第1177話 王道を阻む者達
ソウシの空間操作により、ハルの世界と面した国境が剣のように鋭く伸びる。
その剣に大きく切り裂かれたハルの世界は、まるでケーキに切り込みを入れるかのようにばっくりと深く断裂を走らせた。
そうして空いた隙間に、ソウシの国がすかさず食い込んでくる。断裂を埋めるように流れ込んだその国土は、楔を穿つかのように食いつき離さない。
「あらら。国が切り取られちゃったね」
「《どうだ。これぞまさに、『パイを奪う』というやつだな。お前の世界のシェアも、ゆくゆくはお前の独占技術さえも、こうして切り取り奪い去ってやる!》」
「ゲームで勝ったからってそんなに変わる? ゲームと現実を混同しない方が良いよ?」
「《ええい! 人を可哀そうな子扱いするな! お前だってわかっているだろう! このゲームが、いかに異質な存在か!》」
「それはまあね」
十分に承知している。だからこそ、こうして自らが頂点に立つことで事態を収めようとしているのだから。
異世界の力、そして黒い石の力。手にする者が出れば、確実にパワーバランスが崩れるだろう。たかがゲームの範囲で収まるものではない。
そんな勝利者の特典を得んがため、ソウシは切り取った領土を食らうように、つかつかと無遠慮に踏み込んでくる。
その自信たっぷりな様子は、王の行進を表しているのだろう。まさに、道は彼の前に出来る、そんな絵面を世界そのもので表現していた。
「《もう、チマチマと中央まで歩を刻んで行くのは止めだ。王道を往く者の道は直進! 進むと決めたのならば、下手な小細工など必要なかったのだ! お前はそこで、震えて待っているがいい》」
「僕が大人しく待っていると思うかい?」
「《ほお? 全力を出した俺に対し、何か出来るというのか? ならば見せてみるがいい!》」
「じゃあ、お言葉に甘えて。君たち、またやっちゃいなさい」
ハルは距離を取り避難した少年たちに、再び指示を飛ばす。先ほどと同様に、またソウシの進む先の土地を、子供たちへと譲渡した。
深い森が広がっていた風景が、一瞬で現代風の路地へと変わる。これにより、ソウシ同様にこの空間は子供たちの支配下に置かれ操作が可能になった。
「《……病棟の子供たちか。先ほどもお前たちの仕業だな? 大人の世界に首を突っ込んでくるんじゃない!》」
「《はっ! うるせー! あんただって学校いってる子供だろーが! ……で、なにすんのハル兄ちゃん? もう縮めても意味なくない?》」
「今度は逆に伸ばすんだよ。そうすれば、長い切り込み入れられても平気でしょ?」
「《やはり子供だな! 理解度が浅い!》」
「《うるせーってのー! そのガキにやられるんだ、みてやがれ!》」
普段は、空間を圧縮して瞬間移動に使っている彼らの能力。それを、逆に伸長させて距離を稼ぐ。
もし百倍に広げられれば、仮に百メートルの断裂を入れられても、実質的な被害は一メートルで済むことになる。
「《無駄なことだ! そのまま切り取ってやろう!》」
だが、その伸びて拡張された土地ごと、ソウシの剣は容赦なく切り裂いていく。
子供たちが拡げる方は慣れていないことを差し引いても、空間そのものを操る力同士の戦いではその効力は薄いようだった。
「おや。流石は空間能力」
「《だから無駄だと言っただろう? これが、ドラゴンのブレスであればお前の目論見通りに行っただろうがな》」
「さっきはそれでやられたしね」
「《黙っていろ!》」
そう、ドラゴンブレスの防御に使ったならば、狙い通り一メートルを焦がされただけで済んだだろう。
だが今のソウシの前では焼け石に水。思った以上に、反則じみた能力であるようだ。
「《そろそろ、通信越しではなく直接その姿を現したらどうだ? 手下任せでは、厳しくなってきただろう》」
「君のようにね」
「《黙っていろ!》」
打てば響くソウシで遊んでいるハルではあるが、実際状況は不利になっているのは間違いない。
しかし、ハルにはこの後にもアメジストの対処が控えている。今もその為の準備も並行して行っていた。その為の温存もしておきたい。
しかし、温存のしすぎで敗北してしまっては元も子もない。さて、そのバランスを、ハルはどう取っていくべきだろうか?
◇
「応じる必要なんかないよハル君! ここは、私らでなんとかしちゃる!」
「ユキ。じゃあ、お願いしようか」
「おうさ! 少年たちも強引に巻き込むよー」
「《おい、あのヤベーのに近付くのか!?》」
「近付かなきゃぶっ飛ばせないからねぇー」
「わたくしもやるのです!」
ここはハルが出る必要なしとばかりに、子供たちを乗せたユキの戦車がひた走る。戦車に道を開けた森の奥からは、ハリネズミのように体中に銃器を満載したアイリのゾッくんも続いて来た。
そんな二人と、強引に前線に連れ出された子供たちが、王の道を切り開いて進むソウシへと急速に接近。彼を射程に捉えていく。
「《ああくそ! 仕方ねぇ! 今度はアイツを焦がしてやんよ!》」
「わたくしもフルファイヤ! です!」
「よしよし全員撃ちまくれー! 敵に攻撃の暇を与えるなー!」
銃弾、砲弾、炎に音波。多種多様な攻撃の数々がソウシに突き刺さる。
……いや、実際に突き刺さることはない。攻撃の全ては国境を境目とした空中で、ぴたりとその動きを完全に停止した。
弾丸だけでなく、炎や音でさえも、あらゆる能力が運動を止める。空間固定による絶対防御は、今なお健在。圧倒的な防御性能をハルたちに見せつける。
「構うことはない、どんどん撃て撃てー!」
だが、そんな完全防御に阻まれようとも、ユキたちが攻撃の手を止めることはない。この攻撃は、ダメージを与えることが目的にあらず。
真の狙いは、こうしてソウシが防御に意識を割かねばならない状況を作り出すことだった。
「《チィッ! 鬱陶しい奴ら!》」
「どうやら、さすがに防御したままの状態で『王の剣』は使えないみたいだね」
「《このまま時間切れまでこうして粘るつもりか!》」
「その通り。手数だけは多いからね」
ついでとばかりに、一直線に食い込んだ彼の領地の周囲にシルフィードの森が集結していく。
その森はすぐに電気を葉から放出し、彼の世界に向けてまんべんなく浴びせかけていく。
極端に接触面積が増えたハルとソウシの世界の国境だ。その放電攻撃を全て防御しようとすれば、固定する空間の範囲もそれだけ増える。
更に、駄目押しとばかりに今まで戦力外であった人形兵たちもハルは投入。彼らの銃弾は他と比べれば豆鉄砲同然なれど、ソウシの気を散らすには十分な量だった。
「《そしてー! 後ろがお留守だー!》」
「《まだ来るか!》」
彼の王道を阻む刺客は国外だけではない。ソウシの世界、その背後からも、中央部から引き返してきたソフィーが迫る。
そして地中にはルナも、電源供給のケーブルを携えて並走していた。
ルナがケーブルをソフィーへと手渡すと、彼女は握る大剣にその電力を注入。首都の宮殿を崩壊させた威力の一撃を、今度は人間一人をターゲットに振りかぶった。
「《消、し、飛、べええええええ!!》」
「《少しは躊躇しろ! これだから部外者は! 程度が知れる!》」
「……いや、学園外の人間が皆その子みたいな訳じゃないからね?」
そんなソフィーの攻撃も、きっとソウシには届かない。しかし、またこれでソウシの侵攻を停止させることが出来る。誰もがそう思った。
だが、その予想は完全に裏切られる。ソフィーの投じた必殺の一撃は、途中で固定空間の壁に阻まれることなく、ソウシの元まで完全に到達したのだ。
大爆発を引き起こしたその一撃は、ソウシの世界のみに留まらず国境を越え、ハルの世界にまで爆風を届かせる。
どう見ても直撃。あまりにもあっけなく届いたこの結果に、多くの者が攻撃の手を止めた。
「《殺ったか!?》」
「殺るな殺るな。まあ、確実に直撃はしたようだけど……」
「まだだよ! やってない! 全員攻撃再開! 手を止めるなー!」
そんな中でも唯一、攻撃の手を緩めていなかったユキが、叫ぶように指示を飛ばす。
その言葉に我に返ったように全員が状況を把握しなおし、爆風の晴れつつある着弾地点を見ると、そこには未だ健在のソウシの姿があった。
いや、健在なのはおかしくない。このゲームでは、プレイヤー本人はシステムに保護され完全に無敵状態だからだ。
しかし、あのソフィーの必殺技をまともに食らえば、そのダメージで領地は削られ、立ち位置を維持していられないはずだった。
「《……有象無象の攻撃で、この道が阻めるものか! 王者は臆することなし!》」
爆風の奥から姿を現したソウシは、揺るがぬ姿勢で空間を操る剣を構える。
今もなおユキたちの攻撃が次々と突き刺さるが、そんな物は意にも介さないとばかりに全てを無視し剣を振り下ろす。
再び大地に刻まれる深い亀裂。そこに入り込んだ新たな領地を、ソウシは踏みしめ次の攻撃の為に堂々と進む。
「……ダメージを何処かに流したね。いや、何処かというより、誰かか」
「《その通りだ。俺の受けるダメージを、属国へと肩代わりさせた。これでもう、些末な茶々になど阻まれることなく、お前の元まで切り込んでやるぞ!》」
自国が負うはずのダメージを、属国に代わりに受けさせる。最初、スキルコストを肩代わりさせているのでは? と考えたハルの推測はあながち外れてはいなかったという訳だ。
飛んでくる砲撃、爆撃を気合で努めて無視しつつ、ソウシは一歩一歩その歩みを刻む。
優秀とはいえ普通の学生だ。こんな炎と雷と銃弾の雨に狙われ続けて、本心では身もすくむ思いだろう。効かないと分かっていても、なかなか動けるものではない。
震えそうになるその身を、逆に奮い立たせながら、ソウシは再び剣を構える。
そうしてまた彼の為の道を刻まんと振り下ろしたその剣に、余計な茶々を入れる者がまた追加で現れた。
「《おーっと、そこまでー。ウチのこと忘れてたっしょ?》」
「《本当に、お前たちは次から次へと!》」
彼の剣となる領地の先端。その切っ先部分に、上空から次々とロケット弾が降り注ぎ爆発する。
絶対防御を捨てたのが仇となった。リコのヘリによる能力により、着弾地点の支配権はリコの領地へと書き換えられる。
それにより、自領を操作しての攻撃は、対象を失い不発となって消えたのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




