第1219話 枕の下へと本を置いて
頭に直接語りかけるようなアイリの呼び声に意識を集中していると、実にあっけない程そのまま意識は浮上しゲーム世界から離れて行った。
暗転する視界が回復すると、その目の前にはハルの事を覗き込む女の子たちの顔が至近距離にある。どうやら、ハルの体は今座った状態にあるようだ。
「おお! 戻ってきました!」
「お帰りハル君。調子はどう?」
「……ああ、ただいま。なんだか不思議な気分だよ」
意識が戻り、皆と挨拶を交わすと、そのまま異常が無いかを入念にチェックされる。
そして問題ないと分かると、安心した彼女らにより、今度は流れるように質問攻めに合うハルであった。
「まったく、驚かせないでちょうだいな。朝起きたら、あなたが意識不明だというから、本当にびっくりしたのよ?」
「びっくりしました!」
「すまなかったね。黒曜に任せたから、問題は無いと思っていたんだが。黒曜、お前、ちゃんと説明してくれたの?」
「《はい、もちろんです。ハル様の身に起きている状況を、詳細に皆様にご説明いたしました》」
「さいですか……」
黒曜のことだ、きっと事件の事を中心に、包み隠さず解説してくれたことだろう。
そうなれば必然的に、不安を煽る話題が多い。起き抜けにそんなことを聞かされては、アイリたちも心配で仕方なかっただろう。
「まあ、これに関しては僕も悪い。君たちに黙って作戦を決行してしまったんだからね」
「そうだぜーハル君。私らが起きるまで待っててくれれば良かったんに」
「いや、全員起きてたんじゃ夢に潜れないからね」
「それもそうか」
「言いくるめられないの、ユキ」
「まあまあー。ことは一刻を争う可能性もありましたしー」
踏み台として使わせてもらったヨイヤミはどうしているかと聞いてみると、今も幸せそうな顔をして眠っているそうだ。夜通し遊んでいたようで、まだ起きないだろうとのこと。
それならば、皆が起き出したタイミングでヨイヤミを寝かしつけても良かったのではないかとも思えたが、まあ今さらだ。それはそれで、ヨイヤミの教育に悪い。
「それで、成果はどうだったのでしょうか! もしかして、調査をお邪魔してしまいましたか?」
「いいや、助かったよ。正直、帰る方法が死に戻りしか無いんじゃないかと思ってたとこだ」
「あはは。ハル君はプライドが邪魔して、最後の最後まで出来ない奴だ」
「失礼な。自殺が可能なら、僕だってやるはずだ」
「ただし敵に殺されるのはどうしても嫌と……、難儀な性格ねぇ……」
「自分でもそう思う」
融合した精神の繋がりを辿るようにして、“こちら”へと戻ることが出来たハル。それが無かったのなら、今も『わざと死ぬべきか否か』などと考えて、悶悶としていたに違いない。
「しっかし、デスポーンが夢オチなんてぴったりな感じだねぇ。殺された夢見て、『ハッ! 夢か……』なーんて、ありがちじゃん?」
「人によってはそれ、毎日同じことをやりそうだけれど、大丈夫なのかしら……」
ゲームのあらましを聞いたユキたちは、まだ見ぬその世界に関しても面白おかしく語り合う。
彼女たちも、神の考案した新たな仕組みに呆れつつも感心しているようだ。
夢を媒介とした大規模なゲーム。ハルも皆も、異世界の技術を秘密にする手段に『その手があったか』と一本取られた気分になるばかり。
「しかしー、確かにミントっぽくない感じもしますねー?」
「そーなんカナちゃん? ゲームに文字通り『夢中』にさせるのは、結構アリだと思うんだけど」
「ユキ? 誰もかれもが、ユキのようにゲーム好きとは限らないわ?」
「ですねー。ゲームというのはその性質上、どうしても期間限定になりますー。大なり小なりー」
「確かに! わたくしも、ずっとおんなじゲームを遊び続けたりはしませんし……!」
「アイリの場合は、一度に与えられた選択肢が多すぎるのもあるけどね。でもまあ、それは現代人にとっても同じことか」
「ですよー? 遊びきれませんー」
「そんな中でも、自分のゲームを永遠に遊んでいたいと思ってくれる濃いファンこそが、求める人材だったって事は?」
「絶対ないとは言えませんがー……」
「なんとなく、ミントの求める永遠の安寧とは別種な気がするっすねわたしも。あいつはもっとこう、穏やかな生活をさせたがってた雰囲気があったというか。ゲームってのはその性質上、どうしてもアクティブになりがちっすから」
極論を言ってしまうと、『数値を増やす』ことがどうしても関わってきてしまいがちなのがゲームという物である。
それは現状維持の安寧とは真逆の在り方であり、それを求める人材がミントの求めるタイプであるとは考えにくかった。
「まあ、実のところ別に、ミントじゃなかったからどうという事もないさ」
「そだね! 結局誰だろうと追い詰めて、とっちめる!」
「わたくしも、やる気が出てきたのです! 神々を相手にとっちめるのは、気が引けますが……」
「とっちめるのは別にいいのだけれど、ユキもアイリちゃんも、そのゲームをやる気なの?」
「とーぜん! 新作ゲームと聞いては、やらいでか!」
「はいはい。ユキはゲームがしたいだけね……」
「だって『神ゲー』だぜルナちー?」
神の作ったゲームだから、『神ゲー』である。なお、この場合『クソゲー』であることとも両立できるので注意が必要だ。
「とはいえ確かに、現状ではあれこれ考えても答えは出ません。乗り込んで、確かめてみるのが手っ取り早いのも事実っす。ハル様のテストによって、大雑把にではありますが、侵入経路が確立されたので、再びのログインも可能そうです」
「それは、わたくしたちも行けるのですかエメさん?」
「行けますよアイリちゃん。皆様のどなたかの夢に相乗りして、って形になるでしょうけど、恐らくは全員が参加可能ではあるはずっす。それについてはわたしの方で、ちょーっとばかり調整のお時間を頂きたいんすけど……」
「よし! 寝よう! すぐ寝よう!」
「ユキのおばかさん。今起きたばかりじゃない。それに、エメの準備があるって聞いたでしょう?」
「でも、ハル君が居ればソロでなら突っ込めるんっしょ?」
「そうだけど、こういう時だけ妙な直感を……」
今すぐにでもログインしようとするユキをなんとかなだめ、ハルたちは来るべき突入に向けて自分たちも準備を行うことにする。
その際は、いかなる状況でもすぐに眠れるように特殊な訓練を重ねたユキに活躍してもらうとしよう。
とは言うものの、さて、いったい何を準備すればいいのだろうか?
*
「とりあえず、私は一度日本に戻って仕事を片付けるわ。この世界の二周年も近いことだしね?」
「じゃあ送っていくよ。君たちは?」
「私はパース。日本に行っても、特にすることないし」
「わたくしも、何か準備をするならばこちらでしょうし……」
「行ってらっしゃいー」
「カナリーは来るのよ? あなたの手も借りたいわ?」
「あーれー」
神々が事件を起こそうと、日々の仕事はなくならない。
ルナは自社の業務を夜までに片付けるべく、カナリーを連れ日本へと<転移>して行った。
ハルもそれを本体で送りつつ、分身もまたこちらに残しておく。
どちらかといえばハルの役目は、夢の世界への対処の準備が主になるだろう。
「さて、とはいえ、準備と言ってもいったい何をどう準備したものか」
「それはもちろん! 素敵な夢を見るための寝具の準備なのです!」
「ポッドでよくね?」
「ゆ、夢がないのです! あれは寝床ではなくて、ゲーム機なのです……!」
「いやゲームし終わったら入ったまま寝れるし、ベッドだって」
「いや医療器具だからね……?」
ハルを含めて忘れがちだが、あれは『医療用ポッド』なのだ。断じてゲーム機ではないのである。
まあ、ゲーム機として使いだした張本人がハルであるので、これに関しては強く言えない部分があるのだが。
「それに素敵な夢って言っても、行きつく先は同じなんしょ?」
「まあ、そうだね。ゲームにログインしている感覚と、ほぼ差はない」
「じゃあやることは決まった。ハル君の記憶をベースに調整と訓練、そして判明しているスキルからどれを取るかのリストアップだ!」
「むむむむ……、確か、凄いスピードで動けるのでしたね……、わたくし、付いて行けるでしょうか……!」
「うっし、特訓だアイリちゃん!」
「はい!」
本番に向けて特訓すべく、ユキとアイリは庭に出て行ってしまった。庭で特訓になるのだろうか?
まあ、二人が楽しそうなのでそれでいいか、と深く考えないことにしたハルである。
実際、入ってしまえば普通のゲームと変わらないので、特別なにか準備は必要ない。むしろ準備したとして、それを持ち込めることはないだろう。
ならばユキの言うように、攻略のための方針立てをすることこそが真の準備ではないか? 何より楽しそうだ。
「……いや待て。本当に何か持ち込めたりはしないだろうか?」
「何かって何をだいハル? 枕元に、武器でも置いて眠りにつくかな?」
「いきなり現れて危ないことを言うなよセレステ」
「まあ、武器は現地で自由に生成できるようだし、その必要はなさそうか」
ハルが考え込んでいると、気づけばセレステがすぐ隣に座って話しかけてきていた。もう十分に日も高くなってきたのに、未だにパジャマ姿である。
まあ、彼女の場合着替えたところで、ジャージ姿になるだけなので大差はないといえばそれまでなのだが。
そんなだらけているような彼女もきちんと情報は共有しており、ハルたちの置かれている現状はきちんと把握している。
こう見えて周年イベントの近付いたこの異世界の運営も、きちんとこなしているのだろう。きっとそうだ。ハルはそう信じることにした。
「しかし、枕元に置いた物品の持ち込み、これは一考の余地ありと私は考える。あながち冗談とも言い切れないのだよハル」
「というと?」
「そのゲーム、キャラクリを挟まなかっただろう? つまり己の姿は自動決定された訳だ」
「確かにね。僕は普段からこの姿のまま変えることはないから、あまり気にしてなかったね」
「ふむ? では『ローズ様』も、君の普段の姿と」
「やめろやめろ」
あれはきちんと女性体だ。断じて、ハルの女装姿ではないのである。
その時の様子を逐一、ソファーに寝転んでお菓子を頬張りながら鑑賞していたセレステを恨めしく睨みつけつつ、ハルは彼女の言葉について考える。
確かに、現代のゲームでは付き物であるキャラクリ、自キャラクターの体の生成の為の工程は、あの夢世界では一切存在しなかった。
「と、いうことはだハル! 夢への持ち込みに関しては、ある程度現実の状況が反映されているということ。それはつまり、枕を核兵器にでもして寝れば、いきなり最強アイテムを持ち込めるかも知れないよ?」
「怖いわ! いきなり地形を変えようとするな! というか枕元から枕になってるし……」
なんだか硬くて寝心地が悪そうな枕である。夢見も実に悪そうだ。
「それに、物品が持ち込めた形跡はなさそうだよ。アイテム欄は空だったしさ」
「ふむ。身につけないとダメなのかな? ならば、パワードスーツをパジャマ代わりにして寝ようじゃないか!」
「見た目だけ反映されたらどうするんだ! 他プレイヤーのいい笑いものだ!」
「いいじゃあないか。パワードパジャマを着て寝る痛い人でも」
「よくないだろ……」
「……じゃあ、これはどうだいハル? 例の方法で、私が擬態したパジャマを着て寝るというのは。また、私を内部に持ち込めるかも知れないよ?」
「……着ては寝ないが、それはアリかもねセレステ。今回の仕様は、君ら神様を連れて行ける可能性はある」
これこそが本題と、セレステの目は冗談を止めてここで鋭くなる。
彼女はどうやら今回のゲームに自分も参加しようと、そう考えているようだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。どうにも「=」が紛れ込んでしまうようで、ご迷惑をおかけしております。
追加の修正を行いました。セリフの途中で入ってしまっていた改行を修正しました。誤字報告、ありがとうございました。(2024/5/21)




