第1166話 第一種永久機関の幻想
御兜と別れた後、ハルはそのまま人目を避けて音楽室へと忍び込み、ゲーム内へとログインした。
珍しく、一人きりでのログイン。寂しさもあるが、同時に、気兼ねなしに遊べるという解放感も存在する。
なんとなく、雷都の気分も分かるような気がするハルだ。たまには、お一人様というのも悪くない。
「とはいえ、今日は遊びに来た訳じゃない。のんびりばかりしていないで、調査を進めないと」
「《調査って、むこうのお宅で、何かを掴んだのかしら? 私たちにも見せてちょうだいな》」
「ああ。ルナたちの方にも、コピーを送るよ」
ハルは自宅に置いてある魔力を通じ、拝借したデータを<物質化>していく。
ネット上に決して載らぬよう、こうして物理的に保存しておくまではよかったが、透明人間が家に忍び込んで、手も触れずにこうして資料をコピーして帰るとは思ってもいなかっただろう。
「……いや、想定する訳ないよね、そんなこと」
「《リアルチートすぎるよねー。ゲーム的な意味じゃなくて、本当にリアルで、チート》」
「《わたくしも、拝見したいのです! ……分からないのです!》」
「《あはは。私にも分からんから、安心してアイリちゃん》」
送った資料には、黒い石に関する専門的な研究データがびっしりと書き込まれている。
異世界人であるアイリはもとより、見かけによらず頭のいいユキでも専門外すぎてさっぱり理解できないようだ。
そんな資料を、ルナはカナリーと共に何とか読み解いていくのであった。
「《……なるほど? こっちは、遺伝子操作によって能力者を生み出す為の研究のようね? お母さまは、この知識を持っていた御兜の家に補足されていたと》」
「あの地下室の器具を揃えるのも、完全に機密のままという訳にもいかなかっただろうからね」
恐らくは、会社の設備に紛れて仕入れたのだろうが、ピンポイントで専門知識を持っている御兜の家には見抜かれて怪しまれていたのだろう。
とはいえ、見通せたのはそこまでで、そこからは月乃の目的を見誤っていたようであるが。
月乃が自分の子供として作り出したのはハルではなくルナ。御兜天智はハルへと注視するあまり、ルナのことはノーマークであったようである。
「《大事にならないよう、逃げ切りなさいハル。私も可能な限り力になるわ? いえ、お母様が撒いた種だもの、面倒な対応はお母さまにやらせましょう》」
「ずいぶんとやる気だねルナ」
「《当然よ? これで、彼の言うがままに進行したら、あなたはお母さまの息子ということになってしまうわ? それは、私もお母さまも望まない》」
「《結婚できませんものねー。兄妹になってしまいますものねー》」
まあ、確かに、そういうことになるか。彼がそこまで口出ししてくるかはともかく、疑惑の方向性としては間違っていないので、確かに放置したままではいられないだろう。
「《あの研究所の資料もありますねー。当然ですけどー》」
「《今は、うちの病院として編入したあの病院ね? あそこを買ったことも、怪しまれる要因の一つだったのでしょうね》」
「奥様が何か情報を握っているから、あの病院を買収した。そう思われたんだろうね」
「《実際はあそこでハルを見つけたからで、病院のことなんて何も知らなかったのだけれどね?》」
「まあ、外から見たらそんなこと分からないよね」
「《ですねー。むしろ知ってなきゃ、不可能だと思うのは仕方ないでしょー》」
「《それもこれも、普段からお母さまが怪しいことばっかりしているからよ……》」
暗躍のしすぎで、やることなすこと全て暗躍に見える。オオカミ少年状態だ。
……まあ、それに関しては、ハルも月乃のことを擁護できないのは同じであるのだが。
「《今はそれよりー、石の研究についてですねー》」
「《そうね? こっちは後回しでいいわ?》」
「《あの“ものりす”さんから、エネルギーを取り出す研究。きっと、これなのです!》」
「《おー。よく見付けた、アイリちゃん》」
「《やりました! 内容は……、やはり、理解できないのです……!》」
大量の資料の中から、アイリが石の研究資料を洗い出してくれる。そこに記されていた内容は、特定条件下にて石から発せられるエネルギーに関しての研究結果。
結論から言えば、非常に微弱ではあるものの、石は外部からの入力無しで、エネルギーの出力を繰り返す物質であることが結論づけられていた。
つまりは完全な、第一種永久機関であると。
「世紀の大発見ではあるが、資料はこれに否定的だね。『そんなものある訳ない』と全力で言っているようだよ」
「《素直に喜ばんの? どうしても否定したいみたいに見えるよ》」
「まあ、科学者は疑い深いから。全力で否定して否定して、それでも否定しきれなかったら、その時は認めるんじゃない?」
「《ここでは、人類がまだ観測に成功していない未知の粒子や、いわゆるダークマターと反応する物質であるという仮説が立てられているわね?》」
「《あとは、別次元からのエネルギーの取り出しですねー。最近のお話から察するにー、今はこの説が有力視されてるんでしょうかー?》」
「そのようだね」
ヨイヤミの盗み見た、怪しい大人達の会話。恐らくは御兜たち石の管理をする家の人間だろう。
荒唐無稽に見えるが、ハルもこれが最も可能性が高いと思っている。
何故ならば、異世界の方の石、そして魔力の仕組みそのものが、まさにそのシステムであるからだ。
「魔力は、僕ら日本の人間の活動が次元を超えてエネルギーとして流れ、それを異世界で使用している物だ」
「《日本の皆さまの、『夢』が力の源なのですよね! すてきですー!》」
「夢かどうかは、分からないけどね。アイリの先祖はそう考えたようだ」
魔力とは、神の見る夢。なんともロマンチックな推測だ。
……まあ、そのロマンチックな夢を、根こそぎ奪い取ってやろうと大事件を起こさなければ、もっとよかったのだが。
「神様の中には、それは日本人の『資産』なので、全て僕らに返却すべきだ、という過激思想を抱いた人も居たようだけど」
「《はいっす! わたしっす! なんなりと、罰を受けます!》」
「よろしい。あとでおしおきだ。……まあ、そんなエメの思想はともかく、この事実そのものは実際確かなことだ」
「《魔力の発生には、うちらの存在が欠かせないんだよね》」
「うん。理屈はともかく、原因と結果はハッキリしてる。そしてこれは、異世界側から見れば永久機関と同じなんだ」
いったん地球の事は忘れて、異世界単体で考えてみる。すると魔力というものは、どこからともなく湧いて出て来る、エネルギー保存則を無視した無限のエネルギーだ。
エネルギーを得る為に、異世界人が何か入力を行うことはない。ただひたすらに、何もせずに出力だけを享受できる。
まるで天上からこぼれ落ちる神の雫。どれだけ使っても無くならないその力は、彼らを暴挙に走らせるには十分な『魔力』を、文字通り秘めていたのだろう。
「まあ、しかし結果は知っての通り。無限に思われたエネルギーも、実はきちんと発生原因があった。僕らの数が減り、供給が途絶えてしまったという訳だ。……ああ、アイリ、そんな顔しないの」
「《聞くたびに、胸がきゅっとなるお話なのです……》」
「僕らの世界だって大差ないさ。それに、ご先祖様だって、アイリの世界の更なる発展を願ってそうしたに違いないよ、きっと」
「《それに、今ハル君が言いたいのって、地球側の話もそれと同じこと、って話なんしょ? 話の流れからするとさ?》」
「うん。まさしくユキの言う通り」
資料にあった、夢のような永久機関の話。しかし、それも地球単体で見た限りのことであり、科学者たちが疑いをもったように、実際はそんなことはあり得ないのかも知れない。
異世界における魔力のように、別世界まで含めて見ればそこには明確な発生要因があり、その力は決して無限などではない。そんな気がする。
その原因がなんなのかは、ハルたちにもまだ分からない。
また別の異世界の人々の夢なのか、それとも、今度はまるで関係ない何かなのか。
しかし、科学者たちの睨んだように、その力の根源は、ここではない別の次元にある可能性はかなり高そうだった。
異世界の石がそうだったように、あの石には何か、別の次元と関わるための力が備わっている、そんな気がする。
「……さて、それで、今重要なのは、アメジストも何処からかその情報を手に入れて、このゲームの動力源として活用してるってことだ」
「《そうね? でも、中に入ったはいいけど、中からそれが調べられるの、ハル?》」
「まあ、やれるだけやってみるさ。なにせ今は、こっちにもエーテルがある。それに、資料からエネルギーの質も分かったんだ。見える物もきっと違ってくるさ」
ハルの国には今、そびえ立つ世界樹によって、国中にエーテル発生システムが張り巡らされている。
戦争は一区切りつき、今はハルの国に接している国も少数になったが、今は構わない。
今重要なのは人に接続することではなく、この世界そのものの解析なのだから。
「じゃあ、さっそくやっていこうか」
ハルは、玉座にゆっくりと座するように、この国の中心、コントロールルームの中央にある司令官席に座ると、大気中のエーテルへと接続を開始した。




