第1174話 森の国との深き深き同盟
まるで飛び石を置いていき、それを渡って進むように、ソウシはハルたちの領内に自領を点々と設置しながら進む。
草原の中に突如として現れたファンタジー様式の田舎町は、彼らにとっての宿場町。内部はソウシの能力により、あらゆる攻撃を防ぐ絶対防御の安全地帯として機能していた。
であるならば、そんな飛び飛びに設置などせずに全て地続きにしてしまえば、いや、最初から広大な土地を持つ本国を起点にして伸ばしてくれば、完全に無敵のまま進軍できただろう。
それをしないのは、安全地帯から出て進軍すること以上のデメリットが存在することに他ならない。
そのデメリットとは恐らく、空間支配する範囲が増えれば増える程、必要なコストも増大するに違いないとハルは踏んだのだった。
「事実、次元騎士の数は着々と減っていっている。飛び地になんてしなければ、この犠牲は避けられたはずだ」
「だよねー。しかも、私の六本腕に殺されてるから、この戦争中はもう復活もできないよ?」
「ゾッくんの弾幕も、甘く見ていいものではありません! 今は防がれてしまっていますが、これ以上数が減ってしまえば厳しいでしょう」
「そうだね。とりあえず、まだ補充要員は控えているみたいだけど」
「えっ。どこどこ?」
「見てくださいユキさん! 後ろの、ワープゲートなのです!」
アイリの言葉に皆がゲートに注目すると、その中から次元騎士たちが続々と戦場に追加されてくる。
彼らは点々と続く安全地帯を通り、慎重に先行組の待つ、飛び石の先端へと進軍していった。
「ぶっ殺しに行く?」
「いや、先頭組に睨みをきかしていて欲しい。ユキとアイリがその場を離れたら、彼らは喜び勇んで何歩も先に行くだろう」
「了解しました!」
「そだねー。じゃあここは、私の戦車も出すかー」
「いや、戦車もちょっと待って。あれを使うのは今じゃない」
「しかし手が足りてないのは今だぜハル君? ここは、どー乗り切るのさ?」
「僕らも、仲間に頼るとしよう」
ハルはそう言うと、通信機を掲げるとスイッチを切り替える。ソフィーへ繋がっていたチャンネルを、別の通信先へと変更した。
すると、その先からは、ソフィーと違い緊張気味で落ち着いた声の持ち主が、通信を待っていたとばかりに応答してくるのだった。
「《はっ、はいっ! シルフィードです! 出番ですか!?》」
「うん。出番だよシルフィー。まあ落ち着け」
「《お、落ち着いています……! ですが少々、ドキドキとしてしまって……》」
「落ち着いていないじゃない。普段はもっと重責を背負っているでしょう? リーダーさん?」
「《そうは言ってもですねルナさん。指揮する立場とは、少々勝手が……》」
「《あはは。カッチカチだぁ。シルフィーお姉さんファイト~》」
まあ、ハルたちの戦場に引っ張り出されるのだ。ロクな事にならないという事は保証されているようなもの。
ソフィーのような猪突猛進タイプでなければ、不安を覚えてしまうのは仕方ないだろう。
そんなシルフィードの不安を取り除くべく、ハルは現状を丁寧に、かつ手早く彼女へと説明していく。
まあ、説明されたところで、その特殊さは不安の種を芽吹かせるべく水を与えてしまうだけかも知れないが。
「《……なるほど。理解しました。確かに、広範囲を影響下に置くとコストがかかるから、狭い範囲に絞ろうというのは理に叶っていますね》」
「広範囲の国を持つシルフィーだもんね。身に染みてるかな?」
「《そんな大層なものではありませんよ。しかし、その状況で私がお役に立てますか? あっ、もちろん、自爆特攻で私の領地を奪わせるとかなら、なんなりと》」
「凄い大胆でわりと有効そうな提案をするね君は……」
場合によっては、最適な解決法となるかも知れない。
今だけはあまり領地を広げたくないだろうソウシにとって、兵の自爆により強引に領地を押し付けられることは嫌がるはずだ。
「ふむ。なるほど……」
「これはー、『その案、むしろ僕がやろうかな』とか考えてる顔ですねー。ハルさんの好きそうな手ですもんねー」
「《そ、そうなんですね。では、私はお手伝い出来ないでしょうか?》」
「いや、その案は今は置いておこう。対策可能だからね。次の手段に取っておこう」
「《廃案ではないんですね……》」
廃案にはしない。何故かといえば楽しそうだから。
カナリーの言う通り、自爆により敵に領地を押し付けた上で勝利するなどという作戦は、実に愉快でハルの好みのものであった。
しかし、単に今それを実行に移しても、ソウシ側は対策が出来てしまう。特攻してきた人形兵を倒す担当を、部下のユニットにやらせればいいだけだ。
あくまでソウシの領地が増えないのなら、彼のコストも増大していかない。
では、今は何をするために彼女に連絡を入れたかといえば。
「世界の融合ってあったでしょシルフィー。あれをやってみよう」
「《は、はぁ。しかし、なにか意味が? あっ、土地の割譲でしょうか。いえ、あれは敵には出来ませんよね……》」
「出来たら楽でよかったんだけどね」
以前、シルフィードとハルの間で交わされた国土のやりとりの為の契約。それは広大なシルフィードの国土を一部、同盟国であるハルの方へと移すというものだった。
しかし、それは味方同士だから出来たこと。戦争中であるソウシには、まず交渉のためのテーブルについてもらわなければならない。
停戦交渉でも可能になれば、そういった条件も提示できる気はするが、当然、相手が飲むわけもなし。押し付けはあくまで、強引に行われねばならないのだった。
「どうやって強引に領土を引き取らせるか考えるのも楽しそうだけど」
「《楽しまないでくださいよ……》」
「まあ、それで、了承はしてくれるかな?」
「《あっ、はい、もちろんです。この時の為に、準備してきましたものね》」
世界の融合。以前、医療系派閥の者達が披露し、病棟の子供たちによってハルへと伝えられた新システム。
それを活用する術はないかと、ハルたちも仲間内で探っていた。
身体的、精神的危険も懸念されてはいたが、内部でエーテル解析も出来るようになり、問題はないと判断。実用に踏み切ったハルたちだ。
その中でも特に、シルフィードの国との連携が強力であると分かった。
彼女の国は妖精の国、森の国だ。そしてハルたちの国は今、世界樹によって樹木さえあればそれを帯電させるという効果を持っている。
「電気を流すとかいう謎の世界樹と、君の国の相性は抜群だ。それを敵にも見せてやろう」
「《ご自分で『謎の』とか言わないでくださいよ……》」
「いや、正直謎だし……」
なぜ、電気を操るシンボルとなる本拠地が世界樹になったのだろうか? それはアイリにしか分からない。
ともかく、木が必要なハルの国と、木々に覆われたシルフィードの国の相性は抜群。そうして、その二つの国の融合が始まったのだった。
敵が能力を融合するのであれば、こちらも、行わせてもらうとしよう。
◇
空が、大地が歪み、二つの世界が混じり合う。国境から森がにじみ出て来るように、シルフィードの世界とハルの世界の融合が始まった。
見渡す限りの草原に覆われていたハルの世界は、一転して見渡す限り森に覆われる。
その森の木々はすぐに世界樹によって電力を帯び、枝葉の先からバチバチと放電を開始した。
「さて、これで、植林した木を狙い撃ちにしての電力カットの心配はなくなった」
「やるじゃないのシルフィード? これを見据えて、森の国にしていたのね?」
「《いやそんなはずないじゃないですかルナさん。どんな未来予知ですか》」
「実はわたくしは、これを見据えて世界樹を!?」
「あはは。アイリちゃん、ルナちーの与太話を真に受けるでない」
「《ズルいズルい! 私も合体させたいー!》」
「ヨイヤミちゃんの世界が混ざると、森の中の遊園地になりますねー。カオスですねー?」
「《遊園地も電気使うからいーのっ! 私だって相性いいもん!》」
まあ、相性はいいかも知れないが、見た目が実に奇妙になる。どう見ても、森に飲まれたかつての遊園地の廃墟だろう。
「さて、これで、敵は進行速度を落とさざるを得ない。今までのように、楽な草原をハイキング気分で往くようにはいかないよ」
「今までも十分、命がけだったと思うわよ……?」
「今度はゲリラにも、注意ですねー?」
森の木々に隠れた、ゾッくんと六本腕。ただでさえ脅威だった彼女らが、更に神出鬼没さまでをも手に入れた。
ソウシたちはうかつに安全地帯たる飛び石の自領から踏み出せず、石と石の間隔を狭めて慎重に一歩一歩を刻んでいくしかなくなったのだ。
視界不良以外にも、森の厄介な部分は存在する。先ほどまでは、点在する樹木を一本破壊してしまえば、それだけでゾッくんの『電源』を除去できた。
しかし今は、視界の全てがエネルギー源。ゾッくんへの供給を邪魔したければ、視界の全てを焼き払わなければならない。その差は大きい。
「もしそのために、ドラゴンブレスで一息に焼き払ってしまえば、その分ソウシの領土へと変換される面積も増す。それは避けたいよね?」
「《敵の縛りにも、この森は有効に働くという訳ですね。それに、焦土化が使えなければ、私の森を止めることは出来ませんよ?》」
「頼んだ、シルフィー」
「《はい。お任せください》」
ソウシたちはドラゴンによる焦土化を諦め、水や風により木々を押し流し吹き飛ばす手段を選択する。
多数のスキルが合わさったユニットによる範囲攻撃は強力で、木々は順調に伐採され見通しがよくなってきた。
しかし、妖精の森の魔法の木々はその程度でどうにか出来る代物ではない。焦土化による書き換えを行わない限り、伐採されてもこの場はまだ妖精の森の一部なのだ。
根元から倒れたはずの大木は、まるで動物が足を起こして立ち上がるかのように、根を器用に持ち上げて再び起立する。
風で吹き飛び空き地となったはずのエリアには、いつの間にか周囲の木々が“歩いて”詰めてきて、その空洞を埋めてしまう。
そうしてすぐに、元の木阿弥。この力こそが、妖精の国を支配するシルフィードの力。ハルが電気を操るように、シルフィードは樹木そのものを操れるのだった。
「素晴らしいわシルフィー? これも、狙っていなかったと?」
「《あっ、いえ、これは、お役に立てるかと思ってこうしました。ハルさんが木に電気を流したと聞いて、そういう操作も出来るのかと》」
「地味なフリしているけれど、優秀よねぇあなた」
「《買いかぶりですよルナさん。その、トラブルの仲裁ばかりしているうちに、サポート慣れしているだけでして。はい》」
謙遜する必要はない優秀さだとハルも思うのだが、あまり褒められ慣れていないようである。
まあ、今はそんなシルフィードをあまり褒めちぎって萎縮させるのはやめておこう。それは後でいい。
それよりも、この森に出来るのは傷を埋めるだけではない。逆に、空白を作り出すことも出来るのだ。
まるで、木がぞわぞわと歩いて道を開けるように、ソウシたちの背後に空白を作る。そして、見る間にソウシの国まで続く、一本道が開通した。
「《では、このまま、土地を強引に押し込めるか試してみます! 植物の底力を、見せてやりましょうハルさん!》」




