第1208話 神の決して届かぬ世界?
「しかしコスモス。夢ってのはどういう?」
「んー? そのまんまの意味。寝てる時に見るらしいやつ。私たちには、縁のないやつ」
「おめー言ってて悲しくならねーの?」
「うるさいなぁ。私だって夢を見られるものなら見たいってー。でもコスモスは、嘘をつかない正直な女の子なので」
「まあ、それも私らみーんな同じだけどな?」
嘘をつかない、眠らない。ハルや神様に共通する、その性質上、決して動かせない特性。
……いや、その中でハルだけは嘘つきなのだが。しかし、眠らない、眠れないのはハルとて同じ。これは、頑張ろうが練習しようが変わらない事実であった。
「でもそんな私たちが、どうやって夢に干渉を? そもそもコスモスちゃんのその推測は、正しいのかしら?」
「心配いらないマリー。きっと正しい」
「いや、その根拠を話せよな? なんとなくじゃわかんねーのよ?」
「しかたない。察しの悪い同僚を持つと、たいへん」
「なんだー、やるかー、おめー」
騒がしくしつつも、コスモスはその推測について素直に語ってくれるようだ。
その内容はやはりというべきか、彼女の行っていた人の意識の研究に、深く関わる話のようであった。
「フルダイブゲームをしている時は、夢を見ているようなもの。これはよく聞く例え。でも、それは実はあまり正しくないのー」
「そうね? 実際は、起きている時に受ける刺激を、肉体ではなくゲームキャラを通して受けているに過ぎないわ?」
「実質、頭は起きているのと同じってことな。体が外からは寝てるように見えるだけなんさ」
そういうことだ。肉体への入出力信号を遮断して、その経路を電脳世界と接続するのがフルダイブ。
夢の世界を冒険しているようではあるが、状態としては起きている方が近いということだ。
「ん。そゆこと。でも、私たちのゲーム、『フラワリングドリーム』は少し違う。もちろん、あの中でも状態としては『起きてる』んだけどー」
「その裏では、無意識下での精神活動を常にモニタリングしているものね? それがある意味、睡眠時の状態と近い部分があるわ?」
「むぅ。なんで部外者のマリーが解説するのー」
「あら? 侮らないでもらいたいの。私、大元のエンジン開発者なんだから!」
「侮るどころかおめーは要警戒対象な?」
「本当にね……」
そんな、『妖精郷』システムを活用しゲームを作った三人がこの場に集っている。コスモスの話もすんなり、彼女らには納得がいったようだった。
ハルもまた、当時の状況を回想しつつ、可能な限りその話に付いて行こうと努力する。
確かあのゲームは裏で、参加者が心の中で無意識に望む内容を抽出し、それを自動でイベント進行に当てはめ、複雑なNPCの行動を制御していた。
個々が『こうだったらいいのに』という望みをくみ取って進むある種の多数決進行は多くの者にとって納得感が強く、イベントは大成功を収めたのだ。
そのシステムを自分の望みの為に最も活用しようとしていたのがコスモス。
彼女の領域において、まるで人魂のように輝く光の球となって神殿の周囲を行き交う光たち。その一つ一つが、ユーザーの意識そのもの。
それは意識的にキャラクターを操作する信号ではなく、無意識下の、夢に近い信号だった。そういうことだろうか?
「やりようによっては、フラワリングドリームを使ってユーザーの夢に干渉できる。……気がするー」
「つまり、ミントちゃんは今もあのゲームの中に居るってことね! そうと分かれば、さっそく捕まえるの!」
「それはわからないー。アイリス? どーお?」
「おまえなー。『どーお?』じゃなくて自分で調べろよなー! ほったらかしにしてっけど、コスモスも運営の一人として事後処理すべきだったんよ?」
「ん。お疲れ。私はでも、虜囚の身。あまり怪しい行動を取って、ハル様を困らせる訳にはいかない」
「虜囚じゃなくて食っちゃ寝してるだけじゃねーのよさーっ!!」
「……それに行動にロック掛かってるんだから、怪しい行動は出来ないよ」
ゲーム終了以降も、ほぼ一人だけ妖精郷の内部に残り、事後処理にあたってくれたアイリスだ。見た目と態度に反して真面目である。
そんなアイリスを残して他の運営はゲームを去り、あのシステムを悪用している気配はなかった。
……いや、そのうちの半数、コスモス、リコリス、ガザニアの三人は、ハルが拘束し謹慎処分を下していたようなものであるが。
「まー、心当たりはあるんだけどな?」
「そうなのアイリス?」
「そだぜー。言ったろお兄ちゃん? ミントの様子が怪しいって。それはな? 最近あいつがふらっとゲームの中に入って来てたんよ。仕事手伝って行ったから、その場ではなんも言わんかったけどな?」
「やっぱり怪しいの! 決定ね? ハル様、さっそく捕まえに行きましょう?」
「落ち着けマリーちゃん。もう居ねーぜ」
「あら。残念ね?」
「むぅ。なら、あいつは今どこで悪事を?」
「そこが問題だよなー」
順当に考えれば、どこかに妖精郷と類似したシステム、つまりは魔力サーバーを構築して計画を実行している。
しかし、どうにも、そんなにすぐに見つかる方法で神様が動いているとは思えない。
妖精郷はその性質上、魔力の塊として必ず目に見える形で惑星上に存在することになるのだから。
アイリスたちが無事にゲーム運営を完遂できたのは、ハルという後ろ盾があったから、他の神に誰にも邪魔されることなく事を運べたのだ。
さて、そんなミントは、今どこでどうしているのだろうか? 今回は出来れば迅速に、事態を収拾したいハルであった。
◇
「……とりあえず、ミントの行方は後で追うことにして」
「おっ! また秘密兵器の出番か!?」
「そうだね。誰もモノ艦長の目からは逃れられないよ」
「おっかねーよなーアレ。衛星軌道上から見張られてるのは、精神衛生上わるいんよ」
「後ってことは、今はしないのね?」
「ああ。それよりも、その夢への干渉って線をもう少し深掘りしたい。コスモス」
「んっ」
「話から察するに、君もまたその力を行使出来るんだろう? 可能な範囲でいい、やってみてくれないかい」
「んー。いいよー。ミントがどうやってるのかは不明だけど、『たぶんこーだろう』ってのは、だいたい想像がつく」
「頼もしいね」
同じシステムに精通した仲間、いや、人の意識に関わる面においては、コスモスの方が先輩かも知れない。
ちょうどマリーゴールドも居合わせていることもあって、彼女は手際よく簡易な妖精郷を組み上げて、予測されるシステムを構築していった。
「んっ、よし。これでたぶん、いけるんじゃないかなぁ」
「ほー。はえーのよ。腐ってもお兄ちゃんに要注意人物として捕まったコンビなのよさ」
「もっと褒め方は選ぶべき……」
「素直になれないのよね? アイリスちゃんは?」
「素直に褒めたらどーせ調子乗るかんな、おめーら」
「はいはい。喧嘩してないで実験を進めるよ」
仲が良いのか悪いのか、放っておくと延々と続けそうな彼女らを遮って、ハルはそのシステムを早速起動してもらうことにした。
どうやら話を聞くに、先にログインしておいて、その状態のまま操作信号だけを肉体に戻す。そうすることで、眠りに落ちた意識をそのまま妖精郷の内部へ留めておけるらしい。
……簡易どころか完全な危険物の完成だ。ハルが同席していなければ絶対に許可できない。
「しかし、モノリスとの関連性はなさそうだねこれだと」
「そこの追及は、後にしようハル様。今はとにかく、実験じっけんー」
「そうね? まずはログイン方法が分からないことには、犯人を追いかけることも出来ないの!」
「確かにそうか」
ハルはコスモスとマリーゴールドから受け取ったその小さな妖精郷への経路を頼りに、出来立ての世界へとアクセスしていく。
簡単に自分の肉体を構築し、そのキャラクターに対しログイン操作を行う。
本来ならここで、今のハルの体は意識を失って眠りに落ちるように力が抜けるはずだが、そこはハルだけはこのまま、並行して肉体にも意識を残したまま観察する。
「よし、いいよ。ログインできた。内部にはまだ何もないね」
「何も設定していないですもの。ちょっと待っていてねハル様。ちゃんと今、マップを作ってあげるから」
「別に、無いなら無いでいいんだけどね」
重要なのは実験であって、ゲームを楽しむことではない。
とはいえマリーゴールドは止まることなく、手早くマップを構成していった。まあ、マップがあるならそれに越したことはないだろう。
よくあるログインルームのような真っ白の部屋だったゲーム内は、一瞬で見渡す限りの草原へと変化していった。
「……なんだろう。無駄に既視感が」
「あら? 草原は嫌いだったかしら? オーソドックスなのはやっぱりこれかと思ったの」
「いや、いいんだけどね……」
どうも最近まで、一面の草原を舞台とした領土の奪い合いを行っていたハルだ。どうしても思い出してしまう。
そんな草原はマリーの配慮により、色とりどりの花畑へと変化していく。なんだかケチをつけて余計な仕事を増やしてしまったようで、申しわけない気分のハルだった。
「ごめんねマリーちゃん。手間をかけたね」
「なんのなんのなの!」
「なのなのー」
「コスモス、君はなのなの言ってないで、次の操作をお願いね」
「そだなー。ここからどうやって、お兄ちゃんの意識を切り離すん? 私も興味出てきたんよ」
「えっ? もうやってるよー。というか、最初から設定されてるよ。だからハル様、早く寝て?」
「…………」
「……あらあら。コスモスちゃん、天然?」
「寝れねーだろ、お兄ちゃんは。つーか私たち誰も……」
「おー……」
どうやら普段自分が寝ぼすけの真似ごとをしすぎたせいで、ついその辺が抜け落ちていたようだ。
見ようによっては、忘れるほど真に至っているならばもう一歩の所まで来ているということだろうか?
ともかく、このシステムを体感する為には眠らないと決して完全な起動には至らない。
それはつまり、ハルたちは誰一人として、この世界に真に干渉は出来ないという意味を持っているのであった。




