第1200話 最後に目的を果たしたのはだあれ?
いつも応援ありがとうございます。1200話となりました! きり良くここで、本章もひと段落となります。
アメジストの真の望みは、人々がエーテルネットを閲覧する時に使用するウィンドウの非表示化。それに伴う、合一化した意識の分断。
ただそれだけの為に、彼女は今回の、壮大な計画を準備した。そして今が、その集大成の時、であるのだろうか?
「そもそも、あのウィンドウパネル。あれは元々どうやって見えているのかご存じですか?」
「そりゃあね。あれはホログラムだと思っている人も多いけど、実際は違う。本質的には、本人にだけ見えるAR表示と同じで、この世には存在していないものだ」
「そう。エーテルネットに接続した、人類にだけ見えているもの。言ってしまえば、個人の脳内にしか存在しない妄想です」
「それを、『見えないと危ないから』というもっともらしい理由を付けて、エーテルネットを介して周囲の人間からも認識可能なように、わざわざ調整している」
「そう。つまりそれは、現代の人間は常に他者の視線を、意識を、自らの中に招き入れているに等しい」
まあ、そういうことになる。とはいえそのことについて、僕は特に問題視をしたことはなかった。
何故かといえば、そもそもエーテルネットワークそのものが、国民全てで意識を接続し共有するシステムに等しいからだ。
一人一人の処理能力は乏しくとも、皆で集えば莫大な処理能力を発揮できる。それこそ、国中の公共設備の全てを維持しても余りあるほど。
そんな前時代で言えば、人間という個別端末が集合した結合構成式のスーパーコンピュータ。
その環境下において、今さら他人のモニターを閲覧可能にしようがしまいが、僕にとっては大して変わらない。
しかしその意見も、アメジストはまるで違う視点から見ているようだった。
「確かに、処理分散とある意味同じに見えるでしょう。しかし、本質は少々異なる部分があるのです。わたくしは超能力と、あの黒い石の調査を進めるにあたり、その事実に行きつきました」
「なるほど? それってどんな?」
「はい。自分の見ている物を、他者と共有する。つまりはクオリアの共有化。これはこれで、画期的なパラダイムシフトではあるのでしょう」
「そうだね。もしかしたら、研究所の人達はそれを狙ってこの仕様を組んだのかも知れない」
「考えられる話ですわ」
人間は本質的に、他者の見ている物をその人と全く同じようには認識できない。
目の前の人物が見る空の青さが、自分の見ているそれと同一である保証はないのだ。その人にはもしかすると、自分にとっての赤が見えているのかも知れない。
しかし、エーテルネットによる脳接続はその課題を解決しうる潜在能力を秘めている。
他者の意識に入り込めるのならば、原理的にその人と全く同じ物を見ることは可能。ちょうど、精神が融合したハルたちのように。
その研究と事前準備の為に、なにかとそれらしい理由を付けて、まずはモニターの共有化から始めたのかも知れなかった。
「でも、その研究所も、もう存在しない。そんな今、むしろ言い訳だったはずの理由の方が重要になっている。『歩きネット禁止』、これが現代の、共通の常識だ」
「確かに、誰からも忘れ去られた隠し仕様でしかないのでしょう。しかし、わたくしにとってこれは非常に邪魔なのです。それに無意識のうちに、接続者にもストレスとなって降りかかっていますわ?」
「例えばあの雷都征十郎みたいに?」
「ええ。彼は顕著な例でしたね」
エーテルネットに接続していることそのものをストレスと感じ、その『他者の視線』が決して届かぬ空間を求めた雷都。
彼をその行動へ走らせた要因の一つが、このモニターを介した視界の共有だということだ。
まあ、彼の場合は、それ以前に元々の個人的性質が問題だったのではないかと僕は思ってしまうのだが。
「じゃあ、彼の唱えていたエーテルネットが超能力を阻害しているってのも?」
「あれは適当でしょう。陰謀論のようなもの。ですが、忌避感から本能的に察知していたという可能性もなくはないですが。それでもエーテルネットを消したところで、人は超能力に目覚めはしません」
あくまで、邪魔なのはメニューの可視化のみ、ということのようだ。
「そもそもエーテルネットは、『心の個室化』を助長するという意味では能力の後押しをする側面もありますから」
「……個室化か。ジェードもそんなこと言ってたっけね」
「全てがネット上で完結する世界が完成すれば、内向きに閉じた世界となり発展が無くなる、という懸念ですね。そこに興味はありませんが。まあ大丈夫なのでは?」
「ああ、彼も発展を信じているみたいだったよ。それで、君の研究にとっても、その個室化が重要だったと」
「まさしく。ガザニアの異空間に目を付けたのも、あれが個室としての側面を強く持っていたからですわ」
「だから君のゲームはお一人様専用だったのか……」
どんなに協力しても、最終的には結局個人。どれだけ世界が広く見えても、本当の広さは個室の中。
そんな環境は、超能力を育むのには都合の良い、ピッタリな環境だったということか。
「しかし、参加した生徒の中から能力者は生まれなかったね。これは、実験失敗かな?」
「あら手厳しい。しかし、そうですね。その通りです。今は、わたくしの成果はエメさん以下なのは確かですわ?」
「……あいつ、なんか知らんが超能力者の生産にも成功してんだよね」
本当にお騒がせな女神様である。ふざけた態度をしているが、功績は誰よりも大きいのかも知れない。功績とは認めたくない物が多すぎるが。
「ですが、それもまだまだここから。今後のわたくしの活躍に、ご期待くださいませ」
彼女の説明を聞いている間に、ハッキング進捗のゲージがそろそろマックスになるようだ。
あとほんの見た目数ミリ、あのバーが埋まり切ればアメジストの悲願は達成される。
僕らはその様子を、ただ黙って見守るしかないのであった。
◇
「という訳でそろそろ解除」
「ではハル様、ごきげんよ……、と、おや……?」
「うん。解除した。解説も終わりのようだしね」
勝利を確信した彼女から、ようやくその望みと目的を聞き出すことに成功したので、僕はここで彼女のハッキングによる干渉をネット上から完全に排除する。
実のところ、僕が止めようと思えば、どのタイミングであっても力技で完全停止が可能だったのだ。
「そもそもが、特定の人物リストを使用した意識誘導による干渉だろう? 管理者として、当たり前のように止められる」
「……しかし、ハル様でも完全排除は難しいと」
「ああ、あれは嘘だ」
「嘘……?」
「うん。僕は神様じゃないからね。人間は、嘘つきなんだ」
特に意識拡張を行った状態であれば、僕はネットのあらゆるデータを自由に操れる力と権限を持つ存在となる。
そんな僕にとってエーテルネット上で行われるハッキングを止めることなど、指先一つで事足りる程度の簡単な仕事であった。
「ではわたくしは、ずっと貴方様の手のひらの上で?」
「そうでもないさ。ハッキングに手を焼いたふりをしていたのは嘘だけど、それ以外は本当に苦労した。本当に苦労した……」
「それは本当そうですわね……」
学園内の調査は実に、実に厄介極まっていたし、なんなら転移ゲートの仕組みなど今でも解明できていない。
ゲーム本編もそうだ。参加時期が遅れたのもあったが、何度も他の生徒たちに敗北しかねない危うさがあった。
「言っておくけど、浸食を抑え込むのも苦労してたんだからね? ただそれでも、何を思ってこんな事をしていたのか、どうしても知りたかったんだ」
「……ブラフだったら、どうするおつもりで?」
「そこは、君たちが無駄なことなんてしないって信じたさ」
「変な所で、信頼が厚いのですから……」
そこは僕もアイリスと変わらない。衝突することはあれど、数少ない同郷の仲間。そんな相手のことを、信頼せずしてどうしようか。
しかし、仲間とはいえ際限なく好き勝手にさせておく訳にもいかない。人々の迷惑になりかねない暴走は、元管理者としてきっちりと止めねばならなかった。
「という訳で悪いけど、君の目的は達成させてやる訳にはいかない。ここで、引き下がってはくれないかい?」
「……仕方ありませんね。さすがにわたくしの完全敗北です。契約もいたしましたし、学園内への仕込みもきっちりと引き払いましょう」
「ああ、それなんだけどね」
「どうかなさいまして? ああ、ご安心ください。嘘つきのハル様と違って、わたくしきちんと約束は守りますわ?」
「根に持ってんなこいつ……」
悪いことをしたと僕も多少は思うが、恨むならどうか自分の秘密主義すぎるところを恨んで欲しい。
ただ早期に叩き潰しただけでは、彼女は決してその目的を語ってくれることなどなかっただろう。
「疑ってる訳じゃなくてね。学園内のゲーム、あれ、残しておいても構わないよ」
「……はい?」
僕の発言に、思ってもみなかったと言わんばかりに目をぱちくりと瞬かせるアメジスト。こんな表情は、初めてな気がする。
「……正気ですか? あれだけ、排除しようとしていらしたのに」
「そりゃ君が好き放題にやりすぎるからだ……」
「これは失礼。性分ですもので」
「嫌な性分だ」
もう少しそんな彼女の顔を眺めていたかったが、驚きに目を見開いていたのは一瞬のこと。もう既に、僕の真意を見極めようという冷静な目へと戻っていた。読み切れない子だ。
だが僕も、そんなアメジストを嫌っている訳ではない。アメジストもまた、僕に敵意があった訳ではないように。
「君の言うように、こっちの世界にも、徐々に魔法や神様のことを明かしていきたいと僕は思っている。あまりに性急だから、止めたけどね」
「誰かが背を押さねば、ハル様は変化を恐れて最初の一歩を踏み出せないでしょう?」
「だから君が悪役をかって出たって? よく言う……」
絶対に自分の研究が最優先だっただけだ。賭けてもいい。
……まあ、そうした僕を思う気持ちが、ゼロではないのもまた事実だろうことが厄介なのだが。
「もちろん、ゲームシステムに調整は加えてもらう。あのままじゃ色々と問題だ。でも、あの自分だけの理想の世界、あのまま消してしまうのも惜しくてね」
「だから、継続してよいと?」
「ユーザーとも第二期の約束をしただろう? 神様が、嘘をついちゃいけないよね」
「……確かに、そうでしたわね」
結局アメジストの言う通り、警戒してばかりでは世界は先に進まない。あの学園が、最初の一歩を慎重に進めるモデルケースとして適切なのも事実なのだ。
それに、あの学園にはまだ、地下に封じられた黒い石という、僕らにとって明確な爆弾が眠ったまま。
それについて一歩先をゆくアメジストの協力は、可能な限り得たかった。
「仕方ありません。長期メンテを経て、再スタートといたしましょう」
「助かるよ」
「ですが! わたくしそう何でも思い通りになる女ではございません。他の者達のように、貴方様の傘下に入る訳ではないですから、そこを取り違えないでいただければ助かります」
「まあ、支配しようと思っても本体と接触できないことにはね。正直今すぐにでも、支配して大人しくさせたいけど……」
「あら怖い。ふふっ」
なにはともあれ、これで一件落着だろうか? 僕も張り詰めていた意識を緩め、意識拡張を解除していく。
……ずいぶんと疲れた気がする。彼女にはああいったが、“ハルに”とっても今回の攻防は、決して楽な物ではなかった。
そんな、最後の最後で油断したハルに、アメジストは特大の爆弾を残し、すぐにその身をかき消して行く。
どうやら、まだまだ彼女の暗躍に、ハルたちは振り回されることになりそうだった。
「ところでハル様? お気付きとは思いますがあのゲーム、参加した人間の能力をスキルとして解析し、わたくしの元にデータを送る機能が備わっておりますの」
「まあ、そうだろうね」
「その対象には、意識拡張したハル様もきっちり含まれております。ついに得られた貴重な貴重なハル様の生データ、今後、しっかりと有効活用させていただきますので、お楽しみに」
そう言い残すと、彼女は逃げるようにその存在を痕跡ごと消し去った。本当に、頭の痛くなる話だ。
もしや、彼女の本当に本当の目的は、そのハルのデータだったのではないか? そう、思わずにはいられない。
果たしてこの一連の騒動の真の勝者は、果たして誰なのか。今は、あまり気にしすぎない方が良いのかも知れなかった。
次話からは、三部二章がスタートです。解決していない問題、回収しきれなかった謎、残された登場人物たちのお話も継続して繋がっていくので、ご期待くだされば幸いです。




