第1194話 怪獣大決戦前夜?
大型木馬衝突型加速器、通称、『メリーゴーランド』により次々と木馬が各地の島に衝突。やがてマップにある全ての世界が僕の土地へと置き換わった。
しかし孤立したままのその土地は、こちらも高速で動き回るアメジストの水晶世界に次々と浸食される。
そうして一時的に僕が圧倒していた土地比率は、徐々にアメジストの方へと傾いていくのだった。
とはいえ、こちらもやられているばかりではない。いかに速いとはいえ、肥大化していくアメジストの世界はそれにつれ機敏さを欠いてゆく。
目論見通りに、僕らの世界本土を挟んで逆側にある土地は、彼女もなかなか手が出せない。
そうして、マップに点在するリソースを半分ずつ取り合うようにして、僕らの世界は次第に大きな塊が二つに収束していったのである。
「これにて、第一フェーズが終了ですね? 石拾いの時間は終わり。ここからは、第二フェーズです」
「そうだね。互いの勢力図、国境線が確定して、残るは敵から奪い取るのみだ」
資源ポイントを早い者勝ちで回収しているうちは、そちらを優先で小競り合いくらいしか発生しないが、それを取り切ったら、軍事力の向かう先は当然一つだけ。
集めた資源を使っての、敵本国との殴り合いである。
アメジストを抑え込んでいるうちに、こちらも散っていた領地の吸収が完了。
今は、本土同士で向かい合う形となっていた。
「なかなか大きく成長できました。これならば、浸食力で貴方様に負けることもありませんね?」
「どうかな? 試してみるかい。……まあ、あとはもう試すしかないんだけどね」
「ですね。では、失礼して」
もはや残るは互いに正面衝突しての、全面対決のみ。アメジストが急速に、自らの世界をこちらに向けた。
その形と勢いは、まるで水晶で出来た隕石の衝突。巨大な岩の塊が、僕の世界に向けて恐るべき速度で迫りくる。
「お覚悟はよろしいでしょうか。参りますわ?」
その隕石の先端が、徐々に尖った形状を削り出す。いや、成長する水晶の柱が次々と連なり、巨大な突起を形成しているのだ。
それはまるで衝角突撃を行う艦船のように、勢いそのままこちらの母艦たる地面を切り裂いていった。
「未対策のようでは、結末は見えていましてよ?」
彼女の攻撃は、衝角による突進の衝撃だけに留まらない。
大地に刻まれる崩壊の傷跡を、更に押し広げるかの如く、亀裂は更に更に深くなる。
今度は物理的な衝突による破壊ではない。彼女がこの地に囚われた状態から脱出した時のように、空間を割り開く、防御不能の断裂攻撃がこの世界の大地を切り裂いたのだ。
「今度は、こちらから内部に侵入させていただきます」
「出たり入ったりせわしない子だ。もう少し落ち着け」
「あら。では、落ち着かせてくださいますかしら?」
「いいだろう」
その強引にこじ開けた隙間に、また器用にその世界を流し込んで来ようとするアメジスト。
しかし、二度も同じ手にやられてやる僕ではない。彼女の言ったように、当然、やってくると分かっている攻撃には対策済みだ。
「これは実際には、『切り開いた』というよりは『左右により分けた』だけというのが正確なところだ。ならば、僕の方で左右から押し戻してやればいいだけのこと」
空間を意のままに操ることで、どんな硬い物質でも両断する無敵の攻撃。結果的に、美しい程の断面で物体は両断される。
しかし、逆に言えばそこには一切の破壊は生じていない。開いた空間をそのまま閉じてやれば、まるで何もなかったかのように世界は元の通りに戻るのだ。
「あら? この力は」
「そうだよ。僕もソウシ君から借りることにした」
「《もはやあまりの状況変化についていけないが、俺を下したこいつが、そのまま俺の力で負けるなど我慢ならないのでな》」
「そうですか。それはアレですか? 『お前を倒すのは俺だ』とか、『俺以外に負けるのは許さん』とかそういう。美しいですね」
「《一切興味なさそうにするなら口にするなっ、そもそも!》」
いや、もしかしたらアメジストもこのキレのいいツッコミを誘発したかったのかも知れない。やはりソウシは、僕らにとって実に得難い人材である。
「つまり、逆にこういうことも出来る」
僕が行う攻撃は当然、完全な意趣返し。接触した国境線から、空間断裂を敵国へと走らせる。
彼女の水晶が綺麗にカットされ、その断面が美しい輝きを放つがそれも一瞬。当然、アメジストも同様に空間操作で断裂を防御した。
「これは、自分でやられるとなかなか心臓に悪いですね」
「心臓あるの? きみ?」
「気になりますか、ハル様? セクハラですか、ハル様?」
「いや特には……」
嘘である。実は割と気になるのだった。気になるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
僕は次々と断裂を発生させるが、それらは的確な防御により、もはや切れ込みが入ったかどうかも確認できないスピードで閉じていった。
アメジストも負けじとこちらの世界を分断しようとしてくるが、同様に僕もそれを的確に処置していく。
空間固定による切られる前の防御も加わって、次第に互いの世界は見かけ上何も起きていないような静かな凪に覆われた。
超高速の攻防は、やがて対症療法を越え、攻撃の発生する前での処置に切り替わる。
互いに同じ能力。能力の発生、発動の予兆に割り込み、その処理を途中で邪魔し停止させる。
達人の格闘家が、組み合った状態で互いに技の出を潰し合い、はたから見ると何も起きていないように感じるような状態か。
「膠着してしまいましたか。ならば、手数を増やすといたしましょう」
「処理速度で僕に挑むと?」
「そのお言葉、そのままお返しいたしますわ? 元AIの処理能力を、甘く見ないでいただきたいです」
次は何をしようというのか、そう僕は身構えたが、その答えはあまりに単純。アメジストは自身の世界から生える水晶を、杭打ち機のように勢いよくこちらに突き出してくる。
物理的に粉々に砕かれた大地は、通常のダメージ判定によって消滅する。基本が平和な草原の僕の世界だ。単純な衝撃には、めっぽう弱かった。
そのダメージにより、国境の押し合いもアメジストに有利となり、こちらが浸食を受けて行く。
「はははっ! いいね、いいじゃあないか、楽しくなってきた! それも対策すればいいんだろう? 残念ながらもう通った道だ。アルベルト!」
「《はっ!》」
「設計図」
「《こちらにございます、ハル様》」
アルベルトから、かつてこの地で猛威を振るったとある物質の構造データを僕は受け取る。
専門外の人間が見てぱっと理解できるような代物ではないが、意識拡張した今の僕であれば、エーテルネットの計算力を使い強引に即時理解が可能である。
そうして理解した精密構造を、肥大化した想像力にてこの世界に現出させる。
「はは! 無敵無敵! 物理攻撃であれば、どんな強烈な衝撃だろうと反射する、無敵板だ!」
見た目はただのアルミ板のような、特殊な合金。その特殊な分子構造は、物理的衝撃をほぼ完全に反射し、攻撃者に跳ね返す。
攻撃した側のアメジストの水晶が、逆に粉々に砕け散り、世界にダメージが入る。国境もその分、今度は逆に傾いた。
穏やかな風の吹いていた草原は、今や一面の『銀世界』。雪の白く降り積もった様、ではない。草原がそのまま金属の塊になったかのような、見たままの、銀色世界なのだった。
その銀世界が隆起し、堤防の如く壁を作る。
水晶の衝突を防御する無敵の城壁が、高く長く、国境沿いに構築された。
「お上手ですよハル様。しかし、対策可能といえばそれも既に対策されておりますね?」
「まあ、対ソウシ君の時点でもう攻略法は確立されちゃってたね」
「《だからお前のスキルは、『反射』の類なのかと俺は思ったんだがな……》」
残念ながら、これはスキルではなくただの物理特性、科学力である。アルベルトの存在が、この世界において一番のチートなのかも知れない。
そんな無敵板だが、熱に弱いという弱点がある。アメジストも当然それは承知の上。今度は、水晶からレーザーのような光が放たれ、城壁に突き刺さっていった。
「溶かして進めば、問題ありません」
「いや異常じゃないその熱量!?」
いちいちやることのスケールの大きいアメジストだった。流石は裏ボスといったところか。
恐らく、また生徒の誰かのスキルなのだろう。ゲームマスターたる彼女に扱わせれば、この通り。
「スキルのぶつけ合い。有利の潰し合い。メタの読み合い。……ああ、貴方ではないですよメタ」
「《ふなー?》」
「とにかく、想像力が物を言います。ハル様、ついてこられるでしょうか? 苦手でしょう?」
「ぬかせ。君らこそ苦手分野だろう。創造性は」
「わたくしは既に、スキル内容を全てデータ化して分類済みですので」
加えて、アメジストの場合は実際に想像力を発揮するのは自身ではない。クラスター化し処理能力を借り受けた、外の人々だ。
確かに、想像力勝負では分が悪いかも知れない。処理能力だけ高くても、今の僕ではこの世界で十分に力を発揮できない危険がある。
「なら、僕にとってテンションの上がる創造をしながら戦えばいいんじゃないかね。……よし、アルベルト。何か強そうな兵器でも作るよ。材料面、技術面の問題で、実現できなかった設計図かなんかあれば出すんだ」
「《はっ! もちろんございますとも!》」
「……聞いておいてなんだが、なんであるのかねそんな物」
目指すは巨大ロボット、巨大戦艦、そうした強そうで、ワクワクする物体。
それらを生み出す際の想像力により、僕はアメジストの力に対抗していくのであった。




