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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部2章 エリクシル編

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1213/1793

第1213話 振り向けばそこにある世界

 ハルが足を踏み入れたレストランでも、腰を落ち着ける間もなく慌ただしく変化が巻き起こっていく。

 テーブルからは次から次へと豪華な料理が“生えて”きており、ハルの目の前に山と積まれる。まだ注文も出していないというのに、サービスのいいことだ。


「話によれば、食べ放題の夢も多いと聞くが」

「《どうでしょうねー? それは実際の報告というよりも、『想像上の夢』というちょっとややこしい話も含まれてきますのでー》」

「《基本的に起きたら忘れるらしいっすから、データとして残りにくいんっすよね。とりあえず食べてみればいいんじゃないすか? 完食すれば、次のステージへの扉が開けるかも!》」

「《どうでしょうかー。その世界の食べ物を食べることをトリガーとして、夢世界に囚われてしまうのかも知れませんよー?》」

黄泉戸喫よもつへぐいかい……」


 まあ、そんな単純なトラップではないとは思うが、下手な行動は取らない方が無難だろう。

 ハルがそう思って料理から視線を外しもと来た道へ振り替えると、そこにはあったはずの入り口は既になく、壁が一枚、窓もなく広がっているだけだった。


「《閉じ込められましたね。食べるまで出さないって意思表示っすかね》」

「茶化すなエメ。特に、そうした特定の意志は感じない。むしろ、急に振り返ったから仕方なく壁を作った、といった勢いを感じる」

「《即興のアドリブ構築ですかー。夢の中の人も大変ですねー》」

「《じゃあいっそ、だるまさんがころんだみたいに事あるごとに急に振り返ってみません?》」

「夢の中の人を困らせるなよエメ」


 ハルは壁に背を向けると、まだ生きている通路へ向けて歩き出す。目的地が存在するのかは分からないが、とにかく色々と歩き回ってみるのがいいだろう。


 そうしてハルがレストランの裏口から外へと出ると、そこは小高い山の上。数歩先には、切り立った崖が口を開けていたのであった。


「……ワープは基本か? 僕は平地に出て、平地のレストランに入ったはずなんだが」

「《整合性せいごうせい皆無かいむですねー。エメー、どーなってんですかー? 経験者でしょー?》」

「《もう憶えてないっす! 今はわたしも、他の神と条件は同じっすし……》」

「《使えませんねー》」

「本人の視界の範囲が世界の全てで、その外の物は、夢の中の人がその都度生成しているってことなのかな」


 つまりはハルの周囲にしか世界は無く、それ以外は全てあやふやな状態。それが、今ハルが居るこの世界の正体ということだろうか?

 ある意味、アメジストの作った『個室の世界』と似ている気がする。物理的に狭い世界か、精神的に狭い世界かの違いはあれど。


「《しかし、そうなると今その世界を構築しているのはハル様ってことっすよね? 周囲は遊園地のままっすけど》」

「そう、なるのかな?」


 ハルは崖の上から、ふもとに広がる広大な夜景を眺めつつエメの問いについて考える。

 確かに、ヨイヤミのアクセスを遮断しゃだんした今、この地へのヨイヤミによる影響はなくなった。今の『世界の主役』はハルであるはずだ。

 だが今も、眼下には変わることのないライトアップされた遊園地の輝きが世界を照らしている。


 先ほどはハルの周囲にしか世界が存在しないと仮定したばかりだが、こうして見ると彼方の先までも、延々と遊園地が広がっているようだった。


「《ここで『だるまさんがころんだ』しましょー》」

「やってみようか。賭けてもいい、後ろにレストランはもう無い」

「《そんな感じするっすね……》」


 ハルがおもむろに崖から振り返ると、予想の通りそこにはレストランは存在していなかった。それはいい。予想の通りだ。

 ……それはいいのだが、少々困ったことになった。ハルの振り返った先は、そちらもまた、同様に絶壁ぜっぺきの切り立つ崖になっていたのである。


「……なるほど、だんだん分かってきた。これは、『僕は今崖の前に立っている』という情報がベースとなって、背後の世界が再構築された。そういう生成ルーチンだね?」

「《冷静に分析してる場合っすか! 詰みじゃないっすかそれ!》」

「《もうどっちを向いても、ハルさんが崖の前に立っていることは変わりませんねー》」

「まいったね、どうも」

「《参ってる場合っすか!》」


 試しにもう一度振り返ってみても、状況は好転しない。ハルは相変わらず崖の上に立っており、相変わらず広大な遊園地を見下ろしている。

 先ほどと比較してみると、遊園地内の施設の状況が変化しているように思えるが、まあ些細なことだ。どうせたどり着けない。


「観覧車の位置が違うね、さっきと」

「《ジェットコースターが増えてますねー》」

「《構成ガチャします? 何度も振り返ってみれば、観覧車三本の謎遊園地が生まれるかも! って、遠景の内容なんて今はどーだっていいじゃないっすか! ピンチっすよ、ピンチ! もう一歩も動けないっす!》」

「この程度の何がピンチだというのか」

「《そうですよーエメー。ハルさんなめんなですよー》」

「《だって、考えてもみてくださいよ。明らかに、夢の主導権がハル様にはないんですよ? 遊園地であることから考えて、またアメジストのスキルシステムが関係しているのは明らかです。そうなると、ハル様には圧倒的に不利な条件です》」

「確かに」


 スキルシステムによる判定下では、ハルは人間として判定されない関係で、どこであっても非常に不利を強いられる。

 もしこれがアメジストのゲームと同様の世界創造のゲームだったなら、ハルはまた何も出来ない事になるのだ。


 しかも、今回はハルの代わりに想像力を発揮してくれる女の子たちは居ない。完全に、無能力の役立たず一人で放り込まれたに等しかった。


「それに、僕を基準に判定されているなら、草原の世界になるはずなんだよね一応」

「《確かに! やっぱりマズいっすよ! どーなってんでしょ? バグったっすか?》」

「《まあー、ヨイヤミちゃんの代わりにハルさんが残った形ですからねー。想定外の挙動には違いありませんねー》」

「まあ、そうは言ってもだ、ここがまだ電脳世界だってことには変わりない。安心していいよエメ。肉体のまま放り込まれた前回とは、訳が違うからね」


 肉体から切り離されたとはいえ、別に持てる力の全てを失った訳ではない。魔法もエーテルも封じられた前回の方が、よほど不自由だった。


 この世界がなんであれ、電脳空間上で構成された世界であることには変わりない。

 であるならば、そこはハルの領域だ。電脳空間において、ハルに敵など存在しない。


「じゃあ、たわむれは終わりにしようか。別にお行儀よく、地に足を付けている必要もない」





 ハルは既に四方とも足の踏み場がなくなった崖の上から跳び上ると、そのまま上空へ向けて飛行していく。

 ここでも魔法を使える訳ではないが、電脳世界での行動など元から自由自在だ。

 特に、直前までヨイヤミと居たのはほとんど何も定義がされていないまっさらな空間。ここがそれをベースとした世界なら、大抵の行動が思い通りである。


「唯一、マップの構築だけは思うようにいかないけどね。それも、なんとなくだが考えはある」

「《おお! 飛べたんすね! それならそうと言ってくださいよハル様。わたし、『思い切り上を向いてジャンプすればワンチャン全く違う場所に着地するかも知れない作戦』を提案するところだったっすよー》」

「《それやって、ワンチャン足元の地面が消滅しちゃったらどうするんですかー?》」

「《高所から落ち続ける夢ってやつっすね!》」

「笑えん……」


 まあ、見ての通り飛べるので、どんな高さから落下しようとも、ハルならばどうとでもなるのだが。


 そのハルは飛行能力を使い、無事に地面のある高さまで降下する、という訳ではない。

 逆に、どんどんと更なる高所まで、かなりのスピードをもって上昇して行った。


「いつの間にか、僕の立っていた崖が塔になってるし。まあ、そんな改変ももう起こさせないさ。視界の範囲がキモだというならね」

「《なるほど。上空から全域を俯瞰ふかんしてしまえば、一切の改変の余地がなくなるって訳っすね。ハル様の視力なら、遠すぎて詳細が見えないなんてことも心配ないっすね。これは逆に、相手の方が詰みっすよ!》」

「《夢の中の人と勝負ですよー》」

「人格があるとは思えないけどね」


 もし仮に手動で構築を行っているとしたら、いきなり超広域の世界構築を行わされることとなり、ご愁傷様と言う他ない。

 実際、ハルのやろうとしている事は、そうして世界に負荷をかけることに他ならない。視界の範囲を目一杯に広げることで、このあやふやな世界構築の限界を探ろうというものだ。


 ハルが高空へと上がるごとに、その視野に収まる範囲も広くなっていく。そうして俯瞰ふかんした遊園地の全景は、視界を逸らすことがないのでもう動きようがない。


「……細部がブレ始めたね。照明の色なんかが、微妙にすり替わってる。小癪こしゃくな」

「《ですが逆に言えば、その程度の小細工しか出来ないってことですよー。施設の形やその配置なんかは、変えようがありませんー。あと一歩ですよー》」

「《何と戦ってんすかねこれ……》」

「まあ、どこまで広大な世界を作れるかの勝負ってとこだね」

「《大丈夫っすか、後ろを見ずに上昇し続けて? 『天井』にぶち当たったりしないっすか?》」

「その時はその時で。そこが世界の限界さ」

「《いっそ、後ろにも目を付けてはどうですかー?》」

「ふむ。いいかも知れないねカナリーちゃん」


 背後まで定義してやれば、それだけ世界に負荷をかけられる。ナイスアイデアとばかりに、ハルはいつものように新しい眼球を構築、己の背後に向けて配置し起動した。文字通り、『後ろに目がある』という奴である。


 そんな、軽い気持ちで行ったハルの行動。それが、この世界に一気に激震をもたらすことになる。

 なんと、新たに監視を始めた後方にも、空から見下ろした遊園地が構築された。ハルはその上空の遊園地に向けて、高速で落下じょうしょうしていくことになる。


 このままでは『上空の地面』に叩きつけられることになる。そう警戒した矢先に、その変化は起こった。

 両面に存在する世界という矛盾に、ついに世界が耐えきれなくなったか。一面に広がる遊園地の世界は、ひび割れるように崩壊を始めたのだった。

※誤字修正を行いました。また「ー」が「=」になってしまっていたようです。誤字報告、ありがとうございました。申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホラーゲームなら振り返りを繰り返してるうちに大口開けた着ぐるみとか青い鬼とかカナリーちゃんとかが現れて丸呑みにされるやつですねー。そしてハルは提供されたおりょーりをお残ししたせいで崖っぷち…
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