第1210話 人の見る夢の総体
「つまりミントは、僕らに気づかれることなく、全人口に向けてアクセスする手段を手に入れた。そういうこと?」
「考えにくいですねー」
「そっすね。考えにくいっす。もちろん、なにか未知の技術を手に入れたって線はあるかも知れませんが、規模に関しては疑問です。単純に、わたしたちの処理能力の限界を超えていますから。神なんて言ってますが、全知全能じゃないっすよ」
「ですよー。あくまで個々の力は、そう大したものではありませんー。そしてー、急に強くなったりもしませんー」
つまりは何らかの、システム的な絡繰があるということだ。
「協力者が居る可能性」
「のーっす」
「現在、神の勢力図は群雄割拠。そんなリソースを賄えるほどのアライアンスを組めるとは思えませんー」
連合軍を組むとなれば、それだけ動きが察知されやすくなるし、それぞれが自分の願いの為に我を出してくる。
うまく纏まるとは思えないし、それほどの大規模な動きが露呈しないとも思えなかった。
「実は自然現象で、取り越し苦労の可能性」
「のーっす。能天気っす」
「ですよーハルさんー? エーテルネットに蓄積された長年のデータの中で、有意な差として検出されるってことがどれ程の異常事態か、分からないハルさんではないでしょー」
「……でも、その原因がミントとは確定していないじゃないか」
「まあ、そうなんすけどね。ですが、社会環境の変化が変動要因に影響を与える要素じゃないかどうかは、何度も慎重に検証したじゃないっすか。他ならぬわたしたちで、夜を徹して寝る間を惜しんで。その前提を疑っちゃ始まらないっす」
何か、人々の睡眠時間に影響を与える変動要因が存在しないか、それもハルたちは慎重に情報を集めた。
しかし、エーテルネットの何処を探しても、その要因は見つからない。
これは、原因はネットの外部、すなわちここ異世界に存在すると仮定せざるを得ない話だった。
「でも一方で、なーんか妙なんすよね」
「ですねー。それだけ大規模なアクセスがあるなら、こちら側からも観測可能に決まっていますー」
「その通りだね。隠しきれるものじゃない。だが現実は、ミントの日本への干渉はしっかりと隠匿されていて見つからない」
「やっぱりー、全体攻撃ぶっぱじゃなくてー、日本にある特殊なシステムのスイッチを入れてるだけなんですよー」
それこそアメジストのように、日本の何処かに特殊な環境を作り上げ、ミントは干渉をその内部にだけ限定して行っている。ハルたちはそう仮定した。
彼女のすることは、まるでエンジンの起動スイッチを入れるようなほんの少しの作業のみ。あとはシステムの方で自動的に、痕跡を残さずに作業を行ってくれる。
とはいえ、この仮説にも穴はある。それだけの大規模な影響を及ぼすシステムなら、先ほどの調査の過程で見つかっていてもおかしくないからだ。
「そのシステムが影も形も見えないとなると、自然と思い出してしまうものがある……」
「アメジストのアレっすね!」
「そうですねー。しかし今回はー、同一の物とは思えませんー。肉体そのままで転移させるトラップを仕掛けたアメジストに対して、ミントの目的は真逆ですー」
「肉体は不要。むしろ転移させてしまうと、世話をする人が居なくなって面倒なことになる」
「自分勝手がすぎるっすね! あっ……、『お前が言うな』みたいな冷たい瞳で見るのはお止めくださいっす……」
「見てないが……」
エメの自虐ネタは今は放置しつつ、ハルは今の話について深く考察を続けていく。
事件のタイミング的にも、ミントが使ったと思われるその新技術、それはアメジストも利用していたモノリスに関わる物である、と思うのが自然だ。
ならば、モノリスの力、正確にはその構造データから得られた『原初ネット』の力で、この状況を引き起こすにはどうすればいいのか?
そこから逆算することでミントの計画にもたどり着くことが出来るかも知れない。
「……原初ネットについては分かっていることは多くないが、活用方法については少しずつ特定されつつある」
「代表的なのが、アイリスのあれっすね!」
「人々が抱くお金に関する想念ー。それを集めることでー、魔力を生み出してますー」
「うん。そしてこれは別にお金じゃなくても構わないと思われる。規模が大きいことと、アイリス自身がお金と相性が良いからそうしているだけでね」
「『お金と相性が良い』って、優しい表現っすね……」
「守銭奴ですよー」
……まあ、個神の性格性質については今はいいだろう。話が進まない。
そんなアイリスの操るデータが、アメジスト攻略の際に活躍した。それは、原初ネットが扱う力と、何らかの共通項があるという事実の証明に他ならない。
「つまり、お金に関する人々全体の怨念じみたしがらみが力となるように、人の夢もまた、全体で一つの大きな総体を形作っているんじゃないだろうか?」
「ありえますねー。研究所のいちばん最初の目的が、そうした総体としてのデータ取りだったらしいですからねー」
「人の夢もまた個々人の夢を吸い上げて、日本人全体の、総体の見る夢として形を持った。原初ネットでそんなことが起こっても不思議じゃない、ってことっすね?」
「予測でしかないけどね」
「……なーんか、それ聞くとわたしとしてはイヤーなこと思い出しちゃって、ちょっと気分落ち込みます」
ハルも同じだ。人の夢の総体と聞くと、どうしても思い出すことがある。かつて、この異世界で起こった大事故、その発端についての話である。
無尽蔵とも思える、惑星全体に満ちる魔力を使って不自由のない暮らしをしていたかつての異世界人は、更なる力を求めて、その源泉へと手を伸ばそうとした。
だが実験は失敗。その過程で暴走した力は、次元の壁を越えて地球側にも大災害を齎す事となる。
そんな彼らの求めた力こそが、『神の夢』。地球から絶えず流れてくる魔力は、神の見た夢の残滓だと異世界人は考えた。
ならば、次元を超えて神の夢その物を手に入れることが出来れば、自分たちは無限の魔力を手に入れることが出来るはず。そういう、まさに『夢のような』計画である。
「その『神の夢』がー人類の夢の総体であったとー?」
「そこまでは考えてなかったんじゃないっすか? きっと、これ自体は偶然の一致に過ぎません。ですが、彼らは魔法においては我々よりも進んでいた部分があるのもまた事実。経験則や無意識で、その本質に迫っていたってことも、あるかも知れないっす」
「その夢を見ている『神』については、近く深掘りして考えてみた方がいいのかも知れないね……」
ハルたちの自称している神様ではなく、いわゆる唯一神、絶対神に近い概念なのだろう。人の意識の総体、集合体を神と定義することは、よくある考え方でもある。
つまりモノリスの原初ネットとは、神を作り出す為に仕掛けられた、生産装置ということだろうか?
……いや、今こんなことを考えていても仕方がない。どのみち答えの出ぬ問いだ。
「……今重要なのは、ミントはそうした夢の総体を通じて、裏口的に日本人全てにアクセスする手段を得たかもしれない。その可能性だね」
「ですねー。一人の夢がみんなの夢に繋がっているとすればー、最初に一人に干渉するだけで、労せずして全体攻撃ぶっぱできますよー」
「チートっすね!」
「本当だね。通常攻撃がマップ全域攻撃に化けるか……」
しかも戦闘エリアだけではない。そのゲームのマップ全ての、あらゆる敵に連鎖的に波及する真の全体攻撃だ。
あるいは導火線に火をつけるように、末端に着火するだけで根元まで爆炎が連鎖するようなイメージか。
「ですがー、この推測が正しいとすれば、希望が見えてきましたー」
「そっすね! 一人にアクセスするだけで完了するチートシステムだというならば、逆に言えばその入り口の一人だけを特定してしまえば、ミントがどこからアクセスしているかも容易に逆探できるって事っすよ!」
「そしてその入り口さえ塞いでしまえば、もうミントには手出しが出来ない、か」
「そゆことっす!」
しかし、その入り口は果たして何処なのだろうか? 日本人全てが対象となるならば、入り口となる可能性もまた、全ての人が持っていることになる。
それを一件一件調べていくのは、あまりに非現実的。それこそリソースが、神の許容量をも超えている。
「どうしますハル様? 正直、嫌っすけど、しらみつぶしの地道な調査するならわたしもお手伝いさせていただきますけど。嫌っすけど。嫌っすけど」
「……微妙にやりたがってるのは気のせいかエメ? まあ、刑務作業を楽しみにしているエメには悪いけど、今回は地道な調査はおあずけだ」
「砂漠の砂拾いは、一人でやってくださいねー?」
「べ、別にやりたいとは言ってないっす! ……では、ハル様には何か作戦が?」
「作戦というか、心当たりはある。やはり、最初に見つけた痕跡と、勘は重要視すべきだ」
今回の事件において、ハルたちが最初に見つけた違和感。エーテル過敏症患者たちに現れた症状。
今は全体の中の一つに沈んでしまったその手がかりだが、ここは、やはり無視しない方が良い。そう考えたハルであった。
*
「という訳でヨイヤミちゃん」
「《わっ! 夜這いだ! ……じゃなくて、寝てますよー。こっそり起きて遊んでませんー》」
「いや、君のデータ入出力は僕が中継して管理してるんだから、起きてるのなんて最初から知ってるって……」
「《ですよねー。それで、どうしたのハルお兄さん? 早く寝なさいって、叱りに来ちゃった?》」
「いや。寝て欲しいのはその通りなんだけど。ちょっとヨイヤミちゃんにお願いがあってね」
正直女の子たちを巻き込みたくはない。しかし、真相に至る為には彼女の力を借りざるを得ないと判断した。
ハルは、ヨイヤミの夢に相乗りし、人々の夢の総体へ続く経路を見つけるべく、行動を開始するのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




