第1180話 敗北すれども王は王
そうこうしているうちにソウシの力の時間制限が過ぎ、強制的に戦闘状態が解除される。
ここから、彼の世界は数日間の操作不能デメリットを受けることとなり、もはやどうあがいても勝利の目はなくなった。
ハルもまた、シルフィードと行っていた世界の融合を解除すると、元の草原となった戦場で、二度目の敗北に打ちひしがれるソウシの元へと移動した。
何本もの細い傷が刻まれた大地は、既にその傷が癒えるように元の草原へと戻っていっている。接触面が多ければ、それだけ浸食のスピードも早い、よく見る光景だ。
「やあ、お疲れ様。なかなか惜しかったね」
「よく言う。気休めはやめろ! 今まで姿も現さず、圧勝だったではないか!」
「いや、ここまで侵攻してきたじゃないか。それに、別に僕が出て来たから楽になったかといえば、そんな事もない訳で……」
「ふんっ! どうだかな」
まあ、前回のソウシとの決戦ではハル自身が前線に立って派手に立ち回り、勝負の決め手となった。そう思われるのも無理はない。
ハルもまた、コストを度外視すれば、強引に空間能力を使用できる。その力を常に絡めて戦えば、ソウシは更に不利となっていたのも事実であった。
そんな、悔しそうにしつつも既にどこか吹っ切ったような爽やかな態度のソウシ。敗北は引きずらず、常に前を向き続けることを心がけているのだろうか。
大人である。ハルも見習いたいものだ。ただ、前向きなのはともかく敗北を許容するのは想定の時点でも拒否感があるハルだ。そんなだから、歳の割に子供なのかも知れない。
そんなハルの所に、実年齢的にも真に子供なヨイヤミもワープし戻って来る。彼女の探査能力には、今回も実に助けられた。
「《終わったー? お兄さんー? 言いつけ通りにやったよ私ー、褒めて褒めて? あー、でもー、どうせなら戦いで活躍したかった! 最後が裏方の地味作業だなんて!》」
「ごめんごめん。でも、ヨイヤミちゃんの活躍がなければ、こっちのお兄さんに逃げられてまた面倒なことになってかも。だから最大の功労者は間違いなく君だよ」
「その通りだ。誇ると良い。……しかし、またどう見ても生徒ではないな。病棟の子供を巻き込みすぎるのは、感心しないが」
「《あーっ! 違う違う! 間違ってるよ負けたお兄さん!》」
「負けたお兄さん……」
「《私はもう、退院したんだから! 今は、ハルお兄さんたちのおうちで暮らしてるの! 健康優良児なの!》」
「だったらもう学園に入って来るな! 余計に悪いわ!」
そんな愉快なヨイヤミがせがんでくるので、撫でて労ってやるハルだ。
ついでに、近くで戦っていたソフィーも駆け寄ってきて、ヨイヤミに合わせてかがみ込み低いハイタッチを交わしている。
そんな彼女らが、この先の展開についてを尋ねてきた。戦争が終わったので、ここで解散して帰宅、とはならないのは皆分かっている。
「ハルさんハルさん! こっからどうなるのかな? 前座は倒して、ここからが本番なんでしょ?」
「前座って言うな! ……本番というよりは、ゲームエンドなのではないか?」
「だと思うんだけど、この先何が起こるか、良く分かってなくて」
「ちぐはぐな奴め。いいだろう、教えてやる。おい、勢力値はいくつになった」
「ちょっと待ってね」
ハルは自国の勢力値を確認し、ソウシに伝えてやる。それを聞いたソウシはぽつりと、『まだ少々足りんな』、とつぶやき、怪訝な顔をする三人にため息をつきつつ説明してくれた。
「知らんのか。なぜ、クリア者はログインルームの設置権を得られると噂になっているのかを」
「そういえば、一次情報は誰が手に入れたんだろう」
「俺だ。他にも居たかも知れないが。システムメニューで確認できる勢力値の情報欄の最後に、膨大なポイントで解放されるボーナスがある」
「あっ、本当だ。今までこんなの無かったのに」
「今、俺から情報を伝え聞いたから、ロックが外れたのだろうな。……って待て! なぜこの中でメニューが開けているんだ!」
「おっと、しまった」
「《ハルお兄さんうかつー。倒したからって気を抜いちゃダメだぞー》」
「ごめんごめん」
本来、システムメニューはエーテルネットに接続した状況でなければ閲覧不可能だ。
その辺りの事情について、ソウシが非常に聞きたそうにしているが、ハルがその事を語ることはなかった。
勢力ごとに得ている情報に大きく差が出るゲームだ。ソウシも、そういう隠し要素があったのだろうと勝手に納得したようである。
「……まあいい。その必要値の膨大さから、このレベルの勢力となることが『クリア』にあたるのだろうと噂が広まった。実際、そこで終わりになるのかは俺も知らんな」
「なるほど」
まあ、ゲームによっては、最後の要素が解放されても特に何も起こらず、それまでと何も変わらぬゲームプレイが継続していくタイプもよくある。
普段あまりゲームをしないソウシは、その辺の感覚はよく分からないようだった。
「俺の配下の国はどうなっている? あれを全て吸収し終えれば、ポイントは届くのではないか?」
「残念なから、君への攻撃の肩代わりで、もうほとんど吸収済みさ」
「ほぉ。そちらの面でも、俺には後はなかったのだな」
「《使い捨てられちゃってかわいそー。仕返しが怖いよー?》」
「安心するといい、少女よ。ゲームを現実に持ち込むような奴を、俺は配下にしたりしない」
「えっ? 無理矢理従わせてたんじゃないんだ!」
「そうとも。むしろこんなゲームそのものよりも、この新たな人脈こそが得難い報酬といえよう。つまり、真の勝者は俺だということだ!」
「ポジティブだね! でも、ゲーム仲間が出来てよかったね!」
「ゲーム仲間ではない! 将来の為の人脈だ!」
まあ、ゲームで知り合った仲間と、現実でも思わぬ縁が出来て、なんてこともよくある話だ。
商売だったり恋愛だったり。時に予想外のルートから化学反応が起きたりする。
普段ゲームをやらないソウシにも、その楽しさの一端が伝わったなら何よりだ。本人はあくまで、部下と言ってきかないようだが。
「《なーんか、本人が一番リアルに持ち込みそー。あっちでもリーダー気取りでいたりして》」
「気取りではない。実際に俺がリーダーになる」
「……まあ、そこは君らの自由にすればいいさ」
「そうだね! 勘違いして、刺されるのも自由だよね!」
「この部外者たちをなんとかしてくれないか!?」
これも敗北者の定めである。ソウシには、受け入れなければならぬ義務があるのである。
「……そんなことより。必要ポイントはまだそこそこ遠いね。ソウシ君の国は併合するとして、それでも足りないか」
「《えーっ! ここから地道に国の拡張していくなんてやだよー! たいくつー!》」
駄々をこねるヨイヤミをあやしつつも、同感なハルである。ハルとしても、このまま流れでアメジストへと接触する心づもりでいた。
ここから、また何日もかけて地道に領土を広げて行きましょう、というのも少々展開としては間抜けである。
そんなハルたちに助け舟を出しにきてくれたのは、先ほどまで互いの世界を融合させていたシルフィードだった。
「では、私たちの世界をハルさんに譲渡してはどうでしょうか? それならば簡単に、大幅にポイントの増加が見込めると思いますが」
「……ようやく生徒の仲間が出たか」
「あっ、ども……、よろしくです……」
シルフィードにとっても、ソウシはルナなどと同様に格上の存在という認識なのだろう。なんだかんだ言って、リアルでも有力者なのは確かなようだ。
それはともかく、シルフィードの提案は渡りに船だ。広大な領地を持つ彼女の国を譲り受けられれば、目標までの進捗は一気に進む。
「えと、それで、ソウシさんの領地は……」
「ふんっ! 勝手に奪うといい!」
「いえ、ではなくてですね……、ハルさんと同盟を結んで、割譲を……」
「断る! 断固としてだ! 確かに俺は敗北したが、膝を屈して要求を飲むことをしたりはしない!」
「うわ! 面倒くさいひとだ!」
「《結果は同じなんだから、協力すればいいじゃーん。どーせ、ソウシお兄さんも何が起こるか見たいんでしょー?》」
「確かに、ログアウトしないでずっと残ってるよね」
「当たり前だ! せめて、重要情報を持ち帰らずしてなんとするか! 本当にただの負け犬になる!」
「まあいいけど、何見ても後悔しないようにね……」
正直なところ、事と次第によっては彼には発言制限をかけさせてもらう事もありえる。
ハルもなるべくそんな事をしたくはないが、世の混乱する事態になりそうならば、背に腹は代えられない。
そんな、ソウシにとっては恐ろしい結論はおくびにも出さずに、ハルは彼の残留を許容した。
一方既に、病棟の子供たちなどはもう逃げるようにログアウトしたようだ。短い付き合いながら、ハルのやり方が分かってきているようである。
「そんじゃ、さっさと浸食できるように領土に切れ込みいれていこっか!」
「……おい、何をする気、だっ!?」
「《おー、ソフィーお姉さん派手にやるぅー》」
方針が決まるや否や、ソフィーがソウシの世界に向けて思い切り大剣を振り下ろす。
得たばかりの次元を裂くその力にて、今度はソウシの国が逆に『ケーキの切れ込み』を入れられる番となってしまった。
切り分けられたその隙間から、ハルの世界が流れこむように浸食して行き、大地のヒビに染み込む水のように効率よく範囲を広げて行く。
そうして、面積に対して驚くほどの効率でもって、彼の国は無事に併合されていったのだった。
*
ソウシの世界を半ばまで浸食し終わった頃、ついに勢力値が閾値のラインを超えた。
その瞬間、『特に何も起こらないのではないか?』、という予想を大きく裏切って、世界にゲーム始まって以来初めての変化が起こる。
それは、このゲーム空間の全てに響き渡る、運営からのアナウンス。あらゆる要素が丸投げだったこのゲームで、初めて『説明』が成される瞬間だった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




