第1164話 別次元からの啓示
新しいUI、どうにも慣れませんねー(言い訳)。
「お話は分かりました。なんとも、壮絶なお生まれのようで」
「君が言うかな、それを」
「僕はまだ、貴方のお話を鵜呑みにした訳ではありませんので……」
「じきに、分かるさ」
分かる日が来ることはないだろう。いや、分かる分からないではない。ハルは御兜の言葉が事実ではないと知っている。
彼はハルのことを、月乃の生み出したクローンであり、共にこの時代に生まれた己の兄弟のような存在だと考えているようだが、実際は違う。ハルの出自は、はるか前時代のこと。
月乃は月乃で事実、己の娘であるルナをクローンのように生み出しているのが、また話を厄介にしていた。
「しかしお話には少々、解せない所があります」
「聞こう」
「そんな、ネットの頂点に立つような演算能力を持った存在が居るというならば、どうして天智さんの家は、そう設計しなかったんです?」
「尤もな疑問だね」
そう、管理ユニットの開発データを持っていて、それを再び生み出せるというならば、御兜天智もまたそうしてしまえばよかったのだ。
それをせずに、機械の遠隔操作などという、言ってしまえば中途半端な能力に留めたのは何故か。ハルは、それを問うてゆく。
「理由は、いくつかある。まず大きなものとしては、この力が、必要だったからさ」
「……それは、この地下施設の維持に?」
「それもある。本質的な意味においては、今の社会からコレを隠すため。その行為全てに必要な力だよ」
「なるほど。エーテル社会において、エーテル外の力を持っていることは大きなアドバンテージですね」
ハルの戸籍の違和感を見つけ出したように、なんでもエーテルネットワーク上で解決する現代において、その外の力を扱えるというのは強力なカウンターとなる。
それに、彼の家が前時代からの知識、技術の継承を行っているならば、それに適した力を持っているのは有用だろう。
「特に、コレはなるべく、エーテルに触れさせる訳にはいかなくてね。その管理の為には、エーテルに特化した力では、不都合だったのさ」
「……触れると、どうなるんです?」
「分からない。分からないが、それが、良い事だとは断定できない」
「慎重ですね」
まあ、慎重にもなろうというもの。この石ではないが、異世界から送られてきた方の欠片を、開発段階のエーテルネットで解析しようとした際のことを思えば当然だ。
管理ユニット一体の意識不明。補助AIの大量消失。その時と同じようなことが今起これば、今度は日本のほぼ全人口が消失事件の犠牲者になりかねない。
病的な管理体制での封印も、当然といえば当然のことだ。
しかし、それでもなお納得のいく答えではない。この黒い石の管理に、天智の能力が必要だったというのならば、それとは別個体で管理ユニットを生み出せばよかったのだ。
なにも、クローンは一人しか生み出せないなどというゲームじみた制限などない。必要な分を、必要なだけ作って配備すればいいだけのことなのだ。
……まあ、当然、人道には真正面から喧嘩を売る発想だ。当然のようにこんなことを考えるのもどうかしていると、自分でも思うハル。
しかし研究所なら、それを生み出すきっかけとなった家ならば、そのくらいの『効率プレイ』はやって当然とも思うハルだった。
今さら、良心の呵責で足を止める者達ではないだろう。それなら天智も生まれていない。
その疑問の答えは、ある意味予想通りのものだった。
「二つ目の理由。いや、実質的には、これが全てだね。管理ユニットは、我々では再現ができなかったんだよ」
「……一度は、作り出すことが出来たのに? 大災害で、データが失われたのでしょうか?」
「いや、そうではない。もちろん、それもあるが」
「歯切れが悪いですね」
そもそも当時の段階でも、偶然の産物に等しかった、そういうことだろうか?
まあ、そこは今は重要ではない。重要なのは、彼らは今はもう作ろうとしても、当時のような管理ユニットを新たに作り出すことは出来ないということだ。
倫理感消失バグに浸食されているような思考のハルでも、己と同じような存在が再びこの世に生を受けることがないという事実には、多少の安堵を覚えていた。
「それに、当時の記録によれば、管理ユニットはその処理能力に機能を振り切っているために、人間的な感情が欠如していたと聞く」
「それでは、家を継ぐ者としては致命的、ですね」
「そういうことだよ」
それも知っている。というか実際に欠如していた。
そのせいで実に百年ほども、ひたすらに無為で怠惰な生活を満喫してしまったハルである。お恥ずかしい限りなのである。
「……しかし、今の話を聞くと疑問が出ますね。天智さんの話では、僕はそんなユニットの完成形として生み出された。そう考えているのでしょう?」
「ああ。そうだよ」
「それならやっぱり、矛盾しているのでは? 一応、これでも僕は人間的な感情がある、つもりです」
「歯切れが悪いね」
「いやまあ、色んな人に『ズレてる』と言われてますので」
「ははは。気にすることはないさ。それは君が、優秀な証だよ」
「はあ……」
笑いながら賞賛してくれる御兜だが、誤魔化される訳にはいかない。
確実に矛盾していながらも、彼はハルが『完成品』だと確信しているようだ。その経緯は間違ってはいるものの、直感は見事なものだ。
つまり、今聞いた話の他にも、まだ管理ユニット生成についての話には続きがある。
そこからは恐らく、彼の家とは、離れた世界の話になる。そうハルは当たりを付けたのだった。
◇
「そもそも、そのようなエーテルネットワークを統べる者。いやエーテルその物が、どのような経緯で生み出されたかは知っているかい?」
「それはまあ、話の流れから推測するに、貴方の家も関わった研究所で、多額の資金を投じて研究をして、開発したのでは?」
「間違ってはいないよ。間違ってはいないが、また正しくもない」
「というと?」
「出来るかどうかも分からない研究に、多額の資金を投入する酔狂は居ないということさ」
なるほど、納得のいく話である。お金を出すというのはどこまでいっても現実的な話だ。
いかに画期的な新技術の話をぶちあげても、実現可能性が薄ければ出資者は見向きもしない。彼はそう言っている。
「つまるところ、逆に言えば、研究所が出来た段階で基本的な技術は確立されていた?」
「その通り。管理ユニットの存在もまた、同様にね」
「……それは、おかしな話ですね」
ありえない話、と言ってもいい。そんな、無から技術が湧いてくるような話など。
確かに前時代は今よりも機械技術が盛んであり、実は微細な世界に干渉する技術においてはエーテルよりも勝る分野だって存在した。
しかしだからといって、突然エーテルネットのような複雑な技術体系がある日突然現れることなどない。長い時間と、それこそ多額の資金が必要だ。
「どこかの超天才が、天啓でも受けて一夜で閃いたんですか?」
「いいや。でも、ある意味で天啓というのは的を射ているよ。その開発経緯は、神にでも聞いてカンニングしたに等しいのだから」
そう言って御兜は、台座の上にそびえるこの黒い石板へと再び視線を移す。それが意味するところを、理解しないハルではない。
つまり研究所の発足と、この謎の石には深い関りがある。いやそれどころか、研究所のルーツが、この石にある。そういうことだ。
「エーテルネットの発想は、この石を解析する過程で生まれたものなのだからね」
ハルの推測を、御兜もまた肯定する。やはり、そういった話になるのだろう。
「……改めてなんなんですか、これ?」
「分からない。分からないが、構造解析を重ねる過程で、特殊なネットワーク構造、および微弱ではあるが、発生源不明のエネルギーが検出された。当時は、人類に進化をもたらす、叡智の石板ともてはやされたようだよ」
「それは、そうなるでしょうね」
ここで、例の別次元からのエネルギーとやらの話にも繋がる。それはいいのだが、どうやらこの石、想像以上に厄介な物質のようだ。
それに、彼が月乃に疑いをかけているということは、月乃もまたどこかで、この石と関わりがあるのだろうか? どうにも、混乱の加速してきたハルだった。




