんですからねー?」
「まあまあ。任せてくれたまえよ。神の処理能力を舐めないでもらいたい。全力で遊びながら、片手間に解析など余裕さ!」
「せめて全力で解析してくれ……」
珍しくプレイヤーとして参加できるのが嬉しいのか、ウキウキ気分のセレステ。そんな彼女に呆れつつも、ハルもまた、どうせなら彼女らとの冒険を楽しもうかと思ってしまうのであった。




