第1163話 調整品と完成品
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ハルの気付かぬところで、御兜は何らかの操作をし、何らかのデータを参照している。
ここでまず思いつくのは、現在アメジストによりハッキングを受けているエーテルネットの仕様変更に関することだ。
現状のエーテルネットは通常、操作モニターの非表示化が出来なくなっている。それを何故だか、非表示に出来るよう変更しようと基幹システムに介入しようとしているのがアメジストだ。
この、明らかに事態の中心に居るであろう御兜翁とアメジストが手を組み、非表示化に向けて動いた。そう考えれば一応は納得はいく。
しかし、本当にそんなに単純な話だろうか?
《そもそも、モニター非表示どうこう以前に、ここはエーテルネットの圏外だ》
《そっすよねぇ。ここから接続できるのなんて、“こっち”を経由してズルしてるハル様くらいっすよ》
《まあ、逆に、僕が出来ているんだから他の人が出来ない理由もないとも言えるんだけど……》
《えー、無理っすよー。神界ネット経由で接続なんてしてたら、わたしが気付かない訳ありません。こう見えて開発者っすよわたし、お忘れかも知れませんが。なんか怪しい動きがあれば、さすがに気が付きますって!》
《そうですねー。それにー、ネットで操作しているとなれば、ネットのある場所の操作ですー。そこにはネットはありませんー》
《確かに、その通りだ》
少々、結論を急ぎすぎていたかも知れない。近視眼的になっていたとハルは反省する。
カナリーの言うように、エーテルネットでデータを取ったり、装置を操作したりする為には、エーテルの満ちた空間である必要がある。
学園の地下であるここは、例外的に圏外。モニターの非表示に成功していようと、操作する対象が何も無いのだ。
一つのピースがはまったからといって、他を見落としていては真実にはたどり着けない。
《ならば、彼はどうやって装置を操作した? 黒い石が問題ないと判定した?》
《操作はともかく、データはハッタリの可能性はないですかね? 彼は最初から、問題ないと知っていたとすれば、データ取ったフリくらいするっすよ》
《ハルさんと同じですねー》
《確かにね》
ハルも実際、そうした自分に情報優位性が確実にあるとき、平気で敵に嘘をつく。というかさっきもついた。
ハルと似たやり方をする彼のことだ。その可能性も十分にあるだろう。
しかし、実際にこの場で機械装置が物理的に動作をしてみせている以上、その考えもまた何か違う予感がしていた。
《ならば、僕の見逃している装置か何かがある可能性だけど……》
御兜翁の言うように、ハルが探知し逃したセンサーが実は足元にあり、本当にそれを操作しただけの可能性。
ハルの見逃している部分に、彼にしか分からない暗号のような形でデータの表示板があって、彼はそれを見ただけの可能性。
ハルだってこの場では十全にエーテルは使えない。探査漏れがあったということも、十分に考えられる。
《……いや、ない。そんなヘマはするものか。僕だけならともかく、ユキとメタちゃんだってこの場に居たんだ》
《傲慢なまでの自信っすね!》
《でも確かにー。機械とエーテルの両面でサーチしたんですー。見逃しがあるとしたら装置じゃなくてー、トリックの方でしょうねー》
そう、何か単純なカラクリを見逃している。この場にある物を適切に使い、手品のようにハルを欺く方法を。
それを導き出すために、ハルは今ある情報を改めて脳内で整理する。
そして、これまで会話した御兜の言葉から、何かヒントとなるものがなかったかを思い返していった。
そうしてハルは、あるひとつの可能性へと思い至った。それを、実際に確かめていくことにする。
「……天智さん。このコンピュータで、あの黒い石をサーチしてみていいですか? 危険なようなら、もちろん止めますけど」
「いいや。いいよ。機械的な方法での調査ならば、前時代にも散々試したからね。それで、何かが起こることはないだろうさ」
「ありがとうございます」
「ただし、あまり近づきすぎないようにね。私たちの体内には、微量のエーテルが、残留しているのだから」
「はい」
彼の許可を得て、ハルは黒い石に解析のため装置を向ける。
しかし、その目的は解析ではない。それはもう前回に終わらせた。真の目的は、この隣の老人の反応を、探っていく事であるのだった。
*
数歩ハルは踏み込むと、言われたように近づきすぎない位置からサーチを開始する。
電波や音波、可視光に不可視光、それらが石へと照射され、可視光がホログラムのように走査線を描くのは、まるでSFのサーチシーンだ。
「へえ。凄い装置だね。そんなに小型だというのに。君が、作ったのかい?」
「ええまあ。趣味のようなものですよ」
興味津々といった感じで、彼もその様子を覗き込んでくる。これは疑いというよりも、素の興味なのだろう。
雷都といい、ここのところ機械マニアとの接触が多くなっている気がする。
しかし、そんなマニア同士の交友を深めるのが目的ではない。ハルは油断なく、この小柄ながらも姿勢の良い老人の様子を観察する。
《アルベルト》
《はっ!》
《コンピュータのセキュリティ、全権をお前に移譲する。エメとも協力して、異常を洗い出せ》
《お任せください!》
《異常ってなんすか? 石のスキャンで何か悪影響が出るっすか?》
《いや、それはほぼ無視していい。まあ、余裕があったら見ておいてよ。それよりも警戒すべきは、ハッキングについてだ》
《どこから!?》
そう、普通に考えれば、ハッキングしてくる相手など居ない。この場に機器は色々とあるが、そういった類の物ではないのだ。
ならば黒い石からのハッキングか? そうしたSFホラー展開も好みではあるが、ハルが警戒しているのはそれでもない。
結局、人間の機械に侵入し、人間の情報を参照したいのは同じ人間だけなのだ。
《ハル様! 検知しました! スキャン中のデータを処理している演算回路に、あらゆる障壁を無視して唐突に割り込みが!》
《やはり来たか。構わない、見せてやれ。それは今は無視して、君らや魔法に関係するデータがあれば迅速に削除しろ》
《はっ! 全力で意味消失に務めます!》
《予想してた、ってことっすか?》
《ああ。本来ならまだ混乱してただろうけど、僕らには幸い、身内に可愛い前例が居るからね》
手を触れることなく、何の予兆も発することなく、離れた物を操作する。そう考えてハルの脳裏をよぎったのは、ヨイヤミの存在だ。
彼女が離れた人間の体に自由に侵入できるように、機械を対象に、それが出来る存在が居てもおかしくはないのではなかろうか?
そして、もう一つ気になったのは、ハルに対する御兜の態度。
初対面であるというのに、親のように、あるいは兄妹のように、親身になっての情報提供と忠告。
あれはハルを混乱させ都合の良いように操る目的だと判断したが、仮にもし、本心からハルを案じ、文字通り『親身に』なっていたとしたら、どうだろうか。
《……よし。ここらでいいだろう。アルベルト、適当なエラー画面をでっち上げてモニターに表示》
《て、適当と言われましても……》
《あーあー、やるっすやるっす。わたしがやるっすよー》
《……エメがやるなら、適当ではなくきちんと格好いいのを作ること》
《なんでわたしの時はそんな警戒するんですかあーっ!》
センスが少々心配だからである。言うまでもない。
とはいえ結果は危惧するようなこともなく、スタイリッシュな『WARNING』画面がモニターへと表示される。
その明滅する警戒色の画面を突然視界に叩きつけられた御兜翁は、咄嗟に一歩下がると共に、“彼の行っていたハッキング”も解除したのだった。
「失礼。急にこんな刺激映像を」
「……確かに、老体には、少々色味の刺激が強いようだね」
ハルはその黄色と赤の警報画面を解除すると、装置を停止し御兜へと向き直る。
彼もそれを見て、すぐにハルに誘いこまれたと気付いたようだ。
「なるほど。離れた機械に侵入し、自在に操る力。それが、貴方の超能力って訳ですか」
「少々、調子に乗って、力を見せすぎてしまったかな。もっと混乱して、悩んでくれると思ったのだけれどね」
「……知り合いに能力者が居なければ、そうなった気はしてますよ」
「それは、運がなかった」
逆に、ハルに運があったと言った方が良いだろう。しかし世間は狭い。月乃、ヨイヤミに続き、ここでまたハルの感知できぬタイプの超能力とは。
しかし、これではっきりした。彼が、ハルに何故か親身になってくれていた理由。それは、この彼の超能力の存在から逆算すれば、自ずと見えて来る。
きっと彼もまた、遺伝子操作により作り出された人間なのだろう。しかも、話を総合すれば恐らくは研究所のデータを、管理ユニットのデータを使って。
それで、月乃によって作り出されたクローンと推測したハルのことを、同類として、ある種の兄弟を見つけたかのように世話を焼いてくれたのか。
とはいえ、多分そう間違っていないこのハルの推測にも、まだ穴があることは確かである。
何故ならば、彼からは管理ユニットとしての力は、特に感じ取れないからだった。
◇
「貴方は、いえ貴方こそが、先ほどのお話にあった、研究所とやらのデータを使って作り出された人物。そういうことですね?」
「ああ。そうだよ。言っただろう? 君は、私に似ている気がすると」
「引っかかってはいました。そういう意味だったんですね」
良かった。実に良かった。ハルが彼に似て、老人のような雰囲気を出しているという意味ではなくて本当に良かった。
……いや、今はそんな馬鹿な事を言っている場合ではないだろう。なかなか深刻になれない、ハルの特性なのだった。
「しかし随分と、気付くのが早い。調子に乗った、私も悪いけどね」
「表情を読むのは、得意でして」
「優秀だね。しかしそれだけで、早々にこうして察するとは、考えにくい。君もまた、こうした力の持ち主なのかな?」
「いいえ。僕にはそうした力はありませんよ。今言ったように、知り合いにそういう人がいまして」
御兜の方こそ、このやり取りだけで随分と背景を見透かしてくるものだ。彼の方こそ、優秀である。
ハルは事前に研究所の情報を持っていたからいいものの、そうでない相手ならば、彼の言葉のままに、いいように誘導されてしまっていたかも知れない。
「……しかしそうなると、先ほどの話には、矛盾が生まれますね。僕が、そうして作られた存在ならば、貴方のような特殊な能力が備わっていないのは、おかしいのでは?」
実際は、どこもおかしくはないのは知っている。しかしハルは、ここは素知らぬふりをし通して、逆に彼の素性を探ることとした。
管理ユニットには無いはずの力を彼が持っているということは、それはすなわち、ハルたちのデータをそのまま使用した出生ではない事に等しい。
彼の生まれがどういった経緯であるか、それを探ることによって、御兜の家が管理してきたこの黒い石についても、また判明するかも知れないのだ。
「いいや。おかしくはないとも。おかしいというならば、むしろそれは私の方なのだから」
「……というと?」
「本来、管理者にはこのような余分は必要ない。こんな余計な力に、割くべきリソースなど、どこにもないのだ」
「まあ、それは、何となく分かる気もします。エーテルネットを統べる者ですから、機械の操作なんて必要ありませんよね」
「その通りだよ」
根本的に、時代に逆行する力だ。エーテルネットが無事に普及したのならば、機械技術はじきに下火となり廃れてゆく。そんな超能力を付与する必要などない。
いやそもそも、管理ユニットに物理的な干渉力など不要だ。ただひたすら処理能力だけがあればよく、その他の力はそれこそ『余分』である。
まあ、身を守る力はあるに越したことはないが、それこそハルがそうであったように、銃器の扱いでも教えておけばいい。
「だから正確には、私は本来の管理者としての存在ではない。いわば時代に合わせた調整品。いや、今や時代にそぐわぬ、骨董品か」
「……自虐するにしては、こうしてずいぶんと有効に使えているじゃないですか」
「完成品の君ほどではないが、そうして小細工をする程度の頭はあるからね」
「処理能力の高さ自体は備わっていると……」
自嘲なのか自負なのか、そう言いながら自分の頭を軽く叩いて彼は笑う。
そしてここにきても、あくまでハルを月乃の作ったクローンという前提は崩さないようだ。
さて、なかなか面白いことが分かったが、問題はこれが状況にどう影響するかだ。
何やら闇を感じる彼の出自だが、申し訳ないがその事実に何かを感じるハルではない。『まあ、そういうこともあるか』、程度の感想である。本物の管理ユニットは、この通り薄情なのだ。
ただ、それが研究所と、黒い石と関係があるとなれば話は別だ。『完成品』だというハルとも関わって来る話かも知れない。
さて、ハルとハルを作った者達、そしてこの石。果たしてどのように絡んできているのであろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




