第1179話 ここに王手を宣言する
「《ほいっと》」
ソウシの空間断裂をテレポートで回避したソフィーが、続けざまの転移で至近距離まで迫る。
背後の空中に現れたソフィーが、その勢いのままに飛び蹴りを加えてくるのを、ソウシはなんとか反応しその手の剣で受け止めた。
「《……くっ、この力、空間圧縮ではないのか!》」
「《そんなことより挟み撃ち注意だよー》」
「《笑止! 振り返るまでもない!》」
「《おおっ》」
元居た位置へと置いて来た大剣が、その能力によりソフィーの転移した位置へと引き寄せられる。
それは自動的に間に立つソウシへの攻撃となるが、彼はそちらへは目もくれない。『振り向くまでもない』と言えば格好は良いが、まあ、直撃を甘んじて受けるというだけだ。
「《……そうだ。つい反応してしまったが、俺にはお前の攻撃に付き合っている暇などないのだ。例え何をしてこようともな!》」
このゲーム、プレイヤーに対する攻撃のダメージは全て支配する世界が肩代わりし、その衝撃も受け付けない。いわゆる常時のけぞり無効状態だ。
ならばソウシの言う通り、ソフィーが空間スキルに目覚めようが何をしようが無駄なこと。彼は再び、ハルの世界を引き裂きにかかる。
「いや、そうはいかないよソウシ君。気を付けた方が良い。プレイヤー無敵は、一つだけ例外があるからね」
「《そういうことっ!》」
構わず剣を振りかぶろうとしたソウシのその手を、ソフィーの剣が上から押さえる。
唯一の例外、それは、同じプレイヤーの肉体だ。システムの保護は両者に等価であり、平等に働く。ならば、攻撃に肉体動作の必要なソウシは、他者の身体によってそれを阻害されるというデメリットを抱えていた。
「他の生徒を拘束するような動きは禁じられるみたいだけど、ソフィーちゃんは体で押さえているだけだからね」
「《それは拘束と同義じゃあないかっ!》」
「見ようによっては、君の攻撃に抗っているだけだから」
「《都合の良い理屈をっ!》」
だがシステムがそう判定しているのだから仕方ない。掴みかかるような真似をしなければ、他者の行動を少し阻害する程度の動きは、特に問題とされないのだ。
その辺のバランス感覚には、ゲーマーであり天性の嗅覚を持つソフィーの方が当然秀でている。
ソウシは焦り、なんとか空間操作による大斬撃をくりだそうとするが、全てをソフィーの体術により制止させられてしまっていた。
「ワープで後方に逃げることも出来ないのは辛いねソウシ君。世界樹に迫るには、傷の最も先端から技を放たないといけないのだから」
「《解説は結構っ!!》」
そう、ソウシも自領内ならば好きにワープで移動が出来るが、ハルを倒すために前進に全てを賭けている今それも出来ない。
しかし前線にはソフィーが追いついてきてしまっており、次元跳躍を得た彼女の前に多少の位置変更など無駄。むしろ逆効果だ。
よってソウシは、武術の達人であるソフィーの体捌きを何とかかいくぐって、剣を振り下ろすモーションを完遂しなくてはならない。そんな、実にきついミッションを課せられているのであった。
「どうやら、このままタイムアップかな? ……まあ、僕もいささか、この状況は予想外だけれどね」
「《そんなことが許せるか! こんな、こんな、間抜けな結末がっ!》」
「あっ、言っちゃった……」
ハルも多少はそう思いつつも、彼の名誉のために口にしていなかったというのに。現状を認めてしまったソウシである。
先ほどまでの、王道を行く者の矜持、そしてそれを投げ捨ててでも勝利を求める、勇ましいまでの覚悟。
今はその全てに水を差されて、残ったのは同年代の可愛い女の子に弄ばれるという、少々情けない姿であった。
「《だがっ、しかしっ、であるならばっ!》」
「《おっ?》」
ソウシはそんな勝ち目のないソフィーとの押し引きに見切りをつけ、大きくたたらを踏むようにしながら、よろけつつも後ろに下がる。
それも格好のいい体勢ではなかったが、すぐさま持ち直し、構えを取り直す姿はなかなか堂に入っていた。
「ソフィーちゃん、追えそう?」
「《むむっ! んー、無理かも! 無敵の壁作られちゃった!》」
ソフィーもすぐに追撃しようと走るが、その足は見えない壁に阻まれる。
空間そのものを固定したという無敵の壁。その前には、いかに達人の体術といえど、刺し込む隙は存在しない。
「《テレポも無理だ! あの人、自分の周囲を完全に壁で囲んでるよ!》」
「《そうだ! 壁の中には飛ぶことは出来ない。そして、この一人分しかないスペースに押し入ることもな。最後にシステムが味方するのは、俺の方という訳だ》」
「個室にぎゅうぎゅう詰めに押し込むのは、『攻撃』と取られるわけか……」
「《地下鉄には乗れないね!》」
相手の自由を阻害する行動は許さないのだろう。ハルの満員電車もアメジスト敵には許されなさそうだ。
「《ぶ~~。ずるいぞー。無敵の盾でひきこもって、最強の矛で攻撃かー》」
「《五月蠅いぞ! 同時発動はコスト消費がかさむんだよ! そして、そこは邪魔だ。どいてもらおうか!》」
本命の斬撃を放つ前に、視界を通そうとソウシはソフィーへと露払いの空間断裂を刻みつける。
避けるのは簡単だ。今のソフィーならば、何の苦も無く転移で躱すだろう。
そんな邪魔な羽虫を払う程度の攻撃が、ソフィーの闘志にうっかり火をつけてしまった。
「《んー。やっぱ、コレは違うんだよね! これは無理矢理開いてるだけで、斬撃じゃないっていうか。やっぱ<次元斬撃>は、“こう”だもんね!》」
「《なんだとっ!!?》」
本日何度目か分からぬ、ソウシの驚愕の咆哮。しかし、今回ばかりはハルも仕方ないと彼には同情する。
迫りくる空間の裂け目に対し、ソフィーは逃げもせず手にした大剣をただ雑に振るった。
結果、そこに生まれたのは新たな亀裂。いや、ソウシの作り出した断裂を上書きするかのように、大剣の軌跡はそれを一刀のもとに切り捨てる。
断裂そのものが粉々に砕かれるかのように飛び散り、それどころか、ソウシを覆っていた空間固定の壁も、あっけなく粉砕され砕け散った。
「《うん! やっぱりこれだよね! これが、おなじみの<次元斬撃>だ!》」
「《馬鹿なっ!? 同じ能力!? いやしかし、なぜ俺の方が押し負ける! 世界全てを使って、能力を底上げしているんだぞ!》」
「《えっ? だって、私はその操った空間そのものを斬ってるんだし……》」
何を当然の事を言っているんだ? とでも言いたげなソフィーの、きょとん、とした表情に、さしものソウシも絶句するより他なくなる。
とはいえ実際、そう言うしかないのは事実。ソウシの力は空間の操作により切れ目を作ることであり、ソフィーの力はその空間自体を切断する能力なのだ。
正直、ハルにも詳細な理屈は分からない所があった。
「……さて。何にせよ、これでもう本当に、君に打つ手はなくなったかな?」
「《うん! ないね! よーしあとは、このままトドメをさしちゃうだけだぞー》」
まさに万事休す。もはやどのような策を弄しようと、ソウシに突破の手段はない。
残るは、時間切れまでこのまま待つか、彼の体に攻撃を叩き込むことを再開し、全ての領土を併合するかの、二つに一つなのだった。
◇
「《……結局、お前は一切姿を現さぬまま、俺は敗北した訳か》」
「悪いね。ただ今回は、そうする必要があってだね?」
「《そこで謝るな。それもまた、王の姿だろうが》」
「いや王道にあまり興味はないんだけどね?」
国家運営ゲームとはいえ、とくに為政者としてのスキルが必要になる部分はない。結局のところ、住民になる者が存在しないのだから。
まあ、ソウシのロールプレイに特に口を挟むつもりはハルにはない。今必要なのは、そんな敵のキングを前に『チェックメイト』の宣言をすること。
間違っても、ここで逃がすようなことがあってはならなかった。
「《仕方がない。再びの敗北も、甘んじて受け入れよう。領地も全てくれてやる。だが! 俺は必ずまた決起するぞ!》」
「……やっぱりそうなるのか」
実に、諦めの悪いソウシであった。ある意味潔いしその不屈の精神は賞賛に値するのだが、ここで逃げられては少々、いやかなり面倒だ。
「《止められはせん。俺は本拠地だけを、とある地点へと切り分け隠している。これから我が領地は数日間の機能停止に陥るが、その期間で探し出すことは不可能よ!》」
「まあ、だろうね。このゲーム、無駄に国同士の間が広いからねえ」
まるで広大な海の中から、頭一つだけ浮かび出た小島を見つけるようなもの。
ソウシが『隠した』というのならば、実際それを見つけ出すのは容易なことではないだろう。
「リベンジしたって、勝てる見込みはほぼゼロだよ? 次は、戦力差の開きは今以上だし」
「《開いたならまた縮めればいい! 俺は、ずっとそうやってきたのだからな!》」
「案外ハングリーな子だったんだねえ……」
ソウシの背景についても少々気になるハルではあるが、今回は彼に再起の目を残してやる訳にはいかない。
非常に申し訳ないが、ハルにとって彼は今回、前座に過ぎないのだから。
そんなソウシの希望を打ち砕くべく。ハルはある人物に通信を入れる。
この戦いで、ハル陣営に居ながらこれまで参戦してこなかった彼女に向けて。
「ヨイヤミちゃん。見つかった?」
「《見つけたよー。余裕余裕。むしろ終わるの遅くって、この趣味の悪い金ピカ玉座で座って待ってたくらいだもん!》」
「なるほど。でもそれなら、なんですぐに破壊して決着にしなかったのかな?」
「《……すみません嘘つきましたー。ギリギリでたった今、見つけましたー》」
「よろしい」
そう、通信の相手はヨイヤミ。彼女はハルたちとは別行動で、ずっとソウシの本拠地を探索していたのである。
「《馬鹿なっ! なぜ、玉座の位置がっ!》」
「《うーんとね。ソウシお兄さん、最初はここで指示だししてたんでしょ? 私には、それがバレバレで、位置が筒抜けなんだよ?》」
「《そ、そんなスキルが……》」
正確にはゲーム内のスキルではなく、ヨイヤミのリアルスキルとでもいうべき超能力なのだが、それを説明する必要はない。
こうして、ついに実力においても世界においても、完膚なきまでにソウシに王手をかけたハルたちなのだった。
ここに、学園を巻き込んだゲームの『本編』が終結したのである。




