第1218話 考える彼
難なく初戦を制することの出来たハル。しかし、困ったことに、このゲームで任意にログアウトする方法は死ぬこと、すなわちこうした戦闘で負ける事だけだという。
非常に負けず嫌いなハルにとって、その方法は最後の手段だ。意地の張りすぎだとハル自身もしみじみ感じてはいるが、性であるので変えられない。
「よっし。戦闘は問題なさそうだね。じゃあレベルが上ったろ今? そこの説明もしていこうか」
「ああ、よろしくね」
そんなハルの悩みなど露知らず、ウェンディは解説を続けようとするのでハルも意識をそちらへ向ける。
今の戦闘でハルのレベルは3まで上がり、それと同時にスキルポイントなるものも入手できたようだった。
「……スキルポイント制か」
「そう。それを使って、好きなスキルを覚えなよ。どれだっていいよ? 私は口出ししないからさ」
「そうだね。とりあえずは、保留かな」
「あーらら……、そこは慎重なんだ……」
「まあ、様子を見て。それに、仲間との兼ね合いなんかもあるかも知れないし」
「迷わず戦闘スキル取ると思ったのに。それに、このゲームあんま普段の友達のこと考えすぎない方が良いよ? 合流できるとは限らないからね」
「なるほど。ウェンディも?」
「ああ」
聞けば、彼女はよく遊ぶ友人が居たが、この世界ではまだ合流できていないという。
その人ははまだこちらに来れていないのか、それともこの広大な世界で別の場所へ飛ばされたのか、それは分からない。
しかし、普段から関わりがあるとしても、こちらの世界でも共に冒険できるとは限らないようだった。
「前回とは微妙に違うのか……?」
「何の話だい? なにせリアルで連絡を取り合おうとしてもさ、起きたらここの事忘れちまうんだもの」
「確かにね。それじゃ、『一緒にゲームやろう』とはいかないか」
夢は起きればすぐに忘れてしまうという性質を利用しているのか、このゲームの秘密が世に広まることはない。
しかし、ゲームの利便性としてみれば、そうした弊害も出ているらしかった。仕組み上、根本的な解決は難しそうだ。
「でもヘーキヘーキ! こっちの仲間だって、つるんでればすぐに気が合うさ!」
「君はもうパーティを?」
「ギルドが近いかな? あの山を越えた向こうに集まってる。アンタのことも紹介してやるよ」
「ふーん」
正直、あまり気乗りはしないハルだ。正面から逆らうほどではないが。
ゲームのシステムにもよるが、基本的にハルは初対面の相手のギルドに入るようなことはしない。このゲームでは、とくに控えるべきだろう。
なので、どう見ても仲間に入れる気まんまんのウェンディには、このままだと少々申しわけないことをしてしまう。
そんな、ハルの葛藤が世界に届いた訳ではないだろうけれど、ハルを先導しての移動を再開しようとした彼女の体に、急な変化がおとずれた。
「……おおっと。悪いねハル少年。どうやら時間切れみたいだ」
「起きるってこと?」
「そうらしい。動きが鈍ってきた。アンタも気を付けなよ? これはどんな状況だろうと、抵抗できない。戦闘中でもね」
「それは厄介」
「でも気合を入れればー! 数分くらいは留まれる!」
「……いや、起きていいから。体に悪そうだし」
現実では今、彼女の体が『もっと寝ていたい』と覚醒に抗っているのだろうか? いわゆる『あと五分』状態。
こうした状態の人のデータが積み重なって、今の日本人の平均睡眠時間を押し上げているということか。
……真実を知ってみれば、なんとも気の抜けるような話である。
いや、この平和な見た目に騙される訳にはいかない。既に平均を押し上げる程の結果を出しているのだ。
彼らプレイヤーが今後さらにコツを掴めば、いずれはもっと滞在時間は伸びるかも知れない。
そうなればいずれは社会活動全体に影響は波及し、しかも原因不明ということで大きな混乱も起きることも考えられた。
「とにかく! 山の向こうにキャンプがあるから! アタシの紹介だって言えば伝わるはず!」
「了解。ありがとうウェンディ」
「いーってことよ! んじゃ、楽しんでね!」
ハルに手早くそう言い残すと、ウェンディの体は消失していった。夢から目覚め、現実に戻ったのだろう。
「さて……」
申し訳ないが、正直都合が良い。ハルは目指していた山に背を向けると、もと来た道へと振り向き戻る。
彼女には悪いが、今はあまり多くの者と接触する気はないハルだ。特に、組織へ所属する気は起こらなかった。
「出来ればこっそりと情報だけ取って帰りたいけど、それも印象が悪いよね。バレないように、ってのも難しそうだし」
メニューを開けばマップにプレイヤー位置が表示されてしまうため、隠れての情報収集というのもやりにくい。
その辺を解決するスキルなどもあるのかも知れないが、その点においても初心者のハルよりも相手の方が有利。今は近付かないのが吉である。
ハルはひとまずその場に、川辺に飛び出た大きな岩の上に腰を下ろすと、現状についてをゆっくりと考えることにしたのであった。
◇
「整理してみよう。このゲームを作ったのは神様、なのはほとんど間違いない。しかし、それはいったい誰が? 下手人と目されるのはミントが今は最有力だけど、少々解せない部分も多い」
彼女の目的は、『永遠に』対象を電脳世界に閉じ込めることだ。更に言えば、セフィと同等の、肉体を持たず完結するいわば精神生命体の確立。
そのために、ゲーム仕立ての世界を夢と繋げ、その中毒にする。
ゲームにハマったプレイヤーは、もう少し、あと少しとプレイ時間を増しているうちに、いつしか完全にゲーム世界に、夢の中に閉じ込められてしまう。
そう考えれば、辻褄は合う、ようにも見える。
「ただ、どうしても違和感がある。果たして本当に、ゲーム仕立てである必要はあるのか?」
ゲームはハマるものだが、一方でまた飽きるものでもある。
もちろん、その中でも飽きない者だけを選別するという事なのかも知れないが、ミントの目的は別に、ゲームにハマってくれる者を見つける事ではないのだから。
「だとすれば、下手人はミントとは別に存在する? ならまたアメジストか? ……あり得る話ではあるけど、さすがにしばらくは大人しくしてそうなんだよな。それに、こっちまであの子が手掛けたとなれば、どんだけ万能なんだってなるし」
使っている技術はアメジストの手掛けた物も混じっているし、彼女は暗躍大好きな黒幕タイプではあるが、同時に大規模なゲームを二種運営する余裕はないはずだ。
態度の上では余裕たっぷりだった彼女ではあるが、その実、裏ではいっぱいいっぱいだったことも伝わってきた。
「こちらもあの子の作品だというのは、少々考えにくい……」
……ならば、誰が? いや、神様なんて皆怪しいので、正直誰が犯人でも納得はしてしまうハルなのだが。
「まあ、今は、推定ミントとして話を進めるか。彼女が関わっているのは、ほぼ間違いないことだし」
何かしら、ゲームでなければならない理由があったのかも知れない。ハルもまだ、彼女の計画の全容を細かく知っている訳ではないのだから。
確定するにも否定するにも、まだまだ材料不足。それはこれから、この地を探索するのと共に探って行けばいいだろう。
「それにしても、良くできてるねこの世界。特に、プレイヤーを無差別に引き入れておきながら、ログアウトと共に夢として処理され記憶が消えるってのが特に」
オフライン空間であり、秘密主義の生徒達が集まる学園を舞台に選んだアメジストもやり手だったが、こちらも機密保持に関しては実に優秀。そこはハルも手放しで褒める部分である。
むしろハルも見習いたい所だ。ハル自身も、二つの世界の融和へ向けて歩を進めたいとは思っているが、大っぴらにやりすぎると騒ぎになるので、二の足を踏んでいる部分があった。
アメジストもこの世界も、そこを実に上手く解決し、いい塩梅で段階を踏んで、ある意味で世界の融和に一役買っている。
「……やっぱりアメジストか? あいつがまた『善意』で、『僕の為に』ここを用意したとか。……いやいや」
考えれば考える程、ドツボに嵌っている感がある。何が真実で、何が妄想なのだろうか?
ハルの精神そのものが、この夢の世界で化かされている気すらしてくる。
「とりあえず、起きればログアウト出来るって部分は安心だよね。僕はともかく。しかし、途中に挟まっていた『個人の夢』と違って、ウェンディの意識はハッキリとしていた。恐らくだが、レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えも問題となっていない」
人は睡眠中、脳の活動が活発な時と、脳が休眠状態にある時の二種類に分かれている。
夢という物は片方でしか見ることはないとされており、このゲームがその『夢』であるならば、プレイヤーは約一時間半程度でぶつ切りにログアウトさせられるはず。
しかしウェンディの話によれば、寝ている間はずっとゲームをしていられるということだった。
「つまりは脳の活動による夢とは、この世界は直接関係がない? 関係があったのは、ここに至る道中の世界のみか……」
それはこの世界が、エーテルネットとは切り離された空間である事と関わっているのかも知れない。
エーテルネットが生み出される前から、人類が持っていたという原初ネット。モノリスに記されていたというそれの内部に、ハルは今居るというのだろうか?
「それもまた、考えても答えは出ないか。中から探る、なんて言っても、中に居るからこそなにも出来ないしね。やはりゲームを攻略するのが近道か、と、おや?」
ハルが『考える人』のようなポーズを取って、岩の上にてうずくまっていると、不意に誰かに呼ばれた気がした。
メニューを開きマップを見るも、他にプレイヤーが居る表示はない。
かといって空耳かといえばそんなはずもなく、確実に誰かがハルを呼んでいた。
「ああ、この声はアイリだね」
世界を超え、ネットの隔たりさえも超えて、魂の繋がりを通じハルを夢から引き上げる目覚めの呼び声が、その耳に響いて来たのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




