第1172話 融合されし力
視点を移し、ハルの世界へ。国境近くに現れたワープゲートからは、次元騎士をはじめとするユニット達が次々と吐き出され続けている。
恐らくはこの先が、ソウシの本拠地の存在する切り分けられた空間なのだろう。
「ハル君、こいつらオート操作だ! あーいや、オートは元々なんだけど……」
「オートガード、なのです!」
「そうそれ。アイリちゃんの言う通り」
「高レベルNPCにありがちなアレだね」
いわゆる超反応といった感じのものだ。攻撃の来る位置に自動で防御を重ねるように、手動操作では不可能な速度で盾が自動誘導される。
まるで腕が盾に引っ張られるように、体勢としては少々無茶になるが、それでも絶対防御の盾はその無茶を補って余りある。
技量では圧倒的に勝るユキが操る六本腕の攻撃を、彼らはそのスピードにて強引に防御しているのであった。
「ああっ、鬱陶しい! 雑魚に苦戦するのが、一番イライラするよね! 知らんけど!」
「確かにね。分かる。一番かは知らないけど」
「それでも、少しずつ倒せています! 流石はユキさんなのです!」
超スピードのオートガードではあるが、それでもどんな攻撃でも防ぎきれる訳ではない。
そこはオートであるが故に無茶な動作も多くなり、時おり次の防御が物理的に不可能な姿勢に陥ることがある。
ユキはそれを見逃さず、いや、そうした行動に敵を誘導していき、『詰み』に陥った敵の首を一体ずつ刎ねていくのだった。
「アイリちゃん、こっちの敵にガトリングぶっぱなしちゃって!」
「こっちですね! お任せください!」
さらにユキは時にアイリと協調し、敵にその隙を強制する。ゾッくんから放たれる弾丸の嵐を防ぐに手一杯となっている無防備な敵を、横からばさりと一撃。
もちろんユキの六本腕も弾丸の射線に近付くが、そこは熟練のプレイヤーであるユキの操作。六本腕には、一切の弾は命中しなかった。
いや、時に弾丸の一部がかすめるが、それすらもユキの計算の中。許容可能なダメージはあえて受け、敵の処理を確実化していくのだ。
「コイツに斬られた敵は、しばらく復活しない。ゾロゾロ出て来てはいるけど、いずれは在庫切れになる。……あーでも、このペースじゃあなぁ! 本当じれったい!」
「こっちもこっちで、一品ものだからね。間違っても、倒されていいものじゃない」
敵を防戦一方にしているユキたち二人だが、それでも稀に反撃を受けることもある。
次元騎士が振るって来るロングソードは、物理特性を無視してあらゆる物を切り裂く空間分割の力が付与されている。間違っても受ける訳にはいかない。
先ほど、ユキが試しに刀の一本で打ち合ってみたら、予想を裏切らぬ切れ味で、なんの抵抗も感じさせずに刀が真っ二つに切断されてしまっていた。
その剣閃を一度でも体で受ければ致命傷は必至。絶対に食らうことのないように、慎重に立ち回っていることもユキが攻めきれない理由の一つなのである。
「あー! うっというっとい! くっそー、イライラするなーこいつら! そんな無敵の力持っといて、なんでそんなに弱いんだ!」
「イライラポイントが、高度なのです!」
「こんなチートがこの数居たら、普通なら楽勝じゃん!」
「……相手もきっと、別の意味でそう思ってるんじゃないかなあ」
こんなチート兵士が、これだけの数揃っていて何故勝てない。そう憤慨するソウシの姿が目に浮かぶようだ。
生憎、今はワープゲートの先にその姿を隠してしまっており、生で見られないのが残念である。
ただ、それはハルたちにとっては朗報だ。無敵の攻撃力と、無敵の防御力、そして人知を超えた反応スピードを兼ね備えた兵士が、更に技術まで手にしてしまったら、今のように優勢を保ってはいられないだろう。
まあ、それでも負けるかと問われれば、ハルもユキも二つ返事で、『勝てるに決まっている』と答えるはずだが。二人とも負けず嫌いなのである。
そんな、強いけど弱い、ちぐはぐな強さを持つ次元騎士の力を、戦いながらユキは冷静に分析し読み解いていく。
「……こいつら、能力はきっと多数のユニットの複合だね。無理矢理のつぎはぎだ」
「そうなのですね!」
「うん。持ってる力に対して技量が低すぎるのもそうだけど、そもそもこれだけのスキルを一種類のユニットに詰め込めるとは思えない」
「確かに! ゾッくんたちも、能力を決めるのにてこずりましたものね!」
「かといって、スキルのコストとして技量を下げたって訳でもない。それならもっと、絶望的に力は下がるはず。つまりこいつらは単純に弱いんだ」
「辛辣だねえ」
ユキと比べれば大抵のユニットは弱いが、ハルも同意見だ。それだけの能力を山盛りに出来る程に次元騎士の基礎能力をソウシが成長させたというなら、もう少し動けても良さそうだ。
しかし、特殊なスキル以外の部分は、ハルと戦った時と比べ大差ないように見える。
ならば、これらの力は全て後付け。この騎士は基本的な部分において、一般兵の域を出ないのだろう。
「ならば、彼らの力を形成しているのは、スキルを融合するスキル。そう考えられるね」
「そゆこと。それが言いたかった」
ソウシか、もしくはソウシの部下の力か。能力を一つのユニットに融合させ集約させるスキルの持ち主が居る。
それか、スキルではなくまだハルの知らぬ国の力。世界を成長させることで、使用が可能になるシステムかも知れなかった。
「……そっちの可能性の方があり得そうか? 世界の融合システムがあるんだ。スキルの融合システムが生えてきてもおかしくない」
「あの時のあいつらは予兆であったか」
「既に、ヒントは出ていたということですね!」
「いや。ただの予想だから。あまり真に受けすぎないように」
ともかく、原因はどうあれスキルの融合自体は間違った予想ではないだろう。
ソウシが、彼一人で接続してきており、多数抱えている部下を奥に残したままにしている理由もそれで納得がいく。
本来ならば、ありえない判断のはずだ。いかに前回の戦争で、ハルを包囲した連合が敗北したとはいえ、基本的に数は力である。
それでハルを倒すことは出来ないにしても、対応を強制し戦力を削ぐことが有用であるのは変わらないはずなのだから。
「ふむ? それらを総合して考えれば、この後ソウシ君の取る戦略もだいぶ見えてくるってものだね。その対処法も」
「そうなのですね! わたくし、ぜんぜん分からないのです……!」
「それが普通じゃアイリちゃん。私だって、まったく分からん」
「僕だって本当に分かってるとは限らないよ。あくまで予想だって」
「そう言って数多のプレイヤーを的確に沈めてきたくせにー」
とはいえ、予想だ作戦だと語るよりもまず、現状を打開しないことには始まらない。
敵は着々とユニットを揃え、連携に必要な駒を揃えつつある。
必要なスキルを持つ者達が揃ってしまえば、そこからはソウシのやりたい放題だ。いや、既に今居る分だけでもう動き出しそうな気配があった。
さて、そんな彼はどのような合わせ技を見せてくれる気なのだろうか。ピンチではあるが、それが少し楽しみでもあるハルであった。
◇
「お! ドラゴンが動いたよハル君! またブレス吐く気だ!」
「……次元騎士の盾に守られたままでは、まともに被害範囲を稼げないはずだけど。このまま撃つ気か?」
「仲間ごと、燃やしてしまう気でしょうか!?」
「まあ、補充はきくしね。私に斬り殺されたんじゃないんだ。復活不能は付与されない」
「ですが、前方の盾を燃やしてしまって、わたくしとの間に視界を通してしまえば、その時がドラゴンの最期なのです……!」
その通りだ。今この段階までドラゴンが生き残っているのは、次元騎士の無敵の盾があるからに他ならない。
そうでなければ、アイリのゾッくんから休みなく放たれる銃弾砲弾の雨の中、さすがに無事ではいられまい。
ドラゴンがブレスで大地を焦がすには、どちらにせよその盾を一度どかす必要がある。
退避させて避けてもらうか、犠牲覚悟で燃やしてしまうか。前後どちらにせよ、それはアイリのゾッくんとの間に射線を通すことになるのだ。
「となると、何か、次元騎士に守られたままブレスを吐けるスキルが揃い、その準備が整ったんだろうね」
「ですね! そうに違いありません!」
「だねー。相打ち覚悟なら、もっと早くからやってる」
ハルたちの推測を裏付けるように、先ほどゲートから出てきた天使のような大きな女性型ユニットが騎士に魔法をかけ始めた。
そのエフェクトは水を思わせる青色のうねりで、恐らくは炎に対する耐性を付与したのだろう。
これによりきっと、次元騎士はドラゴンブレスに焼かれても、死亡することなく耐えきれるように強化された。
その答え合わせが、すぐにドラゴンの口から発表される。紅蓮の炎は騎士を飲み込み、彼らの足元とその先の大地を焦がしていく。
直撃を受け炙られる騎士は、ノーダメージとはいかないようだが、特に致命傷を負うでもなくその場でどっしりと構えたままだ。
それどころか、追加で彼らの身体に水のエフェクトが絡みつき、そのダメージも回復しているようだった。
「あの天使も、きっといくつかのスキル複合だよハル君。一人一能力って決まりはないけど、どっちも付けたらそれだけでキャパオーバーの力だ」
「なるほど。多数の部下を抱え、その力を融合し適切に運用するリーダーか。これは、連合よりも強敵か?」
「数は少ないですが、コンビネーションは抜群なのです!」
寄せ集めであったがために、的確な協調がとれていたとは言い難かった生徒連合。ソウシはその轍を踏まず、部下たちの力を一つに集中させることで、ハルと互角に渡り合っている。
騎士を犠牲にすることなく大地を焼いたドラゴンブレスは、以前の侵攻の際と同様に、ハルの世界を黒く焼き焦がす。
変質したのは、焦土となった見た目だけではない。これも以前と同様、焼き焦がされた部分はマップ上でもハルの領地として認識されなくなった。
「この部分は、もう使用不可能。ソウシ君の許可なしでは、もう僕の世界で自由にできない」
「相変わらず、性格の悪い技なのです!」
本当にその通りだ。こうして、使用不能にした領土を人質として、ソウシは侵略した国に有利な立場で交渉を持ち掛ける。
先ほど既得権益の喪失を忌避する心理について語ったハルだが、ソウシもそれを利用し、領地を失うことを嫌がる心理を刺激していた。
そして、今回はそこで終わらない。岩石の兵士、いわゆる『ゴーレム』のような見た目のユニットが、焦土と化した一帯に近付きその手を地面に差し込んでいく。
すると、黒く焼けた大地は見る間に蘇り、復活したその周辺は、今度は逆にソウシの領地へと変換されていたのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




