第1170話 姿見えぬ敵将
地形ごと吹き飛ばす威力であろうハルたちの砲撃。それを、一切のダメージなく次元騎士の大盾は受け止めた。
この絶対の防御力には見覚えがある。かつて、ソウシの国において、彼が自国の空間を操作することで見せた空間固定による攻撃無効だ。
「今度は、それを盾の形限定とはいえ、他国へ持ち出せるように成長したってことか」
「でもさでもさ? その力使うには、例のハイリスクな奥義が必要なんしょ?」
「そうです! ならば時間制限まで耐えきれば、わたくしたちの勝利なのではないでしょうか!」
「確かにそうなんだけど、でも、そう上手くいくとは限らない。ソウシ君のユニットの動きからは、そうした焦りが見られないし」
「……確かにそうね? 制限時眼が迫っているなら、あんなに悠長に布陣をしていないでしょうね?」
ソウシのユニットは今、ワープゲートのような空間の歪みを通り続々とハルの世界に侵入してきている。
その陣形展開はよどみなく落ち着いていて、高貴な者に仕える騎士の余裕を感じさせた。
とても、時間切れは即敗北の、タイムリミットを背負っているようには見えなかった。
「やせ我慢してるだけだったりして。アメジーとおんなじで」
「確かにですねー。お金持ちの子らしいですしー? どんなに切羽詰まった時でも堂々と行動しろって教育されているかも知れませんー」
「ありがちね?」
「ありがちなのです! そうだと、楽なのですが。でもハルさんは、そうは思わないのですよね?」
「うん。彼の性格はそこそこ良く知ってる。この対応は、本当に余裕があると僕は見ているよ」
「じゃあ、克服したんだろね。能力が成長したのか、それとも、仲間の力か」
「仲間の方じゃないかな? ユキの言うように、今回は彼の後ろには多くの部下、属国が控えている」
そんな彼らが直接参戦して来ないのは、何らかの形でソウシをサポートしているからだと考えるのが自然だ。
例えば、盟主であるソウシの負ったスキルのコストを、属国が肩代わりするスキルであるとか。
「実際、彼の使っていたあのドラゴンの力。あれは兵士を生贄に捧げることで強力な力を発動する、そういうタイプだった」
「その系統の発展形で、不都合を押し付ける能力があるかも知んないね、確かに!」
自国の兵士ではなく、他国の兵士、ひいては他国の国土を強引にコストに出来るとすれば、時間制限など気にする必要はなくなる。
例え時間切れになっても、戦闘不能になるのは部下の世界。そんなズルい連携もアリかも知れなかった。
「しかし、そうなるとあの剣も警戒しないとね」
「確かにそうですねー。盾だけでなく、剣も対応したスキルを持ち込まれていると思った方がいいでしょー」
「《なーに? 剣の方はどんな力があるって言うの?》」
「あれはですねヨイヤミちゃん! 空間を切り裂いて、あらゆる物を切断してしまう剣なのです!」
「《わーお、反則。チートとか好きそう》」
「ヤミ子よ……、ゲーマーだけに的確にダメージを与える言葉は止すのだ……」
「でも、確かにそうね? ソウシはゲームでチートを使えるなら、迷わず使うタイプじゃないかしら?」
「かもね。ゲーマーじゃないみたいだし、勝利至上主義かも知れないね」
敵の攻撃は一切受けず、どんな敵でも一撃で切り裂く。ゲーム性を一切無視した、安いチートそのものだ。
アルベルトがどんな強力な防壁を生み出しても、空間ごと斬られてはハリボテと同じ。
「とはいえ、盾と同じで、これも自国に居る時と同じようにはいかないんじゃないかな? という訳で、アイリ」
「はい!」
「敵のスペックを確かめてみよう。ゾッくんで出撃だ」
「わかりました! アイリ、ゾッくんで出るのです!」
アイリが出撃の宣言をすると、このコントロールルームの地下にある『地下鉄』の駅に、巨大な弾丸じみたカプセルが出現する。
そのカプセル、『列車』の中には巨大なふわふわユニット、ゾッくんが格納されていて、アイリの操作を受けそのつぶらな瞳に光がともる。
そんなゾッくんを乗せたカプセルは、滑るように駅から飛び出ると、ソウシの攻め込んで来た方角に向け真空のチューブの中を飛んでいく。
そのチューブは途中で折れて地上に飛び出すと、カプセルは勢いのままに『脱線』し空中へと射出された。
「ゾッくん、エンカウント! まもなく、有効射程に入るのです!」
「恐らくは大丈夫だと思うけど、もしもの時は列車の残骸を目くらましにして脱出するんだ」
「はい! ……攻撃、来ません! 外装をパージするのです!」
巨大な、巨大すぎる砲弾のように、次元騎士を目掛けてカプセルが飛んでいく。
そのまま体当たりしてもいいが、それでもダメージは通るまい。先ほどと同様に、盾で空間ごと運動エネルギーをゼロにされて終わりのはずだ。
そうなる前に、アイリはカプセルをバラバラに自壊させると、内部に格納されていたゾッくんを解放するのだった。
「やっぱ空間の断裂攻撃は飛んでこないねぇ。国外では、次元を斬る攻撃は出来ないって訳だね!」
「そのようだね」
かつての戦いでソウシの世界では、彼らが剣を振ればその斬撃は空を裂き、遠隔攻撃としてハルの身に降り注いで来た。
しかし今はその射程に入っても、騎士はカプセルや中のゾッくんを切り裂くことは敵わず、降り注ぐ破片を鬱陶しそうに斬りはらうだけだった。
「よし。やっぱり、無敵の斬撃はここでは物理的に剣の届く範囲のみのようだ」
「近づかなきゃ、なーんも怖くない。そーゆーことだねぇ」
「だね。そもそもあれは正確には剣で切ってる訳じゃなくて、自分の支配下にある空間を自由に分断できる能力で、」
「いや、理屈とかいーから。それよりハル君。アイリちゃんにエネルギー供給せんでいいの?」
「おっと」
アイリの操るゾッくんは、電気エネルギーで力を得る。今この世界は、世界樹による効果によって樹木さえあれば、どんな場所でもその葉から放電してのチャージが可能。
草原ばかりだったこの世界も、今はどこを見渡しても必ず木々が生えている。そこから、ゾッくんに向けて電撃の照射が始まった。
「無線充電、開始です! そして、充電しつつ攻撃開始します!」
今度はエネルギーを得たゾッくんの体から、ハリネズミのように無数の銃器が飛び出してくる。
アイリはそれらを全て次元騎士へと向けると、容赦のない一斉射撃を開始するのであった。
◇
「うりゃりゃりゃりゃー! 食らうがいいです! ……食らってくれません!」
「……流石の防御力ね? 一切受け付けていないわ?」
「盾に傷すら、ついていないのです……!」
「《自分はダメージを受けず、相手の防御は無視したいってことー? 友達なくしそー》」
「配下だけ居ればいい。そういった典型的な貴族タイプなのでしょうよ? 常に上に立ちたい、プライドの高い嫌味なタイプね?」
「《恥ずかしくないのかー!》」
「……君たち、そのくらいでね?」
あまりソウシのことを否定すると、ハルにも流れ弾が飛んできそうだ。ハルもまた、一方的な勝利を良しとする傲慢なタイプには変わりない。
「身体をすっぽりと大盾に隠して、銃弾、砲弾が当たりません! むむむ。かといって、近付く訳にもいかず……、わたくしは、ユキさんのようには出来ませんので……」
「なら、私も六本腕で出ようか! よーするに、あの剣にさえ触れなきゃいいんでしょ? よゆーよゆー」
「私も、地中から奇襲しようかしら?」
「いや、ルナはユニットの設計思想の通り、潜行して敵地に潜入して」
「わかったわ? でも、国境を塞いでいる霧は大丈夫なのかしら?」
「触れなければ平気。地下には霧は届かないし」
イルカのようなルナのユニットは、地中に潜る工作員タイプ。地中から飛び出ての奇襲攻撃も可能だが、戦闘能力は皆無なので、すぐにやられてしまうだろう。
ソウシのユニットは、地形ごと攻撃する機能に優れている。斬られたり燃やされたりして終わりだろう。
それよりも、こちらからも敵陣に攻め込むための布石を打っておく方が有益だ。
ソウシのユニットを迎え撃って全滅させてもいいが、攻め込んで勝利できればその方が手っ取り早いのは間違いない。
「さて、そんなルナに偵察も任せたいところだけど、残念ながら今はもっと良い方法がある。出し惜しみはなしだ。アルベルト」
「はっ! エーテル生成機構、起動します!」
「国境を接してしまっている以上、エーテルの大気が侵入することは防ぎようがない」
以前の戦争時のように、国中の木々から文字通りの紫電がほとばしり、空気そのものを原材料にエーテルを合成し始める。
これをソウシの国へと流し込めば、スパイを送り込む必要すらなく国中が丸裸だ。
さんざんソウシのことをズルだチートだと言ってきたが、ハルたちの方が余計チート呼ばわりに相応しかった。なにせ明確にゲームの仕様外の力である。
そんなエーテルがソウシの世界に流れ込み、その内情をくまなく明らかにしていくが、ここで少々予想外の事実が判明する。
当のソウシの姿が、何処にも見当たらないのである。
「……おや? 国内に、ソウシ君が居ない」
「ログアウトしている、ということかしら?」
「いや、特殊ユニットの操作中だ。それはない気がする」
「そんじゃ、配下の国に居るとか? でも、今はソウ氏の国しか繋がってないんしょ?」
「そうだね。そもそも、地続きになっていれば、そっちにもエーテルは流れこむし」
「きっと、ワープして避難したんですよー」
「ですね! こうして、ワープゲートを開ける方ですし!」
しかし、それは何の為に? 確かに、自国で指揮を執るよりも、離れた位置にある属国に身を潜めている方が安全だ。それは確か。
ハルがこうしてエーテルで探査している以上、その警戒は実際に功を奏している。流石は優秀な御曹司だ。
だが、上方の守りは高まれども、それは物理的な守りを捨てているのと同じ。
無防備になった国内にハルが攻め込み、守る者の居ない本拠地を攻め落としてしまえば終わりではないか。
「……誘いこまれている、とかでしょうか? わたくしたちに、わざと攻め込ませようと?」
「《かも知れないよねアイリお姉ちゃん。だって相手はワープ出来るんだもん! こっちをおびき寄せて、十分に引き付けたところで、どーん! だよ!》」
「ですねー。これは、罠の可能性が高いですよー?」
ソウシが何を考えているのか、なかなか見えてこない。恐らくはそうして、何らかのトリッキーな作戦を計画中なのだろうが。
しかし、悠長に考えてばかりもいられない。ワープゲートからは次々と、ソウシの、そして彼の部下のユニットが飛び出て来る。
アイリのゾッくんがそれを出てきた瞬間に破壊しようと狙い撃つが、弾丸はことごとく次元騎士の盾に阻まれ、その勢いを消失した。
「不気味だ。数が増えてきているが、焦って攻めて来る様子もない。自国の防御に回る様子もない」
「彼は前の戦争で、ハルの力をじっくり観察していたでしょうからね? なんらかの作戦を、練ったに違いないわ?」
そしてその作戦は、きっと必勝の策なのだろう。そうでなければ、一度敗北したソウシがこうして自信満々に開戦に踏み切るはずがない。
「……さて、どうしたものかね?」
「《そういう時は、体当たりで情報収集だよハルさん! 動かなきゃ、なにも始まらない!》」
「ソフィーちゃん。そうだね、確かに」
「《ここは私に任せて! 行こう、カグツチ!》」
多くの部下と共に攻めて来るソウシだが、仲間がいるのはハルもまた同じ。
そんな仲間の一人である、突撃少女のソフィー。巨大すぎる特殊ユニットの剣を携えて、脇目も振らずに敵陣へと走り去って行った。
まあ、彼女の言う通り、ここは出たとこ勝負で判断するしかない。ソフィーなら、不測の事態もその溢れるセンスで柔軟に対応できるだろう。
ならばハルは、今も続々とゲートから出て来る敵ユニットを、対処することに専念しよう。
結局、現れた敵を全滅させれば、勝利が確定するのはどんなゲームにおいても常識なのだから。




