第1196話 進め一切の躊躇いなど捨てて
紫水晶の結晶が次々と成長していくように、連鎖し花開き結実する。
大枠のシルエットが決まったのか、末端の細かい水晶は花を舞い散らすかのように、一斉に宙に舞吹雪となって流れていった。
その中から現れた物は、禍々しい角を水晶で表現した巨大な悪魔。僕の巨大な天使と対を成すかのように枯れ枝のような翼を広げ、鋭い宝石の爪を煌めかせている。
「真似するなよ、アメジスト」
「ごめんあそばせ? ですが、最強の存在と相対するには、こちらも最強になりませんと」
「そう上手くいくかな? 見た目だけ強くなってもねっ!」
実際のところ、この形に特に有意な戦闘能力の向上効果はない。ただ僕の気分が上がるだけだ。
アメジストがそれを真似たとて、特に出力が上ったりはしないだろう。
だが、正直僕としてはうれしい限りだ。実に気分が上がる。実に分かっている。アメジストは盛り上げ上手のようである。
「変形しても結局はただの水晶! 殴れば容易く砕けそうだな!」
「そうはいきませんわ。そんな情けない姿、お見せする訳にはいきません」
ルシファーの強烈なパンチに合わせるように、水晶の悪魔も拳をくりだす。
二本の巨大な腕が衝突すると、周囲には轟音と共に、その巨大さに比例した衝撃波が突風のごとくまき散らされた。
「ははははは! やるねっ!」
「硬化能力。単純ではありますが、強力です。わたくしが使えば、この通り」
ルシファーの外装を構成する、銀に輝く鎧が一部砕けて剥がれる。自負するだけはあり、凄まじい硬度だ。
生徒の誰かのスキルであろうそれを、アメジストは巨大な悪魔に付与して使いこなす。単純な殴りつけでは、もう彼女の土地は削り取れない。
僕は剥がれたルシファーの装甲を液体金属を這わすようにして補修すると、一つしかないルシファーの目で、油断なく敵の姿を睨みつけた。
その視線の先に、余裕と挑発を見せつけるように、アメジスト本人が悪魔の頭にちょこんと優雅に腰を下ろす。
そして、ちょいちょい、と指で招くように、こちらの攻撃を誘ってくるのだった。
「いいだろう。ちょうど狙い目の高さだ。直接撃ち込んでやろう」
「《だ、大丈夫なんでしょうか、ハルさん。いえ、多分、大丈夫なんでしょうけど……》」
「《落ち着けシルフィードとやら。このゲームはプレイヤーに攻撃は効かん。だが、年端も行かぬ女子にその扱い、俺もどうかと思うぞ?》」
「うるさいよ。変な所で真面目だなソウシ君。あいつら見た目で判断しちゃいけないの。コレの運営だよ?」
強気でおしおきするくらいで丁度いい。何より、挑発されて黙っていられる僕ではない。
僕はお望み通り、アメジストの誘いに乗り再び荷電粒子砲を、今度は目線の高さで直接彼女に放出した。だが。
「……まあ、やっぱり防ぐ算段はついてたようだね」
「低温能力。わたくしが使えば、もはや、みなまで言いません」
放射したビームのエネルギーは、超低温化されることで停止してしまう。どんなスピードで冷やせば、ビームを止められるのか。考えるのも恐ろしい。
超能力は、物理法則も超越できるのだろうか?
とにかく、敵もまた、一度見た技はそうそう続けて食らってはくれないということだろう。
「さて、お次は何を見せていただけるのでしょうか。はしたないですがわたくし、興味と興奮が押さえきれそうにありません」
「余裕見せすぎて消し飛ぶなよ幼女。お望み通りその無駄に大きな台座を削減してやる」
確かにこのまま殴る蹴るだけでは芸がない。いや、足がないので蹴りは放てないか。
ちょうど武装の創造も終わったところだ。アルベルトから渡された設計図を元に、僕はほぼ<物質化>の要領で、この世に新たな土地を想像していく。
その土地はそのまま内部に武器の構造が正確に再現されており、アルベルトでもまだ現状の工場設備では再現できなかった物質で、緻密すぎる精度の仕組みが形作られる。
「ここでゾッくんの能力を使う」
「《はい! ゾッくんの力は、電気を食べるだけではないのです……! おなかの中に武器を収納して、取り出すことが出来るのです!》」
そうして生まれた武器たちを、ルシファーは大地から吸い上げるようにして体内へと吸収してゆく。
その武装の数々を、開閉する装甲の隙間から次々と取り出し、全てアメジストの座る悪魔像に向け狙いを定めた。
「プラズマエミッションキャノン」
「まあ怖い」
「全弾発射!」
冷やすというなら、冷やしきれない程の超高温を、超質量ぶつけてやればいい。
そんな頭の悪いゴリ押しの力押し。ルシファーの全身から、先ほどの比ではない荷電粒子の塊が何本も何本も放たれる。
太陽をぶつけているようなその異常な攻撃の原料は、僕らの世界そのものだ。
「これをやるために、直接地面から体を生やしているまである」
「《これだけのエネルギー、防ぐとなれば敵もただではすまないでしょうけどー。減ってます、減ってますよハルさんー。大地がー》」
「おっと。流石に費用対効果が悪すぎか」
「《別の方法を考えた方が良いかもですねー》」
「カナリーちゃんの言う通りかもね」
いかにリソースを想像して<物質化>のように生み出せる世界といえど、さすがに限度があった。
僕は溶け落ちた砲身をそのまま地面に投棄すると、飲み込ませるように再び土地そのものへと還していく。
「さ、さすがにびっくりしましたが、どうやらハル様にもダメージが大きかったようですね」
「おお、なかなか良い顔をしている。冷や汗をかいている君のその顔を見たら、コスト無視で同じこともう一度やりたくなったよ」
「これは冷や汗ではありません。普通に熱かったのです」
「熱いで済むんだ……」
太陽に突っ込んで汗をかく程度で済むなど、どんな超生物だろうか。
まあ、相手は神様なので、この汗もそもそもただの演出でしかないのだが。基本的に彼女らは温度無効だ。
とはいえ、やはりこの攻撃も有効打とは言えない。遊びでもう一度やるには消費が嵩む。
ならばどうするか。低消費で最大の威力を発する攻撃、そんな反則技を使えばいい。そう、いつもの奴である。
「反物質砲を使う」
「……あのー、いくら何でも、正気で?」
「もちろん。普段からやってるの知ってるでしょ?」
「それはもう、当然です。生で見たいとも思っておりました」
「なら見せてやろう、せっかくだ。喜んでくれていいよ?」
「ノリノリですねぇ……、一応ここ、閉じた空間なのですが……」
先ほども、自分が抑えなければ世界ごと吹き飛んでいた、と抗議でもしたげなアメジストだった。
まあ僕も、少々高揚が過ぎるのは自覚している。脳が意識拡張にやられているのだろう。
「まあ文句は、設計図を用意しちゃったアルベルトに言うってことでさ」
「《ははは、酷いですねハル様。そちらに関しては、射出機以外は全てハル様のお手製だというのに》」
「《……どっちも大概よ?》」
「《ふにゃー……》」
いかにアルベルトとて、反物質生成用の粒子加速器は用意できなかった。
なら肝心の弾丸はどうするのか。決まっている、僕が自分で想像し創造するのだ。<物質化>との類似点を見つけてからというもの、後は慣れるまで早かった。
「……ま、まあいいでしょう。ハル様の『陽電子砲』くらいなら、対処のしようはありますわ。それこそ、危険物は開放前に冷凍でもしてしまえば、」
「ああ、それだけどね。君の世界に放つんだし、今回は君のその水晶に反応して爆発する、反水晶砲にでもしてみようかな。『アンチ・アメジストキャノン』って訳だ」
「ブレーキとかないんですの?」
生憎、ブレーキを踏んで勝てる相手とも思えない。それに、彼女に焦りが見えるということは、これで正解ということでもある。
「……まともに受けるのは得策ではないようですね。ここは、一旦退かせていただきましょう」
どこまでも破壊力を追求しエスカレートする僕の攻撃から、アメジストはひとまず世界ごと距離を取る。
正しい対処だろう。僕でもそうする。国境を離してしまえば、このゲームでは砲撃を放っても敵国には届かないのだ。
ただし、それに対する専用のスキルが無ければの話だが。
「ヨイヤミちゃん」
「《ほーい。出番だね! 私も合体だー!》」
「《……この子もブレーキなんて無いわよね。本当に大丈夫かしら?》」
「《まあまあルナちー。最悪、プレイヤーの体だけは無事だから。むしろハル君は、そこを狙ってるのかも》」
「《……そうなの? ハル?》」
「いや、普段ならやるかもだけど。流石に部外者の居る時にそこまでの無茶はしない」
あえて自爆することで、アメジストを全力でプレイヤー保護に走らせリソースを切り取るという手もあるにはある。僕好みでもある。
しかし、ヨイヤミたちが居るこの場で、さすがにそこまで無茶をする僕でもなかった。きちんと出力は加減する。
「さて、では安全に注意して、ルシファーにヨイヤミちゃんの能力を追加しよう」
虚空を越えて飛び立つその力が、ルシファーに融合されてゆく。
……その光景が、遊園地エリアごと回転木馬を取り込んで行く、といった実にシュールな光景なのは、目をつぶるとして。
そうして回転するメリーゴーランドは、ルシファーの頭上に向かい、回転する光の環、天使の光輪へと姿を変えた。
これにより、ルシファーの砲撃は国境を越え、虚空の彼方へ届く力を手にしたのである。
「さて、それじゃあ、やろうか。反水晶砲、発射」




