第1176話 剣と進む王道
ユウキたち少年組の空間圧縮能力によって、見かけ上の距離がほぼゼロにまで詰められた。
それにより、飛び石のように点々と続いてたソウシの安全地帯は、まるで一直線に繋がったように見える。
しかし、それはまだあくまで見かけ上の話。実際は、土地の面積が変わった訳ではない。
「といっても、ソウシ君から見ればそれは分からない。次の瞬間にでも、本土と繋がってしまうように見えているはずさ」
そして、その焦りは行動を軽率にする。繋がってしまいそうならば、どうするか? 当然、新たな安全地帯を作り出して、そこに避難しようとするだろう。
「ユキ、アイリ。彼らが安置の外に出てきても、この瞬間だけは邪魔しないように」
「あいさー。釣り出した魚だ。最後はしっかり捕まえないとねぇ」
「次の安置を、作らせてあげるんですね!」
「そうとも」
だが、当然ただ作らせはしない。それではソウシたちの今までの侵攻の焼き直しだ。
彼らは、まるで『白線の上だけを渡って歩く小学生』のように、ハルたちの世界の中に安全地帯を敷いてきた。
だがこのままでは、白線が道路そのものに飲まれて『毒沼』と化してしまう。
……なぜ毒沼かといえば、白線の上を渡るための理由付けだ。白線を踏み出すと、毒沼に落ちて死ぬのでアウトなのである。今は余談であった。
「……そういえば、今の子供は白線を踏む遊びはするんだろうか?」
「なにかしら唐突に……、知らないわ……?」
「《男子たちはやってるよー。外のことは知らないけどねー。廊下ではしゃいじゃって、やんなっちゃう》」
「君たち、危険な薬品を運んでる時なんかは気を付けるんだよ?」
「《誰も居ない時にしかやんねーよ! なあ? ……ん? じゃあどこで見られたんだ?》」
どこからでもお見通しなのだ、ヨイヤミには。反則なので気にしてはいけない。
「まあ、それはともかく、彼らは自分の手で、『白線』を『毒沼』に変えてしまうことになる。次の瞬間にもね」
「《ってことは、ドラゴンだよねハルお兄さん? ブレスで地面を焦がして、そこを自国に変換するコンボ。それを利用する為に、男子たちに土地を圧縮させた。んー、でも、ブレスは前に吐くから、後ろの土地を焼かせるにはどうしたら?》」
「《なんだ、知らねーのか? 兄ちゃんには、反射能力があるんだもんな!》」
「いや、ないよ」
「《あはは。ばっかねー》」
「でも正解。炎を反射することにした」
「《やっぱあるんじゃん!》」
「結果的に反射するだけで、そんな便利な力じゃないってこと」
かつて自分の電撃等の攻撃を反射されたことが、ユウキは相当ショックであったようだ。
そんなユウキにやったように、今回も敵の力を逆に利用させてもらう。
彼らのコンビネーションを逆手に取り、圧縮され細まった少年の土地を一気に焦土にしてもらう事で、本土まで繋がる『道』を作るのだ。
そんなハルの計画を知らぬソウシたちは、追い立てられるように死地であるこちら側へと踏み出した。
ユキやアイリの操るユニットによる襲撃はなく、彼らにとっては都合の良すぎる状況。しかし、その違和感を気に掛ける余裕も今の彼らには存在しない。
水の魔法による防御もそこそこに、ドラゴンは新たな安全地帯を生み出さんと豪快にブレスを吐き出した。
「ここで僕も空間制御を行う」
「空間使い多すぎじゃねこの地域?」
「いいえユキさん。ハルさんこそ、最初の空間使いなのです!」
ソウシは覚えてただろうか? ハルもまた、空間操作の力を所持していることを。それによって、必殺の全範囲斬撃の隙間を縫うように、完全回避を決められてしまったことを。
その力は、このゲーム内のスキルにあらず。れっきとした科学力。
今はこのゲーム世界にも完全に満ちたエーテルの力も借りて、空間そのものと共に炎の進路は捻じ曲げられ真逆の後方へと反射する。
「接続完了」
反射され180°ねじ曲がったドラゴンブレスは、ハルのサポートを受けあり得ない距離を飛ぶ。効率よく一直線に、子供たちの圧縮した土地を駆けてその上を焼いていく。
この力は、圧縮した土地の上を通り抜ける物の通過は一瞬だ。それにより、疑似テレポートを実現する力なのだから。
そうして焼け焦げた範囲はごく細く狭いエリアに過ぎないが、ソウシの本国まで接続されてしまった事に変わりはない。
「そして、変換される」
果たして、その後方の異変に気付いた者はいただろうか? いたとしても、もう全ては手遅れ。
迅速なコンビネーションにより安全地帯を捻出することに頭がいっぱいの彼らは、流れるように動いたその手を止められない。
そうして、ソウシは自らの手で、本土との接続を果たしてしまったのだった。
◇
焦土が変換された瞬間、その反応は実に顕著だった。
見かけ上は何も起こらないかも知れないと思っていたハルだが、予想に反し反応は覿面。まるで空間そのものが震えるように、地鳴りのような轟音と振動がソウシの国からハルの所まで届いてくるのであった。
「おー、これが、能力が流れ込んだ音ですかー」
「そのようだね。空っぽの入れ物に、一気に水を流し込んだ圧力を感じる、ってとこかな?」
「《落ち着いてっけどさ兄ちゃん! これヤバくね!? ここに居ていいのかよ!》」
「ふむ? そうだね。ユキ、いったん距離を取って」
「あいさー、発進」
「《一旦って! また戻るってことかよ!?》」
「優秀だね。察しが良い子だ」
「《やめろー! 褒めてる場合かー!》」
残念ながら、子供たちの能力は優秀だ。ソウシに対抗する為に、まだ活躍する機会はありそうだとハルは考える。
考えるので、彼らを完全に安心できる距離まで避難させてやることはしないのだった。
そんな、世界そのものが振動するような地響きが収まると、その後は打って変わり静寂が訪れる。
大地震でもあったかに見えたソウシの世界だが、内部は平穏そのもの。ハルの世界から見えるファンタジー様式の街並みも、特に崩れた様子なく健在のままだ。
……いや、一部崩れてはいるが、あれはソフィーの攻撃により崩壊した部分なので今の揺れとは関係ない。
逆に、国境を接するハルの世界の方が、振動により接した部分の大地が大崩壊を引き起こしていたのであった。
「これは、最初に彼と戦った時にやられた攻撃と同じだね。自国の空間を振動させることにより、接した他国を粉砕消滅させる」
「支配を諦め、敵国を完全に消し去る為の力、だったわね?」
このモードになれば、もう互いに止まることは出来ない。ソウシの方も、時間内に敵国を滅ぼせなければ、逆に自国が完全行動不能に陥り殲滅させられてしまう。
その反動を抑えるための、小分けにした領土の生成であったが、ハルの策略に嵌りあえなく全土に能力を接続させてしまう事となった。
「ルナ。魚のユニットとソフィーちゃんは無事?」
「ええ。内部に居る限り、影響は皆無だったようよ?」
「《でも、戻るのは間に合わなかった! こうなりゃ、このまま敵地で決戦だー!》」
「気を付けてねソフィーちゃん。ソウシの世界に居る限り、内部の空間は彼の自由に操れる」
「《うん! 敵の腹の中って訳だね! よーし、お腹の中から食い破っちゃうぞー!》」
なんとも頼もしいソフィーである。彼女の事だ、まあ心配はいらないだろう。
ソウシの力も成長しているが、ソフィーもハル並みの戦闘能力、回避能力を誇る。目に見えぬ空間の断裂でも、ハル同様に避け切れるに違いない。
そんなソフィーの向かう先、ハルの世界との国境すぐ近くに、気がつけば一切の予兆もなく人影がひとつ。一人の男子生徒が、転移でもしてきたかのように姿を現すのであった。
「やあ、ソウシ君。ようやく出て来てくれたようだね、探したよ」
「《おのれっ! 味な真似を! 俺がどれだけ苦労して、この作戦を組んだと思っている!》」
「いや、申し訳ない。でもまあ、割とそんなものさ。緻密な策ほど、崩れる時は脆い。僕も、よく覚えがある……」
「《知らないんだよっ、お前のことなんてっ! ……まあいい。そもそも、安全にリスクを避けて行こうなどと、その発想が間違いだったんだ。それは王者のやり方ではないと反省したよ》」
「王様こそ安定を取ろうよ」
なにせ国民の命と生活がかかっているのだ。勢いだけでは、下は付いてこないだろう。
そういう意味では、仲間と協力し、その力を適材適所に使って組んだ彼の作戦は、実に見事であったとハルは思うのだが。
力で押さえつけるだけでは、あのように協力的にはなってくれなかったはずだ。
「《ふんっ……! 残念だが、このままお前と王道について問答している時間はないのでね。その話は後にしてもらおう》」
「コストが増大した今、のんびりしていたらすぐタイムリミットだもんね」
「《誰のせいだ誰のっ! ええいっ、相変わらずの見透かしたような態度に腹が立つ!》」
「見透かしていた訳じゃないけど、当たってて良かったとは思うよ」
空間制御のコストについて、そこそこの自信はあったハルだが、確実に正解しているという確信はなかった。
これで、苦労して本土と接続したはいいが、全てはソウシが撒いた欺瞞であり、現れた彼が悔しそうではなく爆笑でもしてきたら冷静でいられたか分からない。
「《……そう余裕を見せていられるのも今のうちだ。確かに、俺はこの事態を避けてはいたが、この状態が弱いという訳ではない!》」
「そうだね。前回の戦いで、それは思い知ってるよ。でも、こっちも前回とは状況が違う。国土の大きさが、比較にならないからね」
「《そのようだ》」
ソウシとの初戦は、ハルはまだまだ始めたばかりのタイミングであり、世界の大きさもさほどではなかった。
その後の拡張と、戦争を経て吸収した分も加わり、今は当時とは比較にならない国土面積を誇っている。
それはすなわち、ソウシが削り切らねばならぬ国土の量も相応に増えていることを表している。
前回と同じ感覚で削りに来るつもりなら、先にソウシの能力が時間切れになってもおかしくない。
「《以前と違うとお前は言ったな。それは、俺とて同じこと。前回、お前に負けたままの俺だと思うな!》」
「君が成長したのは、ここまででも十分に伝わってるよ。実に器用に能力を操るようになった。練習を重ねたのがはっきり分かる」
「《それはお前が俺の国を囲っていたから、特訓くらいしかやることがなかったんだよ!》」
「おっと。そりゃ失礼」
それは大変に悪いことをした。実につまらないゲーム体験だっただろう。そこに関しては全力で謝罪したいハルである。
やはり、ゲームをするのならば基本的にはのびのびと成長を楽しめる方が良い。そうあるべきだ。縛りプレイは、その後で個人的に行えばいいのである。強制されるべきではない。
しかしながら、冷静に考えてみれば、ソウシは自ら進んでその道を選んだはずだ。
その気になれば、今回のように領地の一部を切り分けて、外部に逃がすことだって可能だったはずだ。そちらで再起をはかればいい。
そうせずに甘んじて引きこもっていたのは、それが勝利に繋がる道だと確信していたため。
「《その成果を、今からお前に見せてやろう。引きずり出されたようで、少々癪だがな……》」
「本来は、こちらの本拠地にたどり着いた段階で、チェックメイト宣言と共に披露するつもりだった訳だ」
その気持ちは分かる。ハルもチェックメイトを宣言するのは大好きだ。
そんなソウシの切り札たる力の一端が発動される。彼が頭上に剣を呼び出し、それを引き抜くように装備する。
その剣はきっと、次元騎士の持つのと同じ、空間を操る次元の剣。
ソウシがその剣を自ら掲げ、構えを取ると、それはソフィーの大剣と同じように輝きを放ち始めた。きっと同様に、あれ自体が特殊ユニットなのだろう。
「《さて、食らうがいい。ここからは、チマチマと外周を削ったり、小刻みに進むような小細工はしない。王の覇道というものをその目に焼き付けろ!》」
ソウシの自信過剰ともとれるその宣言、それは決して虚勢ではなかった。
振り下ろされた剣の軌跡、その遥か先のハルの世界にまで、あまりに巨大すぎる斬撃の痕が、巨大な亀裂となって一瞬で口を開けて行ったのである。




