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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1190話 まるで人のように神のように

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

御意ぎょいに。意識拡張スタンバイ。思考領域、一番から十二番、強制起動。全領域、直列スタート》


 ハル自身のサポートAIである黒曜こくようの補助を受け、ハルの並列に走っていた意識の全てが一つへと収束していく。

 一時的にではあるが、こうすることでハルは多数の思考を持つ人外の存在ではなく、通常の人間と同等の性質を獲得する。


 言うなれば、こうして初めてスキルシステムにも『人間扱いしてもらえる』のだ。


「お待ちください、ハル様。お忘れではありませんでしょうか? 今、エーテルネットワーク上では、わたくしによるハッキングが進行中です」

「自分で言うな。忘れてないよ」

「では、意識を統合してしまうことへの危険性も分かるはず。ただ一つとなった思考をこちらに集中させてしまえば、そちらへの対処がおろそかになりますよ?」

「……なるほど。やっぱり、あのハッキングは僕に意識拡張させない為の牽制けんせいだったって訳だ」

「さて、どうでしょう?」


 意識拡張が有効だと分かっていても、ハッキングへの対処に常に意識の一部を割いていないといけないハルにはそれが出来なかった。

 最初は、そのハッキングの内容、『常に可視化していなければならないメニューウィンドウを非表示化できるようにする』という謎の変更、それが計画に必要なのかとハルも考えていた。


 しかしここまで来ると、その内容に実は意味などなくて、単にハルの意識の一部を抑え込んでおきたい、それこそが目的だったと思えてならない。


「ブラフだと分れば、特に恐れるものでもない。あれは君にとって、特に必要な物ではないんだろう?」

「……例えブラフであったとしても、あちらがフリーになれば、わたくしは容赦なくハッキングを完遂しますよ。それは、この場でハッキリとお約束させていただきます」

「おや、本気だね。君たちの約束は恐ろしいからね」

「はい。やると言ったら、必ずやりますわ?」


 だから、『本当にフリーにしていいのか?』と脅しをかけてくるアメジスト。

 だが構わない。二つのフィールドにおいての並列処理、それを行うと誓ってしまうことで、アメジストの方も有利なことばかりではない。

 この約束同様に、嘘をつかない彼女たちだ。ハルにそう推察される材料を、先ほど彼女は与えてしまっていた。


「いいのかな? 君はさっき、その水晶の世界を創造する為の力は、リコリス経由で手に入れたユーザーデータだと証言したね」

「…………」

「そして、外のハッキングも同様に、彼らを踏み台にして行っていることが分かっている。まあ、これ自体は凄い技術だけどね」


 だが、同じ仕組みを経由して実行される行動である以上、必ずそこが出力制限ボトルネックになる。

 ハル以上に並列処理に長けた神様たちであるとはいえ、使用できるリソースの量が定まっている以上、それより高い力は決して発揮できないのだ。


「だから、そちらに注力するには、この舞台における出力を落とさざるを得ない。出来るかな? 意識拡張した僕を相手に」

「……ずいぶんと、やる前から自信がおありなのですね。貴方様が、それだけの脅威と化すことが出来なければ成立しませんよ? 言っておきますが、リソース上限まではまだまだ余裕がありますので」

「だろうね。まったく、舐めてくれる。本気を出したらこの時間で、もう終わってたんじゃないかい?」

「つまらないでしょう? そんな終幕なんて。せっかくの機会なのですから」


 まあ、ハルとしても『ゲームマスターが出てきて瞬殺されました』、では納得がいかないだろう。もちろん大人しく瞬殺されるつもりもないが。


 だがそんなアメジストの余裕のおかげで、ハルの切り札ともいえる意識拡張を実行する準備は全て整った。


《帯域確保。確保完了。余剰領域、掌握しょうあく開始。あらゆるエーテルネットの未使用領域を掌握完了。接続率は100%です。全帯域の経路がフル使用可能。意識拡張、全行程オールグリーン。ハル様、いつでも実行可能です》


「よし、いくよ黒曜。意識拡張、開始だ」


《御意。意識拡張、システムスタート》






 自らの存在を幽体離脱ゆうたいりだつするかのように俯瞰ふかんしていたハルの意識が、見下ろしていた肉体に収まるかのように収束されていく。

 そうして脳という器に収まり、一つに統合されて行く“僕の”意識は、同時に凄まじい勢いで外部に流出をし始めた。


 残留思念のように残る様々な人物のつむいだ記憶の残滓ざんしを洗い流しながら、ネット上の使用されていない部分に僕の意識が流れ込んでいく。

 まるで、広大なエーテルネットそのものを、『ハルの脳の一部』と定義するかのように、僕の意識は恐るべき速度で、文字通り『拡張』されていった。


《意識拡張完了。負荷レベル、許容範囲内です。ハル様、どうぞお心のままに》


「ああ」


 本来、こうして意識を体外に放出することには大きなリスクが伴う事となる。

 肉体面では膨大なデータの入出力に脳が耐えきれず、下手をすれば、いや下手をしなくとも神経が全て破壊され廃人と化す。

 精神面でも、流出した意識が、今度は正しく肉体に戻ってくることが出来ずに、永遠にネット上を彷徨さまよう事になりかねない。それどころか、海に垂らした一滴の水のように、無限に希釈きしゃくされ個人としての境界を失い消える危険だってある。


 そんな危険性を気にすることなく、僕が全力で意識をネットの海に放出できるのはアイリたちの存在あってこそだ。

 精神の深い部分で融合した彼女たちがまるでくさびとなるように、流れ出る僕の意識に輪郭をつけて、内側から引き留めるように外部との境界を定義してくれていた。


《ついに、この時が来たのですね! 相変わらず、すごいですー……》

《そうね? しかし、最初からこう出来れば楽だったでしょうにね?》

《ダメだぜルナちー。そんなこと言っちゃ。最初からチートで攻略したら、私らが楽しめなかったじゃん》

《ですねー。それに、あくまでこれはアメジストにぶつける為の切り札。ここで切って初めて、意味の出るカードですよー》


 そんな彼女たちの声が、脳内に響いて来る。いや、もう今の僕は、脳で思考しているのかどうかすら、定かではないか。


 そんな声に向かって呼びかけるようにして、僕は自らを、迫るアメジストの水晶から逃げるように運んでくれていたゾッくんから降ろしてもらう。

 撤退を止めるとすぐに、大地を突き破ってくるように迫る巨大な水晶のくいが高速で迫ってきた。


「ありがとうアイリ。危ないから、下がっていてね」

「《はい! ご武運ぶうんを!》」

「……発動なさいましたね! さて、噂の意識拡張、お手並み拝見です。このゲームマスターたるわたくしに、どこまで対抗できるでしょうか!」


 こちらの雰囲気の変化に、アメジストは歓喜するかのように表情をほころばせ、笑みを深める。

 それに呼応するかのように水晶の突き出るスピードも上がり、世界の浸食は更に更にと速度を増した。


 一気に僕が降り立った平野を飲み込み、地面を砕き割りながら津波のごとく襲い掛かって来る。

 このまま衝突すれば、その勢いで僕の体など軽々と吹き飛ばす、そんな勢い。


 その勢いの浸食が、僕の目と鼻の先で、まるで一時停止ボタンでも押したかのようにピタリと止まった。


「ふむ? なるほど。これは浸食力の拮抗きっこうというよりは、意識障壁のようなものか。他者の干渉を防ぐ、誰もが持っている自己の防壁。それがこの世界でもバリアとして機能していると」

「さ、流石のセキュリティですね、管理者さまは。しかし、守ってばかりでは勝てませんよ……!」

「ならば次は攻めようか。要するに、浸食は侵入ってことだろう? 得意分野だ」


 まるでヨイヤミがそうするかのように、僕も他者の意識へとハッキングをかけるイメージで意識を巡らせる。

 その結果は顕著けんちょそのもので、すぐに世界の変化として反映された。


 僕の鼻先に向け突き出た紫水晶の巨大な柱が、唐突にその根元から砕けて粉々に散っていく。

 僕が直接手を下した訳ではない。その水晶の生えていた地面そのものが、急に水晶に向けて反旗はんきひるがえしたのだ。


 まるで意志持つ生物であるかのように持ち上がった地面は、スライム型のモンスターが触腕しょくわんを伸ばすかのように水晶を掴んでは砕き割ってゆく。

 それは、なにも僕の目の前でだけ起こった現象ではない。見渡す限り国境沿いの全て、いや、僕らから見えない範囲でも、全ての接触面でアメジストの水晶に食らいついていた。


「なるほど。これはなかなか面白い。割とダイレクトに、想像通りの動きをしてくれる。みんなが夢中になるわけだ」


 僕にとっては初めてとなる、このゲーム世界の創造行為。それはまさしく自らが思い描いた通りに世界が動く、興奮に値する体験だった。

 世界の全てが僕の思うがまま。こういうのを、『まるで神にでもなった』と評するのだろうか?


「や、やりますねハル様。しかし、この想像はどうなのでしょう。わたくし少々、この動きはいやらしく感じてしまい、苦手なのですが……」

「……すかさず精神攻撃してくるのやめい。他意はないよ。大地を直接弄るのが効率良いと思っただけだから。はあ、仕方ない」


 うねうねとうごめくスライムのような大地のいやらしい(らしい。遺憾である)動きに、淑女しゅくじょであるアメジストからクレームが入る。

 仕方ないので、そして僕としても色々と試してみたいので、浸食の方法にレパートリーを出してみることにしよう。


「どうしようかな? そうだね、シルフィーのあれにならって、木でも生やしてみるか」


 そう言ってイメージを練ると、すぐにその想像が世界に反映される。

 国境の周囲全てに、一瞬にして巨大な木々が作り上げる森が取り囲んだ。その森は、根や枝を水晶に食い込ませるようにして、次々と砕き、食らいつく。

 そうしてまさに一瞬のうちに、水晶の世界を丸く囲む、広大な森がこの世界に誕生したのであった。


「さて? どうするアメジスト。防戦一方じゃあないか。果たして、この状態で外のハッキングなんてしている余裕があるのかい?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通はGMが出て来てやることは垢BANでしょうからねー。オンラインゲームでGMがステータスチートで無双なんて始めたら、例えなろうであっても追放待ったなしですねー。それなら追放モノが始まるだ…
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