第1181話 紫水晶の神
《プレイヤーの皆さまにお知らせいたします。ただいま、勢力値のポイント数が特定の値に到達したプレイヤーが誕生いたしました。これにより、本シーズンの開催期間は終了となります。全ての戦闘行動は強制終了され、今後、新たに戦闘を行うことは出来なくなります。ご了承ください》
落ち着いていながらも、少し高めの女性の声。それが、ゲーム内に居る全てのプレイヤーの脳内に直接響く。
これが恐らく、アメジストの声なのだろう。ようやくたどり着いた相手、そんな彼女からのアナウンスに、まず言うことがあるとすれば。
「シーズン制だったの?」
「じゃあ第二シーズンもあるんだね!」
「……お前たち、気にするところはそこなのか?」
ゲームが始まって以来初めてとなる運営からのアナウンス。それに対するハルたちの反応が、まずシーズン制であったことにソウシからツッコミが入ってしまう。
だがこれは、仕方のないことなのだ。ハルたちは、運営者の裏側をある程度知っている。コンタクトを取ってきたことに多少の驚きはあるが、一切の事情を知らぬソウシ程ではない。
それに、シーズン制であるというのが少々問題だということもある。
ここで終わりにはならないのであれば、続いて開催される次のシーズンとやらにも、ハルは対処をせねばならないからだ。
まあ、クリアすればそこで大人しく終わるなどとは、別にハルも大して期待はしていなかったが。
《該当のプレイヤーにはこれより、ポイント特典の付与を行います。付与式典の終了後、当ゲームは長時間のメンテナンス作業に入らせていただきます。対象外のプレイヤー各人は、速やかなログアウト処理をお願いしたします》
「だってさ、ソウシ君。ログアウトしないと」
「何かイベントがあるのだろう? それが終わってからでも遅くはない」
「《本当にそうかな~? メンテ開始まで残ってたら、ログアウト出来なくなっちゃうかもよー。閉じ込められちゃうかもよー?》」
「そう思うならば、君から手始めにログアウトしたらどうなんだ?」
「《私はハルお兄さんと一緒じゃなきゃダメなんだもーん。一人じゃ帰れないもーん》」
「ああ言えばこう言う……」
割と子供には甘いソウシであった。まあ、それはさておき、確かに内部に残ろうとするプレイヤーが他にも居れば問題だ。
ハルはヨイヤミに、ゲーム内にまだ残っている生徒が居ないか、その調査をお願いする。
「……どう? ヨイヤミちゃん?」
「《んー。大丈夫っぽい。そっちのお兄さんの部下は、既にあらかた倒してるし。無関係の人らも何人か居るけど、アナウンス聞いてログアウトし始めてるよ》」
「そっか。大丈夫そうだね、ありがとう」
「本当に、全てのマップが参照できるのか……? なんてスキルだ……」
「《ふっふーん。もっと褒めていいよ~~》」
ヨイヤミ本人の力であるので、ゲーム内のスキルではないのだが、まあソウシはゲーム初心者らしいので気付かれることはないだろう。
慣れた者なら、この力がどれだけ『ぶっ壊れ』、つまりはバランス崩壊スキルだと気付こうというもの。どんなコストを払っても得られそうもない。
そんなヨイヤミのチートによって、一人、また一人とプレイヤーたちがログアウトしていくのが確認される。
愛着ある自分の世界に名残を惜しむ者も居たようだが、アメジストの言ったようにもうあらゆる操作を受け付けなくなったと分かると、彼らも渋々この地を去って行った。
「《んー。うん。あとは、残ってるのは私たちだけみたいだね》」
「となると後は、授与式とやらを待つだけか」
「どうなるのでしょうか? ハルさん、何か特別にお知らせなどは来ているのですか?」
「いいや。特にないねシルフィー。そうだ。ここで僕が、おもむろにログアウトして逃げたら世界がどうなるのか興味が出て来たね」
「や、やめましょうよ、そんないたずらは……」
まあ、興味があるのは本当だが、実際にやったりなどしない。
ハルとてずっと追い求めてきたアメジストとの接触機会だ。それを一時の悪戯心でふいにするのは馬鹿げている。
そんなハルたちが、期待と、少々の緊張と共に待機していると、ついに周囲に異変が発生しはじめた。
見渡す限りの草原、ハルの世界であったこの周囲の一画、皆の視線の先に土地の浸食現象が発生する。
接する国が何処にもないというのに、その場は次第に足元がほとんど全て、輝く紫水晶の大地となり変質を遂げていった。
空もそこだけが穏やかな昼の日差しを遮り、月光がおぼろげに輝く霧掛かった夜に塗りつぶされる。これが、紫水晶の世界なのだろう。
その輝く月を割り開いて現れるように、上空に、ソウシの作っていたようなワープゲートが少しずつ口を開けていったのだった。
◇
「ごきげんよう。お初にお目にかかります、ハル様。わたくし、アメジストと申しますわ」
「やあ、ようやく会えたねアメジスト。ずっと、探していたんだ」
「まぁ。熱烈ですこと。光栄ですわ?」
現れたのは、紫の髪のお嬢様。フリルの多い、いわゆる『ゴスロリ』系の衣装に身を包んだ少女であった。
少女、というよりも子供と言ってしまった方がいいか。コスモスであったり、ヨイヤミなどと近い年齢の見た目である。
とはいえ、相手は神様だ。見た目の年齢など、特に大きな意味を持つ情報とはなりえない。
「……こいつが主催者? 知り合いか、ハル?」
「まあね。直接会うのは、初めてだけど」
「そちらの方々も、ごきげんよう。しかし、既にアナウンスいたしましたように、達成者以外のプレイヤーは出来れば速やかに退出をお願いしたいのですけれど?」
「大目に見ろ。当事者だ。なに、口は挟まんよ」
ソウシは邪魔をしないことを態度で示すように、その場を数歩後ろに下がる。そこは敗者として、割り切っているようだ。
シルフィードもあたふたとソウシに続き、そんな様子にアメジストは興味を失ったように目線をハルへと戻した。
なんだろうか、神様としては少々珍しく、日本人相手にもへりくだらないタイプのようである。
「ハル様、よろしいので?」
「まあ別に。彼らに関しては、僕が責任を持つよ」
そして意外なのは、ここで機密の漏洩に関して配慮を見せるということだ。
こんなゲームを開催しているのだ、アメジストは、そうしたハル側の事情など何も気にしないタイプかと考えていた。
……いや、これで『話が通じそう』などと考えるのは早計だ。この少女が今まで、ずっと隠れてこの世界を運営し続けてきた事実は変わらない。
こうして今現れたのだって、彼女の中で何らかの準備が整ったからなのかも知れないのだから。
「いいでしょう。では、特典授与の儀式を行わせていただきます。ご存知かとは思いますが、説明させていただきますわ? 特典は、新たなログインルームの設置権。今後はお好きな場所から、こちらへとログインしていただけるようになりますよ」
「その好きな場所って、選択できる範囲はどの程度?」
「日本であれば、何処にでも」
「そりゃすごい」
本当に、『お好きな場所』であるようだ。彼女が指定した中からの選択などではなく、本気で選び放題。
極端な話、まったく人気のない山奥に入り口を作ってしまうことだって可能なのだろう。誰にも活用されないようにするには、それも良いかも知れない。
「それって、いつまでに決めればいいの?」
「いま、この場で決めていただきますわ。『道』の開通をもって、ファーストシーズンは無事終了となります」
「そうなんだ、それは困ったね。実は、ある人と約束をしていてね? 僕が勝ったら、権利をその人に譲るって契約なんだ」
「そうですか。では、その方の希望に沿いそうな位置を、指定すればいいのでは?」
「良く分からなくてね。聞いてきていい?」
「だめです。ここで決めてください。そんなの、家でいいじゃないですか」
「実はその人、これから没落して今の家を失う予定なんだ。新居の希望地を聞かないと」
「そんなの、ハル様が勝手に決めればいいじゃないですか。そもそも、そんな相手との契約を守る必要が?」
「僕は約束は守るタイプさ」
まあ、その約束も元々、このゲームを潰すつもりだったので、何の価値もない権利だけを渡そうという意地の悪い約束だったのだが。
しかし、随分と融通の利かないアメジストである。なんとしても、持ち帰らせたくないらしい。
ハルをそれだけ警戒しているのか、それとも、新たなログインルームを設置することに、何かしらの意味が存在するのか。
「……少しいいか? いったい何の話だ。お前は、誰かに権利を譲渡する約束を? それに、その相手が没落予定だと?」
「ああ。雷都征十郎って人なんだけどね。彼と少々、色々あって。知ってる?」
「当然知ってはいるが……」
よく状況が呑み込めないソウシのようである。彼には悪いが、詳細を説明している暇はない。機会があれば、後で語ってやるとしよう。
「それで、どうなさいますか、ハル様? わたくしとしてはそんな約束なんて忘れて、お自分の使いやすい位置への設置をお勧めしますけれど」
「おお、神様とは思えない発言……」
約束や契約を重視し、特に日本人相手の利益を優先する、そんな神様らしからぬ発言には妙な感動を覚えるハルである。
ある意味、己の存在意義に反する言動だ。色々なタイプの神様を見てきたが、ここまで人をないがしろにする発言はあまり聞かない。
ともかく、ルーム設置をしないことには話は進まないようだ。
ハルとしても、実際の所、雷都との約束にそこまで拘っている訳ではない。それに、ルーム設置の際に起こるだろう現象に相乗りすることで、この世界そのものにハッキングするのがハルの目的だ。
「まあいいか。それじゃあ、雷都邸の地下室でいいかな。いける?」
「もちろんですわ」
どうやら、エーテルネットの範囲外であろうともお構いなしのようだ。
さて、そんなアメジストの扱う能力の正体、決して見逃さぬように解き明かしてみせるとしよう。
ハルはエーテルに、意識を深く集中させていった。




