第1184話 見えない扉の開き方
さて、ヨイヤミとアメジストが最悪の邂逅を、互いにとっては最高の接触を果たしたことは分かった。
しかしそれは今までも予想自体は出来ていたこと。重要なのは、彼女らが何を望み、互いの力をどう利用し合ったかだ。
《それで、君たちはどうしてこんなゲームを? まあ、アメジストの考えはヨイヤミちゃんに聞いても分からないかも知れないけど》
《うーん。私の方も、正直そんな大それた計画があった訳じゃないっていうかぁ。『とにかく何でもやってみよう!』、って感じで、良さげな案に飛びついたっていうかぁ》
《しっかりしてるように見えても、ヨイヤミちゃんもまだまだ子供だね》
《むぅ! データの断片を見つけた時は、『これは私にしか出来ないプランだ!』って思い込んじゃったんだもん! 運命を感じちゃったんだもん!》
まあ、それは無理もない。実際に、ヨイヤミにしか出来ないことだったに違いない。
ネットの深層を漂流するデータの断片。その中に荒唐無稽としか思えぬ夢物語のプランが紛れ込んでいた。
それを偶然拾い上げてしまったヨイヤミは、その偶然を自分にとって意味のある必然だと、自分の使命であると思い込んでしまったのだ。
これは、幼少期特有の視野の狭さか、はたまたアメジストによる、彼女を狙い撃ちにした巧みな罠であったのだろうか。
《それにもし、このプランが実現したら、きっと事は学園の中だけでは収まらない。話はすぐに外部にも伝わって、問題になって、学園が大変になって、結果的に、私の居る病棟にもメスが入ったりしないかなぁ~、ってね?》
《穴だらけのプランなのに、ほぼ狙い通りになっているのが恐ろしい……》
《えへへ。完全に予想外だったのが、ハルお兄さんの存在なんだよ? 結果的に、良かったんだけど。うん》
あくまで、ヨイヤミとしては学園に騒動を起こし、あの黒い石をはじめとする学園の暗部にメスを入れさせることが狙いだった。
つまり、彼女にとってこのゲームそのものには興味がないことになる。
ならば当然、ゲームとしての体裁を整えたのはアメジスト。まあ、これは今さら改めて確認するまでもない事実であろう。
《その、君が見つけた断片とやら、今もデータとして残ってる?》
《うん。あるよー。はい、ハルお兄さん。所々欠けてる上に、めっちゃ読みにくいから気を付けてね?》
《任せてよ。ことデータの扱いに関して僕は……、うわ、めっちゃ読みにくっ……》
《あっははー。でしょー?》
例えるならば、かすれて文字の消えかかったレポートの束。しかも、その内容も難解な論文のような形式となっており読みやすさを考慮していない。
そんな二重苦の資料には、例の黒い石からエネルギーを取り出す特殊構造、つまり『原初ネット』の構築法についてが記されていた。
《……こんなの、よく理解できたねヨイヤミちゃん》
《えっへん。そこらのガキと一緒にしちゃいけないよハルお兄さん! 例の石関連ってのもあったけど、ぶっちゃけ難しすぎたからパズルで遊ぶ感覚だった。えへ。正直、言ってることはよく分かってなーい》
彼女にとっては、暗号があったのでとりあえず解読して遊んでみた、といった程度のことだったのか。褒めていいやら、呆れていいやら。
そんな、重要情報をネットの深淵から偶然拾い上げたヨイヤミは、その邂逅の希少性を、天啓のように感じてしまったのであろう。
自分にはこのレポートを形にする力があり、それを実現することこそ自らの使命。そう思い込んでしまった。
無理もない。自分は特別な存在で、これは特別な出会いであると、彼女の歳ならば錯覚しがちだ。
いや、実際、力も出会いも本当に特別そのものなのだから。
《それで、その後君はアメジストと接触した?》
《うん。彼女の頼みで、学校の怪談として噂を広めて行ったんだよ。噂そのものには、実は意味はないんだって。ゲーム開催を自然にする為の下地にちょうどいいって。同じ題材を話題にしていれば、ゲスいお金儲けの話でもいいんだってさー》
《ゲスいって……》
そんな下衆な噂をばら撒く媒介人にヨイヤミがならずに済んでよかった。学校の怪奇現象なら、まだ可愛げがあるというもの。
《そうして、同じ噂話をする人たちの意識の流れにこっそり穴を開けさせてもらいまして? ネットの深部で仮想的な噂コミュニティを作ったんだよ。もちろん、参加している自覚もコミュニティとしての実体もない。でも、特殊な回路としての力だけは生まれる!》
《器用な子だ……》
《だから、これは私にしか出来ないお仕事だったんだよねぇ~》
自慢気に胸をそらす小さな彼女の姿がイメージとして伝わってくるが、そこにハルは少々違和感を抱く。
今の話、何かおかしい気がする。しかし、その違和感を確認する前に、ヨイヤミの話は続き、ハルの疑問は脳の後ろの方へと追いやられてしまった。
《あとは、回路にプログラムをぶち込んでやるだけ! 座標データと、妙な儀式の手順! 特定の座標と、儀式を行った人物が両方重なれば、その位置にゲートを開くのだ! 片方だけじゃダメ、何も起きないの!》
《なるほどね。だから、ぽてとちゃんの学校なんかではただのごっこ遊びで終わったのか》
《だーれ? その子も、座標の設定がされてれば引きずり込まれたかもね?》
肝の冷える話だ。この学園内だから秘密裏に話は進んだが、もし必要条件が儀式だけだったらどうなっていたことか。
きっと今ごろ、世の学校では行方不明騒ぎで大変だっただろう。
《そんな感じで、私の大活躍でログインルームのシステムは完成したんだー。でも、派手にやりすぎてハルお兄さんに見つかっちゃった! 私なら絶対に見つかることなんてないと思ってたのになー》
《確かに、僕が居なければ完全犯罪だったかな。まあ、残念だったね》
《んーん! よかった!》
彼女にとって、上手く転がってくれたようでハルとしても何よりだ。
しかし、やはり気になる事がある。この資料と彼女の仕事の中には、魔力についての情報が一切存在しない。
確かに画期的なシステムではあるのだろうが、現状この情報だけでは、事の全容を解き明かすことは不可能なままなのだった。
◇
《……ヨイヤミちゃん、ログインの時に、ゲートを開くエネルギーについては何か聞いてる?》
《んっ? だから、それがモノリスのエネルギーなんでしょ? 狙った場所に、どこでもびびび~って発射できる!》
《それなんだけどね。今聞いたシステムだと、ゲートを開くエネルギーは恐らく発生しない》
《えーっ! そうなの!? 聞いてない!》
《うん。まあ、言ってないのかもね、アメジストのことだし……》
神様はすぐそういうことをする。嘘はつけないが、思わせぶりなことを言うだけならセーフなのだ。『勘違いした相手が悪い』理論である。
《それに、仕組みを聞いてもやっぱり分からない。特殊な構造とはいえ、このシステムは結局エーテルネットワーク内に走るプログラムだ》
《うん。うん?》
人の意識を繋げて、特殊な力を引き出す。それは言ってしまえば、エーテルネット内で日常的に起こっている現象と変わらないとも言える。
入れ子構造の仮想化構造として異質であれど、その仕様は親の構造に縛られるのだ。
《つまり、ネットの無い学園で起こった儀式を察知する力が無いってこと》
《おー。……おお?》
確かに、本体がネット上にあり、エネルギーを外部から供給する機構は実現可能だ。
しかし、そのエネルギーを送る際の命令を、内部からは飛ばすことが出来ない。扉の前にスイッチも監視カメラもなければ、コントロールルームは開閉信号を出す判断が取りようがない。
《でも、私はネットなくても誰が何処に居るか分かるよ?》
《それはヨイヤミちゃんの力あってのことで……、いや、なるほど……》
《なんか閃いたんだねお兄さん! さっすが! よく分からないけど!》
ここで、先ほどハルが抱いた違和感についてもハッキリした。アメジストがなぜ、ヨイヤミに噂を広める仕事を依頼したかだ。
先ほどの話を聞いていて、『ヨイヤミでなくても可能な仕事だったのではないか?』、と疑問が出る仕様だった。
本来、そのくらいの小細工程度なら彼女が自分で出来るだろう。もちろん、ハルに発見されるリスクを避けたという事もあるだろうが。
しかし、そうした隠蔽工作以外の所で、ヨイヤミの力、超能力が必要だった。そう考えれば辻褄が合う。
《君の特殊な力、離れた人間の体に侵入する能力だね。その機能が、システムに反映されているとすれば、ネットの無い学園内で扉を開ける説明もつく》
《えっ!? 私そんな機能つけてないよ!?》
《うん。アメジストが勝手にやったんだろう》
彼女の専門は超能力、それを魔法に落とし込んだ『スキルシステム』だ。
ヨイヤミとの協力関係の中で、その力を解析しスキルとして利用できる環境を作り上げたとしても、不思議な事ではなかった。
《だんだん分かってきた。なら、ヨイヤミちゃんの力を使っているという前提で、データを解析すれば……》
《おお! あの子の秘密が分るってことだね! はいはい! それ私も協力するする! 私の体も、自由に見ちゃっていいよお兄さん!》
《……言い方に気を付けなさい。頼むから》
噂について語り合う若者たちの意識を鍵として、ネットを介さず他者の位置を把握するヨイヤミの力を監視カメラとする。
ならばあと必要なピースは、扉を開くための動力だ。その正体も、魔力であると判明している。
その魔力をどうやって発生させているのか、ずっとその謎が分らなかったハルたち。当初は、謎の儀式の手順を踏めば魔力が生まれるのかとも考えた。
だが、今の話を聞いていて思いついたことがある。アメジストとヨイヤミの話で出た『ゲスいお金儲け』の話。
彼女は、この話がハルに伝わるとは考えず、ぽろっと零してしまっただけなのだろう。事実、ヨイヤミにはこれだけで分かるはずもない。
しかし、ハルにはそこから読み取れる一つの事実がある。
お金儲けで魔力を発生させる術を持っている、守銭奴の神様、アイリスの存在であった。




