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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1175話 押し戻せ故郷まで

 妖精の森の歩く木々。その力を手に入れたハルによって、森はソウシのゆく手を阻み、逆に彼らが来た後方には、一切の障害物を排してきれいな一本の道を作っていく。

 その様子は、言外に『どうぞそちらからお帰り下さい』と言わんばかりの露骨さで、彼らに撤退を促していた。


 そう言われて素直に帰るソウシではないだろうが、かといって前進も厳しかろう。

 前方の森は世界樹の力も加わって、一面が音を立ててバチバチと放電し彼らを威圧し続けている。

 その電撃が直接ソウシ達のユニットに届くことはない。しかし、彼らは安全地帯の空間から一歩も外に出られなくなっていた。


「樹木放電で直接攻撃するのはもちろん、木々と派手なエフェクトに隠れてアイリたちが襲う。迂闊うかつ安置あんちから踏み出せないだろう、ソウシ君」

「この森の中に居る限り、ゾッくんのエネルギーも常にマックスなのです!」

「ふふふ、怖かろう、森の中で、どこから襲ってくるか分らんのは!」

「……六本腕の見た目は、特に怖いわね?」

「手足がいっぱいで、巨大蜘蛛(グモ)みたいですしねー」

「それはちょっとヤダなーカナりん」


 しかし実際、その無数の手足で、器用に樹上じゅじょうを立体的に移動する六本腕は、まるで蜘蛛型のボスモンスターのようだった。

 まあ、その巨大さゆえ、言うほど隠密性おんみつせいに優れているとは言い難いのが、難点といえば難点か。


 しかも先ほど実演したように、この木々の結界は、切り倒しても吹き飛ばしても、無事な木が自ら歩いてその穴を埋めてしまう。

 従来ハルの世界が抱えていた、植林した木が破壊されると電源供給がおろそかになる、というデメリットも完全に克服した形となっていた。


「これを防ぐには、ドラゴンブレスで焦土化しょうどかして土地の所有権を奪うしかない」

「でもそうするとー、どんどん空間制御のコストが増大していきますねー」


 コストが増えれば、その分この力を維持する為の時間制限も過酷シビアになっていく。

 それを避ける為にソウシは、こんな小さな領地を点々と刻むように、地道な手法でハルの待つ世界樹を目指して進んでいるのだ。


「……とはいえ、僕らも安全地帯の中には手出しができない。まあ、時間制限があるのは事実だろうから、このまま待ってもいいんだけどさ」

「でもハル君、それで決着つくと思う?」

「いや、また逃げられて終わりだろうね。今回はご丁寧に、本体は切り離して置いてきてるし」

「それで再び力を蓄えて、再戦かー」

「それは、面倒ね? なにより、私たちの目的もその分遠のくわ?」

「アメジスト様に、お会いできないのです!」


 このゲームで頂点に立ち、『報酬』たるログインルーム設置権から辿って運営のアメジストに至る。

 その大目標を達成するには、ソウシの打倒が不可欠だった。

 もしかしたら、撤退させ大幅に弱体化させた時点で目的は達せられるのかも知れないが、部の悪い賭けになるのは間違いない。やるなら万全を期したいのがハルの本音だ。


「さて、そのためには食い込んできているこの小さな領地を、後ろにある本土と合体させてやらないといけないんだけど……」

「どうやって行いましょうか!」

「うん。どうしようねアイリ。シルフィーが言ったように、自爆特攻でも出来れば楽なんだけど」

「《言っておいてなんですが、やはり厳しい気がしてきました。そもそも、安置に入り込むこと自体を空間固定で妨害されてしまいますよね?》」

「だろうね」


 敵にあえて兵を倒させ、強引に領土を奪わせる策だが、それはやはり難しい。

 絶対防御を越えてなんとか入り込めたとしても、仲間に兵を倒されてしまっては意味がないのだ。やはりこの案は使えない。


 ならば、彼らに後退してもらうしかない。幸い、森が生まれたことで前進は止まっている。あとはここから、押し戻せばいいだけなのだが。それが簡単に出来れば苦労はない。


「まあ、やれるだけやってみるか。いくよシルフィー」

「《はい。どこまで出来るか、分かりませんが……!》」


 ここはハルの世界で、今はシルフィードの世界でもある。そしてプレイヤーは、この世界である程度自在に土地を動かせる。

 幸い、移動させる範囲はそう大したものではない。特に今のハルたちには、土地に関しては秘策があった。


「《深く地面に根を張った木の根で、間の土地を地面ごと引っ張ります! そうすれば、飛び地の間は空白に出来るはず!》」

「パワフルな木だよね、ほんと」

「《ハルさんの世界樹あってこそです。うちの木もあの電気で、強力になっていますから》」

「……冷静に考えると、どういうことなんだ?」

「ゲーム的な、仕様なのです!」


 魔法の言葉が出てきてしまった。設計者のアイリが言うなら、そうなのだろう。深く気にしない方が良さそうだ。


「そうして、空いた空洞に押し込むようにして敵を本土へ押し返すという訳ね?」

「うん。本来は労力に見合わない悪あがきだけど、今だけは効果的だ」


 少しの空洞だけ詰めてやれば、広大な本土と接続される。大量の水が一気に流れ込むように、ソウシの空間支配コストは一瞬で増大するはずだ。

 ハルたちはそうして彼らを押し返すべく、森の木々に力を集中させていった。





「《……よし、チャージ十分! いきますよ、せーの、よいしょーっ!》」

「よいしょー! です!」

淑女しゅくじょらしからぬ掛け声ねぇ……?」


 気合を入れたお嬢様二人、シルフィードとアイリが木々を操る。

 過剰に電力を供給され、まるでムキムキと筋肉が膨れ上がるように、妖精の森はそのみきと枝を太くたくましく増大させていった。


 その力強い体は己が根を張った大地その物もまとめて引っ張り上げると、ソウシたちの来た道に大きな地割れを形成していった。


「《いけます! 後方に『道』が出来ました!》」

「あとは、このまま地割れに押し込んでしまうのです! よいしょー!」

「《え、えと、アイリさん? その掛け声は、忘れませんか……?》」


 まあ、現状にはぴったりな掛け声ではあるのだろう。そんなアイリの気合に後押しされるように、今度はソウシらの前方の木々が筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)と脈打っていく。

 次は敵地を地面ごと押し返すように、足元の土地を持ち上げて押し込んで行く。


 世界同士の食らい合い、領土の侵食合戦にはこうした物理的な圧力など何の意味もない。リソースの無駄まであるだろう。

 しかし今だけは多少の位置移動こそが、戦局を大きく揺るがす要因になるのであった。


「むぐぐぐぐ……、なかなか動きません……!」

「《ですが、押し込めていますよアイリさん。このまま……》」

「……んー。いや、やっぱそう上手くはいかんみたいだよ?」


 冷静に、少々残酷なまでに、ユキが的確に現状を分析し指摘する。

 その言葉の通り、少しずつではあるが押し込めていた敵地は、ある時を境にその動きを止めてしまっていた。


 押せども押せども距離は動かず、異常にたくましい木々もただ自分の足元の土を盛り上げるだけ。

 その理由は明白だ。ソウシが、その力で空間そのものを固定したためである。


「位置を固定されてしまっては、どんなに樹木がマッチョになっても無意味か……」

「筋肉は全てを解決しないんですねー」

「いいやカナりん。もっともっと鍛えれば、いずれは空間も叩き割るはずさ」

「意味の分からないことを言っている場合かしら? 後ろの亀裂も、閉じていくわよ?」


 無理矢理に引き抜いた土地が、元あった場所に戻ろうとする。このゲームでは、基本的に空洞は許されない傾向にある。

 例外は、設計時点で最初からそう作られたハルたちのハニカム地帯くらいだろうか。


「うーん。まずいね。これで、僕らがソウシ君の弱点に気付いていることに、気付かれただろうね」

「次の手をはよ打たねば。なにか考えはあるん?」

「もちろん。ユキ、戦車の手配を」

「あいさー! ここで、温存が生きてくるわけだ!」

「いや、申しわけないが……、求めているのは戦車の戦闘力じゃないんだけどね……」

「??」


 頭上に疑問符を浮かべるユキをよそに、ハルはとある場所へと通信機を繋ぐ。それで察したユキは、その地へ向けて戦車を高速発進させた。

 要は戦車は『足』だ。重要になるのは、その戦車に乗せて運んでくる人物たち。


 そんな彼らを収容し、ソウシの元に向け勢いよく戦車は進む。

 障害となる木々は、海が割れるように自ら進んで道を開いて、その進路を形作っていった。


「《ははっ! スゲーなこれ! お前の国、また変なことになってんな!》」

「楽しんでくれて何よりだよ。ところでお客様? 作戦は理解してくれてる?」

「《あ? なんか良くわかんねーけど、縮めればいいだけなんだろ? 余裕ヨユーだってさ?》」

「少し不安だ……」

「《やっぱガキはダメよねぇー》」

「《あんだと!? オメーもガキじゃねーかヨイヤミ!》」


 戦車に乗せたその小さなお客様たちは、今は協力者となっているユウキら少年たち五名。

 彼らの仕事は本来は外にあるのだが、せっかくプレイヤーでもあるのでこうして中でも手伝ってくれる事になった。


 彼らにハルは、何をしてもらうかといえば。


「これから君たちに、土地を譲渡じょうとする」

「《ジョート?》」

「あげるってことさ。敵にはあげられないけど、味方にならあげられる」

「《オーケーオーケー。そこを弄ればいいんだな!》」


 そう、敵に譲渡できないならば、味方に譲渡して何とか出来ないかと考えたハルだ。

 ハルは子供たちへと、ソウシらの通ってきた一本道の区間を譲り渡し彼らの土地とする。土地の融通については、シルフィードと既に検証済みだ。


 そんな土地をどうするかといえば、彼らのスキルの出番である。彼らの中にもまた、ソウシとは別の、空間能力の使い手が存在する。

 その力はテレポートのように、物体を一瞬で輸送する力。だがその本質は転移ではなく、空間を極限まで縮めて移動距離を限りなくゼロにする能力だった。


「《おっしゃ! いつでもいけるってさ!》」

「よし。じゃあすぐに発動だ」


 その圧縮能力により、ソウシの飛び地は“見かけ上”一直線に繋がったようになった。しかし、実際はミリにも満たないほんの少しの空間があるので、まだ接続はされていない。


 ここからは、ハルの役目だ。その空間を、どうにかして繋げるのが、腕の見せ所なのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冷静に考えては駄目な奴ですねー。見た目は樹、中身は電気、その正体はロボットアームぐらいに考えておいた方が精神衛生上よいかもしれませんねー? ……人工筋肉が林立する世界と考えるとシュールなの…
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