第1217話 怪物に襲われる悪夢の世界?
そうしてハルは、とりあえずこのウェンディという女性からこの世界の情報を色々と教えてもらうことにした。
メニューの内容を見る限り、『アイテム』や『スキル』と、基本的なRPG要素が取り揃えられた構成であることが分かる。
数歩先を行き案内してくれる先輩の態度からも、そこまで変な要素は取り入れられていないことが読み取れた。まあ、彼女が生粋のゲーマーで、大抵の物には動じない可能性もゼロではないが。
「まずはなんにせよ、レベルはどうしたら上がるんだい?」
「おーそれはねぇ、モンスター倒せば上がるぞー」
「普通だね。しかし、そのモンスターが周囲には見当たらないようだけど……」
「広いからな、ここ。頻繁に出会ってたらウゼーから、配置が少ないんだよきっと」
「ふむ?」
ハルはウェンディの背を追いながら、森林の間を流れる美しい川を逆流するように進んで行く。
二人とも飛び跳ねるようにジャンプし進み、その速度はそれなりに高速だ。地下鉄並み、とまではいかないが、車並みの時速は出ているだろうか?
聞けば、これくらいの速度が出ないと、いつまで経っても一つのエリアの横断も出来ないらしい。頻繁な戦闘があってもまた同じ。
「にしても慣れてるな少年! アタシも何人か初心者は見てきたけど、そんなに動けるのはアンタくらいなもんさ!」
「まあ、夢でゲームだと思えば、これくらいは」
「さてはゲーマーだな!」
「まあ、そこそこ」
これより更に高速移動を基本とするニンスパの開発に携わる者だ。個人的にも、移動はスピーディーな方が好みなハルである。
そして確かに、このフィールドは実に広大。この幅の広い川が流れる森のエリアも、遠く霞んで見えた山に至るまでずっと続いているようだ。
初期状態でこのくらいの移動速度がなければ、森に降りて少し進んだ程度の所で夜が明けてしまうことだろう。
「そういえば、君の用事はいいの? 時間は限られてるんだろう、このゲーム」
「あーあー、いーのいーの。別になんか目的があって来てた訳じゃないし? というか私らもまだ、何を目標にゲーム進めればいいとか分かってないんだよね」
「ふーん」
まだまだ手探りの、初期段階。彼女の交友関係がどの程度かは不明だが、少なくともウェンディの仲間は、ここ最近にこのゲームに迷い込んだ者ばかりであるようだった。
「でもま、制限時間が迫ってんのは確かだね! アタシが起きてる、いや寝てるうちに、アンタに戦闘のイロハは叩き込まないと!」
「お手柔らかにどーぞ」
「そっちも自信満々かぁ? なっまいきー」
「まあね。よっぽど変な相手の所に、連れてかれなければだけど」
「んなこと言ってると連れてっちゃうぞー。って、その心当たりに引き合わせるには、こっちの時間が足りないか。良くてあと一時間で強制排出、ってとこかなぁ」
「強制ってことは、任意もあるの? メニューには、ログアウトが見当たらないようだけど」
「バリ違法だよねこれ。任意も、あるっちゃある」
なんとなく、含みのある言い方だ。ハルにも可能な方法であればいいのだが。
なにせ、睡眠を経てこの世界に来たわけではないハルだ。起床することによる、強制ログアウトが存在しない。
果たして、ハルはこの世界から脱出する事が可能であるのだろうか? 当のハルが記念すべき一人目の意識不明者となってしまっては、笑えない事態だ。
「おっ。敵が出たみたいだね。よし少年、アンタの力を見せてみな!」
「やっとか。待ちくたびれたね」
「なんだい、見かけによらず戦闘狂かい少年?」
「……そういう訳じゃないけど。でも、エンカウントが低すぎると面倒だ、とは思う」
自在に連続して戦えねば、効率的に成長ができない。なので基本的に、モンスターとの接敵は多い方が好みなハルだ。
なので戦闘狂というよりは、ただ効率的なのだと思っているハル。『それを戦闘狂と言うんだ』と言われてしまえば、まあぐうの音も出ないのだが。
そんな戦闘狂なハルの、記念すべきこのゲーム初バトル。果たしてこの世界では、どのように楽しませてくれるのだろうか。
*
「気を付けな少年! このエリアの敵にしては、強い相手だし数も多いよ!」
「やっぱり初期エリアなの? ここは」
「たぶんね!」
「……まだそこまで情報も出そろってはいないか」
先輩ぶるウェンディも、まだまだ初心者であることには変わらない。彼女もまだまだゲーム全体で見れば開拓者。持っている情報は、そこまで多くないようだった。
そんなことよりも今は、目の前の敵に集中した方が良いだろう。
モンスターの数は三匹。大型の鳥タイプのモンスターで、体長に対して大きな割合を占める嘴が特徴。よく『アックスビーク』と呼ばれるタイプに近い見た目だ。
その嘴の位置はハルの腰よりも高く、その翼を広げれば全長は人間よりも巨大になるに違いない。
現実に出たら、間違いなく命の危険があるまさしくモンスター。即時、害獣駆除の対象となるに違いない。
「とりあえず、まずは当たってみるか」
「ってオイオイオイ! んな無防備に近づいて……、ってホラ言わんこっちゃない……!」
目も当てられない、とばかりにハルの無警戒さに目を覆うウェンディ。
ハルがいったい何をしたかといえば、鳥の一匹へと無造作に歩み寄ると、回避の様子も見せることなくその巨大な嘴のアタックをまともに受けた。
衝撃と共にハルの体力ゲージは二割ほど削られ、緑色で満タンだったバーが右から赤く染まっていく。
「なるほど、こうなると」
「アンタわざと受けたね! やっぱ戦闘狂か!」
「失礼な。実に冷静な判断だと思うよ?」
ダメージ感を知っておかねば、立ち回りも組み立てられない。それに後方で見守り手を出す様子のない彼女の様子から、一撃で即死はないだろうともハルは判断したのだ。
その読みは的確であり、慎重に戦えばそう苦戦する相手でもなさそうだった。
「大丈夫かい!? 手を貸そうか!」
「いや、必要ないね。次からはきちんと避けるさ。幸い、この体はそこそこ動けるようだしね」
広大なマップを高速移動する身体能力は、そのまま戦闘能力の高さにも直結する。再びモンスターはハルをその口でつついてくるが、それを二度受けてやるハルではない。
右に軽くステップし華麗に回避すると、その勢いのまま一回転、空中で回し蹴りを怪鳥に叩き込んだ。
「ヒュウ! やっるぅ!」
ウェンディの感嘆を聞き流しながら、着地と同時に二匹目へとハルは駆ける。今度は拳を握り込むと、敵が頭を振りかぶるより速く、その頭に腕を深々と突き入れる。
回し蹴りで吹っ飛んだ一匹目に続き、二匹目も浅い川の流れの中へと倒れ伏す。
残るは一匹。羽ばたき空へと上がろうとしているその体を、また飛ぶよりも速く高々と足を蹴り上げた。頭より高く上がったキックは丸々とした腹に食い込んで、最後の一匹もハルは何もさせずに川の中へと沈めていった。
「お見事お見事! いや少年、動きがプロだね。どこで鍛えたんだい?」
「まあ、ゲームで」
「いーや嘘だね。その動きは、リアルで格闘技とかやってる奴の動きだ」
「……なんでそう思うの?」
「だってこのゲームそんな風に動ける機能とか付いてないもん。それよか、まだ終わってないぞー少年ー」
「おや。ずいぶんと硬い」
綺麗に三体とも仕留めたと思ったが、まだまだどの個体もピンピンとしている。
なるほど、モンスターが少ない代わりにタフなタイプのゲームなのか。それなら、彼女が『数が多いと面倒』と語った理由も頷ける。
とはいえ、面倒であるだけでハルの敵ではない事に変わりはない。
ハルは再び構えを取ると、一斉に羽ばたいて襲い掛かる鳥たちに本当に動かなくなるまで殴る蹴るの暴行を加えて、狩猟完了していくのだった。
*
「やれやれ。ようやく倒したのか」
「お疲れさん。ま、アンタがどんだけ達人の動きしようと、威力はステータス依存だしね。多少のボーナスはあるかもだけど」
「そこはまあ、ゲームだから」
逆に、完全にアクション依存の威力しか出なくてもそれはそれで困る。最終的には人間の限界値の攻撃力までしか出せないということなのだから。
そんなステータスも、レベルアップで成長したハルだ。今後はもう少し、迅速に狩りが完了できることだろう。
「しかしヒヤヒヤしたよ。武器も出さずにずっと素手で戦うんだもの」
「……はい? 武器が出せるの? ……確かに、装備もなしに放り出されるシビアなゲームだなとは思ったけど」
「うん。ほら」
手を胸の高さに掲げるウェンディに注目してみれば、その手の中に長槍タイプの武装が生成される。
ハルも見よう見まねで念じてみると、その手の中に一振りの刀が出現した。
「……本当に出た。説明書に書いておけって」
「ははっ! 全くモンスターにビビらない人はそうなるんだね、面白いこと知ったよ!」
「教えてよね……」
「悪い悪い! 見入っちゃってさ! でも最初はハラハラしたよ! 無防備に突っ込んでいくからさぁ」
「すまない。でも、あれ以降は問題なかったでしょ?」
「ああ、安心して見てられたよ。死んだらそこで強制起床だから、ヤバかったらもちろん助けるつもりだったけどね」
「教えてよね!?」
死ねば強制ログアウトであるらしい。まあ、当然といえば当然の流れか。まさに『夢オチ』、という奴である。
要するにこれが、任意のログアウト方法なのだろう。しかし、困ったことになった。負けず嫌いなハルとしては、どうにもこのログアウト方法、実行する気にならないのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




