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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第4章 マゼンタ編

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第120話 変身

《無尽増殖システム、『エンゲージ』へようこそハル様。この黒曜がオペレーターを務めさせていただきます》


「まずは12領域接続。準備は出来てる?」


《無論ですハル様。長いおしゃべりの間に万全です》


「あっちも時間稼ぎだったんだろうけどね」


 既に神界で宣戦布告は受けている。お互いに戦闘状態のただ中だ。

 それなのに長々と会話に興じていたのは時間が欲しかったから、お互いにである。

 ハルは無尽増殖エンゲージの準備時間。マゼンタは国境の魔力を広げ、古代兵器がヴァーミリオンの兵士を捕捉するまでの時間。


《領域接続完了。未使用状態のエーテルも掌握済みです。意識拡張を行いますか?》


「それは待機。まずはアイリと接続する」

「はい! いつでもおいでください!」


 光に包まれ見えないが、アイリが目を閉じる気配がする。“僕”とアイリの精神が深く繋がってゆき、互いの意思が言葉無く通じてゆく。

 その意識を二人の周囲の光の中、際限なく増殖を続けるナノマシンの群れへと浸透させる。形を変え、広がって行くその空間そのものが“僕ら”となって行った。


「転送開始」


御意ぎょいに。装甲板、転送開始。完了。続けて溶液転送開始。完了。光輝を運ぶ者(ルシファー)、構築完了しました》



 僕らを包むように作り出したのは巨大な人型。白い流線型の装甲に身を包んだ羽持つ使徒。

 俗に言う天使だ。

 尚も増殖を続け体からモヤのように溢れるナノマシン群が光を反射し、神聖なオーラのように神々しく周囲を照らしていた。


「ロボットじゃんか! 魔法の世界になんて物持ち込んでるのキミは!」

「《ロボットじゃないよ。これも一種のパワードスーツ》《わたくしとハルさんの、大きな体です!》」

「屁理屈だよそれは! ロボットに見えたらロボットなの!」


 その理屈もどうなんだろう。まあ、正確な定義は今の僕らには関係ない。


 敵の神が支配する神域では、周囲の魔力その物が敵になる。僕がやるように、至近で爆破させるだけでも十分な威力。

 それを防御するために、作り出した巨大な体。


 体内に保持される魔力はどういう理屈で持ち運ばれるか、僕らにはまだ分かっていない。

 だが、分かってなくても振る舞いが一定なら活用は出来る。科学技術でもよくある事だ。


 過剰増殖させて周囲の空間に溢れ出したナノマシン(エーテル)に意識を満たし、“そこまで含めて自分の体”と定義すると、魔力エーテルもきちんとそこまで満ちて行く。

 その性質を利用し、本来の肉体を包むように防御する新たな体が、この光輝を運ぶ者(ルシファー)。イメージは、彼の言うようにロボットへの搭乗だ。


「そんな大きな物を<物質化>する隙間なんて無かったはずなのに……」

「《僕らの神域で生成しておいた。それを体内に<転移>させて来ただけだよ》」

「やりたい放題だねキミは!」


 スピーカー越しに会話しながら調整を行っていると、痺れを切らしたか、マゼンタが攻撃してくる。

 まずは小手調べか、神界で見たのと同じ赤いビームの砲撃。破壊力そのものを圧縮して放つような力場の塊だ。


「やっぱり効かないか」


 天使の周囲にも、生身の僕らが纏うような環境固定の力場が形成されている。力場同士のぶつかり合いには、マゼンタのビームは相性が悪いらしく素通りしてしまう。

 表面を這うように、天使の後ろへと流れて行った。


 応戦とばかりに、僕らも掌から荷電粒子のビームを生成して放射するが、今度はマゼンタの周囲のバリアに吸収されてしまった。


「《やっぱり効かないか》」

「真似しないでよねー。……でも、そうだよ。攻撃は通さない」

「《今度はまるきり通ってないね。手加減無しってことか》」

「さっきも手加減はしてないよ。あの時はあれが全力。効くと思わせて攻撃を誘発するのには、都合が良かったけど」


 神界で見たバリアとは強度が段違いだ。

 天使の放つ荷電粒子ビーム、体内の小規模な粒子加速器で超高速に加速された粒子の放出。神界で僕が見せた魔法に劣らぬ威力を誇る強力な攻撃だ。

 それを完璧に防ぎ切られてしまった。物理攻撃であれを抜くのは可能なのだろうか?


「《ならば魔法で!》」


 物理攻撃が効かないならば、とアイリの制御によって天使の羽がきらめきを放って行く。

 通常の肉体では留められぬ膨大な魔力。そしてハルと繋がった事により増大した制御力により展開される魔法は、普段の物よりも何倍も強力だ。

 普段から世界屈指の威力を誇るアイリの魔法である。その力は推して知るべしだ。


 翼から羽の弾丸を発射するように、黒く輝く炎が連続で発射される。

 広範囲にばら撒くように解き放たれた炎の羽は、それぞれが羽ばたくようにマゼンタへと狙いを定めて飛翔する。

 余さずに全ての羽が、彼の小さな体に到達するが、その身を焦がす事は一枚たりとも適わなかった。


「物理も魔法も、基本的には変わらない。どちらも同じ力の一部だよ。『物理攻撃力』『魔法攻撃力』といった概念は、実はこのゲームには搭載されてないんだ」

「<勉強になるねッ!>」


 あくまで余裕の態度で防ぎ切ってみせるマゼンタ。

 ハルは天使の巨体をもって、その矮躯わいくを握りつぶさんと一瞬で間合いを詰めるが、力場同士が押し合うだけで、互いの体にはどちらも到達できないだけに終わる。


 そのままゼロ距離から荷電粒子ビームを放射するが、天使の指先が輝くだけの結果に終わった。

 放出される瞬間に全て吸収されて行く。


「おっかない事するなぁ! 当たらないと分かっていても怖いんだよ?」

「《AIがおかしなことを言う! 論理的に100%安全なら恐怖を感じる必要なんて生まれないだろ》」

「ハルはそうなのかな? だとすれば逆に人間としては欠陥じゃないかな。それともゲーマーは皆そうなの?」

「《ハルさんは無敵ですから!》」

「信頼されてるんだねぇ」


 微笑ましいものを見る目でマゼンタは天使を見据える。怖い、などと言うものの、余裕の態度は崩さない。返す刀で赤い光弾による反撃をよこしてきた。

 今度は天使の周囲で任意に爆発させたのか、物理的な衝撃となって襲ってくる。


 光輝を運ぶ者(ルシファー)の攻撃力を全て乗せて返すように放たれたそれは、こちらの防御フィールドを貫通して装甲を破損させる。

 あまりに強すぎる衝撃は、この環境固定の力場をもってしても防ぎ切る事は出来なかった。


「なるほど、キミ自身の攻撃力は、自己を破滅させるに足るんだね」

「《まだまだ足りないよ、こんな物じゃ。攻撃力を語るなら、僕らの再生力を上回ってからにするんだね》《すぐに修復しちゃいます!》」


 天使の中を満たす溶液が血のように溢れ出し、破損した装甲板を包み込む。

 砕けた破片パーツを体内へと回収し、傷口に新たな装甲を<物質化>して埋めて行く。そして溶接するかのように接着して組み合わせると、数秒も経たずに元通りに復元が完了した。


 この処理速度こそが、無尽増殖エンゲージ真骨頂しんこっちょう

 普段、増殖制限リミッターが掛けられているナノマシンの制限を外し、無尽蔵に増殖させる。それらを次々と使い潰して、粒子加速器の再現や、高速の自己再生、巨体に見合わぬ機動力などを発揮する。


「なるほどね……、毎ターン1000回復する敵に100ダメージ与えても倒せないってコトね」

「《さすがゲーム運営は話せるね。他のゲームにも造詣が深いのかな?》」

「まあねー、情報収集はしてるよもちろん。でも良くない状況だなぁそうすると。こっちもダメージを受けない以上、戦闘に入った時点で進行不能に陥ってるじゃないか……」

「《降参してリセットするかい?》」

「冗談!」


 勝って進む事も、負けてゲームオーバーになる事も出来ない。

 延々と戦闘を繰り返すしかない。現代のゲームでは、基本的に回避策が用意されており、古いゲームでも、リセットをかければ戦闘前からやり直せる事がほとんどだ。

 だが、稀に本当に進行不能になる場合も存在する。

 よく強敵に勝てない事を『詰んだ』、と言うが、その場合は本当に詰みである。もうそのデータはどこにも到達する事は無い。


 お互いに状況を打開する力が無く、僕らはしばしその場で睨み合う。





「……本当に、マゼンタ神は突破手段が無いと考えているのでしょうか?」

「それは分からない。でも、『別に急いで突破しなくても良い』とは考えてるかもね」

「わたくし達の制限時間が、無限では無いからですね」


 天使は無限に再生するが、操縦する僕らは生身だ。休憩無しに戦うには限度がある。

 それが本来無限なはずの天使を有限たらしめている。


 ただ、僕らを包むように天使の体の中に満たされた溶液は、僕の家の医療用ポッドと同じような働きをしている。

 食べず休まず、眠る必要性すら薄れる。普通に想像するよりも、ずっと僕らの制限時間は長い。


 そしてこのまま膠着状態こうちゃくじょうたいが続けば、有利になるのは僕らの方だ。それを分かっていないマゼンタではないだろう。

 あと半日ほど粘ればカナリーがこちらへ復帰して来るし、アルベルトだって呼ぼうと思えばすぐに呼び出せる。


「ですがその勝ち方をハルさんは望まないのですね!」

「流石はアイリだね。お見通しだ」

「今は、あなたの一部ですもの!」

「……ただ、マゼンタも人の性格を把握するのが上手い。そこを突かれる可能性もあるんだよね」


 今は待つだけで、必ず僕は攻めに転じると確信しているか、そうさせる為の策を持っている。その想像は容易に出来た。

 カメラアイ代わりの<神眼>から様子を見れば、彼は変わらず余裕の表情で宙に浮いている。あちらからアクションを起こす気は無いようだ。


「ルシファーの武装、もう少し開発する時間が欲しかったねえ。粒子ビーム以上の攻撃力が無いや」

「いえ、基本的に、これ以上の破壊力が必要になる場面などありませんし……、仕方ないことかと……」


 この巨大ロボット風の天使は、未開地域から帰還し、対抗戦が始まるまでに発生してしまった空白期間で開発したものだ。未完成であった。

 強そうだが、……実際強いが、完成しているのは見た目だけであり、搭載されている機能は貧弱だ。

 相手の攻撃を過剰な再生力で押し割って、荷電粒子ビームの威力で粉砕する。そんなゴリ押ししか出来ず、応用力が無い。


「セレステになら勝てそうなんだけどなあ」

「セレステ神が聞いたら、嬉々として『戦おう!』って言いそうです!」

「聞かせられないね」

「……空間断裂バロールなら、あのバリアも無視して攻撃が通りそうではないですか?」

「……かもだけど、割り開いた空間が元に戻る保障が無い。……やめておこう」


 この地はアイリ達が暮らす世界。どんな影響が出るか分からない。神界でやったようなおイタは止めておこう。

 安全に空間を切り裂くソフィーの<次元斬撃>のような、使いやすい空間攻撃が欲しいところだ。


「そもそもあのバリアは何なのでしょうか? 黒曜さん、分かりますか?」


《不明です、アイリ様。既存の科学技術と照らし合わせても、どれにも該当しません》


「魔法だと思った方が良いんだろうけど、どうも彼の使う物は魔法の匂いがしないんだよね」

「はい、わたくしもです。少なくとも魔法式は何処にも使われていません」

「まあ、仮に正体が知れたとしても、それを突破する方法が無いのは変わらないけどね。この場で新しく発明を思いついて、なおかつこの場で完成させるようなものだ」

「ハルさんになら出来ますよ!」

「言うと思ったよ、アイリ」

「えへへへ、繋がっていますからね」


《とは言えハル様。闇雲に攻撃するよりも、正体を解析するに越した事は無いでしょう。手持ちの兵装に突破手段が存在するかも知れません》


「そうだね。意識拡張して解析に回そうか」

「お手伝いします!」


《私もお手伝い致しましょう》


「アルベルト」

「そちらはもう良いのですか?」


《勿論でございますアイリ様。あの程度の敵、ものの数にも入りません。後はハル様のご威光を兵に喧伝けんでんするのみにございます》


「おい」

「素晴らしい考えですねアルベルト!」

「……まあ、役に立つ部分もあるから止めないけど。マゼンタの奴も道連れだ、彼の事も良く語っちゃってよ」


《かしこまりました。精々身もだえする程に善人として脚色してやりましょう》


 既に古代兵器を蹴散らしたらしいアルベルトも、意識拡張の補助に回ってくれるようだ。普段よりも接続帯域を広げて行えるかも知れない。

 物理的に手伝いに来て貰おうかと一瞬考えたが、アルベルトは攻撃力が低い。彼の強みはその処理能力だ。こちらが適任だろう。


「黒曜、意識拡張を開始。今回はアイリとアルベルトの補助がある。10%から始めて、行けそうだったら25%まで引き上げろ」


《御意に。意識拡張スタート。待機状態解除。10%限定接続。掌握中のエーテルネットワークに接続します》


 僕の意識がネットに接続され、光る川の濁流だくりゅうに飲まれるイメージが脳内を満たして行った。

 「光輝を運ぶ者」の由来は、ちらりとだけ出てきたハルの本名だったりします。「光輝」。ハルとしてはもう、「ハル」が本名のようなものになってますね。

 命名はゾッくん同様にアイリ。ハルは恥ずかしがったのですが、嫁の希望に押し切られる形で採用になりました。

 イブリースとかバロールはハルが命名。その辺の神話の話を聞いてる間に目を付けていたようです。


 本編では書くタイミングが無さそうなのでこちらで放出です。

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― 新着の感想 ―
[一言] え?25%も接続するの? なんかとんでもない化け物が産み出されようとしてる気がする
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