第1187話 制覇者と周回者
投稿遅れて申し訳ありません!
互いに決め手を欠き、膠着状態となったハルとアメジスト。その状況を打破するために、アメジストはあるゲームの提案を行ってきた。
その内容は、このゲームにおける運営者である自分との勝負。普通ならば、どう考えても受けるべきものではないだろう。
当たり前だ。相手はゲームの製作者。仕様の裏の裏までも全てを知り尽くしている。戦って、勝てる相手のはずがない。
「ご安心ください。あくまで、わたくしもここでは一プレイヤーとして、公平な立場で戦いましょう。製作者専用の、チートコマンドといったものは用いません」
「分かった。受けよう」
「……あら? よろしいのですか? まさか、この段階で受けていただけるとは」
「構わないさ」
だが、ハルはそのあまりに不利な提案を承諾する。この返答には、提案者であるアメジストもさすがに予想外であったようだ。
「わたくしとしてはここから、ハル様側も条件のすり合わせが入って、ルール作りの駆け引きが始まると思っていましたのに」
「相手の土俵で戦って勝利した方が、気分がいいだろう?」
「あらあら。完全勝利の自信がおありなのですね。ですが少々、甘く見すぎかと存じますよ?」
「気に障ったならすまないね」
もちろん完膚なきまで叩きのめして、この挑発的な笑みを浮かべる幼女に目にもの見せてやりたい、という思いもあるにはある。
しかし、それだけで自身を絶望的に不利な状況に追い込むハルではない。この選択には、一応それなりの理由が存在した。
それは、ここでハルが自分に有利になるような追加ルールを設定すること、それ自体が逆に不利を招くアメジストの罠である可能性を警戒したことだ。
現状、このゲームはハル側から完全にロックすることに成功しており、システムのアップデートが行えない状況と考えられる。
そんな中で、ハルから追加でルール設定を行おうとすれば、それを言い訳にして封鎖の一部解除を持ち掛けられることは容易に想像できた。
その提案をさせない為にも、不利は重々承知の上、二つ返事で彼女のゲームに乗った所がある。それがハルの選択に至った内心だった。
幸い、あくまで互いにプレイヤーとして公平。その約束は取り付けられた。チートで瞬殺されない保証があるだけで、十分だろう。神は約束を破らない。
「わたくしが勝てば、ハル様は封鎖を解き、このゲームに今後口出しをしない」
「僕が勝ったなら、君はゲームとこの学園から撤退する」
「あら? それだけでよろしいのですか?」
「ああ、そうだね。じゃあ、エーテルネットの基幹システムへのハッキングも止めてもらおうか」
「そうではなくて、貴方様の奴隷になれ、とか、そういう命令をするのかとばかり……」
「誰だよそんな噂を広めた奴は……」
まあ、可能であるならアメジストを支配下に置き、今後二度とおいたが出来なくしておいた方が良いのかも知れない。
しかし、あまりにアメジストに不利な契約を結ぼうとすれば、拒否されて全ての条件が白紙に戻る危険もある。
ここは欲張らず、まず目の前の問題を一つずつ解決していくことをハルは選んだのであった。
「いいでしょう。それでは勝敗を分ける条件ですが、どちらかの世界が、支配する土地がゼロになった時点で決着です。わたくしの場合、今ここに見えている水晶の世界。この範囲が全て消えれば敗北となりますわ」
「……かなり狭いけど、それで大丈夫?」
「ご安心くださいませ。わたくし、こう見えてゲームマスター。むしろこのくらいのハンデはあってしかるべきでしょう。誓って今はこの範囲のみ。奥に、巨大な大陸が控えているとったズルもいたしません」
「つまり、やろうと思えばソウシ君みたいなことも可能な訳だ」
「もちろん。なにせ、ゲームマスターですので。ユーザーに出来ることは、大抵出来ると思っていただいて構いません」
これは重要なことを聞いた気がする。つまり、アメジスト本人もスキルを使って戦うことが出来るという訳だ。厄介である。
多芸が過ぎるので忘れがちだが、彼女本来の能力は『スキルシステム』、その開発。
ハルたちもずっとお世話になってきたスキルの源を、彼女は抑えていることになる。それらスキルも、使用可能だと思った方が良いだろう。
「胸が躍ります。本当に楽しみですね。決めるべきことも決まりましたし、もう始めてしまってもよろしいでしょうか?」
「せっかちだね。何か急ぐ用事でも?」
「いいえ。ただ純粋に、わたくし楽しみなのです。いつかこうしてハル様と一戦交えてみたいと、ずっと思っておりましたので」
「そりゃ光栄」
ハルとしても、噂のアメジストとはずっと会ってみたいと思っていた。戦ってみたいとは、さほど思ってはいなかったが。
そんな、互いに追い求めた二人の戦いがこれから始まる。さて、ハルはこの圧倒的不利なフィールドで、どこまで持ちこたえることが出来るだろうか?
*
「では、これより試合開始といたしましょう」
「じゃあ、先手必勝」
戦闘開始の宣言、その直後、ハルは自領を浸食しているアメジストの世界に対し、容赦なく手持ちのあらゆる火器を解き放ち叩き込んだ。
アルベルトには決して人間に向ける物ではない砲弾の数々を全力で発射させ、既に近くに待機させていた人形兵達も携行火器を斉射する。
木々は直接電撃を浴びせかけると、それに続くようにゾッくんやユキの戦車も再び攻撃を再開させた。
まださほどの範囲もないアメジストの世界は、その攻撃を余すことなく吸い込んでゆき、世界の全てが噴煙の中へと沈む。
広大なソウシの世界に向けて放ったのと同じ量の攻撃だ。アメジストの世界の面積ならば、これだけで勝負ありの破壊力。
「……しかし、そう簡単にいく訳はないよね。これで終われば、楽なんだけど」
ゲームマスターであるアメジストだが、プレイヤーとしてこのゲームのルールには従うと明言した。
ならば、『世界が狭いうちはその力を十分に発揮できない』というゲームの根本的な法則も、当然その身に負うこととなる。
つまり、最初の今が一番弱い。倒すなら今が最も容易、いや、倒すチャンスは、今をおいて他にないと言っても過言ではないのであった。
「まぁ恐ろしい。こんな、最終決戦に使った火力の全てを、この初期状態の領地に向けて撃ち込むなど。初心者狩りも良いところですわ」
「……何が初心者だ。二周目のくせに」
全ての攻略法を知った上での、最高効率プレイ。その力は、クリア済みプレイヤーであるハルとも対等に渡り合える。
当然だ。この火力を防ぎきれないのであれば、最初から勝負を仕掛けることなどないのだから。
「で、なにをやられたんだ、僕らは。といってもなんだか妙に既視感があるんだけどね?」
「……おい、あれは、俺のスキルじゃないか?」
「だよね。空間固定による絶対防御。ソウシ君があれで一斉掃射を防いでいたんだから、今回も防げて当然だ」
「しかし、おかしい。チートは使っていないのだろう、あの運営は?」
「それは間違いないね。こっそり約束を破る相手じゃないよ」
「……妙に信頼するんだな。まあそこはいい。なら、やはりおかしい。絶対防御の力は、あの初期状態の勢力値では使えないはずだ」
自分の使っていた能力なので、その詳細にも当然ソウシは詳しい。
彼の空間操作の力は、自らの領地が発展し、システム的な補助を受けて初めて使用できる力だった。
使用可能ライン、発動コスト共に大きく、アメジストの世界は到底そこに至っていない。例え同じスキルが使えても、システム的に発動不可能なはずなのだ。
「そういえば、貴方の力でしたね。このスキルは。なかなかレアなスキルです、優秀ですよ?」
「はんっ! ずいぶんと上から目線で言ってくれるな。何様だ」
「純粋に褒めてあげていますのに。空間系は貴重なのです。誇って良いことですよ? もっとも、参加者の中にはより上位の力や、より低コストで扱いやすい力の持ち主もいらっしゃったようですが」
「やはり馬鹿にしているだろう! お前!」
「落ち着こうソウシ君。それより対策を考えようか」
やはり、プレイヤーの生み出したスキルは、そのまま彼女の力となっているようである。
より上位の力、というのはきっとソフィーのスキルだろう。つまりこの後、あれが飛んでくるということだ。今から恐ろしい。
しかし、それは使用者本人が居る今、弱点を聞き出すことも出来るということ。せっかくだ、有効に活用して反撃することとしよう。
「……そうだな。防御の為に空間を固めるが、その内側から攻撃されると弱い。これは、あの部外者の少女にやられた通りだ。しかし、お前に出来るか?」
「いいや?」
「じゃあ! 私がまたテレポで飛び込むぐぅっ!」
「待ってソフィーちゃん。落ち着こう。あの子相手に迂闊に飛び込むのはNGだ」
「ではどうする? お前の攻撃は確かに強力だが、そのほとんどが直線的。境界面を固定することで、ほぼ防ぎきれるぞ?」
「まあ、こんな時の為の切り札があるからね」
「……あれか」
切り札の正体は分からないだろうが、ソウシもその身に受けた攻撃だ。
アメジストはチートを使わないが、ハルの方は使わないとは言っていない。このゲームの仕様の外の力、大気に満ちたエーテルは、当然アメジストの世界にも浸透している。
それを伝って、防御不能のエネルギーが直接壁の向こう側へと叩き込まれた。
空気その物が爆発するかのように、世界そのものが火を吹いていく。
「よし。有効のようだね」
「結局、これはなんなんだ……」
「おおっ! 国境線が引いていくよ! このまま勝っちゃえ!」
しかし、それを許してくれるアメジストではない。次第に、彼女の領内で爆発する空気の量は減って行き、それがゼロに至るまではあっという間であった。
何が起こっているかは、この場ではハルにだけは理解できた。彼女の世界から、空気が全て押し出されてきているのだ。
「ふう。危ないあぶない。よく考えれば、わたくしに空気なんて必要ありませんでした。これは全てさしあげますね?」
そんな、ちっとも危なそうでない態度で、彼女は尚も余裕の笑みを保ったままで佇むのであった。




