第117話 風雲急を告げる城
神獣を召喚したチームが一気に魔力を消費し、そのチームとの勝敗はほぼ決した。
呼び出したのは緑と藍色。そして紫も儀式魔法で疲弊している。残る国は侵食にポイントを振っている青、橙色、赤。
そこをじわじわと押し込んで行けば勝ちは決まる。そんな算段をつけ、皆が何となく戦勝ムードに浮かれ始めた時であった。
「ハル。赤チームの領土が一気に消えたわ!」
「……なんだって?」
普段、常に冷静沈着なルナが声を大きくする。大きく、と言っても叫ぶような事はしない。だが事の異常さを知らせるには十分なほど珍しい。
ハルもレーダーを見ると、本当に消えたとしか言いようが無い状態だった。
先ほどまでは比較的大きな面積を保っていた赤が、かき消えたかのように一瞬で消滅している。少し目を離した間の出来事だった。
「……異常だねハル君。何かに消費したのかな。超つよい神獣を作ったとかさ」
「そうだね。知らぬ間に本拠地を破壊されてましたー、なんて、楽観視はしない方がいいだろう」
この場に居るのはハルといつもの三人、そしてカナリー。ぽてとは浮島を採取中。マツバは休憩中だった。
彼らに緊急事態を知らせるメッセージを送る。
「赤チームらしき人たちも混乱してる書き込みが掲示板にはあるね。……でも絶対数が少ない。これは、大半が知っていて口をつぐんでいると見て良いだろう」
「何かの計画が進行中、なのですね? 狙いは当然、わたくし達ですね」
「それ以外に無いだろうねアイリ」
嫌な予感がする。予想が付かない事から来る不安ではない。この先の展開が、半ば予想できる事からの不安感だ。
「ひとまず、外に出て目視で確認して来るよ」
「……珍しいわね? 慎重を期して<神眼>で観察するのが何時ものハルなのに」
「なんとなく、何が起こるか察しは付いてるし」
<神眼>で見ると、それと目が合ってしまいそうなのだ。ホラー展開は勘弁だった。
「そう。なら私も行くわ?」
「わたくしもです! お供いたします!」
「カナちゃんお留守番お願いねー」
「暇ですねー」
そうして皆で連れ立って、城のバルコニー部分へと出て行く。
オリハルコンの飛行機能を使い、方角を赤チームへと回転させ、それの到来を待った。
*
「来たよハルさん! 何か画面映えする展開なのかな!?」
「誰だお前」
「ヤだなー。ボクだってば!」
「キャラが別人じゃん……、緊張感そがれるなあ……」
「……こっちが本当ならキャラ違いなんだよ。外は観客席からの目があるからな」
マツバが余所行き用の猫を被る。ハル達の前ではあまり見せない顔なので、違和感が凄い。
何処かでファンが見ている可能性がある時は、演じる自分を崩さないのだろう。見上げたプロ意識だと感心する。
「それで、どうしたのハルさん」
「どうせ、なんか来るよ」
「簡潔な説明どーも」
「ぽてと、とうちゃーく。王女さん、あぶないよ?」
「大丈夫ですよ。旦那様が守ってくれますから。えへへへ」
「らぶらぶー」
手すりに手を掛け、対岸を望むアイリをぽてとが心配する。危ない、というのは王族として暗殺等の危険を指しているのだろうか。それともマイペースなぽてとらしく、単に落下を心配しているのか。
呼び出した二人も揃い、事のなりゆきを見守る。
ハルの予想通り、そこに現れたのはマツバと同程度の、あどけなさを残す少年であった。
「あれがパーフェクトマゼンタきゅんか……」
「あ、ボク悪寒が。……帰って良い?」
「すぐに城に入ってもらう事になるよきっと。我慢して」
「かみさまだ! かみさまにお願いしたの?」
「だろうね、ぽてとちゃん。強化ポイントを神の強化につぎ込んだんだろう。……恐らく、<降臨>のような効果がある」
「おおー」
少年神、マゼンタは真っ直ぐにこちらを、城のバルコニーに立つハル達を見ていた。ターゲットとしてこちらを捕捉しているのは間違いないだろう。
神の強化による、きっと最終段階。神獣の作成のその先。自陣の魔力を全てつぎ込み、神自身による出陣が可能になる。
大地の切れ目からしばらくこちらを見ていたマゼンタだが、意を決したようにガケの端から一歩踏み出すと、空中を歩くようにこちらへと向かって来た。
「これがハルの言っていた予感かしら?」
「うん。赤チームにはマツバ君のファンが一杯行ってるみたいだったし」
「納得ね」
きっと小さい少年がタイプなのだろう。そうして趣味に走ってマゼンタにガンガン強化を放り込んでいたら、実益も兼ねてしまった。
よくある事だ。趣味編成を極めて遊んでいたら、普通なら決して出会わないだろうバグを発見してしまう事などは。得てして最初の発見者となる事は多い。
「戦うのかな、ハル君?」
「戦うしか無いでしょ。どう見ても敵認定されてるんだ。とりあえず主砲発射」
「思い切りが良いなハルさん!?」
空中を歩いて来るマゼンタに向け、マーズキャノンを撃ち込む。
人型だろうと容赦はしない。あれは国一つ分の魔力の塊だ。気を抜けばやられるのはこちらの方になる。
「やったか!?」
「ユキ、分かってて言ってるでしょ」
「どう見てもやってないからねぇ」
砲のエネルギー弾は正確にマゼンタを捉え、着弾したにも関わらず、爆発のエフェクトは発生しなかった。
エネルギーは球状となってマゼンタの目前で停止し、空気に溶けるように小さくなって消えてしまったのだ。
流石は神だ。どう見ても普通の防ぎ方ではない。
「総員、退避」
ルナ、ぽてと、マツバが玉座の間へと戻って行く。アイリとユキはまだ残ったままだ。共に戦うつもりなのだろう。
「ゆっくり歩いて来るねぇ。強キャラムーブしおってからに」
「実際、強キャラだよね。主砲を生身で受け止めるんだし」
「あれは、どのような現象だったのでしょう。神には、魔法以外の攻撃は通じないとでも言うのでしょうか?」
「そんな事はないはず。神の体も、僕らと基本は変わらない。言ってしまえば超強いプレイヤーだ。物理攻撃も利く」
「じゃあキャンセルだろうね。セレちんの魔法禁止と同じだ。マーズキャノン禁止」
「だね。……砲の設計者、マゼンタなんじゃない?」
マーズキャノンが何を発射しているかはハルにも良く分からない。<神眼>でも、この神界の物質は解析が出来なかった。
魔力を使っていない以上、魔力視で式を読み取る事も出来ない。
だが恐らくは力場のようなものを固めて発射し、着弾地点でそれを解放する事で破壊力を発生させる代物であると推測される。
その力場を、マゼンタは破裂させる事なく丁寧に解きほぐしたのだろう。
「止められるのは一発かも知れない。もう一発」
「……利かないようですね」
「足止めにはなるようだね。もう一発」
「……ハル君、楽しんでない?」
「気分が乗ってきたからもう一発」
人聞きの悪いユキである。消え方を観察しているだけで、決して何も語らぬ恨みを晴らしている訳ではないのだ。
「……仕方ない。飛んで行って直接叩くしかないね」
「待ってました! 初の対神戦だ。セレちんの時はハル君一人でやっちゃったからね!」
「セレステとは何時も殴り合ってるじゃんキミ。……アイリ、戻って玉座に。あとカナリーちゃんに来れるか聞いてみて?」
「はい。……どうかご武運を!」
砲台で撃ち落せない以上、戦闘は避けられそうにない。城で暴れられても嫌だ、到達される前に叩きたい。
ハルとユキは、<飛行>でマゼンタの向かってくる先。元黄色チームの国土の上、巨大に抜けて広がった穴の上空へと飛んで行くのだった。
*
「やあ、ハルは久しぶり。そっちのお嬢さんは初めまして。変化を司る神にして、赤チームの守護神、マゼンタです」
「ヴァーミリオンもきちんと守護しろ」
「はじめまして、そしてさようなら」
「ユキ! ステイ!」
「がるるる……」
以前と変わらぬ調子で語りかけてくるマゼンタ。砲弾を何発も浴びせたというのに友好的にも程がある。
即時会戦を考えていた猛獣を押さえつける。
「ヴァーミリオンの事は、なんかゴメンね? 人望のステが足りてないんだよ、ボク。戦略コマンドの成功率が全部1%なんだ」
「あえて落としたようにも見えるんだけどね……、まあいいや。今回はそっちは本題じゃないし」
「うん、不本意ながら君のチームに攻め込まないとならない。クリスタルだけ壊したら帰るから、どいてもらえないかなー」
「ハルの旦那、このガキもう勝った気でいますぜ! 身の程って奴を教えてやりましょう!」
「誰だよ……、すぐに戦わせてあげるから、ルナに怒られる前に止めようねユキ」
しかしカチンと頭に来たのはハルも同じだ。暗に戦っても勝てないからそこを退けと言っている。
確かに、神の力は強大だ。普通は神の出陣まで持ち込めば、勝利は確定だろう事は間違いない。
「以前ハルが青の王子に言ってたよね。『君は負けたら死ぬんだ、だから降参しろ』って。ボクも同じ言葉を君に送ろう。そして今の僕には戦闘の拒否権が無いんだ。どうか引いてくれないか? 今のターゲットはクリスタルだけだからさ?」
「断る」
「ハル君は負けない」
「あらら……」
拍子抜け、といった感じだ。今の説得は、実は隣に居るユキに向けた物だったのだろう。ハルが引かないのは恐らく分かっていた。
ユキがハルの身を案じ、説得するよう仕向けた言葉。だが異常とも言える彼女のハルへの無敗信仰により、あえなく袖にされてしまった。
普段はむずかゆいユキのそれも、今はありがたい。
「自慢の世界一の彼氏なんだね。羨ましいなぁ」
「んなっ!?」
「口の達者な神様だこと……」
ユキの弱い部分、色恋沙汰にうとい所をすぐに察して突いて来る。流石はAIと褒めるべきか、非常にうっとおしい事この上ない。
ハルですらやらない挑発だ。
「……て訳で、警告はしたよ? ボクの目的はクリスタル。道を開ければ深追いはしないが、阻めば容赦も出来ない。その条件の下、ボクは君に宣戦布告しよう」
「《ハル様。マゼンタからの宣戦布告が通達されました。決着条件は本拠地の破壊》」
「受けるか、否か」
マゼンタの威圧感が増して行く。セレステの時と同じ、その辺のモンスターとは、いや神獣とも比較にならない緊張感。
その実力は以前に味わった通り。ぶつかればタダでは済まないだろう。
「受けよう」
だが、当然受ける。ここまで順調に押してきて、ゲームを投げ出すなどハルには出来ようはずも無かった。
◇
「グッド! ……って、えぇぇえ!? カナリー!?」
宣戦の受諾から一秒の間も置かずに、城のバルコニーから光の斬撃が放たれる。
空間を破裂させなかがらハルの脇をかすめ、その先のマゼンタへと突き刺さって行く。
「ちっ、外したか」
「当たってる! 当たってるから!」
「不意打ちで一撃死させられなかったら負けた気分だよねぇ」
「そうそう」
「この人たちこわい!」
剣は苦手なカナリーだ。この長距離で当ててくれた事だけでも御の字だろう。
カナリーにとって最も馴染みの深い存在。ハルの体を基準として狙ってもらっている。普通なら、かすりもしなかっただろう。
「君達は建築に特化してたんじゃなかったの?」
「してたよ。でも本拠地を守るためだ。カナリーちゃんだってやる気出すさ」
<降臨>したカナリーは、試合のルールとは別にハルが頼めば何時でも戦闘に参加してくれたらしい。先ほど聞いた。
そのカナリーの握る剣、『神剣カナリア』から次々に光の斬撃が放たれる。軌道は割とめちゃくちゃで、ほとんどマゼンタには当たらないが、その圧倒的な武威は、マゼンタの行動を回避のみに集中させるに十分だった。
《当たりませんねー?》
──カナリーちゃん、運動は苦手だもんね。
《ハルさんが意地悪ですー。それとは別に、剣の軌道がずらされてますよー?》
マゼンタの能力だろう。当たるはずだった剣の軌道、爆発を起こしながら進む空間の列が、途中で直進を止めてねじ曲がっている。
ほんの数度のずれだが、この距離であり、目標は人間大の大きさ。それだけで直撃コースは外れてしまう。
砲弾を止めた事と言い、空間に介入し、何らかの作用をもたらす力だろうか。
──でも止めさせる事そのものが妨害になる。斬りまくっちゃえ。あ、手すりの上に立つのも良いけど、スカート気をつけてよ?
《スカートの中は神パワーで見えないんですよー。ハルさんも見たかったらお屋敷まで我慢しましょうねー》
──カナリーちゃんがえっちな事を推奨しないだと。……マゼンタ、そんなに厄介なんだ。
返事は無い。互いの能力について、語るのは禁則にあたるのだろう。
しかし、普段は戯れてくる類の話を窘める姿勢が、言外に脅威度を物語っていた。
「ハル君! パンチが当たってる感じがしない! バリアかな!?」
「僕の作ったアレに似てる?」
「似てる! いや同じじゃないと思う。でも近い!」
カナリーの神剣の間を器用に縫いながら、ユキがマゼンタに<飛行>で突進し空中格闘を挑んでいる。
マゼンタは慌てずゆっくりとしたスピードで飛びながらそれを回避し、時に防御し有効打を避けている。
今のユキは魔王城の強化を一身に受けて能力が上がったハルによる<HP拡張>、<MP拡張>で、その身に宿す魔力が大幅に上昇している。
強引にレベル上限を引き上げたようなものだ。
城の効果はここまでは届かないようだが、今はアイリが玉座に座っている。アイリと同一化しているハルにもその効果が届く抜け道だった。
「黒光波動! ……魔法もあまり届かない。何かで減衰してるね」
「かっこいいじゃん! ハル君どうしたの、魔法に名前なんか付けちゃってさ!」
「セーフティーだよ。お子様の手の届かない所に保管しなきゃいけない魔法なの!」
アイリと二人で、複雑な魔法を思いついた喜びでつい式を組んだは良いが、危険すぎて、思考のみでつい発動してしまわないようにロックをかけた。音声によって認証する意識が必要だ。
ハルの指から放たれた五本の黒い光は、攻撃対象ばかりではなくその周囲の生命にも多大な悪影響を及ぼす。
生き物の居ないこの神界くらいでしか自由に使えない物だ。今回は存分に使おう。
そんなハルの凶悪な魔法も、イマイチ届いている感じがしない。しかも今のハルは城によって強化されているのだ。
そして敵のHPは国そのもの。倒すならそれこそ一国を滅ぼす出力を出さなければならない。
そんな神との激戦が始まった。
※誤字修正を行いました。
句点の位置がおかしかった所を修正、他、言い回しが変だと感じた文章を少しだけ書き直しました。
ストーリーに変更はありません。
追加で修正を行いました。報告、ありがとうございます。「ヴェーミリオン」→「ヴァーミリオン」。
ヴェ~。これはいけませんね。やってしまいました。(2022/1/27)




