第1197話 世界を畳む
国境を離し距離を取るアメジストを追い、ルシファーの放つ弾頭が次々と彼女を狙う。
ルシファーの頭上で高速回転する天使の輪がその弾頭に力を与え、通常追って行けないはずの自国の外へと飛んでいく。
彼女にとって、この弾は実に脅威だ。僕の前から一目散に尻尾を撒いて逃げ出したとしても、アメジストを笑うことは出来ないだろう。
「《ねーハル君。結局今の弾てなんなん? いつもの反物質砲なのは分かるんだけど》」
「ああ、これはねユキ。単純化していうなら反物質を固めて作った水晶ってとこかな。アメジストの世界の水晶に触れると、大爆発する」
「《ほえー。よーわからんが、『アメジストぜったい壊す弾』ってことか》」
「《そして『アンチ・アメジスト』が、ダブルミーミングになっているのね》」
「そういうこと」
もちろん、水晶の見た目をした弾丸が飛んでいく訳ではない。そんな巨大な質量が対消滅すれば、どれだけのエネルギーが解放されるか知れたものではないからだ。
あくまで、分子構造の上では、という話である。実は弾の見た目は本体ではなく、内部の反物質の保護材なのだった。
「いつだったか、ウィストの撃ってきた光子魚雷を反・化合物にして防御したことがあったでしょ。あんな風に、通常は反応しにくくなるものなんだけど」
「《アメジスト様の世界は、全てが水晶で出来ているので大変なのですね!》」
「《全身弱点ですねー。敏感肌ですねー》」
そんな、『当たったら終わり』な対アメジスト特攻の必殺武器。しかし、防御する方法が無いかといえばそんなことはない。
現に、レーダーに映るアメジストの世界は、今のところダメージを受けている様子は見られなかった。
「《あっ! 分かった! 国境が離れたから、絶対防御の力をフリーで使えるようになったんだ!》」
「だろうね。ソフィーちゃんの言う通りだ。僕に相殺されなければ、アメジストはソウシ君の空間固定を自由に使える」
「《……反物質だなんだというのはにわかに信じがたいが、それでも十分に優位に立てるだろう。あれを常時発動していなければ、解除した瞬間に反応してしまうのだからな! その発動コストを、常時奪えるということだ》」
「そうなるね」
反物質兵器は、破壊力を発射のエネルギーに頼らない。
通常の弾丸ならば、無敵に壁に阻まれ速度を殺された時点で、威力はゼロとなり虚しく床に落ちるのみ。
しかし、反物質弾はそれでも止まらない。破壊力は対消滅が担保してくれるので、床に落ちればそこで反応を始めるだろう。
「いわば、破壊不能、解除不能のグレネードを投げ込んでいるのと同じ。彼女はその弾を、全て空中で保持し続けなければならない」
「《大変そうなのです!》」
「そうだねアイリ。かなりの嫌がらせ、もとい制限プレイの押し付けになる」
多種多様な能力を使ってくるアメジストだが、彼女の世界はずっと水晶だけで構成された世界のまま。
僕の世界のように、生み出す大地の材質までも自由に操れる様子はない。
つまり彼女は世界ごと逃げるしか方法がなく、しかも逃げた先でも常にコストを払っての防御を強制されるのだ。
「……ただ、それでも逃げ切る手立てはあるんだよね。っと、言ってるそばから来たね」
「《レーダーが爆発を捉えました! しかし、アメジスト様の領土はほぼ無傷です! ダメージを受けた様子はありません!》」
「《ありゃりゃ。どーなってんの? 反物質砲の直撃を受けたんでしょ?》」
バロールの瞳が映し出す全体マップには、確かに対消滅によるエネルギー放射の様子が観測された。
しかし、そのマップ上の敵領土の大きさに変化はない。爆発によるダメージを受けていないのだ。
いや、よくよく見てみれば、実際はダメージゼロではない。爆発の瞬間、ほんの小さな欠片ほどの領土が、彼女の世界から消え去っている。
「切り離したんだね。接触部分だけ」
「《ですねー。世界をうねうねと自由に操れる彼女ですー。切り取りだって容易でしょー》」
「《えっ、で、ですが、至近距離で爆風を受けたのですよね? それでノーダメージは、ないんじゃないですか?》」
「そうなんだけどねシルフィー。事実こうなっているんだから仕方ない。要するに、国境の外で発生した力は、どれだけ大きくても国境の中に影響を与えないってことだ」
当然、ゲームマスターとしてそれを知っているアメジストは、ほんの一部だけを切り離すことで、危なげなく難を逃れたという訳だった。
「《ちぇー。焦ってたから、行けると思ったんになー》」
「《……これで、また策の練り直しかしら? とはいえ行く所まで行った感があるけれど、大丈夫なのハル?》」
「ああ、大丈夫。というか、まだ攻撃を止めることはない。まだまだガンガン撃とう」
「《効かなかったからってヤケになったんかーハル君ー》」
「そんな訳ないよ。まあ、それも楽しそうだけど」
「《ヤケクソの、ゴリ押しなのです! 無敵の相手に全弾発射して、大爆発のストレス解消なのです!》」
「《ゲームが落ちたら勝利ですよー?》」
「《褒められた遊び方ではないわね……》」
運営者であるルナとしては、処理リソースの無駄遣いを連想させる発言に頭が痛いようだった。
……というかカナリーも元運営であるのに、自分から乗るのはいかがなものか。
とはいえ彼女らの言うことは実は正解であり、僕の目的はその大爆発そのもの。
もちろん、偶然に当たればラッキー狙いのヤケクソではない。そんな雑な戦術が通るアメジストではないだろう。
目的は、ダメージではなく爆発にこそある。それを求めて、僕は続けざまにこの無差別破壊兵器を休むことなく撃ち続けるのであった。
*
「《マ、マップが凄いことになっているのです! わたくしたちの世界の周囲も、一歩踏み出せば暴風雨なのです!》」
「もう自分で出した爆風に押されて、弾を撃っても届いていないね。変なとこに流されたままになっても危ないし、撃つのはしばらく止めておこうか」
「《……むしろ、わざと向こう岸まで届かせずに、機雷のように虚空に留めておくのはどうかしら?》」
「《おお。ルナちーもなかなかエグいこと考えるようになってきたねぇ》」
確かに、虚空の海の中にひっそりと潜む反物質機雷を、アメジストの水晶の船が気付かず踏んで大爆発、という作戦もありだろう。
しかしこの攻撃は元より、ダメージを一切期待していないもの。変な色気を出すのは止めておこう。アメジストも機雷を見落としてくれるほど未熟ではないだろう。
「《それでー、何かわかりましたー?》」
「ちょっと待ってねカナリーちゃん。今解析中だから。というか手伝ってね?」
「《はーい》」
僕と同様に管理者としての力を持った今のカナリーの手も借りて、僕は意識拡張した処理能力をフル活用し、今得たデータを解析する。
そのデータとは、このゲームを構成する空間そのもの。特に、普段はプレイヤーが干渉不可能な国境の外、僕らが『虚空』と呼んでいる『海』に値する空洞の地のデータだ。
「この虚空こそが、僕はこのゲームの本質なんじゃないかと思っている。それにそこのデータが探れれば、すぐに逃げ回るアメジストの尻尾も捕まえらえるしね」
「《そのために、ここまで派手な爆発を起こしたのね? やることが派手ねぇ……》」
そう、虚空を荒れ狂う爆風の嵐。その反応を『バロールの瞳』による解析スキルにより採取し、意識拡張した今の僕の処理能力により強引に解析する。
アイリの言う、『あたまよくなった』僕の本領発揮だ。意識拡張は、なにも破壊力の高い兵器を生み出すだけの力ではないのだ。
「……なるほど。そこそこ分かってきた。この空間作成能力、ベースはガザニアの魔法なんだろうけど、この広大な空間を演出している拡張能力はアメジストの仕込みだろう」
「《つまりー、あの石から得たエネルギーを使ってるってことですねー。干渉できますかー?》」
「そこはまだ難しいかも。しかし、ゲーム内の力で構成されているなら、ゲーム内から干渉できる。アルベルト!」
「《はっ!》」
「空間干渉を行う。ありったけの電力を集めるんだ」
「《承知しました!》」
「ルナ、君のユニットも貰うよ?」
「《ええ。好きにお使いなさいな》」
僕はルナの特殊ユニットもルシファーに融合し、その力を貰い受けていく。
地中に潜行する力を利用し、背中の翼から羽をケーブル状にして地面に沈みこませる。そのケーブルを自国の各地に向け伸ばしていき、あらゆる場所から電気エネルギーを吸収し始めた。
「《おい! 今度は何をするんだ! もうそろそろ付いていけんぞ!》」
「《ソウシ君! ハルさんにはね、最初から付いていこうと考えない方が楽でいいんだよ!》」
「《ソフィーさんはむしろ付いて行ってしまっている気がするのですが……》」
「《そんなことないよ! 私なんか、まだまだだよシルフィーちゃん!》」
「今はね、空間の膨張と収縮、それをこっちで操らせてもらおうと思ってね」
「《だからいちいちスケールがデカいんだよお前は!》」
「はは。すまない。でも、ソウシ君も見ただろう? 君の回避不能の斬撃の雨を、僕の周囲の空間を極小サイズにして避けたのを」
「《……考えてみれば、あの時から意味が分からなかったなお前は》」
あの時は、僕の周りだけを高倍率で広げることで、ソウシから見れば僕が小さくなって回避したような結果をもたらした。
そして、今やろうとしているのは完全にその逆。この広々とした世界を許容するゲームマップを、本来の大きさにまで戻してやろうというものだ。
「残るプレイヤーはもう、僕とアメジストの二人だけ。もう、こんなに広いマップはいらないよね?」
領土の各地にある木々の全てから、電力をルシファーに集中させる。その、世界全ての力を得た大天使は、両の手を国境に向けさし伸ばす。
国境線を越え、ヨイヤミの力で虚空に触れたルシファーの手は、中央に穴が開くようにしてその内部から特殊な波動を放出し始めた。
「さあ、そろそろサービス終了の時間だ。元の、狭い個室に戻る時が来た」
ゲームを畳む、その時が来たのだ。僕は拡張されたこの空間そのものを、元々のサイズにまで、文字通り折り畳んでいくのであった。




