第1191話 その世界はまるで生き物のように
内側から浸食するように広がってきたアメジストの世界を、まるで滅菌し縮小させるようにこちらの世界が押しつぶしていく。
紫水晶が木のように生える輝ける森を、緑の葉持つ本当の森が取り囲む。
それは植物が石に根を張り、ついには真っ二つに砕いていくような様を、早送りで僕の目の前に再現しているようだった。
「ははははは! これはいい! 『思った通り』とはまさにこのこと! なかなか面白いゲームじゃあないか、アメジスト」
「お褒めにあずかり、光栄の至りですわ」
「ふむ? その様子、まだまだ余裕かい?」
「いえ。少々まずいようですね。このままだと、生きた森に食べつくされて終わってしまいます。流石は、ハル様の浸食力」
「僕としては、このまま終わってくれるとありがたいね」
「そうおっしゃらずに。せっかくお楽しみになられているのです。もう少々、ごゆっくりしておいき下さいな」
まるでシャーベットでも砕くかのように、ぱりぱりと粉砕され逆浸食を受けるアメジストの世界。
元々浸食のし合いを得意とする僕だ。魔力の食い合い同様に、この世界においても、その力は健在らしい。
他者の領域を奪い、管理下に置く力。それが通用するあたり、アメジストの設計もまた己の起源であるエーテルネットの構造からは逃げられなかったか。
それとも、その僕たちの起源すら、何かもっと深い、更なる大元が存在するのだろうか?
「……まあ、それを考えるのは後でいい。頭痛がしてくるまえに、一気に押しつぶしてしまおうか」
意識拡張をした上でも、僕の取る戦略は変わらない。
先手必勝、電光石火。敵が万全の準備をし終える前に、すなわちこれ以上領土を広げる前に、迅速に浸食し切り勝負を決める。
しかし、先ほど同様それを簡単に許してくれるアメジストではない。
押し合う力で劣っていようとも、彼女にはそれに縛られない力があった。
「いかにハル様が強大な力を得たとて、まだまだ不慣れな初心者であることに変わりはありません。順応するまでは、単純な力押ししか出来ないでしょう?」
「それに何か問題が? 確かに、君の空間防御は抜けないようだけど、浸食のルール効果の前には無意味のようじゃないか」
僕が新たに生み出した樹海じみた深い森も、木である以上きちんと世界樹の効果が適用される。
何故かは知らないが、自国の電気をケーブル要らずで引き込んで、枝葉から勢いよく放電することが可能な木々。本当に意味が分からない。
そんな意味不明な電撃がアメジストの世界に向け飛び交うも、見えない壁に阻まれるようにその一切が弾き返されてしまっている。
しかし、そんな中でも領土の浸食は止まらない。空間を固定しようと、その空間ごと書き換えるルールだからだろう。
なので僕は物理攻撃はあくまで防御を誘う牽制と割り切り、このまま浸食で一気に決着をつけようとしているのだった。
その包囲網に、アメジストは突破口を見出した。完全包囲された絶望的な状況で、逆に攻撃に打って出たのだ。
「先ほども、苦戦しておいででしたよね、コレ。勝利はなさいましたが、結局根本的な解決が成ったとは言えないでしょう。なのでわたくしが、リベンジの機会をご用意いたしますわ?」
「いや……、別に結構です……」
……経緯はどうあれ、勝ったのだからいいではないか。そんな僕の妥協を許さぬとばかりに、アメジストは今度は最強の矛をその手で振るう。
僕がついぞ攻略しきれず、本拠地一歩手前まで侵攻を許してしまった強力なスキル。問答無用で大地を空間ごと切り裂く剣が、再び僕の世界に襲い掛かった。
「けど、そんな細い棘を突き刺したとて、今の僕なら一瞬で抜き取れる。効果はないぞアメジスト」
「それはどうでしょうか? わたくし、ゲームマスターですので。棘の鋭さも一般ユーザーと同じと思わない方がよろしいですよ」
「っ!! マジかっ……」
その言葉の通り、世界が一瞬で横一文字に切り裂かれる。空間断裂による防御不能の亀裂が大地を走り、まるで棘が飛び出るようにその隙間にアメジストの世界が入り込んでいく。
その断裂距離は、本当にソウシのそれの比ではなかった。
この世界内部に発生し、まるで体内の異物のようであった水晶の世界。その世界が、まるで体を突き破って外に飛び出るように、世界の終端までをも切り裂いてしまったのだ。
アメジストはその身ごと、空気でも抜け出るかのような自然さで、するり、と僕の世界を脱出する。
世界そのものを生き物のように移動させて僕の浸食力から逃げおおせる。
「本当は、内側から塗りつぶすように完全勝利しようと思っていたのですが、貴方様相手にそう簡単にはいきませんね。ここは少々、準備期間を取らせていただきましょう」
「……取らせてたまるかっての」
飛び出た勢いのまま、僕の世界から離れるように、アメジストは世界ごと距離を取る。浸食力は、国境を接していなければ効果を発揮しない。
その束縛から逃れ出た彼女は、これまで以上にやりたい放題だ。ここからが、ゲームマスターの本当に本領発揮となってしまうのだろう。
それを許せばどうなるか、分かったものではない。僕はどうあっても、彼女の逃亡を阻止せねばならないのだった。
◇
「逃がしてはならない。絶対に。ゲームシステム的不利という以外にも、この時間を使って外のハッキングをのんびり進める、なんてプランも考えられる。黒曜!」
《はい、ハル様。現在、システムへの攻撃は顕在化しておりません。アメジストは、ゲーム内の対応に集中していると推測されます》
「……いいだろう。いや、それはそれで、良くないけど」
つまり、本気で意識拡張した僕と真っ向勝負をする気ということだ。そして、その道を選ぶということは、それが可能であると計算し判断したということ。
周囲を取り囲み押しつぶしていた、外圧としての僕の世界から飛び出た今、アメジストはあらゆる制約をなしに世界の創造ができるだろう。
その速度はきっと、先ほどの比ではない。のびのびと、一気にその土地を翼のように拡げていくことだろう。
「さてどうする? レーダー、あの子の世界は観測できる?」
「《物凄い勢いで離れて行ってしまいました! ゲームシステムのレーダーでは、もう追いきれません!》」
「……やりたい放題だな。ありがとうアイリ。じゃあ、アルベルト。お前の方は?」
「《はっ! こちらも対策されているようです。反響探査は通用しません、ステルスです》」
「まあ、だろうね」
なにせ空間ごと固定できるのだ。反射から距離を測定するレーダー探査は、反射をさせなければ何も怖くない。
測定波が帰って来なければ、さすがのアルベルトの科学の目も通用しない。
「とはいえ収穫だ。ゲーム内の探査機能は、例え彼女相手でも有効ってことだ。だったらゲーム内スキルで、追いかければいい」
「《ダメだよーハルお兄さんー。さっきから滅茶苦茶集中してるけど、あの子の存在は全然見えないの! まるで虚像だよ。かといって本体も、どこにも影も形も見えやしない!》」
「まあ、人じゃないからね……」
位置の特定において無敵の力を持つヨイヤミの超能力も、アメジスト相手には無力のようだ。
あれは対人に限定した力、対神戦闘では、機能をしないようだった。
「でも大丈夫。またヨイヤミちゃんの力は借りることになると思うからね」
「《わお! やったね! 今度は、地味な裏方作業は勘弁だよ!》」
「そこは大丈夫。もう、真っ向勝負以外にやることなんてないからね、っと」
互いに世界をぶつけ合い、アメジストの世界を食い尽くす。それが、このゲームで完遂すべき最後のミッション。
そのミッションを攻略すべく、僕はこのゲームで初めて、自分でも特殊ユニットを生成し始めた。
「《おおっ! これは、『ゾッくんの目』なのです! 『ゾッくんアイ』です!》」
「……いや間違ってないけど。まあつまり僕の目なんだよね」
「《相変わらず趣味が悪いわハル?》」
「《そだぞー。キモいぞハル君ー。モンスター生み出すなー、ぶーぶー》」
「仕方ないじゃないか。デザインは苦手なんだから……」
今は、一分一秒も惜しい。ユニットの形など、機能の器としての形態を成せばそれで良いと省略したが、さすがに女性陣からダメ出しが入ってしまった。
「《しゃーない。うちらで可愛くデザインは整えちゃる》」
「《ゾッくんの時と同じね? でも、ゾッくんはもう居るから、同じようなのでは芸がないわね……》」
「まあ、それは任せた」
「《ハルさんはそれに、レーダースキルを付けるんですかー?》」
「そうだよカナリーちゃん。意識拡張した僕は、スキルシステムともすこぶる相性が良い。いけるはずさ」
かつて、カナリーのゲームにて、意識拡張した瞬間に異常な速度でスキルレベルが上昇し、また新スキルも都合よく覚醒した際のことを思い出す。
このゲームの根幹が『スキルシステム』と同様ならば、今の僕は、ここでもまた都合の良いスキル覚醒が可能なはずだ。
精神を融合し、半ば僕自身となった彼女らにデザインは任せ、僕はスキルに集中する。
……デザイン面での若干の不安は、全力で無視することにしよう。今の僕ならば、現実逃避もまた人外のレベルだ。
そして、そんな僕が生み出すスキルはもう決まっている。元々、得意分野だ、問題ない。
力任せに、生み出した目玉に一気にリソースをつぎ込んでいく。高位のスキルを封じる容量制限も、意識拡張により生まれた圧倒的な想像力により強引にカバー。
ここに、この世界でもまた、僕の<神眼>が誕生したのである。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




