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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1198話 塵に戻る世界

 ルシファーの腕により折り畳まれた、正確には拡張を解除された空間が、まるで手のひらの穴に吸い込まれるようにして圧縮されていく。

 このゲームを構築している異空間は、元はガザニアの空間魔法によって作られている。その魔法の効力は、本来小さな個室、一部屋ぶん。

 それを空間を引き延ばす技術と、更には錯覚を徹底的に活用することで、見かけ上は非常に広大な空間として演出しているのだ。


「だから本来、こうしていている今この時、僕らは実はすぐ隣に肩を並べているんだ」

「《素敵ですー……》」

「《……素敵、なのかしら?》」

「《はい! 愛し合う恋人同士が、離れ離れになっていたと思ったら、実は手の届く距離にいたのです! すれ違いを経てそれに気付いた二人は、やがて互いの距離をゼロまで縮め、ハッピーエンドなのです……》」

「《あはは。アイリちゃんらしいね。でもさ? つまりそれってジスちゃんもすぐ近くに居るってことになるんじゃない?》」

「《ですねー。ホラーですねー》」


 まあ、ロマンスとホラーで言うならば、今重要なのは残念ながらホラーの方だ。

 僕とアメジストの間の広大な距離をゼロに近付ける為に、まるで空間そのものを吸い取るかのように、国境の外に広がる虚空こくうの海を、元のサイズへと巻き戻している。


 かぼちゃの馬車にかかった魔法は解けて、馬車は元のかぼちゃへ戻る。

 この学園にかかった舞踏会の夢も終わり、シンデレラ達はそろそろ、学業に戻る深夜零時だ。


「ハリボテの舞台裏を見せてもらうよ、魔女のお嬢さん?」


 凄まじい勢いで縮小されていくマップの空白。真空パックに入れて空気を抜き取るように、レーダーの描写もそれに合わせて縮んでいく。

 パックの中身は二つの大陸。当然その大陸同士も収縮に合わせ、互いの距離を急接近させていった。


「……本当は、こんなに近くに居たんだね」

「本当の距離、なんてものに意味などありません。主観で感じたことこそが、わたくしたちにとっての真実ですわ」


 なかなか哲学てつがく的な事を言う。それとも、これは彼女の研究する超能力、スキルシステムにとって重要な視点なのだろうか。


 本来のサイズにまで戻された両国の間は、僅か数メートルの距離しかない。

 あれだけ遠くまで逃げていたアメジストも、実際は数メートル距離を取っただけだったのだ。

 そう考えると、あの逃げ足も納得がいく、のかも知れない。


 そんな小部屋数個分の溝程度は、二人の領土創造によって一瞬で埋まる。

 こうして世界は、もうこれ以上増やす余地が存在しないところまで、ギチギチに土地で満ちた。満たし尽くされた。


「さて、これでもう逃げられない」

「そのようですわね。加えて、これ以上互いに領土の面積、つまり勢力値を上げられない」


 そう。ここから先はもはや、今ある物のみで戦うしかない。余剰スペースが存在しないのでは、更なる領土を生み出すことは物理的に不可能だ。

 今のところ、浸食力では僕は優位に立てていない。そんな状況で逆転の目を潰すような行いは、自殺行為とも言える。

 しかし、世界の圧縮、いや回帰はここで終わってはいないのだった。


「《おい、ハル! 何か嫌な音が聞こえ始めたが、平気なのか、これは!》」

「ああ、大丈夫。今度は僕らの世界も、元の大きさに戻してるだけだから」

「《平気じゃないだろう、それは! 押し潰す気か!》」

「ユキの戦車に入ってれば平気だよ。大丈夫大丈夫」

「《兵器だけに、ってねー。お客さん、ちょーっと揺れるぜぃ? しっかり捕まってなー》」

「《わ、私、車は少々苦手でして……、酔わないといいんですが……》」

「《これジェットコースターって奴だ! もっと飛ばせー、ごー!》」


 三者三様の反応をする皆を乗せたユキの戦車が、まるで荒波に揉まれる小舟のように跳ね回る。


 ビキビキと嫌な音を立てながら、世界そのものがきしんでいく。

 今度は土地部分までも圧縮させ始めたルシファー、それにより、内部にある大地も、森も、山も、空間ごと潰されて崩壊をし始めた。


 地面の下を走っていた地下鉄のチューブは各所で寸断されて路線としての役目を終え、地上に飛び出し残骸ざんがいを晒す。

 アルベルトが手塩にかけて作り上げた工場の数々も、壊れる時はあっけなく圧壊あっかい随所ずいしょで爆発炎上を起こしている。

 その爆風も炎も、すぐに瓦礫ガレキに飲み込まれて窒息消化されることだろう。


「悪いね、アルベルト。せっかく頑張って作ってくれたのに」

「《なにをおっしゃいますかハル様。壊れたなら、また作り直せばいいのです。なに、再びいちから始めるのもオツなもの。次はどこで、何を作りましょうか》」

「……なんか、真に放置しちゃいけないのはコイツな気がしてきた」

「《ふにゃーにゃ……》」


 アメジストなどよりも、アルベルトこそしっかりと見張り、手綱を握っていなければならないのかも知れない。メタも同意してくれている。


「さて、それはさておき……」

「そうですね。これは、実に厄介です。崩壊はわたくしの世界にも、容赦なく及んでいるようですね」


 全てをリセットする崩壊の波は、敵国の水晶世界にも波及はきゅうしている。

 そこかしこで水晶が砕け、細かな破片となりくうを彩る。その収縮の力には、アメジストであろうとも抗いようがない。


「やっぱり、これに対抗する都合の良いスキルは使えないようだね。途中、邪魔した甲斐があった」

「そうですね。わたくしが直接、全ての島を吸収できていれば、もっと多彩な超能力でお相手できたのですが。残念です。とはいえ、この力に抗うスキルが、果たしてこの世界にあったかどうか……」


 あらゆるスキルを自由に使えるような雰囲気を出していたアメジストだが、それにしては僕の攻撃に対処する力のバリエーションに乏しいように思えた。

 本当に何でも使い放題ならば、最初の段階で逃げ出す前にもっとやりようがあったはずだ。


 そう考えた僕は、彼女が他の生徒達の世界を飲み込むのを木馬を使って徹底的に邪魔をした。

 先にこちらが世界を飲み込んでしまうことで、彼女が直接多様な世界を支配することを防いだのだ。


 結果は、予想の通り。全能なはずのアメジストは僕の攻撃に対し有効な対策を取り切れず、その余裕の態度に反して攻めきれない。

 余裕そうに見えるのは見た目だけで、その内面は、きっと常にいっぱいいっぱいだったのではなかろうか。


「最初に使ったスキルが、ソウシ君の物だったからね。もしやとは思ったんだ」

「インパクトはあったでしょう?」

「ああ。インパクト重視でおちょくられてるのかと思った。でも、実はそうじゃなくて、それしか使えなかったと考えれば納得がいく」


 何らかの条件で、他人のスキルを使用可能になる、そんな裏仕様があるとすれば、アメジストの行動にも説明がつく。

 最初にこの場に現れた時にこっそりとソウシのスキルをコピーして、その状態で初めて、僕に対戦と交渉を持ち掛けたのだろう。ちゃっかりしている。


「子供たちをログアウトさせておいて良かったよ。彼らの使う空間能力なら、縮めた空間を再び伸張されかねないからね」

「わたくしでもさすがに、そこまで大規模な出力は出せませんわ。こうなった時点で、お手上げです」

「どうかね……、なーんか信用できないんだよね、君の発言は……」


 あのスキル単体ではどうしようもないとしても、結局何か道を見つけてしまいそうな怖さがあった。

 そんな彼女の選択肢を、徹底的に排除できたのがこの作戦の成功ポイントなのだろう。


「……なんだか、勝利なさったかのような雰囲気ですが、まだ勝負はついておりませんよ、ハル様?」

「それはそうだけど、この状況で、ここからどうするんだい?」

「それは、こうします!」


 この瞬間も世界ごと圧縮され砕け散っているアメジストの取った行動、それは、水晶の悪魔にて殴りかかるという実に単純な回答だった。

 巨大な悪魔もまた、世界崩壊の圧力を受けて全身がひび割れている。無理に動けば、その勢いで粉々に砕け散ってもおかしくない。

 だが、そんなことは構わずに、アメジストは容赦なくルシファーを殴りつける。


「今、貴方様のルシファーはその状態を維持するのに必死で動けない。ならばそこを、狙わない手はございません」

「確かに。ルシファーは世界圧縮で手一杯だ。だけど、がむしゃらに殴りつけたところで、行動キャンセルする程のダメージは……、」

「与えさせていただきます!」


 やぶれかぶれのパンチなど効きはしない、そんな僕の甘えた考えは、ルシファーの装甲ごと打ち砕かれた。

 水晶の悪魔が殴りつけたルシファーの腕、そこから世界崩壊の圧力を押し返す程の、大爆発が起こる。

 何が起きたかなど明白だ。僕の放った、反物質弾がそのエネルギーを解放したのだ。


「油断して空間操作の相殺そうさいを怠りましたね? もっとも、相殺されたらされたで、その時点で自動的に爆発するので同じことですが」

「……ちゃっかり反物質砲を固定したまま回収してたね?」

「はい。相手の力を利用して反撃するのが、趣味なものでして」

「良い趣味してる……」


 そんな因果応報いんがおうほうの一撃で、片腕を吹き飛ばされてよろめくルシファーの巨体。

 しかし、例え半壊しようとも世界圧縮の実行を決してルシファーは止めることはない。


「無駄だよ。例えもう一方の腕も壊したとしても、ルシファーは止まらない。いや、完全に破壊したとして、それでももうこの世界自体が自壊の連鎖から逃れられないだろうさ」

「そのようですね。それに、どうやらもう一撃は放てそうにありません」


 反物質弾の直撃を受けたのは、敵もまた同じ。水晶の悪魔はもう原型を留めず、圧縮の余波も相まって全身を粉々に砕かれていた。


「……終わりだ、アメジスト。このまま一気にケリをつける。僕の全処理能力を、浸食力に回そう」


 世界が縮小されるにつれて、互いの持つ勢力値もまたどんどん小さくなっていく。その状態では、もはや頼れるのはプレイヤーの持つ創造の力のみ。

 僕は意識拡張によって得た処理能力の全てを、浸食力に変換するようにしてアメジストの世界に叩き込む。


 それにより、水晶の世界は一気に草原に埋まるようにして、その輝きを失っていった。


「……この時を待っておりました。貴方様が、全ての力を集中する時を」


 だが、それにより、外への警戒が手薄となるのは避けられない。アメジストは自分の敗北と引き換えに、エーテルネットへのハッキングだけは確実に遂行しようと、待ち構えていたのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かにゲーム側で敗北確定、起死回生の一手もないとなれば、さすがのハル様でも、抵抗を放棄して降参しても情状酌量の余地ありと判断して完勝目的の二回戦目突入は勘弁してくれる可能性がありますからね…
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