第1186話 密封される箱庭
《んー、分かった。しょーじき細かい部分はわからねーけど、大筋では分かった。かも!》
《そんなんでいーのアイリスちゃん? もっとしっかり、理解しないと!》
《若いぜ幼女。……いや、当然だわな? まあともかく大人は、細かいこと気にせず即行動なんよ! 『詳細まで解明してから』、なんて生っちょろいこと言ってたら、ライバルに先越されんぞ!》
《おお~~》
実際には、安全面においてそれでは困ることも多々あるが、概ねアイリスの言う通りだろう。
たまに神様たちとの話題に出るが、魔法だってエーテル技術だって、『なぜそうなるのか?』が分かっていないまま実用化されている物は案外多い。これは、前時代においても同じこと。
特に今は、何より時間制限が迫っているのだ。贅沢なことは言っていられない。
《聞かせてくれアイリス。どうなってる?》
《おーよ。任せろな? どーやら、共通の事柄について思考する意識をぶち込むとな? その分、魔力が帰って来るらしい。意識の数が増えるほど、そのリターンも大きくなるんよ》
《なるほど》
なんとなく、異世界における魔力発生のルールとも似通っている所がある。
あちらは、異星の地でこちらの人間が、地球人の意識活動があると、その場に魔力が発生する。その際、活動する人数が増えれば増えるほど魔力も増していく。
こちらも同じだ。別次元からエネルギーを取り出すという原初ネットに、指向性を同じくする意識の残滓が交わった際に魔力が発生する。
そして、その量が多いほど、発生する魔力もまた多くなる。
《詳しく調べりゃ、魔力の本質について探れっかも知れんのよ。だけんど、まあ、今はそんな暇ねーわさ》
《まあ、この騒動が終わったらゆっくりやればいい》
《おー。そんときゃアメジストにも手伝わせっから、とっ捕まえて来てよお兄ちゃん!》
《それは、約束しかねるが……》
全てはアメジストの出方次第だ。そもそも、捕まえられるかどうかも現状分からない。
あの空間では、アメジストが絶対的に有利であるのはまだまだ動かないのだから。
だが、突破口は見えた。この新しい魔力生成システム、アメジストも同じ仕組みを利用しているのは間違いない。
ならば、そのエンジン部分を押さえてしまえば、彼女はもう新しく魔力を調達できなくなる。
今までは一切が謎に包まれていたため苦労させられたが、エンジンがエーテルネット上にあるとなれば、そこはハルの領域だ。
《ヨイヤミちゃんが噂を広めて作ったシステム、それに強引に手を加える》
《どきどき。強引に、されちゃうんだ》
《お兄ちゃん鬼畜だよなー》
《やかましい。これに関しては、いくらアメジストが製作者だろうと、抵抗しきれないはずだ》
《そーね。基本的に私ら、こっちのネットへは回線細いかんね。いや、万全だったとしても、お兄ちゃんには手も足もでねーのよ?》
《事実、アメジストのハッキングは一切通していないからね》
とはいえ、常に並列思考の処理を一部持っていかれているのは、煩わしいので出来ればもう止めて欲しいところだが、なかなか諦めの悪いアメジストだった。
その内容、メニューウィンドウの非表示化が、彼女の目的にそんなに重要なのだろうか?
まあ、今はそれを気にしていても仕方ない。重要なのは時間内に扉の完成を阻止することだ。
《アイリス、手伝え。さっき発見した魔力の生成法則。それを利用している回路を特定して寸断する》
《よしきた! 任せとくといーのよ! 私の技術を覗き見して掠め取ったりするやつが、どうなるかを教えてやらーな!》
《おー、がんばれー!》
《よっしゃ、見とけよ幼女! お姉さんのカッコいいとこ見せてやるんさ!》
《見た目おなじくらいじゃないー?》
元々、アイリスが組み上げ研究していた能力だ。その理解度は年季が入っており、すぐにアメジストの生み出したネットワークから特定部分を抽出する。この手際の良さは流石だ。
その部分を、ハルが周囲から切り離し一時的にオフライン化するだけで、効果は実に覿面だった。
ハルの本体と話していたアメジストの頭上に伸びるゲージ。そのバーの移動が、その瞬間にがくりと止まる。
扉の作成に必要な魔力の供給が途切れたことで、エラーが起き作業が進まなくなったのだ。
《ざまぁ! ついでに、これだけで終わるかぁ! 見とけアメジスト! 今度は逆に、おめーの作り出した扉の制御を乗っ取って、こっちのモンにしてやるのよさ! お兄ちゃんが!》
《アイリスちゃんがやるんじゃないんかーいっ》
《まあ、いいけどさ……》
ハルとしても、仕事をしない訳にもいくまい。彼女の言うように、作業を止めただけで攻撃は終わらない。今のままでは、時間制限が先に延びただけだ。
有利な交渉を進めるには、ここからが肝心。ハルは制御システムにハッキングをかけ、自分の管理下へとシステムを少しずつ移していく。
《おっけ。あとは、お兄ちゃんに任しとけば安心だな! その間お喋りでもしてよーぜーヨイヤミちゃんー》
《いいよ! じゃあ、さっそく聞きたいんだけど、さっきから二人が言ってる、『魔力』ってなんのこと!?》
《うげっ! お、お兄ちゃん……、どーするよこれ……?》
《……今忙しいから、アイリスに任せた》
《逃げんなー! 重要な説明責任を私に押し付けんなーっ! まじどーすりゃいいのこれ!?》
申し訳ない。ハルにはどこまで話して良いのか上手く判断ができないのだ。よって、その辺りの計算は、神様の処理能力に任せることにする。補佐として、役に立ってほしい。
……といっても、アイリス一人ではさすがに可哀そうなので、エメにも回線を繋ぎサポートに回ってもらうこととした。
◇
「……あら? 止まってしまいましたね?」
「そのようだね。何かトラブルかい?」
「ふふっ。なんて白々しい。これは、ハル様の仕業ですね? わたくしの秘密に、ついにたどり着かれてしまったと」
「そういうことだね」
アイリスを置き去りにして、ハルは意識を本体へと浮上させる。会話の最中に、突如処理がエラーを起こしゲージの進行が停止した。
それどころか、徐々に完成度の割合は逆回転し、ゲージ量は減って行き途中で一気に消失してしまった。
ゼロパーセントとなったバーはもうピクリとも動かず、アメジストも困ったように首をかしげるのみ。
裏では復旧しようと処理を走らせているのを感じるが、アイリスの語った通り、エーテルネット上における処理速度は決してハルに敵うことはない。
「あらあら。困りましたわね? これは、新しく作成中の扉だけではなく、もしや他の入り口も?」
「その通り。閉鎖中だよ。全ての扉と、それを開閉する為の魔力はもう、僕の手中にある。つまり君は、自分で作った箱庭の中に閉じ込められたってことになるね」
「それは困りましたね。扉を固められて、空気の供給を断たれてしまったということですね」
「……またおっかない例えを」
全然困っていない顔で、アメジストは上品にくすくすと笑う。絶体絶命の状況なはずであるのに、まだまだ余裕そうなのは何らかの準備があるのか。
例えば、非常口のようなシステムから独立した出口があるとか、そういった準備が。
しかし、もしそうして彼女に逃げられてしまっても、今はそれで構わないとハルは思っている。
この学校の怪談に端を発した一連の騒動は、このゲームを掌握し閉鎖することでひとまずの決着がつくからだ。
あとはゆっくり解体し、次またアメジストが同様の手順で干渉してこないよう監視し、黒い石の調査を進めていけばいい。
「……おい、ハル。大丈夫なのか? 良く分からないが、俺もこのまま閉じ込められたりしないだろうな?」
「ん? まあ、場合によっては。大丈夫だよ、安全は保障するから、安心してよソウシ君」
「安心できるかっ!」
「いいツッコミだ」
「い、一応信頼はしていますけど、ハルさんのことは……」
まあ実際、ソウシやシルフィードの事も考えると、長時間このままというのはハル側としてもまずいだろう。
アメジストとの我慢比べをするとなれば、お互いにいくらでも粘れる二人だ。それに巻き込むのはよろしくない。
とはいえ、現状これ以上の手出しも出来ないハルである。扉を構成するシステムは突き止めたが、逆に言えば分かったのはそこまで。
この世界の内部では未だに、ハルは魔法を封じられたままであるのは変わらないのだから。
そんなハルの事情は全てお見通しなのだろう。アメジストは焦ることなく、顔に指を当てて挑戦的な笑みを浮かべ続けている。
憎らしくも可愛らしいその顔からは、一歩も引く気はないことがありありと感じられた。
「しかし、参りましたね。力の流入を封じられてしまった今、強制排出もままなりません。お互い、どちらかが根負けするまで、こうしてにらめっこを続けるしかないのでしょうか。ふふっ」
「笑ったから君の負けね」
「三万回勝負です」
「多すぎだろ……」
「というのは冗談で。しかし、埒が明かないのも事実。どうでしょうハル様、ここは、わたくしたちらしく、ゲームで決着をつけるというのは」
「まあ、そういう流れになるか」
互いに、進むことも戻ることも出来ない状況。それを打開する為に、アメジストから勝負の提案がかかる。
半ば、予想していたことだ。むしろ、それを引き出す為に膠着状態を作り出したハルだった。
神は約束を破らない。この勝負に勝利すれば、安全に彼女との戦いに決着をつけられる。
「ゲームの内容は?」
「このままです。このまま、このゲームで行います。ハル様は育てたこの領地をお使いになり、わたくしはそこに、この水晶の世界で挑む」
「なるほど。クリア後の、裏ボス戦ってわけだ」
「ええ。どうか見事、このゲームマスターに勝利してみせてくださいな?」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




