第1193話 創造世界の大掃除
もはや残像すら見えない速度で、メリーゴーランドの木馬が加速する。
そして木馬の回転速度が頂点に達すると、それらは己を繋ぎとめる支柱を振りちぎって脱出、いや、射出されていった。
砲丸投げの要領で遠心力を速度に変えて、世界各地へと木馬の弾丸が放たれてゆく。
「《あの……、ハル様……?》」
「どうした、アルベルト」
「《その射出機の構造、どのように強度が維持されているのでしょうか?》」
「想像力」
「《なんと、流石の回答にございます! わが軍に足りない物が、分かったきがいたします》」
「いや、君に想像力を発揮されても、結果が怖い気がするから今のままでいいんだけど……」
当然、現実ではこんなメリーゴーランド兵器など成立しない。どう見ても漫画的、ゲーム的表現でしかないが、であるからこそアルベルトの科学技術でも再現できない力を有している。
主に僕のせいで足りない想像力を科学力で補っていたこの国。しかし、ここはやはりゲーム世界なのだと分からせられるようだ。
群れとなった木馬は次々と、虚空を飛び越える天馬となって、各プレイヤーの島々へと着弾していった。
「本当に、バリエーション豊かだね。このまま観光していきたいところだけど、残念だがそんな暇はない」
「《おーい、ハル君。せっかくの爆弾で、直接アメちゃんを狙わんの?》」
「アメちゃんって……」
実に甘そうな名前である。あの紫水晶、実は舐めると甘いのだろうか?
「《じゃあジスちゃんでもいいや。んなことよかね?》」
「ああ、そうだね。今はあの子の名前で遊んでいる場合ではない」
ユキの疑問も尤もだ。僕が遠隔射撃武器を手に入れたとなれば、それを使って敵本拠地を攻撃すると皆思うだろう。
しかし、今回はそうしない。何故ならばこの攻撃は先ほど語った、『陣取り』の部分を本質としたものであるからだ。
「まず、恐らくはこの木馬で爆撃しても、アメジストには有効打を与えられまい」
「《絶対防御があるからねー。でもさ? 逆に言えば防御を強制できるんじゃない?》」
「だろうね。空間制御スキルにもリソースは必要だろう。その発動をさせれば、領土の拡大速度を抑えられるかも知れない」
その間に、こちらも先ほどの策を実現させる準備をする。そうした戦略も悪くはない。
しかし、それよりも今の作戦の方が、恐らくは費用対効果が高くなるはずだった。
「《つまりは先に『資源』を食べちゃおうって訳だ!》」
「その通り。ご覧ユキ、木馬が降り立った地を。次々と大地を食べていくよ」
「《いや悪夢でしかないから。なにさその天からの使徒じみたクリーチャーは》」
木馬は狙い違わずレーダーに示された『島』へと降り立ち、無事にその大地の上へと着地する。
着弾ではない。あれだけの速度で衝突すれば、跡形もなく粉々になりそうなものであるが、これも想像力の賜物なのだ。
それはさておき、敵地に自軍のユニットが侵入すれば何が起こるか? そう、このゲームの基本ルール、侵略による土地の書き換えの開始だ。
「《なるほど! こうして、アメジスト様より先に、各地に散らばるごはんを食べてしまうのですね!》」
「そうだねアイリ。僕は彼女みたいに素早く土地ごと移動は出来ないけど、浸食力は彼女より上さ」
見る間に生徒たちの世界は浸食され書き換えられて、大地が雲状になった疑似天空の世界も、レールが縦横無尽にこれでもかと走った鉄道の世界も、環境ソフトのような落ち着いた夜のデートスポットの世界も(誰が何に使っていたのだろうか?)、全て草原の世界へと変貌する。
「《やりました! これなら、ぜんぶの世界をわたくしたちが先にゲットです!》」
「《……しかし、ハル? これでは、根本的な解決になっていないのではなくて?》」
「《ですねー。アメジストに近い世界から順に木馬を飛ばしているみたいですけどー。つまりそれは、すぐにあいつも飛んできますよー?》」
「《!! 確かに! レーダーに、食事中の島に向かうアメジスト様が見えるのです!》」
当然そうなる。レーダーには、アメジストから見て直近の世界、まだ木馬が『食事中』の雲の世界に迫る水晶の世界が映し出された。
それは世界ごと迫る体当たりのような突進ではなく、世界の一部だけを針のように真っすぐ伸ばしての、速度最重視の一撃。
見れば、その針は一本ではなく、同時に周囲の複数の世界を目指していた。
「やるね。こっちが同時攻撃をするなら、自分もそうするってかい?」
「ええ。ハル様も、なかなかおやりになりますね。しかし、本質的には無意味と申し上げておきましょう」
「そうかい?」
「ええ。本体から離れた飛び地では、従来の浸食力は発揮できないのは道理」
アメジストの言う通り、木馬が『食事中』の土地は、更に端からアメジストに食いつかれている。
誰かの世界を僕が食べ、そうして出来た僕の世界をアメジストが食べ、結局それでは、結果的に何も変わらない。
「ハル様はお食べになった世界を、自らの元へと高速で戻せない。ならば最後には全て、わたくしの物になるのです。ごちそうさまでした」
「そうでもないさ」
「あら?」
「最終的に全部食われるのだとしても、無防備なだけの島を貪るのと、僕の島に置き換わった所を苦労して食べるの、時間にどれだけの差が出る?」
「確かに少々、お硬くていらっしゃいますね」
「歯ごたえがあるだろう?」
そうして『食事』に時間がかかる分、彼女の成長スピードを鈍化させることが出来る。
そこで生まれた時間にて、僕は彼女が追いつけない位置まで弾丸木馬により侵略を進め、リソースを本土であるこの大陸へと吸収するのだ。
そして、まだ未確定ではあるが、それ以外にも先に食べるという行為には、何かしらの意味が存在するのではないかと僕は考えていた。
その考えが正しければ、このまま生徒たちの島を全てアメジストに明け渡してしまうのは避けておいた方が良い。
そんな風にして、このゲーム最後の集大成、世界の大掃除が競うようにして繰り広げられていくのであった。
*
「ふふふ、でもやはり、こちらの方がいいですね。一人で地道に力を増していくよりも、こうして直接ぶつかりながら、競い合っていく方が」
「裏方に回っての暗躍なんて、それこそ君好みそうだけど?」
「確かにそうなのですが、しかし少々、一人の時間が長すぎました。これからは、こうして是非、他者とも触れあってゆこうかと」
「……それって、『準備期間は終わり』の宣言? それは怖いね、少し」
「さて。どうでしょうか?」
裏で準備する時間は終わり。今後は自分も表舞台へと出て行く時が来た。そう宣言されているようで、なんとも恐ろしい。
しかし、それは言われるまでもなく分っていたこと。大々的に動きを見せた彼女の計画が、まさか学園に秘密のゲームを設置する、だけで終わるはずがない。
結局はこのゲームとの関連性は皆無だったハッキングの件も、二手三手先を読んだ布石のような、深遠な彼女の計略なのだろう。
「結局君は、何がしたい? なぜ今になってこちらに出てきた? 単に、『全ての準備が整ったから』、って訳じゃあなさそうだね」
「はい。準備の量というならば、達成度はまだまだ基準値に届いておりませんわ?」
「だろうね。何となく粗さがある」
「あら恥ずかしい。わたくしも、そんなものをお目に掛けたくはないのですが、完璧を追い求め過ぎても時を逃しますし」
世界を食い合いながら、僕は国境越しにアメジストと言葉を交わす。
正直、今までずっと気になっていたことだ。どうして彼女は、このタイミングで事を起こしたのか。
確かに、神々の事情はここ二年ほどで大きく動いた。この機に乗じよ、この波に乗れと、そう考える者が出るのはおかしくない。
しかし、彼らの時間的スケールは非常に大きな物。これまで百年以上準備したのだ、この先数年、いや数十年追加で準備に掛かったとしても、それは大した問題ではない。
ならば、その原因となった存在は何なのか。考えるまでもないのかも知れない。
「わたくしが動いたのは、貴方様の号令あってのこと。貴方様のお役に立つべく、このアメジスト、馳せ参じたのですよ?」
「いや号令出してない出してない……、人に責任を押し付けないように……」
「あら残念。評価してはいただけないのですね」
「評価してたら止めようとせんわ……」
「くすっ。でしょうねぇ」
くすくすと楽しそうに笑う彼女は、どこまで本気なのか分からない。しかし、根本的に嘘の付けない神であるため、僕が原因であるという部分は間違いないのだろう。
僕自身も、自分が切っ掛けとなった事件であろうことは薄々感じていた。でなければ、こんなに場所もタイミングも都合よく、事件が起こりはしないだろう。
……いや、学園地下のあの黒い石の事だけは、僕の管轄外であり僕のせいにされても困るのだが。
「しかし、ハル様本人に否定されようとも、最終的に貴方様の利になることだと確信しております。そこはどうか憶えておいてくださいね」
「いや本人に否定されたら止めない?」
「貴方様の為だと、信じておりますので」
「怖っ! この子怖いって!」
善意でやっているからこそ質が悪い、ということもある。
いつだったか、ジェードが言っていた気がする。僕に従い、僕の為に働きながらも、僕に害を成すことは可能だと理解しておいた方が良いと。
それとは微妙に意味合は異なるが、彼女も本質的に、僕と敵対する者ではないようだ。
まあ、僕には敬意をもって接してきていたので、それも何となく分かっていたことだが。
「ここ数か月で、貴方様は大きく動きました。こちらの事情を秘するのを止め、時に無茶とも思えるほどに、日本に大きく影響を与え始めた」
「……まあね。少し性急が過ぎたのは事実かな」
「それも、わたくしたちへのメッセージだったのでしょう? 動いてよいと、『さあ動こう』と」
「いや、どちらかと言えば、『勝手に動くな』と止めてくる者をあぶり出すメッセージのつもりだったんだけど……」
「あらまあ。でも大丈夫です。最後までやり切ってしまえば、そんな者の存在など怖くはありません!」
「少しは話聞こう?」
アメジスト、思った以上に危ない奴であった。
まあ、僕の為とは言っているが、日本に大規模に干渉する為の大義名分を得たという事だろう。
僕はここのところ、二つの世界を接近させる為に少々無茶もしつつ、大きく動いた。
食品産業に多大な影響を与えるカゲツとの共同開発が、その最たる物だ。これは、ソウシの親の会社のように、業界に少なくない影響を与えることとなった。
そして、その僕の動きによって影響を受けたのは、日本だけに限らなかったということらしい。
僕としては、『下手な行動で世界をかき回すな』、といった反ハル派の神をあぶり出すつもりの行動だったのだが、その餌に思わぬ獲物が掛かってしまったらしい。
そんな会話を交わしつつ、生徒たちの世界を巡っての攻防も佳境に入ってきた。
もはや全ての島が、一旦は僕の領土として吸収され、今はそれをアメジストと押し合いで食い合っている。アメジスト有利の浸食率だ。
そうして今やたったの二色に分かれた世界は、最後の一色の頂点を決めるべく、再びの直接対決へと徐々に進んでいくのであった。




