第1195話 世界を超え生まれ出でる天使
強力な力を発揮するには、強力な見た目が必要だ。
……いや、実際はそんなことなど一切ないが、ことこの世界においては馬鹿に出来ない重要性を持つ。
想像力が出力に直結するこのゲーム、己の気分が乗る乗らないは、結果を大きく左右する。
まあ、つまりは、アイリの言うところの『はあああああ! たあっ!』、というやつである。気合が入るのである。
「あら? これまた、大規模な工事を始めましたね? どんな建築を見せていただけるのです?」
「そうやって余裕でいられるのも今のうちだ。見せてやろう。意識拡張した僕の力というものを」
「まあ怖い。ですがその肥大しきった自信、打ち砕いてさしあげましょう」
「ぬかせ」
僕自身、拡がった意識による万能感によって、少々力に酔っているという自覚はある。
しかし、己を客観的に見れない今ですら、この力が通常と比較して比べようもない程に強力になっているのが理解できてしまっていた。
そんな溢れんばかりの処理能力により、水晶の世界との接触面が、溶けるようにして形を変えてる。
アメジストの放った熱線が融解させた銀の防壁が、更に溶け落ちるように波打って、まるで水銀のように丸く大きく固まってゆく。
その溶けた金属球から突如として腕が生えたと思うと、おもむろに自陣に食い込んだ水晶の柱を鷲掴みにした。
「はは! いいぞ! そのまま砕いてしまえ!」
「させません」
「いいや。砕かせてもらう!」
自分の想像の通りに創造が進行することが楽しくて、テンションが上がるのが止められない。この高揚感は、意識拡張の副作用といえるかも知れない。
後で思い返すと落ち込むのかも知れないが、今は一切、そんなことなど気にならないのだった。
現れた銀の腕は、爪の生えた鎧のような殺意の強い見た目の手。何となくドラゴンのそれにも見える。
そんな爪は軽々と水晶を引き裂き、腕は水晶柱を握り潰す。
「ただのデカい腕じゃないよ。この腕全体が、空間制御能力を常時発動中だ」
「……加えてその鎧、お硬い防壁と同じ防御力のようですわね?」
「そうとも。そしてその防御力は、そのまま攻撃力にもなる!」
腕は水晶を握りつぶした勢いのまま、その握りこぶしを奥の水晶群に叩きつける。
最強の硬度を持つ鎧のパンチは、そのまま最強の武器となって宝石の壁を打ち壊し、周囲に輝く破片を飛び散らせていった。
「ですが、防壁と同じ素材であるならば、弱点もまた同じでは?」
「そうなんだけどね。さて、どうかな?」
アメジストは再び挑発するような余裕の口調を取り戻し、発光する水晶の中から高温のビームを腕に照射する。
だが僕が自信ありげに生み出したこの腕だ、当然防御できる、こともなく、鎧はどろりとまた溶解して崩れてしまった。
「あらあっけない。さて、ここからどうなさいます? もしや内部が、例のミルフィーユになっているので?」
「いいや? そんな仕組みにしてしまったら、自在に動かすのも一苦労なのでね」
「ですよね。では、これで終わりで?」
「まさか」
二度同じ轍を踏む僕ではないと言った。アメジストの熱線、対策していない訳もなし。
巨大な腕は溶けて崩れた無敵板の残骸を内部へ取り込むと、吸収するように体内へと収納する。
そして、すぐに代わりとなる新たな鎧を、また水銀が這うようにどろりと形を作り、一瞬で元通りに再現してしまった。
「壁を溶かしてこの腕を作った時点で、予想しておいて欲しかったね」
「確かに。元々溶けた所から出て来たおててですもんね? また溶かしたって、無意味なのは道理ですか」
「おててって……」
この強力な巨神の腕も、まだまだ彼女には赤子の腕扱いか。
まあいい。まだまだこんな物では終わらない。すぐに、『おてて』扱い出来ないようにしてやろう。
「……しかし、その再生システム。覚えがあります。以前から、貴方様の得意とする方式ですね?」
「へえ、知ってるんだ。勉強熱心だね」
「それはもちろん。ハル様の今までの活躍、逐一漏らさず拝見しております。もっとも、これはわたくしに限った話ではなく、神であれば誰もが同じでしょうけど」
「いや、それはないんじゃないかな……」
「いいえ。知らぬものなど、いようはずがございません。もし居れば神の風上にも置けませんわ?」
「なんでこの子こんな思想が強いの?」
まあ、僕は異世界において大きな転換点をもたらす重要人物だ。そのくらいの自覚はある。
そんな僕の行動を、皆が慎重に見極めているのも当然といえば当然だろう。少々背筋が伸びる思いだ。
「じゃあ、そんな君なら、この後どうなるかも当然分かるね?」
「ええ、よもや、腕だけで済むはずもございませんわ」
その通り、単に、巨大な水銀のようになった大地から腕を出しただけで満足する僕ではない。
この腕は単なるテスト。腕が問題なく機能したのを確認し、僕は創造を次のステップへと移行する。
「さて、出てこいルシファー。また一緒に、ひと暴れしようじゃないか」
そんな金属の大地から現れるのは二本目の腕。最初の腕と合わせて大地を力強く掴むと、大きく力を込めて、続くその身を地の底から引き上げてゆく。
肩、頭、胴体が形作られ、液体金属の地面から巨人の上半身が生え出た形となる。
その巨大な存在のデザインは、僕らにとって見慣れた物。天使型ロボットとして何度も活躍した『ルシファー』、その姿であった。
巨人は仕上げとばかりにその背に天使の羽を次々と広げると、陽光を反射し輝きを放つ。
普段のルシファーと多少異なるのは、その装甲板が銀色に輝いているところだ。その他にも、爪をはじめ多少のデザインがアレンジされていた。
「やはり。元のルシファーも、破損した装甲板を内部に吸収し、<物質化>にて一瞬で復元する防御システムを有しておりましたね」
「よく勉強している」
「ファンですので。しかし、慣れた存在を呼び寄せるとは、『想像力が尽きました』という宣言でしょうか? 降参なさいます?」
「ファンの発言じゃないよね……」
どんな時も挑発は欠かさない。ブレないアメジストであった。
まあ、お馴染みの存在に頼ったのは否定できないが、テンションが上がる姿を使う有効性は重要だ。挑発されたとて変える気はない。
とはいえ同じなのは見た目のみ。中身はまるで異なっている。普段のルシファーは、内部の空洞にぎっしりとナノマシンの雲が詰まって動作するが、今は、アルベルトの秘密技術の結晶。
そして更に、この世界のスキルも搭載し追加する。もはや同じとは言わせない。
僕は先ほど生み出した特殊ユニット、『バロールの瞳』を開いた頭部へと埋め込んでいく。それにより、ルシファーはまるで高精度のレーダーアイを備えた一つ目のメカのように、そのデザインをチェンジした。
「神の目を移植しますか。さすがの傲慢さですね?」
「元ネタがかけ離れているところは気にしないでくれると助かる。ゲームではよくあることだ」
「それは実際、よくありますねえ」
とにかく、これでこの銀の巨神は、晴れて僕の特殊ユニット『バロール・ルシファー』となった。その瞳に見入られた者に、逃れる術なし。
ルシファーは地から這い出たその勢いのままに、上体を敵陣へと伸ばすと腕を振りかぶり、両腕のラッシュで宝石の地面を粉砕していった。
「ははははは! さあ、どうする! 今度は君の番だぞアメジスト! どう対処する!」
「それはもちろん対処はさせていただきますが、その前にその、地面からは出ないので? あんよがお留守のようですが。物理的に」
「あんよ言うな……」
「それに、せっかくカッコよくなったそのおめめは飾りですか? ビームとか出てくるのかと、期待しましたのに」
「そこは、じゃあお望みとあらば。アイリ!」
「《はい! ルシファーには、更なる合体機能が隠されていたのです!》」
初耳だ。とはいえ、合体機能は問題なく発動可能。
アイリの操るゾッくんを、ルシファーはその身の内へと取り込んでいく。これで、ルシファーは二種の特殊ユニットの融合体となったのだ。
「《完成です! これにより、『バロール・ルシファーくん』の誕生なのです!》」
「……ネーミングどうにかならない?」
「《『ゾッファーくん』、でしょうか!?》」
「ゾッくん要素は必須なのね……」
バロールがお亡くなりになった。哀れバロール。
……まあ、名前などどうでもいい。そんな僕らの力の結晶たる進化したルシファーは、ゾッくんの能力によりその身に電気を吸収し始める。
そのエネルギーは、(死んだはずの)バロールの瞳へと集中し、恒星のごとき輝きを放つ。
ビームでも出してみろと言われたのだ、お望み通り出してやるとしよう。
「ルシファーの必殺技、基本の荷電粒子砲ですね。この目で見たいと思っておりました」
「自分に向けられているというのに随分な余裕だ。じゃあ、お望み通り至近距離で存分に見るといい!」
解き放たれたビーム砲がアメジストの世界に突き刺さる。砕け散るなど生易しい、水晶すら蒸発する威力で、次々と世界そのものに穴が開いていく。
ルシファーが首を振るごとに、薙ぎ払われた大地がえぐれるように蒸発し、そのダメージにより次々と世界は僕らの土地として編入される。
その新たな領地の上を、上半身だけのルシファーは滑るように溶けた金属の地面を侵攻していった。
そんな蹂躙の限りを尽くされた敵地。砲撃が終わり爆煙が晴れると、今度はそちらにも巨大な影が出現していた。
どうやら、敵もこちらに倣い、水晶で作られた巨人にて対抗してくるようである。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




