第1185話 お金の魔力の更なる真実
お金の流れを魔力に変えていたアイリス。ハルはアメジストもまた、似たような方法で魔力を得ていると推測した。
しかし、それはアメジストも同様に資金をエネルギー源にしているという意味ではない。
確かに彼女も日本円を貯め込んではいるが、それを動かせば必ずハルには分かる。もっと別の手段であるはずだった。
《ヨイヤミちゃん。お金と噂話の共通点って何だと思う?》
《どっちも実体がないこと! ……あっ、でも、お金には一応、生の形があるかー》
《いいや、そこは問題じゃないよ。物体としての通貨にも、額面上の価値なんてないからね》
《一万円は原価数百円!》
《最近は少し値上がりしたね》
主に偽造防止コストの上昇と、そもそもの利用者の低下による量産体制の鈍化からだ。余談なのでこの話を広げることはない。
そんな原価に見合わぬ物体であったり、それどころか単なるデータ上の数字の羅列がお金としての価値を担保されているのは、言ってしまえば『皆がそう信じているから』に他ならない。
単純で、見方によっては不安定極まりないが、そんな土台の上で世界は回っているのだ。
なお、余談が続くようだが、異世界においては『魔力本位制』でゲーム内通貨が成り立っていたりする。
あの星の成り立ちと今の在り方にも関わっているようで、考えてみると少々面白い話だ。
《お金も噂も、多くの人が無意識にそう信じてるってこと?》
《乱暴に言っちゃえばそうだね。ここでは、お勉強的な定義は考えないで構わないよ》
《あくまでネット上での、データの流れが重要ってことだね!》
《そういうこと》
意識に指向性を与える、共通認識。その対象がお金であろうと、噂であろうと、意識が同じ動きをするならば同じ結果が得られるはず。
要するに、アイリスの能力がそうであったように魔力が生まれてもおかしくない。
前回のゲーム、『フラワリングドリーム』にもアメジストは一枚かんでいた。スキルシステムの提供のほか、リコリスを通じて色々と介入していたようだ。
そこで、アイリスの、文字通り『お金の魔力』に関しても、何か情報を得ていた可能性はある。
《という訳で、アイリス》
《んだよぅ。言っとっけど、私じゃねーからなお兄ちゃん? 私は今回の件に、無関係なんよ?》
《わっ、びっくりした!》
《ごめんよー、新顔の幼女よ。怪しい者じゃないのよ?》
《お前も幼女だろう。そして怪しい。まあ、僕としてもアイリスを疑ってる訳じゃないよ》
そんな、当の神様にハルは早速連絡を取る。本人に聞くのが手っ取り早いだろう。
アイリスとハルは協力関係にあり、聞けば話せることは話してくれるはずだ。ただ、彼女の能力はもちろん彼女の企業秘密のようなものでもある。過度な期待はできないが。
《んあー、リコリスのやろーでも通じて、こっそりデータ抜かれたんかなー? それとも、スキルにバックドアでも仕込まれてたか。両方か》
《そんな甘いセキュリティ意識の君じゃないだろう?》
《そーなんだけどな? でも、私にとっても正直研究中の技術だかんな。ぶっちゃけ、どこまで隠せばいいかハッキリしてねーってゆーか》
《ふむ……》
その隙をついて得たデータを、アメジストが先に解析し実用化した。または、アイリスの研究から発想を得たアメジストが、別のアプローチにて実用化した。
そんなところだろうか? どちらにせよ、十分に考えられる話である。
《うっし。ふんじゃ、私の力をベースにして探っていくとすっか!》
《いいのかい?》
《おぅけぃなんさ。あん野郎はきっと、私の持ってない知識をなんか持ってる! それを手に入れられれば、私のお金ちゃんも更に次のステージへ羽ばたけるんよ!》
《それはそれで、また騒動の元になりそうで嫌だなぁ……》
《ありがとね! 舌っ足らずで滑舌よわよわの子!》
《おめーもリアルで喋ればたいがいだろーがー!》
《私はハッキリ発音できるもん! ちょっと、ゆっくり喋るだけだもん!》
そんな、(見かけ上は)小さな女の子二人の微笑ましいやり取りを横目に、ハルはついにアメジストの組み上げたシステムに介入を実行する。
ハルの本体と会話中の彼女の表示するゲージは、残り半分を切っている。
あのゲージが、全て埋まり切る前に、ハルたちはなんとかあの世界に対する突破口を見つけ、穴を開けねばならないのだった。
◇
《おーし、そいじゃーいくぞー》
《了解。いつでもいいよアイリス》
《ドキドキして来ちゃうね!》
《そだろー? きっとビックリすんぜお嬢ちゃん? ほいじゃ、決済システム、フルバースト!》
《いやバーストしちゃダメだろ》
アイリスの操る、ゲームに対し課金された資金のデータが慌ただしく動き始める。
今は、研究が捗るようにと売り上げの全てをアイリスの権限の中に移していた。もちろん、不正利用できないように厳重な縛りを設けてだが。
そんな、本来『色』のついていないはずのお金のデータ。だがそれには、実はお金に関わった人間の想いが呪縛のように絡みついている。らしい。
これは、なにもオカルトめいた話ではない。恐らくは、先ほどまでハルとヨイヤミが話していた『残留思念』に関わるデータの残滓だと推測された。
そんな、ある意味で現代に形を得た金への妄念、執念。それを動かすことで、本当に魔力を生み出してしまうのがアイリスの力だった。
《おー、来てる、来てるのよさー。うーん、体に悪そ。こんな膨大な怨念を口座にぶち込まれた人間は、いったいどーなっちゃうんだろな?》
《別にどうにもならないでしょ……》
《なにそれ? 『お金を得ると不幸になる』の、科学的証明?》
《いんや? むしろ真逆だわね、お嬢ちゃん。こんだけ怨念たっぷりのお金を一か所に集めても、なーんにも起こりやしない。結局お金は、使い方次第なんよ》
《アイリスのくせにマトモな事を……》
《私はいつだってマトモなのよ!?》
結局、お金には色はない。アイリスはそう割り切るが、これだけ絡みついた残留思念を目の当たりにすると、ハルであっても迷信を信じてしまいそうになる気分だ。
特に現代では、ほぼ全ての決済がネット経由。お金を支払う際に、この怨念めいたデータを動かす個人が必ず存在する。
その人物が、何かしらこのデータの渦から、意識に影響を受けないとは言い切れないのではなかろうか?
《ちなみに、今はなんの処理をやってるのアイリス? ずいぶんと大きな額を動かしてるみたいだけど》
《んー? これはな、優勝賞金の支払い処理。こんな時の為に、引っ張っといてよかったのよ》
《ケイオスか……》
《うーん! この邪悪なオーラを口座に送り込まれる人には、ちょっとだけ同情しちゃうね!》
《そのネガティブマインドを振り払った先に、お金持ちへの道は開けるんさ!》
《がんばるぞ!》
《……ヨイヤミちゃんに変な商売とか教えないようにね?》
莫大な優勝賞金を勝ち取ったケイオスの元に、膨大な怨念と共に入金が実行される。知らぬが仏、本人は無邪気に喜んでいることだろう。
その巨額の資金移動によって、『お金の魔力』が発生、アイリスの手元に成果として送り届けられた。
これが、アイリスが研究中の能力であり、彼女が他五人と共にゲームへ参加を決めた理由。
巨額の課金が動くゲームを運営すれば、効率よくこの謎の力について調べられると彼女は踏んだ訳だ。
《で、結局解析は進んだの?》
《んー、ビミョー。いや、進んだかと聞かれたら、もうこれ以上ないほど進んだんよ?》
《というと、『分からないことが分かった』?》
《悔しいけどなー。エーテルネットの仕様を、多方面から調べ尽くしたんけどな? 結局なんで魔力が出んのか分からずじまいよさ》
《未知のピースがあるってことか》
《そうなー》
元々、エーテルネットワークの管理、それを補佐する為のAIであった彼女だ。そのアイリスが『分からない』と言っているのだから、本当に現状では原因の発見は不可能なのだろう。
それは、こうして改めて処理を行ってみても同じこと。アイリスから詳細な能力の仕組みを共有してもらっているハルもまた、魔力発生の要因について答えを得ることはできなかった。
《ねえねえ! じゃあさ、やっぱりアレじゃないハルお兄さん! ほら、石の内部構造のやつ!》
《そうだね。アメジストだけが持つ優位点というと、やっぱりそこかな》
《んぁー? んー、これな。『原初ネット』ってやつな。これと組み合わせることで、なんか上手いことして、どーにかこーにかなると》
《あはは、ぜんぜん分かってなさそー!》
《舐めんな幼女! 私が天才的に解き明かして、目ん玉ひんむかせてやっからな!》
《よーし! 負けないぞー!》
そうして、どーにかこーにかした先に、魔力の発生原因と、結果の発動先がまるきり異なる秘密のシステムが生まれる訳だ。
どちらか片方をどれだけ調査しても、決してその秘密が明かされることはない。
その鍵となるのはやはり、あの黒い石のデータから得られた、エネルギーを別次元から取り出す謎のネットワーク構造だろう。
アイリスとヨイヤミ、そして当然ハルも、今度は原初ネットも絡めて資金データを動かしていく。
その際、間違っても資金そのものを無限ループの中に落とし込まないように細心の注意を払わねばならない。
現代ではほぼ起こりえない決済エラーだ。そんなものを発生させれば、大元のルナの会社が行政に睨まれることになる。
そんな慎重な、そして時間制限に追われた迅速な作業の結果、ハルたちはついに、アメジストの作り出す扉、その穴となりえる抜け道を発見したのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




