第1171話 切り離されし心臓
姿の見えないソウシは気になるが、彼が出て来なくとも別に勝てない訳ではない。
ワープゲートから出てきた敵を全て倒せば、事実上の勝利である。または、鬼の居ぬ間に彼の世界を制圧してしまってもいい。
ルナとソフィーが既にその主なき国へと侵入を果たしており、制圧の為の下準備に奔走中だ。
いや、既に準備だけでは済んでいない。ルナはともかく、ソフィーはもうこの段階で、元気に侵略行為を開始していた。
「《うおーっ! こらー! でてこーいっ! 出てこないと国がぶっ壊れちゃうぞー!》」
「うん。君が壊してるよねソフィーちゃん」
「《守りを置いておかないからこうなるんだよ! でも妙だよねハルさん。これだけ暴れまわってるのに、防衛に現れる気配がゼロだよ?》」
ソフィーは装備型特殊ユニット『加具土命』を振り回して、美しく整ったファンタジー風の街並みを破壊して回る。
そんな悲劇的で目をそむけたくなる侵略者の横暴にも、国主のソウシはノーリアクション。構わずハルの世界への布陣に集中していた。
ではユニット以外の防衛手法、例えば爆弾の設置のような自動迎撃で侵入者を撃退するかというとそれも無く、ソフィーの大暴れを止める存在はなにもない。まるで、もうこの世界は捨てているようだ。
「……確かに、これを『最終決戦』と捉えるならばそれもありだ。僕と同様に、ソウシ君もこの戦いを頂上決戦と考えているだろう」
「守りを捨てて、攻めに全力を注いでるって事だねぇ。悪い手じゃない! 私も好みだよ?」
「それにしたって、これは異常よ? 地下から見ると分かりやすいのだけれど、本当に罠の設置なども一切ないわ? あっ、ソフィーちゃん? そこの地面は、崩さないでくれると助かるわ?」
「《うわっ! ごめん、つい!》」
ルナがこっそりと配置したケーブルが、危うくソフィーの攻撃により地面ごと両断されてしまうところだった。
巨大剣カグツチを振り回す攻撃の威力はすさまじく、石造りの建物は次々と吹き飛び瓦礫と化していく。
地面も石畳ごと掘り返され、めくり上げられて粉砕される。
そこに、爆弾なり地雷なり配備されていたならば、多少なりともソフィーにダメージを入れられて、その進行速度も少しは落とせたはずだ。
もし本当に守備を捨てているとしても、そうした妨害策は取り得なはずである。しない理由がない。
「……なにか、そこまで急ぐ理由があったか。それともこの状況自体に意味があるかだ」
「意味があるに決まってる、って言いたいケド。んー……、あのお坊ちゃん、ゲーム初心者なんだよねぇ……」
「そこだよねユキ」
もしかしたら、単に定石を知らないためにこのような手に出ているという事も考えられる。
ただ、ハルの勘では、何となくだがソウシはその辺りの戦略眼はゲーム以外の所で培って来ているように見えていた。
確かにゲームは初心者だが、自分の経験に応用をきかせ落とし込めるだけのセンスは持っているはずだ。
ならば、この異様な状況にも何か理由があるはず。その理由を、ハルは早めに見つけておくべきであると考えていた。
「ソフィーちゃん」
「《あいっ!》」
「いいお返事だ。その元気さを見込んで、君に頼みがある」
「《うんっ! いいよ! 私は何すればいいのかな!?》」
「このままチマチマと外側の街を壊していても仕方ない。ここは思い切って、敵の中枢に攻め込もう」
「《おお! 捨て駒の鉄砲玉!》」
「……君を信頼しているからそこの提案だからね?」
「《うん! わかってる! 私も、そっちの方が燃えるから好みだよ!》」
近い方から一つずつ、街を破壊して行こうとするソフィーを制止し、ハルは一気に本拠地への突撃を指示する。
本来なら、確実に罠があると考え慎重になるべき所。しかし、今は逆に、その慎重に調べを進める時間こそソウシの思うつぼであるようにハルには思えた。
ならばいっそ最重要区画にソフィーを迅速に突入させ、そこでソウシがどういう反応を示すのか早めに確認した方が良い。
「ルナも同行、いや先行してソフィーちゃんの支援してあげて」
「分かったわ? 潜行して、先行ね?」
「潜行して先行だねぇ」
「……うん。まあ、そういうこと」
実際、そんなダジャレを口走りそうになったハルである。完全に読まれてしまっていた。
それはともかく、ルナの操作しているイルカのようなユニットは、その尾にケーブルを装備して、それを地下に配置しながらの潜行が出来る。
それにより、ハルの世界で発電した電気を、敵国でも活用が出来るのだ。
世界樹により国内ではケーブル要らずとなってしまったが、今も敵国ではルナに頼るしかない。
「けど、手持ちの装備では心許ないわよ? 私はアイリちゃんと違って、あまり武器を持ち運べないもの」
「それは大丈夫。まあ、行ってみてのお楽しみさ。それより、もたもたしてると逆にソフィーちゃんに先に行かれちゃうよ?」
「そんなこと……、あり、そうね……?」
「《競争だね! まっけないぞー!》」
「……人間の速度かしら? これ? 生身よね、あの子」
「ハル君の教育の成果だねー」
体内エーテルによる肉体強化。その力により、恐るべき身体能力を手にしたソフィーは、地中を泳ぐルナのユニットの速度に負けぬ異常な脚力で、一路ソウシの世界の中央部へと吶喊して行くのであった。
◇
「《とうちゃっく!》」
「お疲れ様ソフィーちゃん。ルナもね。さて、ケーブルの準備はいい?」
「ええ。それはもちろんよ? しかし、これをどうするのかしら?」
「《それはね! こーするの!》」
ソウシの世界中央にたどり着いたソフィーは、地上に飛び出てきたルナの魚から電源ケーブルを受け取ると、それをおもむろに大剣カグツチの柄に装着する。
まさに前時代における『充電ケーブル』。しかし、剣を充電などしてどうするというのか。その答えは、すぐにソフィーの口から明らかにされるのであった。
「《属性付与だよ! このカグツチ、作ったはいいけどキャパ余ってたからね! せっかくだから、ハルさんたちと連携できる能力にしたんだ!》」
「なるほど。考えたわね?」
ソフィーの大剣からはバチバチと雷の視覚効果がほとばしり、彼女がそれを振り回すとその雷は周囲へ飛び散り地面や建物を砕いて走った。
まさに『属性剣』。ゲームで言うならば(ここも一応ゲームだが)雷属性の力を得たソフィーの剣は、更に強力な武器となって特殊ユニットらしい派手な性能まで身につけたのだった。
「しかし、カグツチって炎の神様じゃなかったっけ?」
「《うん! そこは問題ないよ! ほら!》」
「確かに、稲妻で砕かれた建物に火災が発生しているわね……?」
「それを炎属性と言い張るのか……」
まあ、このゲームに属性要素は存在しない。深く気にする必要はないだろう。
そんな雷で炎な属性武器を手に入れたソフィーは、その力を容赦なく周囲の美しい街へと振りまいていく。
今までの街より一回り大きく、また豪華なソウシ国首都。ここが恐らく、彼の国の中央、ログインポイントがある街だ。
街の中心部にそびえる宮殿の、その内部に、基準となる地点が存在するはずだった。
そこを落とされれば、兵力が残っていようともその時点で敗北。
だというのに、暴れん坊の侵略者ソフィーがいくら街を壊そうと、一向に反撃のアクションが起きる様子は見られなかった。
「《えいえいえいえーいっ! 基本技が、全体攻撃だよ!》」
剣をぶんぶんと無造作に振れば、雷撃が建物を破壊していく。ただの通常攻撃が範囲攻撃となり、ソフィーの筋力も合わさり破壊規模は凄いことに。
やはり、専用コストを必要とする特殊ユニットのスキルは凄まじい威力を発揮するようだ。
「《なーんにもないね! いやいや、実は罠があるけど、お構いなくぶっ壊しちゃってるのかな!? ハルさんはどう思う?》」
「無いね、実際。爆弾があって誘爆しているとか、そういうのもない。この首都も、今までと同じ全くの無防備だよ」
「《それは変だね!》」
「本当にね」
これでは、遠からず首都はソフィーに制圧されてしまうではないか。
まさか、このような強行軍をソウシは想定していなかったとでも言うのだろうか? さすがにそれは、うっかりが過ぎると思うのだが。
今、ソフィーの周囲では、世界の破壊に伴って土地の浸食が開始されている。
兵士の居ないこの場では、浸食を押し返す力もまたゼロになっている。世界にダメージを与えれば、その所有権は徐々にダメージを与えた者に奪われていくのだ。
「《まあ、楽でいいか! よし、もっともーっと楽しちゃおう!》」
そう言うとソフィーは一時その破壊の手を止めて、大剣を頭上に掲げるように大上段に振りかぶる。
これはエネルギーのチャージ、『溜め』のポーズ。電光を眩いばかりに輝かせたカグツチは、その刀身の輝きを加速的に高めていった。
そして、その輝きが飽和した時、柄からはじけ飛ぶようにケーブルが排出される。エネルギー、最大充填完了だ。
「《とん、で、けぇー! カグツチぃーっ!!》」
その弾けんばかりに充電されたカグツチを、ソフィーは力の限りにぶん投げた。
彼女の手から離れた瞬間に、剣はその力の解放を始める。
それは大通りに綺麗に敷き詰められたタイルを一枚残らず引きはがし、その下の大地をえぐり取り、宿屋か酒場か、大型の店舗を紙切れのように吹き飛ばし、奥へ奥へと宮殿に迫る。
そして、ついに本拠地であろう宮殿の壁へと着弾したカグツチは、残った電力を残らず吐き出しきると、大爆発を巻き起こしたのだった。
その軌跡は、まるで怪物が口からブレスでも吐いたかのよう。ソウシのドラゴンでも、もう少し破壊の程度は優しいだろう。
そんな破壊力に満足したのか、ソフィーはゆっくりと、しかし力強くガッツポーズを決めるのだった。
「《よっし! やったねカグツチ! そして、戻っておいで~~》」
彼女が破壊の限りを尽くされた街並みへとその腕を向けると、その元凶が爆心地から浮き上がり彼女の元へと戻って来る。
これがこの剣の本来の能力。言ってしまえばただ呼び寄せるだけの機能だが、この破壊を見た後では、まるで目標を確実に打ち砕き、その後は持ち主の元へと戻る雷神の大槌でも見ているようだった。
「……凄まじいね。……しかし、これだけやってもソウシはノーリアクションか」
「このまま、本拠地を制圧して終わりなのかしら? あっけない幕切れだけれど、勝ちは勝ちね?」
「いや。多分それはないんだろう。そんな状況で焦らないほど、馬鹿じゃないさ」
ハルの国を見れば、今も慌てず騒がずゲートから戦力の展開を行っている。
そのゲートを使って、本国の救援に向かう素振りなど見せはしない。完全にそちらは無視だった。
これで本当に攻め落とされたら負けの状況であれば、もう余裕の演技をしている段階ではない。すぐにでも引き返さねば、ただの間抜けだ。
彼はマヌケではないので、考えられることは一つ。あの豪華な宮殿は、ソウシの本拠地ではないのだろう。
「どうやらソフィーちゃんの居るそこは、首都でもなんでもないみたいだね」
「《そうなの!? じゃあ、実はどっかその辺の辺鄙な村が本拠地とか!》」
「いや、そういったカモフラージュでもなさそうだ。恐らく、彼の本拠地はそこのマップの中には何処にもない」
「……そんなことがあり得るの? ゲームのルールに、反しているのではないかしら?」
「彼に限っては、あってもおかしくないかも知れない。なにせ彼の能力は、自国の空間を自由に操れるものなんだからね」
「《そっか! 好きに切り離せるんだったね!》」
「そういうこと」
先ほど、ユキに蘊蓄を語った通り。ソウシの絶対切断の剣は、実際は斬撃ではなく、支配空間を自由に裂いた結果起こる結果である。
ならばそれを応用し、自国の一部をどこか遠くに置き去りにしてきていたら?
本拠地がここに無いことも、ソウシが何処にも居ないことも、それで説明がついてしまう。
このゲーム、プレイヤーは自国内であれば、何処であれ自由に移動が出来るのだから。
それが飛び地のようなポツンと離れた本拠地であっても、きっと問題なく移動出来るのだろう。
「さて。もしそうなら、この遠征は徒労に終わった訳だ。とはいえ完全に無駄ではなかったけどね」
しかしながら、ソフィーの『雷属性のカグツチ』は、どうせなら次元騎士部隊に撃ち込んだ方が有効だっただろう。あれは盾の範囲では、防げるものではない。
ただ、そちらも決して成果が無い訳ではない。今も、アイリとユキが奮闘し善戦中だ。
ハルも意識をそちらへ移し、彼女たちの援護へ回ることを優先するのであった。




