第1192話 粒子木馬加速器
空に浮かぶ巨大な瞳が、この世の全てを見通していく。
僕らの居るこのずいぶんと大きくなった自分の世界を中心に、徐々に視界が広がっていき、虚空の果てに浮かぶ世界の姿を浮き上がらせた。
こうしてみると、まるで海上に点在する島のよう。いや、ファンタジー世界で空に浮かんでいるような浮き島だろうか?
そんな、今は主が皆ログアウトして、無人の島となった多種多様な世界を僕は感慨と共に眺めていった。
「……こうしてみると、本当に色んな世界があるね。戦争の時もそうだったけど、どうしても世界の奪い合いのゲームだから、他人の世界をのんびり眺めている暇はないのがもったいない」
「《ハルさんが乗っ取って、平和なゲームに改築しますかー?》」
「冗談。面倒だよそんなこと」
「《では、さっさと滅ぼしちゃいましょー。今だって、のんびり眺めている暇はないでしょー?》」
「そうだね。ごめんカナリーちゃん」
そう、そんな神の瞳に映る世界の中で、急速に成長する一つの島が存在した。主の残った唯一の島、アメジストの水晶世界。
レーダー上でもはっきりと認識できる速度で、それは移動をしつつ面積もまた拡大している。
「自己増殖の他に、他人の土地を吸収して効率的に成長している。あいつ、この為にプレイヤーをログアウトさせた訳じゃないだろうな……」
「《せっこー! GMがそんなんでいいんかー!》」
「《ゲームマスターだから、そうなんでしょう……》」
「《ルールに従ってくれているだけ、ありがたいのです!》」
夜の水面に光が輝く幻想的な水の都も、砂漠に遺跡の広がる古代のダンジョンも、外部からは一見山が広がるだけのトンネル状の地下帝国も。全て水晶の柱に変換され、その一部に取り込まれていった。
「やりたい放題だ。守護する人間がもう居ないから、防衛を気にすることもない」
「《ハル君相手でもなけりゃ、一瞬で食い尽くされちゃってんねー》」
そうやってこちらに対抗するだけの力をつけた上で、万全の状態で再び浸食戦を行おうというのか。
先ほどは僕の浸食力に負けていたアメジストだが、それは世界の面積がまだまだ小さかったせいもある。向こうが同等の大きさに成長すれば、同じようにいくとは限らない。
「指をくわえて見ている訳にはいかないが。さて」
「《追いかけられませんか!?》」
「難しいね。僕ら、基本は『待ち』ばかりだったし、世界を動かすのには慣れてない」
「《むむむ……、特に今は、『島』というより『大陸』になってしまいましたしね……》」
大きいから動きが遅い、という現実の常識がここでも適用されるかは分からないが、ここで追いすがっても、きっとアメジストにはスピードで追いつけない。
ならばどうするか? 考えられるのは主に二つの方法だ。
「アメジストの位置から離れた島へと僕らも赴き、先にそのリソースを吸収する。もしくは、僕らの大陸を更に肥大化させることで、彼女の移動経路を塞ぐ」
「《そんなことが可能なの?》」
「見てごらんルナ。僕の神眼ユニット……、って、凄いことになってるねコレ……」
「《名付けて、『バロールの瞳』、なのです!》」
「また物騒な……」
全てを見通す神の目は、その力に相応しく神々しい装飾が成されていた。
瞳を中心に、複雑な文様が渦を巻き、天球儀のように周囲を回転している。
その瞳に射貫かれた者は死あるのみ。そんな威圧感を備え、邪悪な眼球モンスターから神聖な神へとクラスアップだ。
……いや、見た物を即死させる力とかは無いので、『ウジャトの目』とかではダメだったのだろうか?
「……話が逸れたね。このバロールの瞳で見渡せる範囲は、なんと世界全て。つまりこのゲームのマップ、全ての範囲が視界に収まっていることになる」
「《あら? 案外狭いのね?》」
「《全体図が見えていなかったから、無限に広いイメージがあったんでしょうねー。やっぱり神秘を演出するには、隠して見せないのが一番ですねー》」
元神様からの、実感の籠った一言であった。神様も裏では、こうして神性の維持に必死で苦労を重ねているようである。
そう考えるとあの挑発的なアメジストの顔も可愛らしい側面が見えてくるが、今は神の苦労に思いを馳せている時ではない。それを利用することを考えよう。
限られたリソースを節約して生み出されたこの世界、見れば僕らの世界は、マップ全体の中心付近に、大きく横たわるようにして配置されている。
通常の円形とは程遠い構成なのは、ハルたちの開拓方針と、二つの戦争にて吸収を重ねた結果の歪さだった。
「これを、こう、更に伸ばしてやれば、アメジストから見て後ろ側の島には、一切手を出せない」
「《領土ゲーじみてきたねー。囲い込むやつ!》」
ユキがそう言いつつ、マップに光のラインを引いていく。
まず横半分に分断し、片方にアメジストを追い詰める。この時点で、彼女の成長限界はどうあがいても過半数を超えない。
そして隙を見て、彼女から遠い位置を更に切り取っていけば、世界全体に占める割合を、四分の一、八分の一と限定していけるのだ。
「《しかしユキさんー、そう上手くいくでしょーかー》」
「《そなんだよねぇ。あいつ、移動がかなり速いし》」
「《それに、きっとまたケーキカットで抜けられてしまうのです!》」
この案の問題点としては、封鎖よりも 先に隙間を抜けられてしまうことにある。
軟体生物のように、ぬるり、と僕らの世界から抜け出した彼女だ。少しの隙間でもあれば容易だろう。
道を塞いでも、また空間ごと割り開かれてしまっては何の意味もない。それを防ぐための分厚い壁の設置は、間に合いそうもなかった。
「《では、資源早食い競争でしょうか? こっちは“すとらて”ですね!》」
「《RTSするにも、足の速い敵さんの方が有利だよねぇ……》」
そう、何をするにしても、鈍足な僕らではアメジストの後手に回ってばかり。
ならば、僕らはこれらの枠に収まらない、第三の策を練らねばならないのだ。
「ということで、ヨイヤミちゃん」
「《はいはーい! ついに出番だ! がんばるぞ!》」
「うん。君のユニットを、使わせてもらおうか」
*
最後まで健在だったヨイヤミの遊園地を、僕の世界へと融合させていく。
二つの世界が交じり合った結果、この世界にも影響が出てくるが、二者の勢力値の開きが大きすぎるせいだろうか? その影響は軽微なものだ。
せっかくなので、僕自身の周囲に、ヨイヤミの遊園地の性質を色濃く反映させておく。
「《わお! すっごーいっ。私の遊園地より、ずっと豪華! ずるいずるーい》」
「《……豪華は豪華だけど、なんというか、カオスね? 私は遊びに行くなら、ヨイヤミちゃんの方がいいわ?》」
「《えへへー。今は、草生えちゃってるけど》」
「《公園の中の素朴な遊園地みたいでいいじゃない》」
僕の世界の影響を受け、地面が草原化してしまったヨイヤミの遊園地だ。そこにあるアトラクションは、一つ一つが独立している。
いや、当然だ。当然なのだが、僕の足元ではその当然が、すっかり機能していないのだった。
「……思った通りのことが現実になるのはいいけど、加減が効かないのも問題かな? 土や木の時は、自然物だったから誤魔化せてたけど」
「《いやいやいや……、あんときも十分に見た目ヤバかったからハル君……》」
「《自覚がないのね……》」
「《すごかったですー!》」
そんな女の子ドン引きな現状はどうなっているのかといえば、多種多様なアトラクションが所狭しと絡み合い、実に混沌な様相を呈していた。
複数の観覧車が歯車のように噛み合って、その周囲を様々なアトラクションが所狭しと積み重なって塔を作っている。
その塔の外周をコースターのレーンが、縛り上げるように絡みつき、トロッコのようなカートを跳ね回らせていた。
見る者を何となく不安にさせるその様は、夢の国というよりは悪夢の国。
そんな恐怖の遊園地を一瞬で構築してしまった自分を、誇るべきか悲しむべきか、僕としても自己評価に困るところだ。
「《それでー、ここからどうするんですかー?》」
「それはね。ヨイヤミちゃんの特殊ユニットを借り受けるんだ。そして加工する」
「《はいっ! 活躍させてあげてねハルお兄さん!》」
「《ヨイヤミちゃん? 考え直した方がよいのでなくって? きっとあんな風に改造されてしまうわよ?》」
「《えっ? いいよ? かっこいいし! それより、人のユニットを改造なんて出来るのかな?》」
「なんと、出来そうなんだよね、今の僕なら」
意識拡張したからか、それとも勢力値が膨大になりシステム解禁されたのか。今の僕なら、他者のユニットにも自分の物同様に変更を加えられる。
その機能を使って、レアな力を持つヨイヤミのユニットを、現状に合わせ強化、カスタマイズさせて貰うのだ。
「《あの、質問よろしいですか? ヨイヤミさんのユニットって、どんな力なのでしょう?》」
「《それは俺も知りたい。結局俺は、どんな力に負けたんだ?》」
「ああ、それはね。国外に出ても、活動できるって能力だよ」
その力を使い、離れた地点に本拠地を隠したソウシの策にカウンターをしかけ、その場所を占拠した。
本土の戦いから離れた地味な活躍だったが、ヨイヤミが居なければあのようにスマートに勝利は出来なかっただろう。
そんな偉業を成したヨイヤミのユニットが、僕の元へと到着する。
電飾輝く悪夢の塔を登ってきたのは、一頭の馬。通常の馬ではない、これはよくメリーゴーランドに備え付けられている『回転木馬』の馬だった。
「《こいつはねー、普通なら出られない国境の外にも、何故か出ていけるんだよ。そうやって接してない国に忍び込んで、暗殺するように作ったの!》」
「何故か暗殺部隊が多いよね、君の国……」
現実でも最強の暗殺向き能力を持つ、ヨイヤミだからこそだろうか?
そんな、特殊中の特殊なユニットを受け取ると、僕はそれにリソースを注ぎ込み強化を施していく。
この木馬の力を使えば、この場を離脱し飛び回るアメジストにも遠隔で攻撃を仕掛けられるはずだ。
本体から離れた一頭のはぐれ馬だったそのユニットは、逆に元のメリーゴーランドに戻るように、体から本体を吐き出し接続していく。
そのメリーゴーランドには最初の馬と同様に、多数の木馬が接続されていた。これらは全て、『弾丸』となりそれぞれが虚空の中での活動能力を備えている。
「《よーしっ! 早速発射だー!》」
魔改造されてもまるで気にしない持ち主の宣言により、回転木馬は異常な高速回転をし始める。
そして、まるで粒子加速器のような超回転を見せたかと思うと、そのメリーゴーランドから木馬が次々と、目にも留まらぬ速度で発射されていくのであった。




