第1204話 新たな季節の香りがする
さて、そんな雷都に止めを刺すきっかけとなった少年たちであるが、なんと今は学園のあの病棟から外へと出ている。
事件解決に対しての協力の見返り、という訳ではない。少なくとも表向きは。
雷都が実験台として観察していたという事と、ハルへの牽制としてあの学園から外へは出さないように裏工作していた事。これらの事情から、病棟に置いておく事自体が危険なのではないかと、そう判断された訳だ。
今は、ルナの所有する、実質的には母である月乃の所有する病院施設へと移され、そこで経過を見ている段階であった。
「さすがに、今日彼らにも面会するって訳にはいかないみたいだ」
「そうね? まだまだ慎重に経過を見るべき、そう思うのは当然よ?」
意外に、いや奇妙なほど大人しく過ごしていた雷都の様子を確認したその帰り道。ハルとルナは子供たちの様子も見てから帰ろうかと考える。
しかし、病院に確認をとってみると、まだしばらくは面会謝絶とのこと。これは仕方ないだろう。
「ヨイヤミちゃんのようにあなたが面倒を見ることはしなかったわね。やっぱり、美少女以外は助けないのね?」
「言い方……」
とはいえ強く否定はできないハルである。言われてしまうのは仕方ない。
「冗談よ? とはいえ現実問題、あなた抜きでも大丈夫なものなのかしら? ヨイヤミちゃんが無事に生活できているのは、あなたの力あってのことでしょう?」
「そうだね」
「現代では治療不可だからこそ、学園に隔離していた子たちだわ? 少し、心配よ」
「ルナは優しいね」
彼女の言うように、エーテル過敏症の根本的な治療方法は現代では存在しない。
ヨイヤミも、ハルが専属で彼女のデータ入出力サポートを行っているからこそ問題なく暮らせているのだ。
とはいえ、なにも子供たちは何の対策もない状態で外部に移された訳ではない。
学園のそれには及ばないとはいえ、ルナの病院にもオフライン構築用の強力な換気システムが存在する。
「仮にも奥様の資本が突っ込まれてる病院だ。システム面では学園にだって引けを取らないさ」
「あの人にしては、珍しく採算を度外視にしていい機材を揃えているらしいものね?」
「酷い皮肉めいた言い方だ。娘だというのに……」
「あなたのお母さまへの信任が妙に高すぎるのよ、相変わらず」
「……それはともかく、彼らの安全面には、それこそ病的に配慮されてるってことさ」
「逃げたわね?」
相変わらず、ハルは月乃に甘いのは変わらない。一度裏切られた、というよりも裏をかかれた事実があるというのに。
いわば幼少期における原体験のようなものであろうか? 大人になっても、そこの部分の矯正は難しいのだろう。
これが月乃による刷り込みの成果であるとしたら、大したものだ。
「しかし、いかにオフラインに出来るといっても、学園より狭い場所でしょう? 牢獄に閉じ込めているようで不憫だわ?」
「そこも安心して欲しい。何も、まったく何の解決策もなく僕だって彼らを外に出した訳じゃない」
「そうなのね?」
「ああ。学園の病棟であの先生に語った内容、なにも完全なでっち上げって訳じゃなくてね」
ヨイヤミを外に連れ出しても問題ないということへの根拠として、ハルは病棟の医師に色々と理屈立てて解説を行った。
いたく感動していた彼には悪いが、あれはハルの力あっての、言ってしまえば机上の空論。
しかしながら、空論であろうとも理論が存在すること自体は事実。まったくのデタラメという訳ではないのだった。
「あれから裏で、僕抜きでも制御が可能なようにシステムを組んでいた。それを奥様と相談してね。病院に導入してもらったよ」
「お母さまもお母さまねぇ。ハルの頼みなら何でも聞いちゃうんだから。いくらかかったのやら……」
「『成功すれば、史上初の功績になるから元が取れる』、って言ってたよ」
「どうかしらね? 功績で稼ぎは上がらないわよ?」
「そういうものかね」
経済には疎いハルだった。ともかく、月乃には何らかの思惑があるのだろう。
「ともあれ助かったよ。もしヨイヤミちゃん同様に、僕がマニュアルで対処しなければならないとしたら、」
「美少女以外の世話をすることになる?」
「……負荷が増えるってことだよ」
「あなたでも、五人増えたらきついのかしら?」
「あの子たちだけなら大したことはない。ただ今後、五人だけでは済まなくなる可能性だってあるからね。将来性がない」
全国に、エーテル過敏症患者の数はそこそこ存在する。学園の病棟に入っていない者も居る。今後増える可能性もある。
それら全てを、ハルが全て面倒を見ることで社会復帰させるのも不可能ではない。しかし、残酷なようだが、ハルはそうした慈善でのリソースの奪われ方は嫌うタイプであった。
「ある意味、身を切るようにリソースを割いて、我が身を犠牲に他者を助ける気はないよ。僕は聖人じゃあないからね」
「ヨイヤミちゃんを助けたのは?」
「利害の一致。あと美少女だから」
「素直じゃないわねぇ……」
ルナはそう言うが、事実だとハルは思っている。子供たちも言っていた。ハルは『ヒーローじゃない』。我が身の犠牲を顧みず、弱きを救うのがヒーローなのだ。
「まあそんな訳で、僕が居なくても、僕と同じ効果を発揮するシステムを開発中さ。じきに実用化されるだろうね」
「ある意味で、あなたの功績はその方が上がるのでしょうね。お母さまもそれを狙っているのかも」
「そうなの?」
「ええ。凄い人が個人で凄いことをやっても、アイリちゃんじゃないけど『すごいですー!』で終わるものだわ?」
だがシステムを構築した者の功績は語り継がれ、名が残る。そういうものらしかった。
しかしハルとしては、願わくば語り継いでなど欲しくはないものである。
*
「おかえりなさい!」
「ただいまアイリ。良い子でお留守番してた?」
「はいっ!」
「……そこは『子ども扱いするな』って否定しようよ。なんだかヨイヤミちゃんが来てから、また子供っぽくなったような」
「むむむ! 確かに、ゆゆしき事態かも知れません! 奥さんとして、“いげん”を見せませんと!」
「いいんじゃないですかねー。アイリちゃんが年相応に大人っぽくしている場面は、自動的に政治にまつわる堅苦しい話になりますしー」
「最近は王女のお仕事もなくて、平和なのです!」
確かにここのところ、ハルたちは日本に長く滞在している。まあ、こちらで事件が起こっていたので仕方ないのだが。
とはいえ、あちらにも毎日戻ってはいたし、そもそもハルは常に分身を天空城にも置いている。
しかしながら、そこから外の事情にはほとんど首を突っ込んでいない。特に、ハルが出張るような大きな事件も起こっていないので、その必要は無いとは思うが。
「《えっ、なになに? お城いくの? 行こう行こう! 私も行きたい、お城!》」
「ヨイヤミちゃんはお城が大好きですね!」
「《えへへー。『おとぎ話の中みたい』、ってやつ? わくわくしちゃう!》」
「ゲームにログインすればすぐ行けるのに。ヤミ子は元気じゃなー」
「《もう! ユキお姉さんはまたそんな体でうろついて!》」
「体を否定された!? このボディ、リアルの私とおんなじなんだけど……」
「《そうじゃなくて! 起きて動かないと健康に悪いよ!》」
「本当に元気ですねー」
日本の自宅の中でもゲームキャラクターの魔力体だったり、ロボットボディで生活するユキに、ヨイヤミがお姉さんのように叱りつけている。なかなか面白い。
ユキもヨイヤミも似通った性質を持つ電脳特化の体質であるが、興味深いことにヨイヤミは最近は自らの肉体で活動する時間が長くなっていた。
これは、外に出られたことの嬉しさからだろうか。それとも、ハルが通信を制限している影響だろうか。
「……まあ、ともかく、天空城ね。じゃあ一緒に行こうか」
「《うん!》」
「わたくしも行きます!」
「じゃあ私もー。あ、こっちで勝手にログインするからお構いなくー」
「私も行きますかねー。あっちの様子を確認した方が良いのは、確かでしょうしー」
「行ってらっしゃいな。私は、疲れたからこっちで少し休んでいるわ?」
と、そんな感じで、日本に残るらしいルナ以外の面々で、ハルたちは異世界に<転移>する。
異世界のことを知ってからというもの、ヨイヤミはその事実に夢中になっていた。
こうしてたびたび天空城へと飛んで、その敷地を探索している。たまに、下界にも少しずつ顔を出す。
そんな天空城のお屋敷に、一瞬で<転移>は完了する。分身に前もって知らされていたメイドさんたちが出迎えてくれて、彼女たちの一人が自然にヨイヤミの車椅子を押してくれた。
「《メイドさん、ありがとう! 今日もエプロンかわいいね! あっ、あなたもかわいいよ!》」
「恐縮です。ヨイヤミ様。どちらに、」
「《お花畑!》」
メイドさんが行き先を尋ねきる前に、ヨイヤミは外の花畑へと直行する。車椅子を押すというよりは、メイドさんが椅子に引っ張られるような勢いであった。元気な子である。
すっかりと暖かくなったのはこちらも同じ。庭の花壇も色とりどりの花が、既に大量に咲き誇っていた。
特に、隣の家になっているマリーゴールドの庭は盛大だ。こちらから見ると、まるで花に埋もれた家といった構図となっている。
「元気よなー。花なんかそんな見たいかね?」
「自分も花の名前のくせに何てこと言っちゃってんのアイリス」
「いや別に、花が嫌いな訳じゃねーけどよぅ。花より黄金よ?」
「そこは団子にしとこうよ……」
「花よか団子はカナリーだけで十分なのよさ」
見れば、既に一目散に食堂へと向かったカナリーとアイリに入れ替わるように、アイリスがその姿を現していた。
ヨイヤミもそうだが、あの二人も行動が早い。花も団子も大人気の季節のようだ。
「黄金で思い出したけど、銀の城を黄金の城に変換しねーお兄ちゃん? きっと今よりずっといい感じになるんさ」
「しねーです。そういえば、アイリスはなにしに来てたの?」
「おっ、よくぞ聞いてくれました。いやー、お兄ちゃんは私に興味津々かぁ、まいっちゃうよな? いや待てよ? 用がなかったら私は来ちゃいけねーのかぁ! 寂しいこと言うなよお兄ちゃん!」
「情緒不安定かこいつ……」
そんな面倒くさいアイリスとしばらく騒いで、ハルは何かを調べていたらしい彼女から話を聞いていく。
アイリスがわざわざ調べものとなると、少々嫌な予感がした。それこそ、何の用事もなくふらっと遊びに来てくれた方がありがたかったくらいだ。
アイリスはわざとらしく顔をシリアスに曇らせると、口に手を当ててハルに耳打ちをする。
当然、背丈が足りないのでハルの方からかがみ込む形になったが。
「実はな? ここだけの話、ミントの奴の動きが怪しいんよ。あいつ、ついに動き始めましたぜ旦那」
「まじか……」
本当に神様たちは、大人しくしていることが出来ないのだろうか? どうやら、再び花の香りと共に、事件の匂いも漂ってきたようであった。




