第1168話 数多の世界を統べる者は
黒い石の構造データから発想を得た原初ネット。それは、構造こそ異なるが同じエーテル、大気中のナノマシンを利用したネットワークであることに変わりはない。
エーテルネット内に隠れ潜むように共存ができ、しかも無意味であるが故に察知されない。
木を隠すなら森の中、エーテルを隠すならエーテルネットの中。実に、効率的な隠し場所と言えた。
「……しかし、問題になるのは、エーテルのある場所、つまり学園の外でエネルギーを発生させてどうするのかって部分だね」
「《そこはー、配置を工夫したりすることでー、発生位置を指定出来たりするんじゃないでしょーかー》」
「かもね。だとすれば便利だ。応用が利く」
例えば大気中に魔法陣でも描くように原初ネットを配置すれば、特定の位置へと狙ってエネルギーを発生させることだって出来るかも知れない。
なんにせよ、それをハルたちが自分で検証する必要はない。アメジストの組んだ仕組みを後追いで観察することで、その技術に迅速に追いつくことが出来るからだ。
「隠せないのが災いしたね。存在に気付かれてしまったら、もう何処にも逃げ場はない」
「《全てが不明な、謎の存在だったけれど。案外本人は、綱渡りの必死な状況だったのかも知れないわね?》」
「《いつバレるかヒヤヒヤだ。まるで防御力ゼロの潜伏アサシンだねー》」
透明化で敵を翻弄し、敵陣に大損害を与える暗殺者も、もし見つかってしまえば一撃で首を刎ねられる。
そんな、こちらからは見えない、敵には敵の悩みや緊張感も、また存在したのかも知れない。
「《しかし、ここでも、もし見つからなかったら……、また振り出しになってしまうのでしょうか……?》」
「安心してアイリ。もう見つけた」
「《は、早いですー!》」
ことエーテルネットの事となれば、ハルに敵など存在しない。既に、ネット上にぽっかりと不自然に空いた空白地帯を、複数探し当てていたハルだった。
「……分かっていて探せば、なんて楽なことか」
しかし、知らなければただの空白。ただの緩衝地帯。
元々エーテルネットは、その領域の全てをあまねく使い尽くしている訳ではない。未使用の部分だって多く、空白地帯があったところで、誰一人気にも留めない。
例えるなら、前時代の人間がエーテル入りの空気と、ただの空気の区別が決してつかないように。
地球人が、魔力の満ちた空間に踏み込んだところで決して気が付かないように。
知識がないということは、違和感を違和感と認識しない。
「幽霊の、正体見たり枯れ尾花。分かってしまえば、もう一切怖くない」
「《いえ、おばけは、怖いのです! それに、まだ謎の全てが解けた訳ではありません!》」
「そうだねアイリ。しかし、エネルギー源は押さえたも同然だ。十分と言える」
「《仕掛けるのかしら?》」
「ああ。このまま悠長に、全ての謎を解き明かすまで大人しくしているつもりはない。残りの謎は、本人に直接尋ねればいいさ」
確かにアイリの言うように、まだ謎は半分残ったままだ。このゲームは石の力とは別に、魔力もどこからか調達してきて使っている。
その仕組みもまた巧妙に隠されたまま運用されており、その謎は相変わらず残ったまま。
しかし、完全勝利に拘ってそこも調べ始めたら、この先いつまでかかるか分からない。
多くの者を巻き込んで事態が加速してきた以上、そんな拘りは捨てて迅速に解決に動く段階になっているだろう。
「《んじゃ、どーするハル君? 見付けた空気エンジンを、片っ端から潰して回る?》」
「いや、今すぐそれを強行するのも、それはそれで事故が怖い。動力ブチ切るのもね……」
「《電源を切るときは、きちんと手順に従ってシャットダウン! ですね! ケーブルを、そのまま引っこ抜いてはいけないのです!》」
「その通りだよアイリ」
「《ところで、なんでいけないのでしょうか!》」
それは少々、説明が難しいハルだった。アイリは異世界人である上に、世代すら違う。
昔のゲームで遊んではいるが、それは当時のゲーム機を使ったものではない。仮想化してモニター一枚でプレイできる、ゲーム機要らずのケーブル要らずだ。
「……まあ、それは後で教えてあげるね。ちなみに今回そうしないのは、まだ中に人が居るからさ」
「《戦争は一区切りついたけど、まだゲームは終わってないもんね》」
大規模戦争を経てこの世界は、群雄割拠の時代から、二つの大きな勢力が睨み合う、東西戦争の時代へと移り変わろうとしていた。
一方はもちろんハルと仲間たち。侵略を跳ね除け、逆に彼らの国土を吸収し一大国家となった。
そしてもう一方は、ソウシ率いる彼の部下たち。属国として従えられた国々は、事実上ソウシの国と見て構わない。
その全ての配下を総合すると、成長したハルたちの国を、大きく上回る面積を誇っていた。
一度ハルに敗れてから、しばらくソウシは国土拡張出来ていなかったというのに、大した成果だ。
「自国を広げるよりも、部下を増やすことに奔走していたか。思い切ったね、ソウシ君」
「《マップの配置を見るに、次はこちらに狙いを定めているようね?》」
「そのようだね」
多くの国が接続し、巨大な大陸のようになっていた周囲の国々も、戦争が終わり散り散りとなった。
そんな中でもソウシの部下たちは、依然としてハルたちの世界を取り囲むように、周囲に自分の世界を待機させているのがレーダーに映る。
これは、ソウシの号令あらば、すぐにでもまた総攻撃を開始できるようにと、そうした配置であるのは間違いない。
「まあ、いずれソウシ君とも再戦は避けられなかったことだし。こちらの都合で悪いけど、ここで雌雄を決させてもらおうか」
*
そうして改めて、全員でこの世界に集合する。ソウシを倒し、ハルが『ゲームクリア』する為の準備を整えるためだ。
このゲームのクリア条件が何なのかは未だに分からないが、ハルとソウシ、並び立つ両雄のどちらかが、現状それに最も近い者であることは確実だろう。
次の戦いを制した者が、数多の世界の支配者として、この世界の頂点に立つのだ。
「まあ、クリアしたいというよりは、それを言い訳に生徒たちを全員外に出したいっていう不純な動機なんだけどね」
「そのまま、クリア者が出たということでサービス終了ね?」
「入り口の設置権もらっても意味ないじゃーん」
「意味なくていいのですよユキさん。その権利は、雷都さんにあげる約束になっていますので」
「あ、なーるほど。その時から、ハル君このゲーム終わらせるつもりで」
「何処にも通じない入り口だけをプレゼントですねー。嘘は言ってませんねー?」
「喜んでくれると嬉しいんだけどね」
まあ、入り口を増やして、更に今後も発展するような流れでやっておいて、突然のサービス終了となれば混乱もあるだろうが、それは仕方ない。
そこは、ひとまず停止させた後で、ハルの方で何かフォローが出来ないかを考えるとしよう。
アメジストに話を聞いてみて、もし問題がなさそうならば、多少釘を刺した後で再開させてやってもいい。
まあ、見えてきた状況が状況なので、なかなかその流れになる可能性は低そうに思えるが。
「しかし、終わってしまうとなると、少々寂しくもありますね。ここまで発展した、ハル様の国ですのに」
「……いや、僕の国というか、もうほぼお前の国だからねアルベルト。さすがにちょっとやりすぎ」
「なにをおっしゃいます! ハル様あってこその、この発展だというのに!」
「だからお前のやりたい放題の責任を僕に押し付けるなって!」
「ふみゃー……」
まあ、そんなアルベルトが居たからこそ、勢力値も味方の数も劣るハルたちが、互角以上に敵と渡り合えてきたのだが。
そんな愉快な世界も、この戦いをもって見納めとなる可能性が出てきた。アルベルトではないが、なんだかハルも名残惜しい。
「また皆で作ればいいさ。今度は、消えないところでね。まあ、可能なようなら、この世界を保存できるか模索してみるよ」
「いえ、余計なことを口走りました。どうかお忘れを」
「そうだぞベルベル。まだ、勝った後のことを考えるのは早い! なにせ、まだソウ氏に勝てるとは決まってないのだからね!」
「左様でございますねユキ様。ならば、決戦に向けてよりいっそう装備を整えねば!」
「おうさ。これから徹夜で、最終兵器の開発じゃ!」
「煽るな煽るなユキ……」
まあ、実際油断していい相手ではない。一度倒しているとはいえ、この世界におけるソウシの能力は他とは一線を画す。
出会ったのが最初の頃だったので、このゲームのプレイヤーはみんなあんなものなのかと思ったハルだが、実際はソウシは相当の外れ値だった。
自国内に限定とはいえ、空間を自在に操る驚異的な能力。あの力は今でも、非常に厄介なままだ。
「それに、うちらが他のプレイヤーとやり合ってる時にも、ソウ氏は言っちゃえばハル君の世界に保護されて、何の脅威も気にせず戦力強化に励めた訳だからね」
「そうなの、ユキ? でも、国土は全方位を、この国に囲まれて拡張が出来なかったわよ?」
「国の広さはねー。でも、このゲームで戦力強化の為に出来ることは、領土の拡張だけじゃーない」
「特殊ユニットの、開発ですね!」
「そだぞーアイリちゃん」
「国の広さかユニットの強さか、トレードオフの関係ですからねー」
想像力であり創造力を、どちらに割り振るのかの相関関係だ。一挙両得は行えない。
だが逆に言えば、領土の拡張を封じられても、プレイヤーにはまだ可能となる成長の道が
残されているということだった。
「恐らくは、兵ではなく特殊ユニットを中心とした戦いになるだろう。アルベルトは、対大型の敵を想定した兵器開発を……、いや、既に過剰か……」
「いえいえ。どのような巨大な相手が来ようとも、一撃粉砕する超兵器を、」
「作らんでよろしい……」
あまり破壊力を高めすぎると、石から供給されるエネルギーも連動して加速していきかねない。
それがどんな結果を引き起こすのか、分かったものではないのだから。
「とはいえー、省エネじゃー勝てるものも勝てませんー。ここはさっさと、戦いを終わらすことこそ、消費が少なく済むかもですよー?」
「そだねー。よしっ。私らも、特殊ユニットの調整をして備えよっか! 怪獣大決戦じゃ!」
「おー! 頑張ります!」
「派手な戦いになりそうね?」
「そうだね……」
「にゃうにゃう♪」
まあ、仮にも神様の設計したゲームなのだ。消費エネルギーが許容値を超えるような事態は起こるまい。
それに、カナリーの言うように、そんな事を気にして戦いが長引いては元も子もない。
ここは、持てる最大の力でソウシたちを叩き潰すことが、最も消費が安く済む道かも知れなかった。
そんな、このゲーム最後のお祭りの為の準備期間。まるで文化祭前夜のようなある種の高揚感と共に、ハルたちは最終決戦の為の最終兵器を、騒がしく開発していくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




