第1169話 次元跳躍騎士
そうして互いが準備を終え、ソウシとその属国と、再び対決の時がやってきた。
今回は、連合がしたような大規模な包囲ではなく、ソウシの世界が単体で接触してくるようだ。これは、ハルの予想の通りであった。
「連合と同じ轍は踏まないだろうね。包囲しても、それで崩せる相手じゃないって分かっただろうし」
「戦力が分散するのは、包囲側もおんなじだしね。まあ、対処が面倒なことには変わりないから、しないでくれるなら歓迎ー」
「そうね? ハルやユキはそれでも対応できるのでしょうけど、私も方向が定まっていた方がありがたいわ?」
「しかし、一方向から来ると、それはそれで力強そうで大変なのです……!」
「だいじょーぶじゃアイリちゃん。ボス戦みたいで、きっと楽しい」
「はい! 防衛任務は、神経を使いますしね!」
どの時代でもどの世界でも、防衛ミッションは人気がないようであった。まあハルとしても、どちらの方が気分が乗るかと言えば当然ボス戦なのであるが。
「それ以外にもー。私たちの作った毒ガス、あれも包囲作戦をしない原因なんじゃないですかねー?」
「確かに。あれを再び展開してしまえば、包囲する意味など一切ないわね?」
「国境で、立ち往生するだけです! 兵の大半が、戦力外となってしまいますね!」
このゲームは、兵士ユニットは半ば自動で操作される。しかし、彼らに命令を出すのはあくまでプレイヤーであり、その命令は特殊な波長でそれぞれの国から届けられるのだ。
そこで、ハルたちの生み出した霧状の特殊な物質は、その命令をかき乱してしまう効果で敵兵を包み込んだ。
それにより命令は本来の意味を失い、霧の中に足を踏み入れた兵たちは、『バグった』ようなおかしな挙動をとり混乱し、ついには動かなくなってしまうのである。
霧はハルの世界を包み込むに十分な量を作り出すことができ、包囲などしてしまった日には、ほとんどの兵が死に兵となってしまうのだ。
「《ねーねー、でもでもー。それは一方向から攻めようと同じじゃないの? むしろ、その場合お兄さんは国境をいっこ、霧で塞げばいいだけだから……》」
「そうだね。完全防御が可能だろう」
「《だよね! やっぱり変わらないじゃん!》」
「まあ、そこはだねヤミ子よ。奴らも何か作戦を練ってくるだろう。例えば風で吹き飛ばしたりさ」
「《うーん。敵も馬鹿じゃないかー》」
「特に、あのソウシは当時のままでも、霧に対抗する手段があるからね」
「《空間を操るんだよね!》」
そう。ソウシは自らの世界の空間を自由に操る力を持っている。そしてその力の影響範囲は、自国のみに留まらない。
国境を接した敵国にまで力は及び、空間を振動させることによる崩壊は、きっと国境の霧ごと国土を消滅させてくるだろう。
「《強キャラじゃん! お兄さん、序盤でそんなのと戦ってたんだ!》」
「うん。まだ準備が整いきってなかったから、きつかったよ」
「むしろ序盤で潰せていて良かったかも知れませんからー、良かった面もあるかもですけどねー」
「確かに」
「《でも大丈夫? そんな強キャラが、復活しちゃったんでしょ?》」
「大丈夫よヨイヤミちゃん? その力は、いつでも自由に使える訳ではないようだから」
そう。ソウシがその力を振るうには、あるリスクを負わなければならなかった。
それは、発動後一定時間が過ぎれば、彼の国は強制的に戦闘行動を中止させられ無防備になってしまう技。
時間切れは事実上の敗北であり、その後は何日もの間、防御行動すら許されない。
「《そん時にぶっ潰しちゃえば良かったのにー。あーでも、そしたら前回の戦争で第三勢力に出来なかったのか……》」
「そういうこと。でも、そこで便利に使ったから、今苦労することになったとも言えるのも確かだよ。果たしてどっちが良かったんだろうね」
「けどソウシが居たからこそ、連合は早期に撤退したのも事実よ?」
「なんならソウ氏が居なかったら、連合に参加していたプレイヤーの数があれよりずっと多かった可能性もある!」
「《むー……、むつかしいなー……》」
そんな、『むーむー』と唸っているヨイヤミも、今回は特殊ユニットを用いて戦闘に参加するつもりのようだ。
初の活躍にむけて、やる気十分。彼女の遊園地の世界からどんな能力が生まれるか、ハルも純粋に興味があった。
しかし、そんな楽しそうな彼女に向けて、どうしても確認しておかねばならないことが、ハルには一つ。
「……さてヨイヤミちゃん。戦闘が始まる前に、もう一度確認だ。僕らは、この戦いに勝ったらそのまま、このゲームの謎を暴きにかかろうと思っている」
「《うん。いよいよ、調査の集大成だね!》」
「そうだね。そこで、恐らくここの『運営』と接触することになると踏んでいるんだけど、そのことで君にも覚悟が必要だ」
「《知ったらもう戻れない~、ってやつ?》」
「それも無くはないけど、むしろ、君の事情についてだ。その際もし必要そうなら、君の事情に関しても、聞かせてもらう事になるかも知れない」
「《……う、うん》」
ヨイヤミはまだ、ハルたちに隠している事情がある。彼女の特異すぎる能力によって有耶無耶になってしまったが、元々はこの謎のゲームが生まれた際のキーマンとして、ハルたちは彼女に接触したのだから。
ハルたちを騙している、とは言わないが、秘密にしている事があるのは確実。そこを、強引にでも聞かねばならない状況に陥るかも知れない。
「もし、それが嫌ならば、せっかく楽しみにしている所悪いけど、」
「《大丈夫! やるよ、ハルお兄さん! 必要になったら、私きちんと話すから!》」
「……そうかい?」
「《うん! お兄さんは、私を信じてくれた。助けてくれた。今度は、私がお兄さんを信じる番で、助ける番だよね!》」
「おー。泣かせるねヤミ子。偉いぞー。うりうりー」
「ヨイヤミちゃん、勇気を出しましたね!」
人形のように表情の読めない彼女だが、それでも、その場しのぎの出まかせを言っているようには全く思えない。
きっと、勇気を振り絞って、ハルたちのことを信じてくれる事を決めたのだろう。
そんな彼女の信頼に答えるためにも、まずは目の前のソウシを打倒せねばならないハルだ。
ここで、大事な話に入る前にあっさりソウシに負けました、ではあまりに格好がつかない。
とはいえハルたちの世界も、初戦とは比較にならぬほど成長した。もはやソウシが多少成長しようとも、部下を従えて来ようとも、物の数ではないはずだ。
さて、それでは対アメジストの決戦前の前座として、軽くひねってくれるとしようか。
*
「国境線が確定しましたー。目視で、ソウシワールドが確認できますよー」
「よし、惑乱の霧、生成開始。国境沿いを完全封鎖して」
「らじゃー。ジャミング用の毒ガス、発生開始ー」
「毒ガス言わないの、カナリーちゃん」
とはいえ、見た目は完全に毒ガスそのもの。そんな紫の霧が、ソウシの世界との接触地点を覆い尽くす。
石造りのファンタジーな街並みは、見る間に霧に覆い隠される。
こちらから見ると、おどろおどろしい霧のかかった街には、これからゾンビやヴァンパイアでも出そうな雰囲気だ。
「さて、お手並み拝見だ。当然、ここまでは彼も予想済みのはず」
「予想してなかったら?」
「……そんなことある、ユキ? まあ、その時は、慌てふためく彼のリアクション芸を、楽しませてもらうとしよう」
「その時はこちらも攻め込めなくて、残念なことになりそうね……?」
「互いに勢い勇んで、しかし互いに何も出来ないコントなのです!」
戦場に、これまでとは別種の緊張がしばしの間流れて行った。そんな結果になれば、ハルもソウシも間抜けでならない。
リーダーとして互いに、部下へどう顔向けすればいいのだろうか?
そんな、妙な空気が流れてしばらく。ハルが、『最悪の場合この霧を解除するか』などと考え始めたころ、静寂を保っていた戦場に変化が訪れた。
「来たか。いや、良かったよ。最悪の事態を想定し始めたところだった」
「《あはは! おっかしぃのー。攻め込まれてるのに、ハルお兄さん安心してるー》」
「そうよ? 動きがあったということは、毒の霧を攻略されているという事なんだから。しかも自国内に何かの能力が発生しているわ?」
「あれは、ゲートでしょうか!?」
そう、例えるならばワープゲート。そんな黒く揺らめく空間がハルたちの領土の中にぱっくりと口を開けはじめた。
毒の霧からは距離を取った位置に、唐突に出現したその空間の歪み。それはきっと、空間使いであるソウシの能力に違いない。
その推測を証明するかのように、あの時見たソウシのユニットである地を這うドラゴンが、その歪みの中から姿を現したのだった。
「やはり、ワープなのです! 国境線を、突破されました!」
「どうするのハル? あの位置に霧を持ってくることは、可能かしら?」
「もちろん可能だね。しかし、そうはしない」
「それやっちゃうのは簡単ですけどねー。今は、あえて泳がせておくほうが得策ですよー」
ゲートを霧でふさいでしまうのは簡単だ。しかし、それでは何の意味もない。戦況が膠着して困るのは、ハルも同じなのは語った通り。
それに、あのゲートがソウシの能力であるならば、それを維持させておくことで、彼の力の一部を常時削っていることになる。
「……それに、もし特殊ユニットには霧が効かなかった場合、大変なことになる」
「それは、確かにまずいわね……」
実証実験が済んでいるのは、連合の兵士のみ。もしソウシのドラゴンには霧が上手く作用しなかった場合、ゲートを閉じて徒歩で攻め込んで来てしまうことだろう。
その自爆を避けるためにも、今は誰にとってもあの霧の効果は不確定なままであることが、都合が良いハルである。
「一番嫌なのは、一か八かで霧に突っ込まれることだし、ここは成功体験を与えて選択肢を狭めておこう」
人間、狙った作戦がなまじ上手くいってしまうと、無意識にそれに固執してしまうものだ。
意識するとしないに関わらず、既得権益と化し、それを喪失することを怖れるからである。失うことには強い忌避感を覚えるのが、人間だ。
そのため、このゲート作戦が成功しているうちは、ソウシはそれを手放すことは嫌がるだろう。
もっとも、彼は英才教育を受けた御曹司であるし、それを差し引いても優秀な人物であるので過信は禁物だが。
「ともあれ、僕らはなるべくあのゲートを維持させるように動く。普通なら、ありえない事だけどね」
「だね。きっと維持費がかかるし、何より小さな出口がボトルネックになる!」
ユキの言うように、ゲートの出口は大きさが限られており、大量展開が難しい。
今もかつて見た次元騎士のようなユニットが転移をしてくるが、軍団で整列しての行進という訳にはいかないようだ。
一体一体、地道にゲートから排出されてくる。この時間のロスは、攻めるにあたって大きな枷だ。
「してハル様。攻撃はいかがいたしましょう? 既に敵はレールキャノンの射程内。領土侵犯している相手に、容赦は不要かと存じますが」
「そうだね、アルベルト。正直なところ、このまま敵の準備が整うまで待ってあげたいが、あまりそうしすぎるのも不自然か……」
「はっ。猶予を与えすぎるのも、こちらが誘いをかけているという印象を与えかねません」
「そうだね。いいだろう。よし、撃て」
「承知いたしました!」
「あの大砲、人に向ける武器ではないと思うのだけれど……」
「不法入国者に、容赦は不要なのですルナさん……!」
まあ、ドラゴンも居ることだ。ドラゴン討伐の為、ということでここは一つ。過剰殺傷には目をつぶってもらおう。
そんな地形を変えかねない砲撃が、音速を超えて世界樹の上から敵兵に迫る。
ここから国境まで、砲弾が到達するまで何秒もかからない。そんな超高速で飛来する砲弾を、どんな感覚で察知したのか次元騎士の一人が防御に回った。
敵は巨大な盾を構えるが、だが無駄なこと。硬度だとか防御力だとか、そんな対人で作用する要素など何の役にも立たない。
直撃だろうが防御しようが、あるいは余波だけ受けようが、彼らの辿る結末は一つ。その、はずだった。
「……なに?」
「《わお! あいつら、防御しちゃった。無傷だよ無傷! すごいねハルお兄さん!》」
「うん。どうやら少々、ソウシ君を侮っていたかもね」
まるで、ハルの人形兵が無敵板で砲弾を受け止めるように、いや今のはそれ以上。いかにアルベルトの開発した特殊合金とはいえ、電磁加速砲の直撃には耐えられない。
しかもあの勢いで直撃したにも関わらず、一切の衝撃波等も発生したように見えなかった。
「なんだかあの盾のある空間が、完全に固定でもされているような、そんな感じだね……」
「さっすが空間使い」
ソウシの能力、その成長はハルの予想の遥か上を行っていた。
どうやら、アメジストの前座などと舐めてかかって良い相手では、ないようなのだった。




