第1201話 もう他人事となった新学期
本日から三部二章のスタートです! 季節も合わせて、と思いましたが少しだけ時期外れ、になってしまったでしょうか……!
アメジストの起こした一連の騒動があってから少しの時間が流れ、日本には春の季節が訪れていた。
時は四月、新学期。ハルたちは晴れて学園を卒業し、あの閉じた学び舎の外へと巣立っていく。
とは言ったものの、ハルたちを取り巻く状況は大して変わらない。
元々、卒業を決めてからは学園にはほとんど通学していなかったハルとルナだし、最近では登校するのも専らアメジストのゲームの為だった。
それに、ハルたちは卒業前から、既にルナの経営する会社として事業を起こし展開している。
名目上はゲーム会社ではあるが、既に社会に与える影響、そしてもちろん収益の両面から、誰であろうと無視できない規模へと成長を遂げている。
まあ、とはいえこと収益面に関しては、ルナの母である月乃の力あってのこと、と言わざるを得ないのも事実だが。
「そして僕らは、卒業したばかりだというのにこうしてまた学園に顔を出している」
「ぼやかないのハル。あの騒動の中心はこの学園で、そしてまだまだ問題の全てが解決したとは決して言えないわ?」
「そうだね。僕らはアメジストに勝利はしたけれど、その結果得た物は彼女にあのままゲーム展開を続けることを中止させただけだ」
あれ以降、アメジストからの接触はない。ハルとの勝負における約束の通り、アメジストは学内でゲームを運営し続けることを停止した。
参加していた生徒たちには『第二期に向けたメンテナンス中』とだけアナウンスしているようで、遊び場を失った彼らも徐々に非日常から帰還し、学業という日常に戻っていった。
休暇を経ての新学期。新学年。変化の大きなこの時期に、謎のゲームでの日々を一時の夢と忘れ去り現実に戻るにはキリの良い季節だっただろう。
「しかし、あなたはあのゲームをこのまま終わりにする気はないのよね?」
「ああ。アメジストが目を付けた通りに、この学園は色々と都合が良い空間なのは確かだ。僕の目的にとってもね」
「魔法のこと、異世界のことを、段階を踏んでこの日本にも浸透させていく」
「うん。そういうこと」
「確かに、一気に広めることによる混乱を避けるという意味では、ここは良い緩衝地帯ではあるけれど……」
納得はしつつも、何か言いたげなルナだ。気持ちはハルにもわかる。
それでは結局、アメジストの望む通りの結果になっているのではないか。そう考えてしまうのも、仕方のない事だった。
「《思うにー、あいつはそれも込みで、この学園をターゲットにしたんじゃないでしょうかねー。腹立つことですけどー》」
「それってどういうこと、カナリー? 彼女は、ハルから身を隠す為に、ここを選んだのではなくて?」
「《もちろん最初はー。ですが、ハルさんから永遠に隠れられるはずがない事を、分らん神じゃありませんー。どーせ、後々バレるのも織り込み済みですよー》」
「《つまり、アメジスト様は最後にはハルさんの為になるようにと考えて、ご用意くださったのですね! 素敵ですー……》」
「《おっ? ツンデレか?》」
「そう単純な話ならいいんだけどねユキ……」
……いや、別にそれもよくはないかも知れない。素直になれない乙女心が暴走して、コミュニティを一つ巻き込んだ事件を起こすなど、はた迷惑すぎる。
「思うにあの子は、“僕がやりたくても出来ない”事を、代わりに自分が実行する、そんな目的があったようにも思う」
「《おお? つまりは、ハル君もこの作戦が有効だろうと頭では考えてたけど……》」
「うん。悪影響もまた大きくなりすぎるから、そうした手段はとらなかった」
「《ですがー、『もうやってしまったなら仕方ない』とー、ハルさんは現状を活用することにしましたー。それが、あいつの思惑の上でないとは言い切れませんー》」
「《むむむむ……! 喜んでいいのか、警戒した方が良いのか、悩ましいのです……!》」
「相変わらず、神様たちは面倒な性格の人ばっかりねぇ……」
本当である。ルナのいう通り、面倒な者達ばかりである。
なので警戒が必要なのは何もアメジストだけの話ではない。彼女の他にも、仲間であったとしても、何をしでかすか分かったものではない者たちばかりであった。
「ただ、今のこの現状、やっぱり最も注意しなきゃいけないのはあの子で間違いない。今度もまた、どんな『善意』で騒動を起こすか分からないからね」
「《結果的に、それがハル君の為になっても?》」
「なっても。現実はゲームじゃないんだ。効率だけで進めようとするのは絶対に違うよ」
「《ジスちゃんは極度の効率バカ、と》」
「……あなたたちのプレイを現実に持ち込んだらと考えると、頭が痛いわ?」
人名など単なるリソースとばかりに、ただ効率だけを追い求めて普段は色々とゲームをプレイしているハルとユキだ。
そんな『ゲーム世界の指導者』が、現実にも現れたとしたら。導かれる人民、この場合は現実に生きる日本人たちはたまったものではないだろう。
「ふみゃ~?」
「おや、メタちゃん。お散歩かい?」
「にゃうにゃう♪」
「桜が綺麗だからね」
「なうん!」
学園の正門へと続く並木道を、のんびりと散歩中のメタと合流しハルとルナは進む。
ヨイヤミを連れ歩いた時は、まだまだ枯れ木のような裸の枝ばかりだったこの道も、すっかり薄いピンクの咲き誇る美しい春のアーチへと変身を遂げていた。
また車椅子の彼女を押しての、お花見に来るのも良いだろう。病棟の中からしか見ることの出来なかったこの木々も、直接見上げればきっと全く違った感想を抱くことだろう。
そんな予定を立てながら、今はルナと二人、戦地へと向かうように気持ちを切り替えて、二重の気密扉となっている校舎の正面玄関をくぐるハルであった。
*
「なーご」
「……またついて来ちゃったのかいメタちゃん。なんだか、一緒に来るのが普通になってきちゃってるねあのゲーム以来」
「本来、猫の子一匹通さないシステムになっているはずなのだけれど……」
「にゃっふっふっふ」
昇降口のシステムを誤魔化して、しれっと内部に侵入を果たす猫のメタ。
猫の一匹くらい紛れ込んでもさしたる問題ではないのは、普通の学校での話。このセキュリティーの塊のような学園では、もし見つかれば大問題だろう。
まあ、生徒に見つかっても可愛がられるだけで、教師の視界に入るようなヘマをするメタではないので大丈夫だろうけれども。
そんな招かれざる猫のメタを引き連れて、ハルたちは校舎内をゆっくりと進む。
もう卒業生であるハルとルナだ。授業の為に、時間に合わせて教室へ駆け込むこともない。
もっとも、在学中から既に、学園側の予定に合わせる二人ではなかったのだが。
そんな元不良生徒の二人が向かう先は、かつてログインルームの一つとしてハルたちが主に使っていた音楽室。
今はその役目を終え、今日は授業にも使われていないこの場所を、改めて調査する為にハルたちは訪れたのだ。
「……うん。やっぱりもう魔力には反応しない。なんて楽なんだ、魔力が使える調査ってやつは」
「それに頼りきりになっていたからこそ、苦労することになったのでしょうに。とはいえ、本当に便利よねぇ……」
ハルが体内から放出するようにして、周囲の空間へと魔力を充満させていく。
こうして魔力が満ちた範囲内ならば、ハルは<神眼>により自在に空間全ての解析が瞬時に可能となる。
そのスピードと精度は、同じく空間全てを解析するエーテルネットの調査力にも、大きく勝る程だった。
「そういえば、ゲーム内で発現した僕のスキルも、<神眼>に類似したものだったね。これが、僕の才能ってことなんだろうか」
「《ほえー。覗きの才能ってこと?》」
「いきなり何を言い出すのヨイヤミちゃん? 否定できないのが苦しいけど……」
「《ネットに強い者の宿命だよお兄さん! よし、この流れで、女子更衣室も<神眼>しちゃおう! おすすめ》」
「しないが……」
「《どうおススメなんヤミ子? ってことはヤミ子も覗いてたんっしょ?》」
「《とーぜんよ! 着替え中は気が抜けるのか大きくなるのか知らないけど、えっぐい話がぽんぽん出てくるから楽しいんだよ!》」
「知りたくなかった女の子の真実だ……」
えっちな話ではなかったようだ。安堵するべきか悲しむべきか。
そんな、女子更衣室の話は置いておくとして、ハルは引き続きこのかつてのログインルームの解析を続ける。
ヨイヤミにも今は、少しずつこうした異世界の情報を伝えていっている。
この場に魔力を発生させる方法は判明した。その発生源はここに有らず、外部のエーテルネット上に存在する。
しかし、ただ魔力が発生したとしてそれは転移魔法の発動理由にはなりはしない。
魔力は魔力。ただのエネルギー源だ。それに方向性を加えるのは、別のシステムが必要だった。
「……どう? マゼンタ君? あれから色々と、調査が進んだって話だったけど」
「《うん。不本意ながら、めっちゃ働いたよー。ボクに感謝を忘れないように! そして休暇も忘れないように》」
「《はいはいマゼマゼもツンデレなんだから》」
「《だから混ぜ混ぜはやめようユキさん?》」
「それで、調査結果は混ぜ混ぜ君?」
「《止めようって! ……あー、そうだね。やっぱり『結晶化』で間違いなさそうだよ。その空間には、結晶化した魔力がトラップとして配置されている》」
「……ふむ? そんな感じは全くしないんだけどね?」
「《ハルさんなら注意して意識を向けてみれば分かるはずさ。いいかい? そこにあるのは、魔道具のような形を持った物質じゃないんだ。むしろ部屋全体が、魔道具になっていると思った方が良いよ》」
「この部屋全てが、魔法ですり替わっていたということかしら?」
「いや、ルナ。この部屋や備品の数々は間違いなく物質だね」
もしルナの言うような状態だとしたら、さすがに以前の調査の際にハルでも気付く。そうではないということは、もっと、何かしらの特殊な事態であるのだろう。
ハルは改めて、その事実を踏まえて室内を俯瞰していく。
音楽室その物を外部から神の視点で見下ろすように、全体を<神眼>で見渡していったその時、その違和感へと行き当たった。
「……なるほど。音楽室その物を包み込むようにして、ごく薄い何かが、取り囲んでいる。粒子、ではないね。粒子が漂っているだけならば、この学園の病的な換気システムですぐに排出されてしまう」
「《うん。粒子じゃあない。近いのは水、いやゼリーかな? めちゃくちゃ薄いゼリーの魔道具が、その音楽室に固定されているってイメージかもね。例えるのが難しいけど》」
明らかとなった、アメジストの置き土産。これが、ハルたちを取り巻く事象にとっての、なんらかの好転の材料となるのだろうか?




