第118話 再びの神話対戦
「あいつ攻撃してくる様子が無いねハル君。……ちょっとずつ城のほうへ進んではいるけど」
「ガンガン攻めてくるセレステとは真逆だね。常に自分のステータスはチェックしておいて」
「わかった」
マゼンタの担当はプレイヤーキャラの体の設計だと、本人が幽体研究所で語っていた。
そこに介入し、状態異常のように攻撃を加えてこないとは限らない。
「うーん……、ボクから攻撃する必要あるかな? キミたちの攻撃じゃ弱すぎて、ボクにダメージを与えられてない。頼みのカナリーはノーコンだしね。だからボクは攻撃なんて面倒なコトしなくても、このまま歩いて行けば勝ちなんじゃない?」
「黒光波動!」
「ダメージ出てんじゃん」
「……この程度のダメージ、食らったうちに入らないよ。キミたちだって1とか2のダメージなんて気にしないだろ?」
「うわ強がってる強がってる」
ユキとマゼンタで煽り合う。しかし彼の言う事も一理ある。AR表示を見ても、敵のHPを確認する事が適わない。
極めて大きい、ということしか分からない、ボスキャラ特有の体力隠しだ。
使われた魔力は赤チームの保有する全て。単純に考えて赤チーム全てを吹き飛ばすレベルの攻撃を加えなければ、彼の体は消し去れない事になる。
なまくらな剣を片手に、城壁を崩そうとやっきになっている新兵を見ても脅威とは感じない。そういうことだろう。
「ダメージさえ通れば倒せる、というのはキミたちが好きな奴だね。でも実際それは時間的な制限を考慮しないで良い時だけの話であって」
「黒光波動!」
「ってうわぁ! ……おしゃべりくらいしようよー」
「時間制限を語りながら時間稼ぎをするな!」
マゼンタは喋りながらも、そしてハル達の攻撃をかわしながらも、城へ向かう足を止めない。
見た目はゆっくりとした歩みだが、実際に移動に使っているのは飛行だ。思いのほかそのスピードは速い。
次々と飛んでくるカナリーの神剣の光を器用に避けながら、そして時にはその身で受けダメージを負いながらも、歩みは止めない。
思うに、時間制限があるのは彼も同じなのではなかろうか。使った魔力は膨大だが、その大半は肉体の維持費に消えており、この瞬間もどんどんHPは減っている、という事も考えられる。
積極的に攻撃してこないのは、魔力の無駄遣いによる制限時間の低減を憂慮しているのだ。
……楽観的に考えすぎだろうか?
「でりゃあぁ! ……やっぱ効いてない!」
「減衰されてるだけで効いてない訳じゃない! 攻め続けろユキ!」
「でも気持ちよくないー!」
「それは分かる!」
ユキも<分裂>して四方八方から次々に襲い掛かるが、マゼンタの体表を覆う力場に阻まれて上手く攻撃が通らない。
ゲーム的に嫌な相手だ。例え敵の攻撃が激しくても、こちらの攻撃も大ダメージが通る殴り合いの方がプレイヤーとしては気分が良い。
セレステのような相手の方がユキは好きだろう。彼女は彼女で、こちらの攻撃が命中するとは限らないが。
次々と飛んでくるカナリーの神剣の白と、ハルの魔法の黒が交差し、激しく輝きを放つ。
その中に、城に設置されたマーズキャノンの砲撃も加わって、空中戦は混沌とした様相を呈して来た。
その光の奔流の中を、<分裂>したユキが四人、泳ぐように<飛行>して間を縫い、次々に打撃を加える。
やはりマゼンタが警戒しているのはカナリーの神剣。これだけは可能な限り直撃を避けている。
最初にやったような軌道への介入も、並走するように飛ぶユキが邪魔になっているのか、今は上手く使えないようで、時に大きく体を動かして回避に集中する。
「城は動かせるんでしょ? 飛んで逃げ回った方が良いんじゃないかな?」
「趣味じゃない!」
「ユキの趣味はともかく、カナリーの剣から逃げたいのは君の方なんじゃないか? このまま近づいて大丈夫かなっ!」
「憂鬱になること言わないでよー」
そう言いつつも、マーズキャノンの砲撃を捌きながら、尚も進む。
カナリーの神剣を回避した先に絶妙に配置された砲弾を避けきれず、まともに正面から当たったようだ。
ダメージは無いようだが、最初にやったように消滅させる時間は無いのか、受け流すように後ろへ逸らしていった。
動きが止まった所を、すかさずユキの拳とハルの魔法が襲う。
「近づけば、砲弾もカナちゃんの剣も更に正確になるよ! 避けきれるのかなぁ!」
「そこはまあ、神様ですので」
「はっ! 大した自身だ! 僕の魔法も避け切れてないのに! 空間断裂!」
「キミの魔法ってヤバイの多すぎない!? 基本避けられないように作ってるでしょ!」
セレステとの戦い以降、アイリと共に対神用に強力な魔法をいくつか考案してきた。
地球の科学技術を参考に、主に消費エネルギーの問題で机上の空論となっている兵器を魔法によって解決した物が多い。
威力では神剣に及ばないようだが、取り回しの容易さではこちらが上だ。
……危なすぎて、地上では使いにくい事が欠点だが。
「ところでっ! 最初の威勢はどうした! 黒光波動!」
「そうそう! 私らが死ぬんじゃなかったっけー? 歩いてるだけで殺せるのかなぁ~」
「クリスタルを壊せば、わざわざそんな手間を掛けなくて済むってだけなんだけど。うーん、仕方ない」
ここに来て、マゼンタが初めて攻撃の構えを取った。それを隙と見て飛び込んだユキの攻撃を受け流し、また一方で空間に干渉して衝撃を発生させたのか、はじき返す。
そしてハルに向け腕を突き出すと、手のひらを向けて宣言する。
「きちんと避けてねー? 本当に死なないでよー?」
直後、ハルに向け回避不能のエネルギーの奔流が、巨大な砲撃として放出された。
◇
赤いビーム砲のようなそのエネルギーは、ハルを飲み込むとそのまま彼方まで直進して行き、フィールドの果てへ着弾すると大爆発を起こした。
その振動は、中央部であるここまで空気を揺らして伝わって来る。
着弾地点のチームのプレイヤーは大丈夫だろうか。……方向的に自分の国、赤チームの方角なのだが良いのだろうか?
「……いや今の避けさせる気無いだろ。宣言して即、発射だし」
「うわ無傷。しかも吹き飛んでないし」
「全く悪びれないなこの神……」
のらりくらりと回避に専念していたのが嘘のような、凶悪な威力だった。
前回撃たれた儀式魔法も、城のマーズキャノンの最高出力も、比較対象としては天秤の対には軽すぎる威力。
今の攻撃を城へ撃たれたら、果たして本拠地のクリスタルは守りきれただろうか。
「ハル君、平気?」
「スーツが無ければ死んでたね」
「うんうん。キミなら耐え切ってくれると思ってたよ」
「いけしゃあしゃあと……」
ハルの作り出したパワードスーツ。その補助として使っている、環境固定の力場が功を奏した。
今のエネルギー、物体に着弾すると爆発を起こすようで、ハルの体まで届かないうちは、さほどの破壊力を発揮しないようだ。
ビームはハルを素通りし、無害なまま後逸して行った。
「今の攻撃、マーズキャノンと同じかな? ハル君どうだった?」
「お! 正解! 実はアレの設計はボクなんだよ」
「聞かれたの僕なんだけど? ……まあ、そうかとは思った。そりゃ砲撃を無効化できる訳だよね」
ユキの睨んだ通り、今の攻撃は魔法ではなかった。マーズキャノンと同じ、謎のエネルギーの塊。
ただし威力は桁違い。今までの遊んでいるような対応は、そのチャージ時間だったのだろうか。
「さてさて、いまの力はね、キミ達の攻撃を吸収して生み出されたエネルギーなんだ! つまり、ボクに攻撃を加えれば加えるほどアレは強化される」
「どこまで面倒くさい敵なのこの神様! 攻撃まで他人任せとかー!」
「……だから君にはもう攻撃を加えずに、道を開けろっての?」
「その通り!」
「それを使って、戦って勝とうとはしないんだね、あくまで」
「だってボクは怠け者の神様なんだ。知ってるでしょ?」
少しばかり、してやられた感がある。保持している兵器の威力を見せつけ、相手の対応を限定し、選択を迫る。
今まではハルがやる側だった行動を、逆に返された形だ。
バルコニーに立つカナリーも、今は斬撃を一時止めている。ハルの判断を待っていた。律儀な事だ。
「何度も言うようだけど、ボクは戦う事は本意じゃないんだよねぇ。道を塞がなければ、今のは撃たないよ?」
「赤のプレイヤーの指示が、本拠地の破壊を優先になってるのかな?」
「正解! あ、しまった。これ言って大丈夫だったかな……、まあ、説得材料の一環って事で、良しとしよう!」
「あー、だから進む事は止めないんだね。ハル君、城を外周に沿ってぐるぐるさせれば、面白い事になりそうだよ!」
「止めよう……、どちらもマヌケすぎる……」
目の前にニンジンをぶら下げられたロバ状態、もしくは滑車を延々と回すハムスターだろうか。
マゼンタの体がどのくらい持つのかは分からないが、イベント期間一杯まで持ったとしたら、残り半日ほどの間、フィールドの見た目が非常に残念な事になる。
見栄えをそこまで気にするハルでは無いが、流石にそれは避けたい。遅延は好きではないのだ。
「ユキ、悪いけど下がっててもらえる?」
「はーい。こいつ、殴ってても楽しくないし、任せた!」
見た目はあどけない少年なだけに、物騒極まりない発言だ。
攻撃の一部が吸収、いや変換され、敵の攻撃力となる。そんな状況はユキとしては抑圧された不満が溜まる一方なのだろう。<分裂>を解いて、素直に後ろへ下がって行く。
「えー、まだやるの? キミは防げても、あの大きなお城はそうは行かない。キミ達の最適解は、ボクを無視して赤チームの本拠地まで飛んで行くことだったんだよ」
「カナリーちゃんが居る。きっと彼女が防いでくれるさ」
ハルの言葉に答えるように、カナリーから神剣の光撃が再開される。
今度はマゼンタは無理に回避しないようだ。際どい軌道はダメージ覚悟で、力場で受けつつ受け流し前に出る。
いつの間にか、ずいぶんと城まで接近している。エネルギーのチャージと同時に、到達を早める事を優先した判断だろう。
HPがゼロになる前に、城にたどり着けば勝利だ。その算段が付いたのだろう。
「なら僕も、チャージの手伝いをしてあげるよ」
「攻撃してくるかいハル? キミの魔法は確かに強力だけど、カナリーのように力場を貫通してくる程じゃない。むしろ強い分、非常に吸収効率が良い攻撃、とも言えるんだよ?」
「一つ、気づいた事があってさ」
「なにかな? ボクのバリアの正体?」
「キミのセリフが長い時は、それはして欲しく無い事だ」
もっともらしい事を言って、相手に思考する暇を与え、判断を鈍らせる。
これで良いのか、間違っていないだろうか、そうした思考のループに陥らせる。非常に鬱陶しい。
何を言われようと、攻撃を吸収されようと、どの道やる事は変わらないのだ。
「ゲーマーのやる事なんて決まってる。敵は攻撃して、撃破する」
「だよねー。『保身』とか『安全策』なんてコマンド用意されても使わないって。私は『攻撃』、ハル君は『魔法』」
「友好とか、同盟ルートとかあると思うんだけどなぁ」
だがそれは今じゃない。戦場で向かい合った以上、もう手遅れだ。
……そもそも、一方的な降伏勧告のどこが友好なのか。
もはや会話は不要。スピードを上げ城に迫るマゼンタの足を止めるべく、カナリーの剣に合わせて魔法で進路を塞いで行く。
アイリへと連絡を送り、マーズキャノンでの砲撃も再開してもらう。
あれは完全にノーダメージで、全てエネルギーとして貯蓄されてしまうのだろうが、構わない。今は足を止めることが最優先だ。
その猛攻に、たまらずマゼンタの動きが止まる。
マーズキャノンはノーダメージなので、どれか攻撃を受けざるを得ない時はマゼンタはそれを選ぶ。
だが処理に時間がかかるらしく、受ける時はそこで一歩止まってしまう。
「吸収するというならそれも良い! どこまで防げるか見てやろう、陽電子砲!」
停止した彼の周囲の空間を包囲するように、<物質化>によって、生み出された瞬間にエネルギーを放出する物質、反物質を生成して行く。
すぐさま反応を始めたそれは一斉に破裂し、エネルギーの塊となってマゼンタを取り囲んだ。
爆縮の中心地となるよう計算されたマゼンタの体は、逃げ場無く全方位からその爆圧に晒される。
追い討ちをかけるように、カナリーの神剣がそこへ叩き込まれた。
「さらにもう一発! 陽電子砲!」
「えっぐ!」
動きを止めたマゼンタを仕留めるため、ハルとカナリーは最大火力での連撃で勝負をかける。