第1173話 小分けにして節約して
ドラゴンに焼き尽くされ焦土と化し、“誰のものでもなく”なった土地。そこに、ゴーレムのようなユニットが腕を突き入れスキルを発動する。
すると土地は見る間に焼け焦げた状態からの再生を果たし、今度はソウシの国として復活を遂げるのだった。
「これはまずい。ソウシ君の世界に書き換えられたということは」
「空間操作能力が、自由に使えてしまうということです!」
その通り。本来、ソウシは自分の世界でしか自由に扱えなかった空間操作。その自分の世界がこうして、この場に現れたということは、彼が能力を自由に扱える基盤が整ったと言える。
次元騎士達がその剣を正面に構え、大袈裟に振りかぶる。
見るからに隙だらけのその動作ではあるが、それを見たユキは操作する六本腕を大きく後ろへと下がらせた。
「おっと。こりゃなんかやばそ。下がるよアイリちゃん」
「はい!」
ユキのその予感は正しく、次の瞬間、騎士たちは一斉にその剣を振り下ろす。
すると、それに合わせて空間は割れ、生まれた自国エリアどころか、その先にあるハルたちの世界までも、無数の亀裂をもってズタズタに引き裂いてしまうのだった。
「ですが、隙だらけなのです!」
その反則的な攻撃力だが、遠距離から狙い撃ちにするアイリのゾッくんには届かない。逆に、振り終わりの体勢の隙をアイリは見逃さなかった。
ゾッくんの身体から飛び出た砲身の数々は、防御姿勢の取れぬ騎士たちを容赦なく狙い、弾丸を撃ち放つ。
しかし、予想通りといえば予想通りに、その弾の数々は、一つたりとも次元騎士を撃ちぬく事が出来ずに終わった。
「……弾が、空中で静止してしまいましたね」
「だね。リコのガトリングを防いだ時と同じだ。空間を固定することでの絶対防御。自分の世界がそこにあることで、もう盾の範囲になど縛られることはない」
「非常に、強力なのです……!」
しかもその能力の発動速度は、以前ハルと戦った時よりも数段スムーズに成長しているように見える。
以前のソウシならば、攻撃の直後で銃弾を浴びせられれば、防御が間に合わずに騎士の数を減らしていたはずだ。
「これも、何らかのスキルの複合効果かね。僕を打倒する為に、相当に準備を重ねたようだ」
「ですね! 焼けた土地を変換して再生するのも、あの時のハルさんの真似っこですし!」
「有効な戦術は率先して取り入れる。素質のあるプレイヤーじゃないか」
「褒めてる場合かーハル君。このままじゃ、一連のコンボの繰り返しでどんどん領地を取られていっちゃうよ」
「そうだね。何とかしなくっちゃ」
以前のソウシなら、いかに自国内で無敵であろうと攻めるに弱かった。戦略の要であるドラゴンの戦闘力が、そこまで高くないためだ。
しかし今はその欠点を、属国となった部下たちの力を結集することで補い、克服している。
あまつさえ、『自国でしか使えないなら、自国を持って来ればいい』といった大胆な策で、見事に攻めへと転化していた。
ソウシらの侵略部隊は、何度かその焦土転換作戦を繰り返しフィールドを確保すると、その中に部隊を詰め込んでいく。
それにより、わざわざ次元騎士が盾で守る必要もなくなり、より自由な活動が可能となった。
「毒ガス流し込んじゃえばハル君?」
「そうだね。そうしようか」
「会話だけ聞くと、すごく恐ろしいのです!」
「大丈夫だよアイリ。行動そのものも、実際にえげつないから」
「相手がせっかく頑張ってコンボ決めてるのに、対話拒否するように強制全滅だもんねー」
「まあ、たぶん対策はされてると思うけど」
ハルは新たに操作信号を撹乱する紫の霧を作り出し敵の群れに向け散布していく。
しかし、予想の通りに、その霧はソウシの世界に変換された領地との境界面で停止し、それ以上内部へと侵入していくことはなかった。
そして、そのままエリア内に敵を封じ込めておけるかといえばそういう訳でもなく、すぐに内部にて動きがある。
特殊ユニットのどれかがまたスキルを使ったようで、内部から強烈な風が巻き起こった。
その風はあっさりと毒の霧を吹き飛ばすと、割り開かれた道からは騎士を先頭に、続々と彼らが進み出て来たのであった。
「やっぱり対策済みだね」
「やられたねハル君。奴ら、やろうと思えば国境の霧もこうやって吹き飛ばせたんじゃん」
「かもね。彼らにワープゲートでの転移を強いていたようでいて、その実、僕らは自分で進路を塞いでしまっていただけだった、ということかな?」
「なーに余裕ぶってるかー! まあ、それでもゲートの維持がノーコストな訳ないもんね」
「うん。ゲートでの移動を強制したことは確実にプラスのはずだよ。そもそも僕らは元々、兵を使って攻め込むつもりはないからね」
しかし、どうにも解せないのがソウシたちの動きだ。何故わざわざ、危険を冒してまでワープでちまちまと転移してきたのだろうか?
その気になれば今のように、風で毒を吹き飛ばして、国境から進軍出来たはずである。
それに、今こうして霧を吹き飛ばして出てきたこともよく考えればおかしい。
焦土変換で地道に領地を広げていけるのだから、わざわざ危険な外へと再び踏み出す必要などないはずである。
実際、安全地帯から外に出てしまったために、次元騎士の何名かが六本腕とゾッくんの攻撃により殉職している。
「……この不合理な行動から考えられるのは、あまり大きな領土を作りたくないってことだね」
「そのままソウ氏ワールドをどんどん広げれば、そんだけ安全に進軍できるってのに、おかしな話だね」
「領土が大きく繋がってしまうと、何か不都合があるのですね!」
「だろうね」
その不都合とは何か、単純に思いつくのはコストの増大だ。恐らくは、それで間違っていないとハルは睨む。
空間を自在に操る無敵の攻撃と防御の力。その力を使うには、ソウシは多大なリスクを負う必要があった。
発動には時間制限があり、その時間が終了すれば完全に戦闘行動が禁止されてしまう。
その制限時間を決めるための要因が、操る空間の大きさによって左右されるのであったら。リスクを冒してでも領土を飛び飛びに作成し、一つながりにしないことにも説明がつく。
「操る空間の体積を広げすぎてしまえば、その分コストも増加して、時間制限も一気に迫ってしまう」
「だから、スタート地点を安全な国境の向こうの広い場所には出来なかったのですね!」
「だろうね。メインの領土を起点にしてしまうと、その広さゆえにコストが馬鹿にならない。だから、あっちは無人だったって部分もあるのか」
「それプラス、大胆な囮作戦ってことだねぇ」
国土を大きく使って戦えない不利を、囮として使うことで利点へと変えてしまう大胆な作戦だ。なかなかに頭が良い。
本来ならばプレイヤーは国土を一つながりでしか運用できない。そんな中で空間を切り分けられるソウシだけが使える、実に奇抜な作戦であった。
「しかし、タネが割れてしまえばどうってことはない。これはつまり、彼には二つの弱点があることを意味しているからね」
「一つは、今みたいにチマチマ飛び飛びで攻めないといけないことっしょ? もう一つは?」
「本国を、決して助けにいけないことでしょうか?」
「それは、合わせて一つだね。まあ、このまま彼らを無視して、国境の向こうを蹂躙するのも悪くないけど……」
しかし、それにはやはり時間がかかる。いかに無防備な国とて、完全に浸食しきるには相当な時間を要してしまう。
その間に、ソウシの部隊はハルたちの国の中央部にまでたどり着いてしまうだろう。
ならばやはり、予定通りにあの無人の国は無視して、侵入者の撃破を優先すべきだ。
「あっ! わたくし、わかりました! この飛び飛びの領地が、本国と繋がってしまったらアウトなのです!」
「その通り、よくできたねアイリ」
「えへへへへ……」
そう。巨大な空間を操ってしまったらコスト的にマズいのであれば、今操っている空間をその巨大な本国へと繋げてしまえばいい。
そうすればソウシは、その大幅なコスト増に押しつぶされて首が回らなくなるはずだ。
しかし、言うは易しだが、そう簡単にいくものではない。なにせ、操作しなければならないのは自国ではなく、敵の領土だ。
ハルたちにはそんな都合よく、敵側に領土を書き換えるスキルもない。
とはいえ、この作戦が成功すれば非常に面白いのは確かだろう。ハルはどうにかして、このいたずらを成功させたい気分であった。




