第1189話 原初の海へと至る力
ヒントのつもりなのか、語りたがりなのか。アメジストはこのゲームの土地創造の仕組みについて、ハルたちに解説をし始める。
まあ、今まで一人でずっと孤独に研究を行ってきたのだ。その成果を誰かに発表したいと思っても別におかしいことではない。
ハルとしても、もちろん聞いておいて何ら損はない。ここは大人しく耳を傾けることにする。
「……おい。時間稼ぎなのではないか?」
「んー。いや、聞かずに攻撃したからといって、この浸食を押し返せるとも思えないしね」
ただ、喋る間も世界の浸食は止めてはくれないようで、今も地面からは次々と水晶の柱が生えてきている。
アメジスト本人も、巨大な結晶の上にちょこんと腰掛けるようにして、優雅に侵攻の先頭に陣取っていた。
弾丸を放てば届きそうな距離ではあるが、例の空間操作によって、決して彼女に当たることはないのだろう。
「聞くか否かは、どうぞご自由に。どのみち、結果は一切動きません」
「だからヒントを与えても問題ないと? その慢心が身を滅ぼすよ」
「聞いていただける、ということでよろしいですね」
「ああ。ぶっちゃけ僕もかなり興味がある」
「ふふっ。正直で結構」
本当に慢心からくる余裕の態度なのか。それとも語ることに何か意味があるのか。それはまだ分からない。
しかし、何か目的があったとしてもハルが得るメリットは甚大だ。
ソウシたちも、それは理解してくれたようで、じわじわと迫りくる紫水晶の柱に後ずさりしつつも、アメジストの言葉に耳を傾けた。
「わたくしの研究は、基本的に人間の持つ秘められた力、超能力に関する物です。派生するほとんどの物も、その応用の結果と言えるでしょう」
「つまり、このゲームも?」
「もちろんです」
「超能力の研究、だと? バカバカしい。存在しない物を、どうやって研究する」
「静かにお聞きなさい。貴方も使っていたでしょう。超能力」
「それは……、ゲーム内の力だろうが……」
「まあいいでしょう。事実、超能力は歴史に記録されない力なのは確かですので」
だから、ソウシが知らないのも無理はない。
一部、雷都や御兜のような有力者は、超能力の存在を察知し秘密裏に調査を進めている。
しかし、それ以外の所では、世間で起こったあらゆる現象を記録しているはずのエーテルネットにも、ほとんど超能力の存在は記録されていなかった。
「これには、能力に覚醒した者であっても、ほとんどの者がごく短期間でその力を失うことが原因です。そもそも、自身に力が発現したことを自覚する者すら稀でしょう」
ほんの一瞬<透視>が発動し、物が透けて見えた気がしたり。一瞬<念動>が発動し周囲の物体が数センチだけ揺れてグラついたり。
そんな覚醒の仕方をした者が出ても、錯覚や見間違い、偶然だろうと片付けられる。
時おり能力をはっきりと自覚する者が出たとしても、すぐにスイッチが切れたように力は消え去り、やがて気の迷いだったと忘れ去られる。
それが、確実に存在するはずなのに、地球上で超能力の存在が一般に認知されていない理由であった。
「……理屈は通るが、ずいぶんと説明者にとって都合の良い話だ。ふんっ、まるで陰謀論じゃあないか?」
「納得せずとも結構。しかし、『都合が良い』という部分はわたくしも同感です。ハル様は、このある意味で都合よく隠されている超能力、それがどうして発現しないとお思いですか?」
「発動の為のエネルギーが不足しているから」
「まあ素晴らしい! その通りですよ!」
これについては、アメジストの問いとは無関係に以前から考えていたことだ。
エメの話では、既に人間には『スイッチを切り替えるだけ』で誰もが超能力を使えるようになる素養があるらしい。
なのにほとんどの者が力を使えていないのは、発動の為のエネルギー、すなわち魔力がこの日本に存在しないから。そう考えれば辻褄が合う。
「仰る通り、問題はエネルギー不足。事実、エネルギーが潤沢にある“あちら”では、誰もが問題なく力を振るえています。それをパッケージングしたのが、スキルシステムです」
「ずいぶんとお世話になっているよ。良くも悪くも」
「光栄ですわ」
そう考えると今まで、ハルの傍には常にアメジストの影があったと言えるだろう。時にスキルを活用し、時に強力なユニークスキルに悩まされてきた。
その全てが魔力を燃料とした力であり、元となった超能力もまたそうだとすれば、地球ではほぼ発動しないというのも納得の結論だ。
「そんなスキルシステムですけれど、ハル様もご存じの通り、その成長ツリーは本人のパーソナル、趣味や嗜好、遺伝的特質などに大きく左右されます。それは、この世界でも同じこと」
「つまり、このゲームで世界を想像し土地を創造することも、君のスキルシステムの力ってことだ」
「ええ。まさしく」
「だからどっちも僕はのけ者なんだよねえ……」
「くすっ。ハル様は特別でいらっしゃいますから」
だから、ハルはそのシステムと相性が悪い。これは一般的な人間用のシステムなのだから、人間の規格から一歩踏み出したハルには適合しないのだ。
「さて、ここからが本題です。では、なぜハル様は相性が悪いのか。システムは、何を参照しその力を発揮しているのか。その疑問にお答えしましょう」
それは、実に気になるところだ。ある意味、異世界に関わってすぐの時から付きまとう疑問。ここで解消してもらうとしよう。
*
勢いを増すアメジストの領地の侵攻に、ハルたちの後退する足の速度もまた増していく。
土地の面積が増すごとに、そのぶん浸食力も更に強化され、ハルの世界を食らう力もどんどん強くなってきている。
このままでは、あるラインを越えればそこから先は一気に、まさに雪だるま式に土地を巻き込んで勝負が決まってしまうだろう。
そんなスピードを上げる浸食の中でも、アメジストはのんびりと優雅に腰かけたままで、ハルへの講義を続けて行った。
「優秀なはずのハル様に無く、逆に人間にある物。それは同族の多さです。そして、数の増えた人類は、ある種のネットワークを形成するんですよ」
「……口ぶりからすると、それはエーテルネットワークとは別物みたいだね」
「はい、その通りです。とはいえ、一部で共通する部分も存在しますが、ここでは二つを別の物と定義しておきましょう」
「ふむ……?」
そう聞いてハルが思い浮かべるのは、例の黒い石、モノリスの内部に刻まれた特殊なネットワーク構造だ。
あの石の力を活用しているアメジストだ。それが鍵となる可能性は十分に考えられる。
しかし、それを問いかけたハルに対するアメジストの返事は、その推測が不正解であることを示していた。
「君は、あの石に目を付け、それを解析することでそのネットワークとやらにたどり着いた?」
「いいえ。それは順序が逆ですよハル様。わたくしは、あくまで超能力の研究の結果、その答えに行きついた。それについて探る過程で、同じ構造を利用しているであろうあの石を発見した。そういう流れですので」
「あくまで石はおまけと」
「まあ、問題の根底にアレがあるのは、間違いないのでしょうけどね?」
では、そのネットワークとは一体何か? いや、ここまで来ればハルにもなんとなく想像はつく。
恐らくは、よく『集合的無意識』などと呼ばれる概念と似たものなのだろう。
人間の意識が複雑に絡み合い、一つの総体を成す上位構造。その基盤があったからこそ、現代のエーテルネットワークの速やかな普及も実現したという訳だ。
「……しかし、解せないね? 今の話からすると君自身も、そのネットワークの輪の外に居る。それとも、君も実は普通の人間だったりしたのかい?」
「ご冗談を。もちろん、抜け道を使っているに決まっています」
「まあ、そうだよね」
「はい。当然。前回、リコリスに集めてもらったユーザーリスト。わたくしはあれを通じて疑似人格を構築し、そのネット上へと命令を流し込んでいます。結果は、この通り」
そのアメジストの言葉と共に、足元から迫りくる水晶の柱は一気に勢いを増す。
もう既に走って逃げられるスピードを上回り、ハルはゾッくんが、他の者はユキの戦車が拾い上げると高速でその場を離脱していった。
そんな遠ざかるハルの耳にも、アメジストの声は問題なく、すぐ近くにいるように囁きかける。
説明は終わり、ここからは、一気に実力行使の時間という訳だ。
「いかがでしょうか? このヒントから、突破口は見いだせまして?」
「いや。ぜんぜん?」
「おや残念。では、残念ですがこのまま幕引きといたしましょうか」
「いいや? そもそも、最初からヒントとかいらなかったからね」
「あら?」
そう、この世界がスキルシステムと同じだと理解したその時から、決着の際に使う為の方法は決めていた。
それはハルが、かつてスキルシステムの時にもそれに適応を果たした力。それを、再び使用する時が来たのだ。
「黒曜。意識拡張準備。十二領域、接続スタンバイ」




