第1178話 余裕も捨て威厳も捨てただ走る
「リコ、ナイスタイミング」
「《いぇーい。やっぱ出来る女ってのは、ここぞという時に活躍しちゃうもんじゃん?》」
ソウシが空間ごと世界を切り裂こうと剣を振り下ろしたその瞬間、彼の土地の先端を、リコが自分の物へと変換した。
ハルの世界に突き刺さった棘のようになっているソウシの土地。ソウシはその先端を、更に奥深く突き刺すようにして突き進んで来る。
その全てを切り裂く斬撃は、棘の先から放たれるようなイメージだ。リコは、その部分をピンポイントで変換し不発にさせた。
まるで、レーザー砲を放つために光を収束し、そのチャージがマックスになった瞬間に光の集まる砲塔を消し去ったように。彼の攻撃準備は全て無意味と消えた。
「《おのれ、空気の読めない奴っ! やられ役に過ぎない女がっ!》」
「《確かに前回はあっけなくやられちゃったけどねー。仕組みが分かったからには、おんなじミスはしないよん、ウチはっ》」
「《ならば新たなミスで滅ぶがいいっ!》」
妨害にめげず、ソウシは再び剣を掲げ刀身に力を集中させる。しかし、リコもそのタイムラグを黙って待っているほどお人よしではない。
自らの特殊ユニットであるヘリコプターの兵装、着弾場所の所有権を強引に書き換えるというレアスキルの再装填を完了。ソウシの剣に再びタイミングを合わせた。
「《食らえぃ!》」
「《同じことぉー!》」
二人のスキル発動がぴったりと重なり、ソウシが操る土地へとロケットランチャーが飛来する。
効果の発動は、リコの方が一瞬上回った。
「《はい無駄な努力ご苦労……、って、えええっ!?》」
「《馬鹿が! 俺も同じ轍を踏むことなどない!》」
しかし、今回はリコがソウシを止める結果は訪れない。ソウシの能力は問題なく発動し、ハルの世界に新たな楔を穿ち食い込ませる。
その新しい棘の数は六本。今度は、直進ではなく横方向に、まるで翼を広げるようにして走って行くのであった。
「僕の国にハチドリの地上絵でも描く気かい?」
「《はっ! それも一興だな! だが今は、不格好になろうとも前に進むのみ。次は、ここからお前に迫ってくれる!》」
「六択問題ってことか」
「《そうとも》」
愚直な直進では、リコにその起動を潰されてしまう。ならば、能力の始発点の狙いを絞らせなければいい。
単純で厄介な解決法だ、リコは次に止めるならば、その横に広がった六本の棘のどれかを選択しなくてはならなくなった。
いや、実際は六択どころではない。六分の一を正解しても、次はその横幅のうちどの部分から発射されるのか、そこまで当てなくてはならないのだから。
「《ハルさん。おまかせ》」
「ああ、了解。まず、奥側の四本は忘れていい。前列の二本にだけ意識を配っておいて」
そんな地獄の選択問題だが、ハルを相手に披露したのが運の尽きだったろう。
選択するのは、ソウシとて同じ。そしてその選択した瞬間に彼が発してしまう無意識のサインを、ハルの観察眼は決して見逃さないのだから。
まず最初に、六本のうち、ハル側から見て奥に位置する四本のラインは偽装だ。
恐らくソウシのスキル、あれは自分の世界の最も外側でなければ機能しない。
であるならば、より前列のラインが障害物となり邪魔となる後方のライン二本は、考える必要なし。この問題は、一本の直線上のどの位置を選ぶか。そこに単純化できるのだった。
そして後は、ソウシが選んだ位置を読み取るだけだ。視線の移動、重心の傾き、あえて意識を送らぬように避ける地点。ハルはそこから、ソウシの選択を読み取っていく。
「今の君から見て二時方向。棘の根元付近だ」
「《はいはーい。らじゃらじゃー》」
リコもまた、ヘリの機首から攻撃方向を割り出されぬように、ハルの示した位置へと狙いをつける。そして、再び両者のスキルが交差する。
ソウシの剣が輝き、彼の世界が新たな棘を生やそうとした瞬間。その根元を、リコが完璧なタイミングで刈り取った。
「《馬鹿なっ!!?》」
「《馬鹿はお前なんだよねぇー! 見たかぁ! こっちにはハルさんが付いてるって思い知ったっしょ!》」
「《お前が誇ることかぁ!》」
まあ、口伝ての情報だけで、的確な位置とタイミングに合わせられたリコの対応力も十分に賞賛に値するだろう。
実際、彼女の活躍は非常に大きい。二度、三度と前進を阻まれたソウシは、リコ登場前の位置より進めていない。
能力のタイムリミットがある彼にとって、この時間のロスは非常に焦る展開のはずだ。
そして、今後の進撃にも大きく陰りが見えている。リコの浸食を避けるためには、今のような工夫を確実に強いられる。
空間固定による絶対防御を行えばロケット弾は防げるが、それでは防御を捨てての前進による勢いは出せない。
だが、このまま防御せずに空間断裂の剣を潰され続ければ、リコ以外の攻撃がソウシに突き刺さり続ける。
現に今も、ソウシの姿を目視するのも難しいほどの飽和攻撃が雨あられと降り注いで行っていた。
「さて、どうするソウシ君。いくらダメージを後逸できるとはいえ、これだけの集中砲火に曝されれば限界はあるよ?」
「《かといって防御しちゃったら、能力の反動で自滅しちゃうじゃんね~~》」
「《…………くっ》」
進むも地獄、留まるも地獄。万事休すかと思われたソウシの決意は、前進。
あくまで勝利を信じて、仲間の土地が尽きるその前に、ハルの元へとたどり着く。その覚悟を決めたようだ。
降り注ぐ銃弾、炎、電撃に大剣。それら一切を気合で無視して、彼はまた輝く剣を振りかぶる。
「《おっと。無駄っしょ、無駄無駄。ハルさん、次はどこー?》」
「……いや、攻撃はいい。それより退避だリコ。また撃墜されるよ?」
「《げげっ!?》」
そのソウシの覚悟、ただのやけくそではない。リコが外すことに賭けての、やぶれかぶれの一撃ではなかった。確実な勝算をその瞳にハルは感じる。
となれば、次に起こることの予想もまた付くというもの。
そんなハルの予想の通りに、大地を削り取る剣閃が“一斉に”放たれた。
◇
巨大な斬撃の爪痕は、合計十本。それこそ本当に獣が爪で刻みつけるように、大地をひっかき切り裂いていく。
一本の剣が止められてしまうならば、複数本放てばいい。そんな単純明快で、力押しが過ぎる気持ちのいい解決法だった。
そんな爪痕に沿って、ソウシは手にした剣を放り投げる。空間操作の力も加わっているのか、高速で飛翔する剣は爪の先端部分へと突き刺さった。
その位置に向け、ソウシ本体も自領内ワープにて移動する。すかさず引き抜くと、すぐに構えなおしてスキルモーションへと入っていった。
「っ! まずいっ! みんな、集中してフォーカス合わせて! リコちんは逃げつつ、可能な限りロケットばら撒いて!」
「《逃げながらじゃ狙えないけど!?》」
「狙わなくていい! 偶然潰せたらラッキー!」
ソウシの狙いを察したユキから、仲間たちに檄が飛ぶ。堂々とした余裕の態度を捨て去ったソウシを、そのままにしておくのは危険。その直感がユキに走った。
王道を捨て、なりふり構わぬ獣と化したソウシには、もはや一切の節約の心は存在しない。
持てるリソースを全て振り絞り、自身のそれがゼロになる前に必ずハルを討つ。その不退転の決意と覚悟。
既にもう、先ほどまでの尊大な態度も台詞もかなぐり捨てて、必死なまでの無言でハルの待つ世界樹を目指して走る。
その勢いの前に、彼を狙っていた集中砲火の嵐も一瞬その狙いを失った。
「ふむ。圧倒的な攻撃は、むしろ防御も兼ねるってことか」
「……言ってる場合かしらハル? なんとかなさいな?」
「さすがにゾッくんも、ワープの速度には追いつけないのです!」
「このままだと、すぐにここまで到達しちゃいますねー? それだけ消費は激しいんでしょうけどー」
「そうだね。彼の力が先に尽きることに賭ける、のは、少々情けないか」
ハルの世界をズタズタに傷つけながら、王道の直進とは程遠いジグザグさでソウシは迫る。
既にその足跡は、世界樹の根元の中央工場地帯にまで迫っていた。
その爪痕の先端へと向けて、ソウシは再び剣を投擲する。
投げた剣が地面に刺さればその瞬間、またワープで移動し、引き抜き、そして切り刻む。
「だがそうはいかない。僕を相手に、そういったルーチンワークの成功は続かないって身をもって知ってるだろう?」
そんな、流れ作業のようなソウシの進軍に、水を差す魔の手がはいった。
「《な、なにっ!!?》」
投擲した剣を追いかけワープしようとしていたソウシが、予想していた未来を外され身体を硬直させる。
放たれた剣は自領の大地に刺さることなく、何故か空中で弾き飛ばされてハルの領土へと転がって行った。
「《何をしたっ!?》」
「切り札は、適切なタイミングで切らないとね?」
「《ブレスを反射した時の力か!》」
その通り、理解が早くて結構だ。今このゲーム内には、誰の世界であろうと区別することなく、大気にエーテルが満ちている。
そのエーテル操作の力によって、剣は空中で弾き飛ばされると、勢いを失って転がった。
「アルベルト」
「はっ! 確保します!」
その剣はソウシに回収されるよりも早く、アルベルトが工場の機械を使って持ち去ってしまう。
ハルの領土に入ってしまったためにワープでも追いつけず、ソウシは必殺の空間断裂を放つ為のユニットを失った。
「《持ち去ったところで、俺のユニットだ。再召喚すれば済むだけのこと……!》」
「《そ、う、はっ! いかないよっ!》」
「《ええいっ! 次から次にっ!》」
苛立つソウシに、逆に後ろから投擲される剣が一つ。追いついたソフィーの放った、超威力の一撃だ。
その剣を気合で受けながらも、彼は再びユニットの生成をし始める。さすがに一瞬でとはいかないようで、その時間的空白は彼の意識を一時、邪魔なソフィーへと向けさせた。
「《いいだろう。チョロチョロと鬱陶しくなってきた所だ。部外者にはここで、ご退出いただこう!》」
「《やれるもんなら!》」
「《やれるとも。君が今立っているのは、俺の国の土! そして我が国の中であれば、別に剣も必要ない!》」
ソウシがそう言って腕を振り払うと、その動作に合わせてソフィーの周囲の空間に切れ込みが入り始める。
その細かさの前には、一切の逃げ場無し。突進するソフィーは、そのまま断裂へと突っ込んでしまう。誰もがそう思った。
「《なにっ!!?》」
「《そればっかだねっ! あなたっ!》」
だが、その断裂はソフィーを飲み込むことはなかった。彼女はその範囲を越え、それどころか互いの間の空間全てを無視してソウシに迫る。
「《うんっ! できた! なんだか、やれるような気がしてたもんねっ!》」
空間跳躍能力。つまりはワープ。元祖<次元斬撃>のソフィーも、ついにこのゲームでもその力を得てしまった。その瞬間である。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




